二月二十八日 (金)[2]
近藤先生は一人生徒指導室に出向いて、祐の早期解放を求めている。それが何らかの成果を実らせるとは思えなかったが、それでも居ないよりは幾分か祐への当たりもマシになるだろうとは思われた。
そうやって近藤先生が頑張っているのだから、自分達も早く証言を得なければならない。隆志達はそう心を励まして、曇る心を無理に晴らしながら、スーパーへと入った。
「こんな顔の青い服でさ、俺達と一緒に来てた男、覚えてるか?」
昨日見た記憶のある店員に、片っ端から声を掛けていく。三人、四人、五人。
「……はあ」
だが、誰もが曖昧な記憶の中に忘れてしまっていて、一人として明証してくれる店員は居なかった。
一旦、エントランスに集まる。思うように見つからないアリバイ実証の為の証言に、隆志達は青ざめていた。
「どうしよう……」
すっかり気落ちした美樹がそう呟くのを、そのすぐ横から和美が頭を撫でて慰めた。
「大丈夫。きっと、誰かは覚えてるよ」
優しい、柔らかな指先で、美樹の頭を左右一文字になぞる。そんな和美の表情も、決して安らかではない。
「そや。つい昨日の事や、誰も覚えてへんって事はあらへんやろ」
隆志も、やはり同様に険しい顔で、和美に同調した。少なくともそう信じる事だけは、唯一今できる事、やるべき事のように思えた。
「でも、あらかた訊き尽くしたのも確かだ」
「お、お兄ちゃん!」
「愛する妹よ、お前の気持ちは汲んでやりたいが、今回は駄目だ。俺達は……最悪の展開についても、考えないといけない」
ある意味で、ただ一人冷静なのは大樹だ。妹想いな所が普段から強く出るが、それとは別に彼は現実主義者的な面を持っていた。あるいは堅実とでも言うのだろうか、全てのケースを想定して、最悪の場合についての対応策を練る。最初は見えなかったそんな性質も、一年弱に及ぶ交換ノート部の活動の中で、全員が全員気付いて、認めるようになっていた。だから、場の空気を読んでいないと言われかねないそんな発言をも、隆志達は静かに受け止めて、その通りだと頷いた。
「ま、文具屋の店主さんに、もう一回よう考えて貰うのが一番早いやろな」
だが、あえてわざわざ祐を名指ししてきたからには、その誤解は深いと言わざるを得ない。その誤解を解くには、祐が文房具店に訪れていないという証拠が必要になって、結局何の意味もなさないのではないか。隆志はそれだけの想像をして、すぐに自分で、
「そやけど、それは現実的やない」
と否定した。
「向こうも決定的な証拠は掴んでいないんだから、徹底的に戦えば良い」
和美が提案する。
「駄目だ。祐と……美樹の負担が大きすぎる」
が、すぐに大樹が首を振った。
「どうすれば良いんだろ……」
「皆様、少しお話聞かせて頂いてよろしいですか?」
美樹がまた頭を抱えかけた時、店の中の方から初老の小さい男がやってきて、隆志達にそう声を掛けた。
「私は、ここの店長をしている者です。皆様が、人を探していると聞きまして」
「人を探してるんとはちょっと違うんやけどな」
あの時、この男の姿は見かけなかった。隆志は、何の期待もせずに、もののついでとばかりに事情を説明した。
だが男は、大きく頷いて、
「当店には監視カメラがあります。その映像を見れば、映っていると思いますよ」
と言った。
「……そうや、その手があったんや」
隆志はその発言に含まれた妙案に、そう少し呟いて、
「その映像、見せて貰えへんやろか」
と男へ言った。
「良いですよ。ですが、本店に許可を得ないといけませんので、二,三日ほど時間が掛かります。それでも構いませんか?」
「ああ、それでええです。ありがとうございます」
隆志は頭を下げた。続けて、美樹達も深くお辞儀をする。男は微笑んで良いよ良いよ、と言いながら、店内へと戻っていった。
あと二,三日。それは、何とか悠が持ちこたえ得る、ギリギリの線のように思えた。
学校へ戻ると、ちょうど校門から出ていこうとしている馴染み深い顔が二つ、目に飛び込んできた。
「ああ、あなた達。見なさい、ちゃんと解放させたわ」
その内の一つ、近藤先生が、余裕のない笑顔を見せながら口を開いた。
「ただし、明日も生徒指導室に入り浸りなのは、確定しちゃっているけれど」
「祐くん、祐くん……!」
申し訳なさげな近藤先生を通り過ごして、美樹がもう一つの顔へと飛びつき抱きしめる。もう一つの顔である祐はそれでも、力なくうなだれていて、一応軽く美樹の背中へ腕を回して抱擁の体勢を取るのみだ。
「いや、十分やで近藤先生。こっちも、明後日か明々後日には証拠が得られそうや」
「その日数から行くと、さては監視カメラね。よく考えついたわね」
「まあ、俺の可愛い妹は、発想力の観点から言っても神がかっているからな」
「私じゃない、店長さんだ」
「何故、何故バラす愛しき妹よ!」
昨日したばかりのこんな会話が、とても久々の事のように感じられる。だがそれでも、あるいはだからこそなのか、仲間達との談笑は隆志の心を癒していき、祐も口は開かなかったが、段々と表情を和らげていった。
「さ、もう四時半よ。そろそろ帰りなさい」
近藤先生が、校舎の外側に据え付けられた時計を見上げてそう言った。隆志はそやな、と頷くと、「すぐ解決したるさかいな。もうちょっと我慢や」
と祐の肩を叩いた。
「ああ……」
祐はそう、うつむきはそのままに小さく呟いた。




