二月二十九日 (土)
今日も、昼休みになってもまだ祐は生徒指導室に囚われていた。近藤先生は挫けず祐に少しでも休憩を取らそうと奔走していたが、そう成果も上がらず、昼休みには祐を除く全員が部室へと集まった。
「彼は、両親にも疑われてしまって……とても辛い立場に居るようね」
最も事態の進行に詳しい近藤先生は、そう全員に言った。皆、各々の机に座りながら、その言葉を重く受け止めた。
「祐は、どんな感じなんや」
「……悪い意味で、昨日と同じね」
今日もノートの交換は休みだった。部員が一人この状態で、どうしてノートを交換する気になれるだろう。
早くて明日。もしかしたら明後日にも、明々後日にもなり得る。その間、祐が持ちこたえられるかは、非常に微妙な所だ。
「監視カメラの映像に、映っていない可能性もなくはないんだ。別角度から、救ってやる術を探さないとダメだろう」
大樹が、真剣な顔でそう言う。皆頷いたが、一体何をすれば良いのか分からなくて、結局ただただうつむくばかりだった。昼休みは残り十五分にもなっていたが、誰一人として昼食に手を付ける事すらできていないのだ。
「放課後には、解放される。なら私は、その後から、祐と遊びたい」
和美が、その中で顔を上げて、そう口を開いた。
「多分……祐も、そう思ってるよ」
和美の感情表現は、ある意味とても拙く、ある意味ではとても巧みでもある。それは、本人が苦手として、時に感情をむき出しにし、時に全く見せなくするからである。今のはその中でも、どちらかというと感情を抑えた声色だった。
「そうやな。祐が解放されたら、労ったらんとな」
祐は、同意して頷いた。多分それぐらいしか、現実的にできる事はなさそうだった。
昼食は結局食べられる事なく、昼休みは終了した。
放課後、祐の放課後即帰宅を取り付けた近藤先生が全員の集まる部室へとやって来て、美樹に連れてくるよう言った。美樹ははじめ恥ずかしがって嫌がったが、隆志達全員による後押しによって、扉をゆっくりと歩いて出ていった。祐も、きっとガールフレンドの顔を見れば、すぐに心が晴れ晴れするだろう、と、全員が考えていた。
だが、十五分経っても、美樹達は現れなかった。
「少し……遅いわね。様子を見てくるわ」
近藤先生が焦れて生徒指導室まで迎えにいったのが、美樹が出ていって十七分後の事だ。
「もしかしたら祐、まだ解放されてへんとか……」
前向きが売りの隆志すら、そんな悪い想像を拭う事はできず、ついに言葉に出してしまった。
「考えすぎだ。なぁ、俺の可愛くて素敵で綺麗な妹よ」
「お兄ちゃんはきしょいけど、私もそう思う」
「そうやな……」
二人から言われて、冷静になるのが精一杯だった。
その三分後、近藤先生が帰ってきた。
「二人とも、もう居なかったわ」
生徒指導室には指導の先生だけが残っていて、生徒は誰も居なかったらしい。
「分からないな……どこに行ったんだろう」
和樹がそう漏らした時、隆志のポケットで携帯電話が震えた。慌てて取り出して見てみると、それは美樹からのメール着信だった。
「『 祐くんと、少しだけ出てきます。』や。なんや、二人でお楽しみみたいやなぁ」
安堵の表情を浮かべて、隆志はそう笑った。
「あの二人、そこまで進展していたのね。若い子は怖いわねぇ」
近藤先生もそう言って表情を和らげた。そして全員で、二人が帰ってくるのを待つ事にした。
四時半。まだ帰ってこない二人に、隆志達は彼らが学校へと戻るつもりがないのかも知れないと考えて、それぞれの携帯電話に電話を掛けてみるが繋がらない。メールも送ったがいつになっても返信はなく、四人はまたもどうしたものか決めかねて、立ち往生していた。
「まぁ、まだ帰ってこうへんんやから、二人も順調なんやろ」
「そうね。良いわねえ、若い子は」
そんな会話を交わしつつ、二人の帰還やメールの返信を待つ。時計の指す時刻がいよいよ五時を回ると、皆さすがに不安になって、早く二人の居場所を告げる知らせが来ないかと願うようになった。
そして、五時十二分。それはやってきた。それは、まるで人のように、部室のドアを開けて入ってきた。ついに、二人が帰ってきたか。隆志達の歓喜の視線の向こうに映ったのはだが、もちろん二人ではなかった。
「初めまして」
真っ白な服。無縫とも言うべき何のほつれもないワンピースを眩しく輝かせ、更には、こちらも真に白い翼を背中につけた少女が、茫然とする隆志達の前まで歩んで、お辞儀をした。
「祐という男の子。そして美樹という女の子は、今日亡くなりました」
少女の言葉は、まるで慈愛に富んでいるかのように聞こえた。
「私は死神です。皆さんに、お話があります」
だがその実、言葉の内側はどれも冷たく、それを敏感に察知する隆志達は、ぞっとして席から立ち上がり、数歩下がった。
「ご安心下さい。皆さんに危害は与えません」
死神の少女はそうやって、無垢を表情に浮かべた。
「男の子が、家に帰っても疑われ責められて居場所がない、と嘆いたところ、女の子から提案しました。皆さんも知っているでしょう西の森で、二人は心中しました」
少女は、そう言っている時、表情にどんな色さえ出さなかった。ただ事務的に、まるで些細な、些末な事を伝えるかのように、そう語った。
「私は死神です。二人の命は、私が預かりました」
「……だから、何だと? 悪い冗談に付き合っている暇はないのよ。それとも、何かしら。私達の命も取ろうと言うのかしら」
青ざめた顔のままで、だが大人の貫禄で何とか口を開いた近藤先生は、そう言って一歩歩み寄った。
「いいえ。私は死を司る死神ですが、そんな風に強引に命を奪ったりはしません。私は皆さんの思いを尊く思い、機会を与えにきたのです」
「俺達が頼み込んだら、二人を蘇らせてくれるのか?」
大樹も一歩踏み出て、そう尋ねた。
「いいえ。さきほど、皆さんの命を奪う気はないと言いましたが、死神は無条件な死を与える事はできないのです。同様に、無条件に命を還す事も、できません」
「じゃあ、どんな機会を与えてくれるんだ?」
和美も、一歩前へ進む。隆志は、ガールフレンドの姿が遠ざかるのが怖くて、続いて彼女に並んだ。
「無条件で還す事はできませんが、代償を支払えば、命をもう一度吹き込むこともできるのです。その代償とは、人の生命力です。つまり、皆さんの生命力を……百ある内の限界いっぱい五十ずつ頂いて、二人に分け与えるのです」
死神は、微笑んだ。
「生命力って何や。まずは、そこからや」
「生命力は、生命の力です。生きる活力の事です」
それから、少女はつらつらと、隆志達の疑問や問いかけに答え続けた。そのどれもが、全く神秘的で非現実的だったが、そのえもいわれない説得力に押されて、隆志達は少女の言う事を信じざるを得なくなっていった。
「四人で、二人分。それが、皆さんが死なず、そして二人を呼び還せる最高のラインです」
「上手い話には裏があるものよ。私達には、どんな悪影響が?」
「表面的には何もありません。生命エネルギーは、ある一定量を下回らなければ、どれだけ少なくても問題ないものですから。……さあ、時間はそう多くありません。椅子を四つ使って円を囲い、外側を向いて祈って下さい。私が、皆さんの生命力を吸収して、今私の手元にある彼らの命を還します」
少女の言葉に従って、和美と大樹は動き始めた。
「ほんまやったらありがたいけど……でも、なんでこんな事するんや? こんな事してええのか?」
「……はい。皆さんをずっと、見守っていましたから。こんな結末では、あまりにも悲し過ぎます」
死神は人間らしい挙動で、自分の髪を撫でた。
「……そうか」
隆志は、小さく頷いた。
四人が背を向けあって、椅子に座る。隆志は右手に和美の左手を握りながら、死神の次の言葉を待っていた。
「祈って下さい」
目を閉じる。
数ヶ月もの、高校生活がまぶたの裏を通っては、また遠ざかっていった。高校生活は、学ぶ事だらけだった。かけがえのない友人を得て、恋人まで手に入れ、『知るべし』という人生の教訓すら手に入れた。それも、たった一年の間にである。
そしてこれからも、と隆志は考えていた。だから、仲間の誰かが裏切るとは、全く発想していなかった。気にしていたのは、この死神を名乗る少女の事である。彼女が、自分達を騙していないと、何故言い切れるのか。騙していたとしたら、自分達はただただ死ぬのか。
右手に掴んだ温もりが、急に得難いものに感じて、隆志はついに目を開け、立ち上がって、椅子から和美と共に離れようとその腕を引っ張った。
「……あっ」
だが、和美は椅子に強く、重く座っていて、和美の手を痛めさせまいと軽く掴んでいた隆志の手は、引っ張る力に負けて簡単に外れた。隆志は勢いで後ろの机とぶつかり、頭を強打した。
「和美ぃ……!」
必死に、名前を呼ぶ。そんな中、無情にも死神から発せられた光は、四つの椅子と三人の体を包んでいった。
……土曜日になったのは完全に作戦ミスです。
土曜日にも授業がノーマルにある奇特な公立高校という事で何とかお願いします。ぐふ。




