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後編

世界樹ユグラドシルと共に召喚された花巫女。唯一、世界樹ユグラドシルを育て。此の世界ヨルムンガンドに世界樹の庇護を与える者。


明滅する召喚陣。その真ん中。宮廷魔術師。そして魔導師団を率いる青年によって召喚された世界樹ユグラドシルと共に現れたのは星たちが沈む夜の底のような美しい黒髪を持った少女だった。


ヨルムンガンドに黒髪の人間は居ない。花巫女だけが黒という色彩を持つ。


世界樹ユグラドシルをヨルムンガンドの人々に与えた神、オーディン。彼の大神の遣いである鴉が黒いこともあり。花巫女はオーディンの遣いともされ。


ミズガルズにおいて黒は神聖な色だとされる。王族だろうとも黒を纏うことは原則的には許されていない。


救国の英雄であるから鎧を黒く染めることを認められたゲルダという例外を除いて。花巫女以外にはただひとりにしか黒を身に付けることは許されない。


だから、その少女が。確かに花巫女であることはゲルダにも分かった。矢継ぎ早にミズガルズの上層部の捲し立てに困惑しながら。


なにひとつ聞き溢すまいと強張り。張り詰めながらも凛とした表情がゲルダの目に焼き付いた。胸の高鳴りと共に。


護衛として側近くにあるなかで。花が恥じらうような笑みを花巫女から向けられた瞬間。ゲルダは頭から爪先に雷が貫いたような凄まじい衝撃が走り。息がまともに出来なくなった。


そも、ゲルダは人には隠してきたが小さな生き物が好きだった。ゲルダからすれば大概のものは小さいけれども。


ゲルダの手に収まるような小さな生き物を見ると胸がきゅうっとする。けれども剛力無双。勇者のなかの勇者であるウートガルザのイメージにはそぐわないし。小さな生き物はゲルダを怖がる。


だから自主的に小さな生き物と触れあうことを避けてきたゲルダ。だが今の自分は花巫女の護衛。この愛らしい小さな生き物を愛でる大義名分を得たりとゲルダは狂喜した。


花巫女であるシズクは幼い容姿に見あわず。理知的な考えが出来る少女であるというのがゲルダの最初の印象だった。


だが、関わりが深まると本当のシズクが見えてきた。


ウートガルザと名乗ったゲルダにシズクは何度かそう呼ぼうとしたが舌を噛むこと多々。世界樹ユグラドシルの加護で読み書きが出来。言葉も話せるがミズガルズの人間の名前はシズクからすれば発音しにくいらしい。


あるときもじりとしたあと。ガルザさんと呼ばせて貰ってよいかと恥ずかしげにゲルダを見上げながら訊ねたシズクにどうにか是と答え。


パッと顔を明るくしガルザさんと笑いながら呼んだシズクに。所用で側から離れたゲルダは誰も居ない廊下の端で膝から崩れ落ちて見悶える。

目の端に魔導師団長が居た気がするがそれどころではなかった。


(嗚呼、なんだあの愛くるしい生き物は・・・!!)


舌足らずにまろい声音でウートガルザと呼ばれることも嬉しかったが。まさか愛称で呼んで貰えるとは思わなかった。

花巫女であるシズクは誰に対しても態度を変えない。礼儀正しく。丁寧な言葉遣い。理性的で柔かい物腰。


そして常に背筋を伸ばし。黒真珠の瞳で相手をよく見ている大人びた少女は。

けれどもゲルダには年相応の顔を見せて控えめにゲルダを頼り。実は少し引っ込み思案だが知識欲旺盛な性格だと示す。


信頼されている。この国の誰よりもシズクの心に触れられているのは自分だと。ゲルダは嬉しくて口元に弧を描いた。

シズクの信頼に応えたいとガルザさんと親しげに自分を呼ぶ姿を見て素直に思えた。


ミズガルズの上層部はシズクに知識を与えたくないらしく。シズクに王宮で過ごすなかで気になったことを問われ。それに真正直に答えていたゲルダを咎めて来たが。


ゲルダは上層部の思惑を気にすることなく。他の人間が誤った知識を与えようとするなかでシズクの問いに正しい答えを返していた。


身一つ。此の世界ヨルムンガンドに召喚され。頼るべきものがなにもないなかで。

自分の身を守るものは知識だと。必死に知識を身に付けようとするシズクの助けになりたかった。


そんなゲルダの真面目な態度にシズクは更に深い信頼を寄せ。元の世界の話を時折ゲルダにだけは話すようになった。

世界樹ユグラドシルがシズクの世界ではプチトマトと呼ばれる野菜であること。


世話役に選ばれたけれども実は植物を育てるのが苦手なこと。でも母親の勧めで育ててみたプチトマトだけは。なぜだか自分でもよく育てることが出来るのだけれども。


プチトマトが大の苦手で。食べるときは何時も眉間にシワが寄ってしまうと内緒話のようにゲルダに打ち明け。


いとけなくはにかむシズクを見たらゲルダの胸はきゅうっとして無性にシズクを抱き締めたくなった。

打ち解けるとシズクの身の回りの世話もそれとなくだが。ゲルダがメイドたちに代わってやるようになったのだがそこで気づいたことがある。


シズクは目が悪く。物がぼんやりとしか見えていないようで。なにもないところでよく躓き。恥ずかしそうにしている。その姿を見る度に抱え上げて、頬擦りしたい衝動をどうにか宥め。


ゲルダが手を差し出せばシズクは素直にその手を取るのだけれども。シズクは他の誰かが差し出した手は取らないのだと知ったとき。ゲルダは何故とシズクに訊ねた。


「貴方以外のひとは怖いんです。弱さを見せればそこから大事なものを毟り取られてしまう気がする。····それにこのミズカルズの国のなかで貴方だけが。ガルザさんだけがちゃんと私を見てくれていると思うから。」


『····フレイ王子が聞けば嘆くでしょう。あの方は花巫女殿を妃にと考えておられます故。』


世界樹ユグラドシルの世話を終え。花巫女の間に戻り。メイドたちによってシズクに用意されていた果実水を毒味したあとに。問題ないと果実水を注いだカップを渡したゲルダの言葉に。


シズクは果実水を口にしてからフレイ殿下かーと呟く。その顔が目に見えて曇っていた。


『花巫女殿にはなにか気にかかることが?』


ミズガルズ国の第一王子にして。王位継承者フレイ。花巫女であるシズクが召喚されて以降。頻繁にフレイはシズクに会いに来ては口説いている燃えるような赤毛、紅玉の瞳。


精悍な顔をした美男子と評判が高いフレイだが。シズクは薄く色づいた唇を真一文字に結ぶ。


「目が悪いものでお顔の善し悪しのことはよくわかりませんし。なにかにつけて人の手を撫で回したりお尻を触ってくる方は嫌いです。」


まして胸は残念だがよい安産型だなと親しくもない好意を持たない男性にお尻の形を褒められたところでなんにも嬉しくはありません。


なんなら、不快ですとざかざかと鳥肌を見せる腕を擦りながら。スパッと答えたシズクにゲルダは兜の下でその美しく整った眉をしかめた。


『あの方は花巫女殿にそのようなことを何時もなされていたのですか?』


フレイがシズクを訪ねてくるとき。フレイ付きの護衛が複数居るため。ゲルダは部屋の外。入り口で待機していたからフレイがシズクにそんな真似をしていたとは気づけなかった。


シズクは眉を下げ、此方の男性の常識ではないのですねとゲルダに確認し。細く長い溜め息を吐き出し。


ゲルダがフレイに対して怒りに震えていることに気づき。シズクは此方の常識をなにも知りませんから。あれが普通なのかと。なんだ。耐えなくても良かったんだと困り顔で笑う。


ゲルダはそれからフレイをシズクに近づけることはなかった。そんなゲルダにミズガルズの上層部がやはり難癖をつけ。ゲルダは上層部の思惑を知るところとなる。


花巫女の配偶者にも世界樹ユグラドシルの加護が与えられると。


花巫女以外にこの世界で黒を纏えるのは花巫女の配偶者だけだ。

黒を纏うに相応しくない者は大神オーディンの怒りを買い。世界樹ユグラドシルの加護は呪いに反転する。それがこのミズガルズの常識だ。


これまでミズガルズの王族は花巫女を妻に迎え入れてきた。正室、或いは側室として。ミズガルズの王族は花巫女が召喚された代に必ず花巫女を妻とするのが慣例だった。


世間では花巫女と王族の婚礼はラブロマンスの象徴のように思われ。歌劇にもなっているが実際は違った。

王族が求めるのは花巫女がもたらす世界樹ユグラドシルの加護だけ。配偶者にしたあとは花巫女を後宮に押し込め。通うことすらしなくなる。


歴代の花巫女はいずれも短命だ。仇“花”の如く地に落ちて朽ちるだけの儚きモノ。

故に彼女たちは“花”巫女と呼ばれるのだと。


花巫女は後宮の奥。誰からも省みられない生活に置かれる。その命は本来のものより短いものとなるのは必定。


世界樹の加護欲しさで扱いこそ丁寧であろうとも。此の世界に頼るべきものがない花巫女からすれば余計に孤独を感じるものな筈だ。


そんな花巫女に呼応するように世界樹ユグラドシルは花巫女の死と共に枯れる。

シズクの前の花巫女は十八歳の時に召喚され二十歳で亡くなった。前の世界樹ユグラドシルは僅か二年で枯れた。


原因はミズガルズの王族。先代国王が側室としておきながらも。病から心神喪失になったとして花巫女を後宮の一室に軟禁。更には花巫女ではとても珍しいことに子供を身籠ったのだが。


産まれたばかりの子供を取り上げられ。養子に出され。それを嘆き悲しんだ花巫女が自害したからだという。先代国王は世界樹ユグラドシルの呪いにより怪死。


だがミズガルズの上層部はそれを隠蔽し。時系列を入れ換え。

先代国王が病に倒れて闘病甲斐なく病で亡くなった。花巫女は愛する王の死を受け入れられず。自ら後を追って自害したと悲恋に仕立て上げて世間に流布した。


ゲルダはこの事実を上層部から聞き出し。更には世界樹ユグラドシルの加護欲しさにミズガルズの上層部はシズクがフレイに恋をするように王宮全体で仕向けていること。


また騎士団の元直属の配下たちが集めた話によればフレイが陰でシズクを芋女と馬鹿にした上で抱き心地が良ければ通ってやると笑っていたことを知り。


上層部の思惑。そして評判が高い第一王子の本性にゲルダが吐き気を覚えるほどの怒りを抱くことは自然な流れだった。シズクにとって異郷の地であるこのミズガルズで。


それでもこの国の人たちが健康に暮らせますようにと祈る優しい少女を都合の良い道具のように扱う全てがゲルダには憎ましく思えた。だからゲルダはシズクが望む知識を与えながら。


シズクの心を、精神を曇らせようとする者たちから守る盾になろうと決めたのだ。この体躯ならば。気丈に振る舞いながらも震えを誤魔化し。懸命に二本の足で立とうとする少女を悪意から庇える筈だ。


そう想う時点でゲルダの忠心はとっくにミズガルズからシズクに移っていたのだろう。

ゲルダはシズクにはなにひとつ持たない。帰るべき場所も無くした自分のようになって欲しくはなかった。


この国にシズクを使い潰させはしない。


その輝く心を食い荒させるものか。何時か必ずシズクを家族の許に帰してやらなくてはと。


剛双無敵の英雄ウートガルザではなく。ただのゲルダの。ガルザの手を握り締めてあどけなく柔らかな笑みを浮かべる少女にそう誓った。




『二人目の花巫女?』


ミズガルズ上層部。若き宰相補佐ヘズはうっそりと困りましたなぁとゲルダに微笑む。ミズガルズ国筆頭貴族。アールヴァルグ家の嫡男。


それがこの薄笑いを常に浮かべるヘズというフレイの乳兄弟で悪友を公言する瞳の色から碧玉の貴公子と貴族の娘が囃し立てる青年。


元部下の調べでは相当な女好きかつロマンチストで。趣味は星占い。初恋は十三歳のとき。

相手は二十歳年上の従姉妹で垂れ目が印象的な未亡人。包容力のある女性に惚れやすく。


常に貴女が運命の人だと女性を口説いているらしい。ヘズの運命の人とやらは量産型なようだ。

なお、毎回複数の運命の相手たちが鉢合わせて修羅場になる。


ようは、まあ。好青年の皮を被った下卑たフレイと似たり寄ったりな精神性だと思うと敬う気持ちがまったく浮かばないもので。兜のよいところは顰めっ面がバレないことだろうなとゲルダは兜の下、金色の瞳を細めた。


そのヘズの執務室に呼び出されたかと思えば二人目の花巫女が現れたと言う。召喚は金環日食のある日と定められ。


シズク以外の花巫女を宮廷魔術師であり魔導師団長でもある青年が召喚したという話はない。訝しむゲルダに二人目の花巫女は此のヨルムンガンド。


そしてミズガルズの生まれだとヘズは豪奢な椅子の背を軋ませて凭れ。花巫女。そして世界樹ユグラドシルは此の国のモノであれと願い続けた我らの声がついにオーディン神に届いたと薄笑いを浮かべる。


『···有り得ない。』


「いいえ、有り得たのです。彼の花巫女は黒髪の乙女。徴を持った麗しき御方でした。わざわざ召喚せずとも既に花巫女はこの国に居たと。そしてその御方こそ真の花巫女だったとフレースヴェルグ魔導師団長がお認めになられたのです。」


『魔導師団長が?』


その二人目の花巫女を思い浮かべ。恍惚とした顔をするヘズにゲルダの眉間はいよいよくっきりとした渓谷が出来る。有り得ない。シズクの世界樹は今日も青々と繁っていた。


あとついでに水を浴びてわっさわっさ葉を揺らすほど生気に満ちていた。枯れてなどいないというのに。新たな世界樹と花巫女が現れたなど。


「貴方もあの御方を見れば分かりますよ。あの御方こそ。我らが崇めるべき花巫女であるとね。」


芝居かかった。大仰な物言い。自分の言動に酔いしれるヘズにゲルダは冷めた目をするが。ヘズに引き摺られ。既に王宮の一室に身柄を移されたという二人目の花巫女の元に連れていかれたゲルダは。道々、如何に二人目の花巫女が神々しいか語られたが。


これのどこが神々しいのだと。流行りのドレスで我が身を飾る黒髪の娘に眉を跳ね上げた。ソールと名乗った青い瞳の二人目の花巫女は没落したが貴族の娘であるというが。下町鈍りがあることを怪しむ。


いや、臆面もなく真の花巫女を名乗った時点でゲルダにとってこのソールという娘は最重要警戒人物だった。シズクの奥ゆかしさを見習えと。矢鱈にベタベタとヘズの身体に触れ。


しなだれる二人目の花巫女に嫌気を覚えた頃。ウートガルザ様は偽りの花巫女の護衛であられるそうですが。


どうかこれからは真の花巫女たる私の護衛として。私を支えて下さいとゲルダの手を握り。その青い瞳を潤ませた。


一瞬、頭の奥が痺れたような鈍い感覚が走り。その瞳を見ていると何故だか思考が緩慢になった。


不意にゲルダの頭にシズクの顔が浮かび。邪視って知っていますかと静かな声音がした。夜の誘いが視線をあわせて微笑むことだと知った日に。


シズクが夜の誘いをしたと言い掛かりをしてきた貴族にいっそ邪視が使えたら良かったのにと酷く嘆くので。


それはなにかとゲルダは訊ねた。シズク曰く。視線だけで人を呪う力のことだと語る。

シズクの世界では多くの国、地域で類似の話が伝えられる。一般的に邪視の力を持つ者は青い瞳をしていると。


(青い、瞳···!!)


二人目の花巫女が唇を吊り上げ、微笑む顔が酷く緩やかになった視界に写る。己の意思に反して望まぬことをしようとする身体に。


不味い。邪視を打ち破る方法はなんだと焦るなかゲルダの頭のなかでシズクが人差し指を立て対策法を告げた。


“───とある国には邪視避けの魔除けがあるんですが。それは目玉の形をしているんです。ナザール・ボンジュウと言いまして。


視線には視線をぶつければ良いという感じに。ちなみに日本には歌舞伎という演劇がありますが。その歌舞伎の役者さんが舞台で見得という技法の種類で睨みと呼ばれるものをします。


その睨みは邪気を祓って厄除けにもなると言われていて。つまり強く睨み返してやることも邪視を退けるんじゃないかって私は思うんですよね。”


ゲルダは戦場で相見える巨人を相手にするように二人目の花巫女を睨み返した。救国の英雄。


剛力無双のウートガルザ本気の睨み。その巨躯から立ち上る闘気は漆黒の鱗を持つ竜の形を取り。狭くはない部屋に満ちて圧迫する。


此れは敵だ。ゲルダの守るいとけない少女に害をもたらす悪しきモノ。その喉笛に噛み付き。骨を砕き。飲み干すに値しない血肉は獣に喰わせてしまえと。


ゲルダの金色の瞳。その瞳孔が裂けた瞬間。鋭敏になった耳がゲルダを呼ぶシズクの声を拾った。竜を象るその闘気が薄らぎ。


『例え、ムスペルヘイムで作られた氷菓を差し出されようとも。貴様に我が身をくれてやるつもりはない。我が忠義を見くびるな───!!』


ゲルダは身動きすら出来ずに固まるヘズと二人目の花巫女を一瞥した後に踵を返し。

祭壇。世界樹ユグラドシルに礼拝していたらしきシズクの許に向かえば籠一杯に赤い実を収穫し。


とうとう実をつけたんです!プチトマトが!!しかもフルーツトマトだったみたいで絶妙な酸味はありながらも甘いんですよとはしゃぐシズクにゲルダはくはっと噴き出して。籠ごとシズクを抱

き締める。


頬を染め。あわあわとするシズクに。邪視に引き摺られる形で表出した殺意が消えていく。なにがあろうと私がシズクを守る。何者にも触れさせはしないと。収穫したユグラドシルの実のように顔を赤らめたシズクに微笑む。


目をぐるぐるさせたシズクは食べますか。プチトマトと。籠の中から一際形がよく。鮮やかな赤い実をゲルダに差し出す。ユグラドシルの実を自分が食べても良いのかと一瞬悩んだが。


兜の口元の覆いを外して白い指先が摘まむ赤い実を口にする。その途端、シズクとゲルダの頭上にポコポコと見慣れぬ文字が浮かんだ。


【状態異常永続無効化!】【攻撃力UP!】【クリティカルダメージ増加!】【治癒力UP!】【ダメージ各種無効!】【回避力UP!】【防御力UP!】【特殊スキル:世界樹ユグラドシルの加護を獲得(HP最大増加)!】【称号:大神の愛し子を守りし者を獲得(自動回復付与)!!】【悪イ 奴等ニ ブチカマシチマイナー!】


ポカンと次々に浮かぶ文字を見ていたシズクは成る程。私のプチトマトがとってもチートと呟いたあと。プチトマトの実がヤベェ劇物になったと顔をひきつらせて戦慄していた。


これ以降、王宮内でのシズクの扱いは悪いものとなっていく。基本、世界樹ユグラドシルの世話以外。部屋から出てはいないというのに。


シズクが二人目の花巫女に対して暴言を吐いたり、暴行を働いたと目撃情報が多発するなか。王宮に出入りを許された有力貴族の子息が二人目の花巫女の取り巻き化し。


二人目の花巫女の寵愛を争っているという。それが咎められないのは二人目の花巫女の後見人である魔導師団長ロキ・フレースヴェルグが批判を捩じ伏せているからだ。


シズクを召喚した宮廷魔術師であり、騎士団と双璧をなす魔導師団の若き団長であるロキ。

ゲルダは幾度か戦場でロキと言葉を交わしたことがあり。その実力は把握しているが。考えが読めない、ある種の得体の知れなさをロキから感じていた。


盲目故、常にその目蓋は閉じられ。瞳から機微を察することは出来ず。変わらぬ表情。そして凍てついたかのような冷淡な声音。


膨大な魔力とそれを手繰る技量から氷雪の魔王と呼ばれるロキは名門フレースヴェルグ公爵の嫡男という話だが。公爵夫妻の血の繋がりがないという噂もある。


シズクを召喚した当事者でありながら本来の花巫女ではない人間。世界樹ではない草木を召喚してしまったと公言し。

過ちを正す為だと二人目の花巫女を擁立するロキにゲルダが疑心を強めるなかでそれは起きた。


「偽りの花巫女!!我らを欺いたことは甚だ赦しがたし!!しかし情け深い我らに感謝せよ。貴様を流刑するだけで赦してやるのだからな。偽りの花巫女よ。貴様の流刑地はムスペルヘイムなり!あの灼熱の地で己が犯した罪を悔いるが良い!!」


謁見の間に引き摺り出されるように連れて行かれた、シズク。待っていたのはやってもいない罪の弾劾が行われ。フレイとヘズを含めた数名の貴族の子弟に庇われ。


ほくそ笑む二人目の花巫女を見た瞬間。立ちはだかる者を薙ぎ飛ばし。ゲルダはシズクに駆け寄った。


『花巫女殿ッ───!』


「ガルザさん。ムスペルヘイムって此処から遠いですか。流刑地ってことは僻地かぁー。まぁ、お外に出れるなら私としてはなんでも良いです。」


シズクはけろりとしていた。謁見の間に満ちる悪意を感じてはいるようだが。シズクは意図的に制限されていたこともあって。交流があまりなかった面々に嫌われたところで動じることはなく。


まあ、出ていけというなら出ていこうかと気楽な様子だったが。フレイの言葉に私を喚び出したのはそちらでしょうにと呟いて。困惑を見せたことにゲルダは気づいていた。


シズクを罪人として引っ立てようとする衛兵たちから守り。掠めた槍がゲルダの兜を弾く。硬質な音と共に。兜は床に落ちる。仕舞い込まれた豊かな“黒髪”が波打ち。ゲルダの素顔が顕となると人々は騒然とする。


美の極地とでも言うべきか。人とは思えぬ恐ろしいほどの美貌がそこにはあったからだ。


意志の強さを示す眉はやや太く。切れ長な目。金色の瞳は周囲を鋭く睥睨する。鼻梁は高く。厚みのある唇は皮肉げに吊り上げられる。

私の顔が珍しいと見えると。ゲルダは自分に見惚れる二人目の花巫女の取り巻きを嗤った。


「お、女だったのか?」


「嘘よ。そんな筈がないわ!!ゲームでは男だったのに···!?」


二人目の花巫女の言葉の意味は分からなかったがフレイの問いにゲルダはそれがなにかと聞き返すと。これまで女であることで支障を来したことはありませんがと口元に弧を描き。シズクを腕に抱き寄せながら告げた。


「このゲルダ・ウートガルザより戦功を挙げた者のみが詰れ!ミズガルズ随一の勇士よりも己が優れていると自覚する者が居るとは思えんがな?」


はくりと息を飲むシズクに。おや、髪が花巫女殿と揃いになりましたよと毛先を摘まむゲルダ。ガルザさんは女性だったんですかと驚くシズク。


ゲルダは私が女では嫌ですかと先程猛々しく吼えた人間とは真反対の仔犬のような顔つきになり、眉を下げ。自分の言葉を待つゲルダにシズクは格好良いのに可愛いと身を屈めたゲルダの頭をわしゃわしゃ撫でる。


「ガルザさんはガルザさんです。貴女が女性だろうと男性であろうと。私が信頼する人であることに変わりはない。貴女は出逢った日からずっと誠実で優しい人だった。」


そんな貴女が居てくれたから私はひとりぼっちではなかったんです。ガルザさんが居なかったらとっくにうちのプチトマトを抱えてこんなところ逃げ出していましたもの。


「という訳でムスペルヘイムの行き方を教えて貰えたらなーって。あ、もしや護送とかされる感じですか。王宮から出して貰えなかったから色々と見て回りたかったなー。」


「では、護送ルートに観光地を幾つか入れるとしよう。馬車の窓からにはなるがミズガルズの景色を花巫女殿にはご覧頂けるだろう。」


悄気るシズクにゲルダが口を開くより早く。玲瓏な、僅かに面白がる色を滲ませた冷淡な声音が響く。壁際に佇んでいたロキ・フレースヴェルグが歩み寄り。


糸目のおにーさんと呟いたシズクに声のする位置からゲルダの傍らに立つシズクの方を向き。ムスペルヘイムまでは我が魔導師団の精鋭が護送すると語り。


ロキはゲルダに顔を向けると。ゲルダ・ウートガルザ。貴殿は引き続き彼女の護衛に任ずると国王の印璽が捺された羊皮紙を渡す。その間際。ロキは薄く目を開き。“黒曜石のような瞳”を露にする。


「───花巫女殿はいと尊き御方。この国の愚か者たちから必ず守り抜くとこの場で誓え。」


「花巫女殿を窮地に追いやった貴方が何故、」


「彼女を我が母の二の舞にはさせたくはない。」


ロキの言葉。その瞳の色から弾き出されたひとつの事実にゲルダは瞠目するも、強い眼差しをロキに向けた。


「貴公がどのような出生であり。如何な思惑があろうとも花巫女殿を窮地に立たせ。お心を苛めたことに変わりはない。必ずその報いは受けて頂くが。私は花巫女殿の護衛だ。貴公の指図がなかろうとも花巫女殿は守り抜く。なにがあろうと。」


「嗚呼、貴殿はそれで良い。この国の人間は全て八つ裂きにし。その血肉は野犬に喰わせ。骨は砕き火山の火口に捨ててなおも飽きたらぬほどに憎んでいるが。」


貴殿はどうやらまだマシな部類の人間なようだ。花巫女殿への忠義に免じて貴殿を殺すのは最後にしようとロキはくつりと嗤う。


これが氷雪なものかとゲルダは背筋に汗が流れるのを感じた。その身に流れる血の源流を示す黒曜石の瞳にあったのは。憎しみを薪にし。全てを飲み込もうとする復讐の篝火だった。


「ちなみに花巫女殿が読まれる本は何時も私が選んでいた。あの年頃の少女がなにを好むのか、私には分からなかったから亡き母が好んでいたものを参考にな。」


「花巫女殿は気づいていましたよ。魔法を使える誰かが本を差し入れてくれている。そんなことをしてくれそうなのは自分を召喚した糸目のおにーさん。ようは貴公ぐらいだと。」


「····そうか。」


ロキはゲルダの肩を軽く叩き、踵を返し。配下に指示を飛ばす。ゲルダはシズクを引き寄せ。荷造りを致しましょうと謁見の間を出る。それを咎める声は出なかった。


そんな訳でムスペルヘイムにシズクとゲルダは護送され、やって来たのだが。見渡す限り広がる荒野に。

テラコッタの鉢に入ったプチトマト(シズクが事情を話すと運びやすいように小さくなったらしい)を抱え。なにもないですねーとシズクが呟くと。


プチトマトが発光したかと思えば荒れた大地に草木が芽生え。あっという間に豊かな原生林が広がり。

シズクはうちのプチトマト。チートが過ぎると遠くを眺め。この様子だと川もあると聞き耳を立て聞こえてきたせせらぎにゲルダは笑う。


「ゲルダさんまで流刑に付き合わせて申し訳ないんですが。正直ゲルダさんが居てくれて良かった。私だけだったら流石にどーしたものかって頭を抱えることしか出来なかったでしょうし!」


「花巫女殿が謝ることはありません。愛しい方をお一人になどさせませんとも。ああ、ちなみにこの愛しいというのは伴侶にしたいという意味での愛しいです。」


「へあ!?」


顔を真っ赤にした愛しい少女にゲルダは笑って額に口づける。これは物語の序章。物語は始まったばかりだ。ジャンルはそう。

異世界ヨルムンガルドの地で育てたプチトマト(世界樹ユグラドシル)が巻き起こす騒動の渦中に否応なく立たされる元アラサーの天野雫と護衛の騎士ゲルダの笑いあり、涙ありの恋の話だろうか。


 

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[良い点] 面白かったです! [一言] プチトマト、いつのまにミニトマトと呼ばれるようになったの…?(震) プチトマト苦手な方は半分に切ってピザとかどーお?とか思ったけど、苦手な食材はどうやっても苦…
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