7話
ランザとともにギルドを出ると、さっきギルドに荷物を取りに行った時よりかは暖かい風が体を通り抜ける。
「まだまだ暖かいですねぇ」
ランザは鼻から大きく息を吸い込みながらそう言った。
セシリアにとっては寒くは無いが特段暖かいとは思えない。しかし王都よりも北に位置し、なおかつ標高も高いベイストではこれくらいはまだ「暖かい」に入るのだろう。
今後訪れるであろう冬季では、王都とは比べられない程厳しい寒さがこの都市を襲うはずだ。
「そういえば、ランザさんはどちらに用事が?」
案内してくれるとは言ってくれていたが、そもそもの用事を終わらせなければセシリアに罪悪感に似たマイナスの感情が働く。
「あぁ、それでしたら大丈夫ですよ。ただの買い出しですので」
「買い出し?」
思わぬ返答についオウム返ししてしまう。
「はい。基本的に食糧は店から直接取り寄せているんですが、まとめて注文するせいであとあと細かい不足が発生するんですよ。今回はそれの買い出しです」
なるほど、とセシリアは頷く。
同じ冒険者ギルドといってもその方針は様々で、ノケモノたちの家たちのように建物内に居住スペースがあり、所属するギルドメンバーが共同生活しているところもあれば、あくまで情報交換などの交流をするためだけの広場のようなところもある。なんならここ数年冒険者稼業が下火になっている東側にはギルドの建物自体が存在せず、クエストの時にだけ集まる形だけのギルドなども多くある。
王都内にも多くのギルド拠点があるが、それでもノケモノたちの家のように大きく、なおかつギルドメンバーの食事まで用意するところはそう多くない。
「では、皆さんの食事もランザさんが?」
「いえいえ、私もちょっとした料理なら出来ますがギルド内での食事当番は別の方ですよ。今回のおつかいはその方に頼まれたものでして」
ギルドのリーダー補佐ともあろう者がおつかいというのがおかしな話に聞こえて、セシリアは思わずクスッとしてしまう。
「すみません」
「ははは、良いんですよ。私自身も自分がリーダー補佐らしいとは思ってませんから。リーダー補佐というのも肩書ばかりで、やっていることと言えばこうした些事ばかりですよ」
「そ、それでおつかいの内容というのは?」
自虐気味に笑うランザに、セシリアは苦笑いしながら話を変えることしかできなかった。
その後はランザの目的の物が売っている店を回りながら、時には少し遠回りしながらもベイストの各所を案内してもらった。
王都では見かけない風景を楽しみながら、様々な施設や店を把握していく。事前に地図で確認してはいたが、やはり実際に自分の足で歩いて照らし合わせないとなかなか記憶に定着しないものだ。
(ここら辺は昨日も歩いたけど、こんな街並みだったのか)
昨日は焦っていたが、落ち着いて歩くといろいろと気付くことがある。
王都でもほとんどの建造物が石造りだったが、ここベイストの建物は目に映る全てが石造りといっても過言ではないほど木造の建造物が少ない。ランザに聞いたところ、そもそもベイストの周辺では木材資源が少なく、近くの山から削り出した石材が主な建築資源になったらしい。また、冬季に降り積もる雪の重さに木造建築では耐え切れず、耐久面でも石造にせざるを得ないのだそうだ。
その後もギルドの周辺や組合近くの主要施設を巡り、ランザのおつかいも残すところあと一つというところで、最後に向かう店の通りの前で人だかりができていた。
人だかりの中からは怒号も聞こえていて、店の物が目当ての行列というわけではないようだ。それどころか怒声の中にはかなり物騒な単語も含まれていて、ただならぬ様相を呈している。
「なんでしょうか、あれ」
「少し様子を見てきます」
「え、ちょっとランザさん!?」
ランザはセシリアを置いて人だかりの中にすいすいと入っていく。
その動きは素早く、ランザも冒険者ギルドの一員であることを証明していた。
人ごみをかき分けながらなんとか最前列に行くと、地面に倒れているとある人物を中心にしてこの人だかりが形成されているのが分かった。
この場にいる全員の視線が集まっているその人物は小柄で、そして決して人には生えぬ体毛をぼろぼろの袖口から覗かせていた。
(魔獣人……!)
そう気づいた瞬間、セシリアは思わずランザを目で探す。
セシリアよりも素早く直線的に最前列に辿り着いていたランザは、セシリアから見て右前の方向に立っていた。
周りの人々が嫌悪に染まった目や怒りを持った目でその小さな体躯の異形を見る中、ランザはガラス玉のような目で中央で横たわる彼を見ていた。
「この泥棒ネズミが! 怪物興行にでも行くかさっさとくたばりやがれ!!」
店のオーナーであろう小太りの男が怒声を投げつける。
よく見るとその小さな魔獣人の腕にはいくつかのパンが抱かれていた。おそらくこの店から盗ったものなのだろう。
店主の声はどんどんヒートアップしていき、このままではより過激な手段を取るであろうことは想像に難くなかった。
(どうすれば良いの……それにランザさんは何もしないの?)
いくら国家機関である冒険者組合の職員といえど、個人でこの場を抑えられる権利は無い。街中で起こる暴力事件や犯罪行為は衛兵の管轄下で、セシリアが今出張ったところでお門違いも甚だしい。
「あっ」
セシリアが何も行動に移せず見守ることしかできないままでいると、ついに怒りが頂点に達したのか店主が振り上げた足で横たわる子供に蹴りを入れる。
魔獣人といっても目の前で痛みに蹲っているのはまだ12歳にも満たないであろう子供だ。このまま二度、三度と体格のいい店主の強烈な蹴りをされては、当たり所によっては本当に死んでしまう。
まるで自らが蹴られている当人であるかのようにランザへと救いの視線を向けるセシリアだったが、その視線に気付いていないのかそれとも気付いたうえで無視しているのか、ランザは変わらずガラス玉の目で今から起こるであろう惨劇を見つめるだけだった。
周囲の観衆も誰一人として止めようとしないなか、セシリアにとっての救いは人ごみの外から現れた。
「おいっ! 何をしている!」
怒号が飛び交う中でより一層大きな声が響くと、ガチャガチャと金属の擦れる音を鳴らしながら衛兵が人ごみに道を開けさせながらやってくる。
二発目の蹴りを入れようと足を振り上げていた店主も、衛兵の声を聞いてその足を石畳の上に下ろす。
「事情を説明してもらおうか」
駆け付けた衛兵は店主の様子と地面の上で転がる子供の魔獣人を一瞥して何が起こったのか察した様子だったが、念のために店主にそう問いかける。
店主が表面上だけでも怒りを収めて事情を話し始めると、興が覚めたのか人ごみは一人また一人とその場から離れていく。
「私たちも行きましょうか」
魔獣人から目を離せずにいたセシリアに、いつの間にかそばに寄っていたランザがそう声を掛ける。
「はい……」
セシリアは力なく返事を返し、ランザに従って店に背を向ける。
今後あの子がどうなるのか。それはセシリアには分からない。衛兵が介入すればおそらくもう死ぬことは無いはずだ。しかし、それでも決して明るい結末にはならないだろう。
そしてそれはただ単に盗みを働いたからという理由だけでは無いと、セシリアは心の中で確信していた。




