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召喚? 誘拐の間違いでは?  作者: 篠月珪霞


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1/3

前編

こちらも番ものですが、異世界からの召喚で。

異世界召喚って未成年が多いけど、それなりに社会に出て年数経った成人済が召喚されたらどうかなという試み。

「…え」


まず聞こえたのは、成功だー!!といういくつもの歓声。それ以降は幾人もの声が混じりあい、何を言っているのか分からなかった。

私、白井瑠璃は、いつものように、出勤するために自宅のドアを開けただけだった。

いつものように、起床し、準備して、仕事が終われば帰宅し、そうした普通の、変わりない毎日を過ごすはずだった。

過去形になったこの日を、きっと忘れることはない。











軽く視線をめぐらす。実際に目にしたことはないが、例えるならば、写真やメディアで見たことのある、中世ヨーロッパに作られた城の中ような内装。加えて、瑠璃を取り囲むように存在している周囲の人間の服装も鑑みるに、日本ではないのでは? いや下手したら、”地球”ですらない可能性も…。


「……」


嫌な可能性にたどり着いてしまったが、それにしても誰も話しかけてすらこないのはどういうことか。あまりに周りが盛り上がっていて、逆に取り残されたこちらは冷静になるというものだ。仕事でもトラブルはつきものであったし。営業職というものは人間相手なだけに、それはもう様々なアレコレが…いや今は悠長に過去の出来事に逃避している場合ではない。

日本ではなさそうなのに、言葉が通じないわけではないのも不可解であるが好都合と、次は話のできそうな人に目星をつける。


「お話し中、失礼いたします。現状について説明できる方に、お時間とっていただきたいのですが」


ただ喜び合う周囲の中で、1人だけ別格な、服装的に身分が高そうというか、権力ありそうというか、まあそんな感じの美形がいたのだ。その美形と話している男性に話しかけると、彼は一瞬だけ驚いた顔を見せ、柔和に笑みを作った。


「…なぜ、私に?」


何故も何も。


「この中で、一番状況を把握していそうに思いましたので」


この2人以外は意味もなく騒いでいるだけに見え、普通に話しかけても耳を傾けてくれるかどうか。

それに。


「この場の責任者、もしくは準じる方ではないかと」

「…なるほど」


しかし、この男性に話しかけた途端、隣の美形が殺気を飛ばしてきた。何なのだ。この男性はあなたの伴侶かベターハーフか。知らんけど。


「おい、」

「申し遅れました。私は、この国の宰相、ウリエル=クラフトと申します。番様」


つがいさま? …番様だと?


「我の番に先に話しかけられ、あまつさえ、先に名乗るとはどういうことだ!」

「陛下、では番様を無視しろとでもおっしゃいますか」

「我が相手をすればいいだろう!」


いやあなたはまったくお呼びではない。むしろ邪魔になりそう。面倒なことになりそうだから言わないが。

がなり立てる美形は、宰相に一喝して一転、蕩けるような顔でこちらを見てきた。初対面で熱の籠った視線を向けられると、相手が美形でも気持ち悪いなと思ってしまった。新発見。


「それで、何が知りたいのだ、我が番よ」

「…いえ。ウリエルさん、と言われましたか。別室でお話を伺えますでしょうか?」

「なぜ我を無視するのだ!」

「……あなたが何者か存じ上げませんが、冷静に話を聞ける方を希望しておりますので」


ぐぬぬ…と怒気を隠さず唸っているが、先ほどの”陛下”が聞き間違いでなければ、この美形は一国の主ということになる。どんな国かはまだ分からないが、こんなんが治めてて大丈夫?

まあ、(たぶん)王制って基本世襲だろうし(そりゃそうだ)、どこの国も大変だな…と遠い目をするなどした。
















応接室らしき場所に通された私は、早速話を聞くことにした。

宰相様の隣に余計なものがついてきてるが、邪魔さえしなければまあいいかと存在を無視することにする。

対面で座ると、上品なティーカップが置かれた。紅茶かな。


「では、私が呼ばれた経緯と手段を順を追ってご説明いただけますか?」

「はい。まずこの国の現状からお話しします」



──十分後。





「……………………………………………………」



神よ、何故私にこのような試練を与えたもうた。


いわゆるゲンドウポーズで苦悩したところで誰が私を責められようか。

人が乗り越えられる試練しか与えないんじゃなかったのか、神は。無神論者だけど。平凡で一般的な日本人なので。

番様?とか怪訝そうな声が聞こえるが知らん。悩む時間くらい与えろ。


いやマジで、恋愛なんざ私の優先順位最下位をぶっちぎりで万年突っ走ってんのよ。首位は趣味、次点で食事、他はともかく、恋愛沙汰は最下位から動いたことないの。絶対上がらないの。おひとり様万歳な喪女にさあ…。ええ、彼氏いない歴年齢ですよ。いいんだよ、人の人生なんだから、好きにさせろよ。

恋愛耐性も興味もまったくない人間を何故召喚した。本当に何故。

どうせなら、私みたいに枯れきってる女じゃなくて、ぴちぴち(死語)で恋に恋する女子高生辺りを呼び寄せればよかったものを。

そしたら、たぶん、この美形との恋愛も楽しめたんじゃないかなあ。


美形とか観賞用以外の何物でもないんだ、私にとって。

遠くから眺める、こう芸術品?とか、美術品の類なんだよ。これと恋愛? 勘弁してよ…。

いや恋愛ならまだいい。これから始めましょう、知っていきましょうだから。一応選択の余地があるし。

しかし番制度─といっていいのか─を聞くと、夫婦前提じゃない? もう確定じゃない?

結婚前提じゃなくて、結婚確定の上で、じゃない? 私の意思はどこへ?

勘弁してよ…(2回目)。


大体、この世界に日本と同じくらいの娯楽があるか? いやない(断言)。魔法と剣のファンタジー世界だぞ?

現代日本みたく、科学が発達した世界じゃないんだぞ?

スマホだのテレビだの電子機器がなくても最悪我慢できるかもしれないが…。


まだあの本とかあの本とか、あの話の続き、読んでないのに!!!!!!!!!


どんだけ私が次の休みを楽しみにしてたと思ってるんだ…!

買っただけで読む時間が取れなかった本。

電子書籍の続き。

連載中の雑誌。

まとめて読むのだけを、楽しみにしてたのに!!


この世界で、あの話の続きが読めるか? 最終回まで読めるか?

否。


それに、来週は友人とアフタヌーンティーに行く予定だった。話題のなんとか~で美味しいらしいと聞き、休みを合わせていたのに。

ここの食文化がどの程度か分からないが、同じようなレベルであっても、友人と行くのに意味があって、ただ美味しいものを食べるだけなら1人でもいいのだ。

そう、友人もいるが、天涯孤独でもないのだ。

兄弟もいるが、母もいる。父は他界してしまっているが、定期的に母や兄弟とも会っている。家族仲が悪いわけじゃないというか、むしろいい。

成人してから仕事があるから頻度は減ったが、それでも大事なつながりだ。


元居た世界に帰るために、どうしたらいいだろうか。…そもそも帰れるのだろうか。


「…ウリエルさん」

「はい」

「この国は法整備されてますか? さすがに無法地帯ではないと思うのですが」

「失敬な! 初代国王が定めた法を皆順守している! 我が番といえど、初代の侮辱は許さぬ!!」


いやお前に聞いてねえよと思わず毒づきそうになるが、無視だ。

法整備されてるなら、まあまだ思っていたよりマシな状況だろうか。


「法律書、ありますよね。お貸しいただけますか? あと、ウリエルさんは魔法を使えないそうなので、できれば国で一番魔法が使える人の紹介をお願いいたします」















宰相様は、仕事があるとのことで、私が希望した法律書を残して退室した。魔法使い様には先触れを出しておくとのこと。

のはいいとして。

なんでまだいるんだ、この美形。王様なら仕事あるんじゃないか?


「……そなた、名前は何という?」

「白井です」

「変わった名だな」

「異世界人ですから」


辞書なみの書物から目を離さず答える。不敬罪あったら該当するかな。ついでに調べるか。

文字が読めなかったらどうしようと思ったが、杞憂に終わった。異世界特典か。

索引から知りたい項目調べるだけでも時間かかりそう…と気が遠くなりかけるも、今後のために仕方ないのだ。ファイト自分!


「我が名は、アシュフィルド=ザキエル=ミズリウィールという。我が番であるそなたには、ぜひアシュフィルドと呼んでほしい」

「分かりました。では陛下と呼ばせていただきますね」


まるでまったく聞いてなかったから。というか、調べものしてるの見えてないわけ? 空気読め。


「何か怒っているのか?」

「………」

「何か望みがあれば、遠慮なく言ってほしい。そなたが望むことなら何でも叶えよう」


だったら元の世界に帰してくれと言いたいが、何も知らない状態で言うのはおそらく悪手だ。それなりの労力でもって召喚したのだ。すんなり帰してくれるとも思えないし、現時点で信用もできない。軟禁監禁もごめんだ。


「シライ、そなたの好きな食べ物や、苦手なものはないか? あ、腹は空いてないか?」


フルネームを名乗らなかったのは当然わざとだ。よくある、真名を知られたら帰還不能とかになりたくないし。


「そなたのために部屋を用意してある。気に入ってくれるといいが」


会話を試みようとしているのだろうが、正直集中できないから黙っててほしい。贅沢をいうなら、1人になりたい。

じっくり読み込みたいので。いや読み込まなければいけないので。


「せめて返事をしてほしいのだが」


控えめに言っても自分の希望だけ通そうとするのは、やはり身分が高いせいなのだろうか。偏見か? 周囲にも知人にも、そんな高貴な方はいないため参考になるような対象がいない。


「…陛下」

「アシュフィルドだ」

「今、この国について学んでるところなんです。お時間いただきたいのですが。そして陛下もお仕事があるのではないですか?」


暗に邪魔だと言ってみるが、通じるかどうか。

基本、身分が高い人間って周囲が動いて当然だろうしなあ。


「…そうだな。我も先に執務を片付けてこよう。シライ、後でまた」


そう言ってやっと出ていった。お付きの人を連れて。


あー肩凝ったわ。本当。

いやに注視されて視線が痛いし、こっちは文字追って咀嚼するのに頭使ってるところなのに、ちょいちょい話しかけてくるし。どこの国も法律に関する本って、小難しい言い回しなんだよねえ。ラノベくらい軽く読みやすい、分かりやすいのだったら庶民にも浸透しやすいだろうにと思わざるを得ない。


出勤前のカバンごと召喚されててよかった。ペットボトルの水を取り出し、口に含む。営業職に飲み物常備は基本なのでね。

取り敢えず、ファーストコンタクトで出される飲み物には何が入ってるか分からないので、手を付けないのはまあ鉄則。

今後も油断はできないが、たとえ数日だったとしても絶食は辛すぎるし、どうしたもんか。












鬱陶しく絡んでくる美形(名前? 余計なことにメモリ使わない主義なので)がいなくなったので、心置きなく読み耽っている私。

さすが王城。町の喧騒とは無縁で、騒がしさはない。時折、小鳥の鳴き声らしきものと木々の揺れくらいのささやかな音が耳をくすぐる程度。読書には最適の環境。…異世界じゃなきゃな。

部屋には実は私1人じゃなくて、護衛?と思しき騎士服の男性と、メイド?侍女?(どっちだ?)の女性が2人いたりするが、物音ひとつ立てない。これもさすが王城というべきなのだろうなあ。

お茶が冷めた頃に、すっと入れ替えるメイドさん。こちらに気を遣ってか声をかけることのない、心配り。

お構いなく、と言いかけるが、日本語的言い回しって通じるのかな。それに新しいお茶淹れてもらっても、飲むつもりはないんだよね。


「ありがとうございます」


だがまあ、たとえそれが仕事であろうと、何かをしてもらってお礼を言うのは当たり前のこと。

手を付けられないまま廃棄されていくお茶と、折角淹れてくれた、職務に忠実であろうメイドさんには申し訳ないのだけれども。


何を言うこともなく、メイドさんは壁際に控えるようにすっとまた下がった。少しだけ雰囲気が柔らかくなった気がする。さっきまで、塩対応までいかなくても、どっか冷たかったというか。


護衛さんもだけど、メイドさんたちも、私に反感持つのは仕方ないことだと思うのよ。ここに来てからの私の態度は褒められたものではないし。特にあの美形に対して。自覚はある。

自分たちの仕える主に対して、向き合わず返事もせず、無視がデフォルトなんて、なんだあいつ、となってもおかしくない。いやそれが普通。仕事と割り切ってる人なら分からんけど。

それに、私の事情なんか知らないだろうしね。



さて受け取ってから文字を追ってる、この異世界の六法全書もどき。当然日本語ではない。

地球のどれにも、当てはまるものはたぶんないだろう文字。読めるというのは正確には違って、文字自体は読めない。だから書くのは無理。

なのに、意味は分かるという仕様に違和感がありすぎて、進んでいないのが現状。

しかし、普段から文章読むのには抵抗なかったから、そこはよかったんだろうなと。

コミックばっかり読んでませんよ? 小説もライトノベルだけじゃなく、文学、ミステリー、エッセイ、時代物、なんでもござれ。つまり乱読。面白ければ何でもいいのよ。

まあそんなこんなで、別に読むこと自体はいいのだけれど。


あー…家にあるブックスタンドが切実に欲しい…!


応接用のテーブルは低いのだ。まあね。話し合いの場において、視界を遮るような高さのテーブルは相応しくはない。分かってはいるけれども。

六法全書はともかく、広辞苑とか辞書とかは、日本人なら義務教育で使ったことがあるだろうそれ。

重いんだよ、普通に。

手で持つにしても、ずっと持って読むとかどんな鍛錬、どんな苦行…!

ああ、部屋の文芸書用のブックスタンド。ネットや雑貨屋見回って厳選したブックスタンド。使い勝手のいい、あなたが恋しい…!!

何故、今ここにあなたがいないのか…!!!


そりゃここが異世界だからだよ、とセルフ突っ込みして、すんっとなる。現実の辛さよ…。













昼食だのお茶だの晩餐だののたびに、磨かれ、ドレスアップさせられ、飾り立てられ…私のライフはもう0よ…。

小説とかコミックとか、仮想で読むのと体験するのとでは大違い(当たり前)。貴族のお嬢様、生まれたときからこれが標準装備か。すげえ…。

ドレスも装飾品も重いのね…としか思わない辺り、適齢期すぎつつある女としては終わってるがそれがなんだ。女子力など皆無であることは本人が一番分かってるんだ。ほっとけ。

シルクか知らんが上質な布でもこうも何重だと重みしかないし、繊細な細工でもイヤリングもネックレスもヘアアクセもリングもブレスレットも…いやなんでここまでフル装備せにゃならんのだ。相手が王族だからか? まじむりぃ…。

仕事中はパンツスタイルのスーツだし、普段着もそれをカジュアルにしたような服装の私になんてハードルの高さ…!

異世界転移とか召喚とかさ、性差関係なく、装備とか正装とかよく馴染めるよな…。ドレスだけじゃなくて、防具とかも重いだろうに。肩も腰もやられる。


ついでに、コルセット開発したやつに殺意を覚えたわ。ストッキング開発したやつにも覚えた、同じくらいの殺意を。

女性の身体のラインがどうとか知るかボケ。なんで男を喜ばせるためにそんな努力を、女だけに押し付けるんだ、ああん?


楽しいはずの食事が苦行だった。法律書読破という鍛錬じみたものより、比べ物にならんくらいの苦行だった。

あの美形が、お見合いさながらの質問を繰り出してくるのも、苦行でしかなかった。私の食事を毒見させてたメイドさんに、要らん牽制してたのもな!

苦行がゲシュタルト崩壊してたわ、私の中で。


食事という名の苦行が終わった後に通された部屋は、なんだかこう、どういう人間を想定したのか?というパステル調で纏められていた。ふんわりぽわぽわな可愛い女の子だったらさぞ、みたいな。

私の好みとは違うんだよねえ。知らないから当然だけど。言えば変えてくれそうだが、面倒だし言わない。


やさぐれまくって、中断させられた読書、法律書(誰かが持ってきてくれたんだろうな)を遠い目でひたすらめくる。必要事項はメモをとる。これも基本。メモ帳、筆記用具は常備してますが何か?

日本語だから、この国の人間には読めまい。ふはははは!!


……まあなんだ。テンション上げていかないと、心折れそうになるんだ。許してほしい。


だってここには、心の癒しがない。頼れる人なんか1人もいない。誰もいないんだ。何もない。

いくらアラサー近くて、実家から離れて一人暮らししてても、ちゃんとつながってた。

職場でも、厳しくも何でも話せる上司、面倒だが仕事はできる同僚、小言は多いが頼れるお局様、共に繁忙期を乗り切った後輩たち、いつでも愚痴を話せて、話してくれる友人たち、そしていつだって私の居場所と拠り所である家族たち。

異世界に来て、誰も見てないところでこっそり確認したスマホは、圏外だった。

誰とも話せない。誰にも話せない。そう思い知るのは早かった。


泣き喚いて、誰かがどうにかしてくれるなら、泣き叫んだと思う。みっともないとか、いい年なのにとか言われても。

醜態を演じる程度で望みが叶うなら、元の、自分が生きている世界に戻してくれるなら、それくらいやってのけた。いい年なので、相当の羞恥心との引き換えとなるが。戻れば二度と会うことのない人たちだと、開き直れたにしても。黒歴史の1つや2つ…いややっぱ辛いかも。

人前で泣くのはなあ…。涙は女の武器とか巷では言ってるかもなんだが、手段としては最低で卑怯だと思うの。それを意図して使うのは。計算でなければ、仕方ないけど。


話しが大分逸れまくったが、法律書の解読は順調に進んでいる。魔法使い様との面談は、2日後だそうだ。…長いなあ。それまでに、この国の法律、ある程度学ぶかあ。独学で。

ああでも、法律家も必要だな。魔法使い様が先だけど。


順序だてて、やるべきことを確認して。


どこまでできるか分からないけれど、決めたのだ。

私がこの世界で、独りだと気付いたときに。





































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