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Ⅰ.怠惰な王女



 家に帰って夕飯を食べ終わった辺りでオロチからメールがきた。部屋に戻って読む。

『最後通告だ。二日間の時間をやる。その間に言うか言わないか決めろ。』

そう書かれていた。何様のつもりだよ。

 俺は三条に言われた通りの文章を送り返した。意味はわからなかったがそれ以外に俺にできることはなさそうだ。

 しかし犯人は誰なんだろう? 吉崎に嫌がらせをしたくて俺に言ってこないやつ。クラスメイトの顔を順番に思い浮かべたがどいつもピンとこなかった。他のクラスのやつ? 吉崎に何の恨みがあったんだ? わかんねぇ。まあいいや。三条がオロチを説得してくれたら俺とはもう関係ない話だ。

 俺はこないだ買ってきたままだっだ少年漫画を読んだ。十年後の日本が壊滅している話だ。ふとこれって外国はどうなってるんだろうと思った。見て見ぬ振りを決め込んでるんだろうか? 薄情だな。まあ人間なんてそんなものかも。

 俺の抱えてる秘密が暴露されればきっと陽子や恵も俺を見捨てるんだろうな。そうなったら俺はそれに耐えられるんだろうか? きっと耐えられない。死ぬしかない。

「死にたいんじゃなかったのかよ」

震えている自分に気づく。頭から布団を被った。……きつい。

ちょっと早いけど今日はもう寝よう。


 それから一日は何もなかった。二日目もいつも通りだ。


『飯島美月は性同一性障害を持っている。』


黒板にデカデカと書かれていたのは三日目の朝で登校した俺はカバンを取り落とした。どうして……? 周りを見る。陽子と恵と目が合ったが逸らされた。男どもが妙な目つきで俺を見ている。女はちょっと怯えるみたいな感じ。俺はなんでもない調子で「誰だよこんなこと書いたバカなやつ」黒板から字を消そうとしたがチョークで書かれたものじゃないらしくいくら擦っても消えそうになかった。手が震えている。俺は左の隅にオロチのサインを見つける。 三条智美の席を見るが当たり前みたいに彼女の席には誰もいなかった。どうしてこうなった?

 性同一性障害。

 体の性別と心の性別が違う障害。俺が自分のことを俺と呼びたくて、少年漫画ばっかり読んでて、友達から男に興味がないと言われる理由。以前は後天性の環境が原因で起こる障害だと思われていたが、実際は先天性のホルモンシャワーがどうたらこうたらが原因らしい。俺が悪いわけじゃないんだ。生まれつきなんだ。だからみんなそんな目で見ないでくれ。

俺は教室を抜け出した。人に話したのは小学校時代の親友にだけだ。親も知らない。本を読んで性同一性障害という名前も知った。なんでオロチってやつが俺のことを知ってるのかなんか知りたくない。俺は屋上に向けて走った。三条智美がいたらぶっ殺そうと思って扉を開けたが残念ながら三条はいなかった。俺はフェンスに手を掛けた。大丈夫。いまなら恐くない。これからのことを考えるほうがよっぽど怖い。空はこんな時でもムカつくくらいに青い。陽子。俺、お前のことが好きなんだ。なんて言ったらきもいとかうざいとかいっぱい言われるんだろうな。飛び降りようとしたら後ろから追いかけてきた誰かが俺の手を掴んだ。陽子かと思ったら男の手で俺はかなり落胆する。

「落ち着いてください」

 と、そいつは言った。今度は名前もわかった。最上速人だ。うちのクラスの不登校児その2.三条智美よりはまだ学校に来る回数が多いから顔もわかる。

「離してくれよ。俺はもう無理なんだ。死ぬしかないんだよ」

「世の中には死ぬしかないことなんて滅多にありません。借金苦だって自己破産すれば済む。容姿が悪くても整形すれば済む。性同一性障害がバレても転校すれば済むんです」

「関係ねーよ。死にたいんだよ。あいつらが俺をきもいと思う理由もわかるんだよ。体育の時さ、俺はなるべく見ないようにしてたけどあいつら俺に着替え見られてんだぜ? それが急に男だってわかったらそりゃきもいだろうし殺したいくらい俺が憎いだろうよ。俺は死にたいんだよ、なあ、頼むから手を離してくれって。人助けだと思ってよ」

「嫌ですね。なぜなら私にはあなたに聞きたいことがあるからです。そうでなくても目の前で人が死ぬのを見過ごしなんかしたら私に社会的な非難が集中します。クラスメイトは私があなたを追いかけるのを見ていますから。私のために死なないでください」

「ざけんなよお前の都合じゃねえか」

「あなたもあなたの都合で死のうとしてるんだからおあいこでしょう?」

 俺は強引にそいつを振りほどこうとするがやっぱり女の力だ。がっちり男に掴まれたら何もできなかった。

「どうしろって言うんだよ、もう……」

 膝から力が抜けて俺は途方に暮れた。いま死ねなかったら俺はいつ死ねるだんだろう。いまがきっと自殺したいピークだ。下がってしまうことがめちゃくちゃ恐い。

「聞きたいことがあります」

 最上は言う。俺は自暴自棄になって「なんでも聞けよ、スリーサイズだって答えてやるよ」なんて言う。

「あなたは本当にうさぎ小屋の件に関わっていないんですか? 誰がやったかも知らない?」

「またそれかよ、知らないって言ってるじゃねえかよしつけーな、つーかなんでお前がそれ知ってるんだよ、お前がオロチか? 殺してやろうか」

「私はオロチじゃありませんよ。しかしそうなると……、ああ、なるほどやっぱりその線ですか。少し付き合っていただけますか? いえ、別にあなたに用があるわけではないんですが、このままではあなたも納まりが悪いでしょう?」

 最上は携帯電話を使ってメールを送ったあと、俺の手を掴んでゆっくり階段を降りた。足元がふらついてる俺に気を使ってるらしい。

 ガラスが割れている教室の前で「入らないでください。そろそろ始まるので、少しの間ただ聞いていてください」と言って糸が切れて泣き出した俺にハンカチを差し出した。

 俺はそれを無視して最上の胸に鼻先を押し付けて泣いた。なぁ最上、男同士とかきもいだろうけど、少しの間だけ勘弁してくれ。


 教室の中から三条の声がした。俺は中を覗き込もうかと思ったが最上が許してくれなかった。

「君さ、どうしてああいうことができるの」

「なんの話だよ?」

 もう片方は男の声だった。つーかこれは、八谷竜平か? 万能の天才とか言われてるスポーツとか絵とか書道とか、表彰式で絶対名前が挙がるやつ。生徒会長もやってるから俺でも知ってる。

「今朝、サイソクとエンドくんと三人で話したんだ。うさぎ小屋の件で、ほら、三人よれば文殊の知恵ってあなたが私のあだ名を決めるときに言ったじゃない? そこでね、サイソクがノートの偽装工作をやったのは自分だって言ったの」

「へえ。どうしてまたサイソクのやつがそんなことやらないといけなかったんだ?」

「そうだよね。あれであなたの立てた計画は遅れちゃったんだから。あれは完全に余計なことだったんだよね。彼はさ、吉崎さんがあれを見てショックを受けちゃかわいそうだから殺されてることを隠そうとしたんだって」

「妙なこと考えるもんだな」

「ねぇ、あれをやったのは吉崎さんでしょ?」

「何を根拠に?」

「あれをやることにメリットのある人が彼女しかいないの。だって他の人は飯島さんに報告しなくちゃ点数は上がらない。

あれにあなたが首を突っ込んで、結果としてどうなった? 飯島さんは転校するよね? 彼女がいなくなったら吉崎さんはいじめられなくて済むよね?」

「へえ、吉崎っていじめられてたのか」

「白々しいね。あなたが本気で調べようと思ったらこの学校でわからないことなんてないんでしょ」

「否定はしないな」

「あなたは吉崎さんから飯島さんをどうにかしたいって言う話をされた。いつも通り誰かの秘密を餌にしてその依頼を受けたあなたは吉崎さんにうさぎを殺させる。キャベツを齧らせてから殺したのもあなたの入れ知恵。掃除と糞の量も。そのあとあなたは吉崎が犯人かもしれない話をして自分でその矛盾点を指摘することで私たちに吉崎が犯人だっていう疑念を持たせないようにした。そしていつも通りの方法で情報を集める振りをした」

「振り?」

「私さ、飯島さんは本当に何も知らないみたいだから秘密をばらすのはやめてって言ったよね? なんで聞いてくれなかったの? ねぇ、オロチ。八谷竜平、あれって八岐大蛇の『オロチ』でしょ」

「ああ、あれ、お前だったのか。お前のアドレス登録し忘れてたみたいだ。悪かったな」

 その瞬間、俺は最上を振り払って扉を真横に叩きつけた。

 教室に飛び込んで八谷の顔面を殴る。


 コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス


 それしか考えてなかった。……のにいつのまにか俺の目は天井を見ていた。何をされたのかわからなった。八谷が俺の腕を踏んでいる。俺は歯を食いしばる。教室の隅で膝を折って座っている男が興味がなさそうに俺から目を逸らした。何にも関わろうとしない目だった。

「よう、サイソク。いたのか」

 八谷の余裕の声が俺の真上から聞こえて俺は殺したかったが動けなかった。

「それで、証拠はあるのかい?」

「そこまで開き直れるんだ。君、ほんとに人間じゃないよね」

 三条智美が何かを振り上げているのが視界の端に映った。



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