10話
その後は他のギルドメンバーとも談笑しながら食事を終え、後片付けを手伝った。
(もうこのままでも良いかも……)
広間の椅子でくつろぎながらそう思ってしまうほど、セシリアはこのギルドに対しての不安感は無くなっている。たった一日だというのにこれとは、セシリアは自分が思うよりも流されやすい気質なのかと自己認識を改めた。
やはり共に食卓を囲むというのはそれだけの効果があるのだろう。
(それに、あったかいご飯を食べたのなんていつぶりだろう)
王都で働いているときの昼食はいつも忙しくて出来立てのご飯にはありつけなかったし、晩ご飯や休みの日はついつい疲れを言い訳に作り置きのおかずや外で買ってきて保存していた惣菜と冷えたパンで済ましていた。
こうして暖かいご飯の美味しさというのを再確認すると、王都にいた時もスープを温めなおしたりパンを軽く炙るくらいのことはしてれば良かったと後悔してしまう。
他人の作った出来立てのご飯を食べられる幸せを噛み締めていると、やはり先程の事件がチラついてしまうが、温かい食事と他のメンバーとの他愛ない会話に胸の奥のざらつきは少しずつ薄れていった。
程良い満腹感に誘われながら椅子の背もたれに上半身を預けているとカレンがカウンターの奥から出てきた。
「すみません、お客さんなのに手伝わせてしまって」
「いえいえ、こちらこそご飯をご馳走してもらうなんて」
セシリアも椅子から立ち上がりお互い頭を下げる。
お客さんというカレンの言い方は少しおかしいような気もしたが、セシリアとしてもただご飯を食べさせて貰うだけというのは矜持が許さなかった。
「お口には合いましたか?」
そう訊いてきたのは、カレンから少し遅れて出てきたリーンだった。
「はい、とても美味しかったです」
「それは良かったです。カレンちゃんと腕によりをかけた甲斐がありました」
そう微笑む顔の横には、人間の耳ではなく魚のひれのようなものが付いている。
挨拶は昼食の際に済ませていた。リーンはクリスティアと同じくらいの年の印象で、周りの感じからしてもこのギルドのお姉ちゃんのような立場なのだろう。
そしてランザに聞いたようにリーンは人魚の魔獣人のようで、その口から発される声もおとぎ話の中で表現されるような透き通っていてどこか蠱惑的な響きがあった。
「夜は私とアルルさんが当番ですから、そちらもご期待ください!」
セシリアの言葉にカレンは得意になったようで、胸を叩いてそう言った。
「それなら私は久し振りに歌おうかしら」
カレンに触発されたのか、リーンも唐突にそんなことを言った。
「ホントですか! リーンさんは歌がとっても上手で、すっごく綺麗なんですよ!」
セシリアはまるで新しい玩具を買ってもらった子供のように喜び、セシリアに熱を持ってその素晴らしさを伝えてきた。
だがしかし、上手かどうかは関係なくセシリアは素直に喜べなかった。
(だって人魚の歌って、ねぇ……)
「フフフ、私の歌には魅惑の魔法なんて掛かってませんよ」
リーンはまるで慣れているかのようにセシリアの懸念を言い当てた。
「……少しお酒を飲みすぎてしまう魔法なら掛かっているかも知れないけど」
恥ずかしくて身を小さくするセシリアに、リーンはそんな嘘か本当か分からないことをうそぶいた。
それぞれが自分の予定へと動き始めた広間には、あっという間に人がいなくなってしまった。カレンも洗濯があるとどこかに行ってしまった。
(さて、私も仕事をしないと)
そう思い立ったセシリアだが、監察官の仕事はすぐ終わらせることができるようなも物ではない。不正な金の流れなどが無いかの確認や、メンバーの素行調査などをすることになるが、これらは一朝一夕に終わるものでもない。
ギルドの帳簿は先日ザインから閲覧の許可を得ている。だがそれも前回の監察から今までの数年間分の帳簿なので、それを確認するだけでも一週間以上はかかるだろう。無論、素行調査など数日の接触だけで判断できるものでもない。
面倒な帳簿の確認だけでもすぐに終わらせてしまおうか、そう方針を決めて帳簿を借りに椅子から立ち上がったところで、個人部屋へと繋がっている通路から小柄な人影が二つ出てきた。
(えーっと、この二人は……)
「これから依頼?」
まだ広間に残り食後のティータイムを楽しんでいたリーンが声を掛けた。
「「はいっ!」」
二人が声を揃えて答えた。
(あぁ、思い出した。コニーさんとチャルフィンさんだ)
セシリアは今朝顔合わせをした年少組の二人の名前を思い出した。
「お二人で行かれるのですか?」
セシリアがそう不思議そうに訊くのも何もおかしな話ではない。
冒険者の年齢層は低いも高いも際限がないが、それでも腕利きの冒険者が集う王都ではここまで小さな子は滅多に見かけず、いたとしても大人のいるパーティーに加わる形になる。
そんなセシリアの疑問を察してか、二人の子供は顔を見合わせると笑って言った。
「大丈夫ですよ。冒険者の依頼と言っても、受けるのは都市近郊の薬草採取などの安全なおつかい依頼ですから」
「おう。あんま胸を張って言えることじゃないけど、それくらいならオレ達だけでも行けるからな!」
都市近郊での依頼とはいっても、それでも街道を外れれば魔物が現れる。
二人で行くということは、一人が採取を行っている間は当然一人で周囲を警戒する必要がある。大きな街の近くに現れるような魔物は比較的弱いが、そういった魔物というものは得てして身を隠すのが上手く、奇襲が得意だ。
それを二人でおつかいと言いきれてしまえるならば、コニーのように謙遜するようなものではない。
「それに、ここにいる皆さんのおかげで僕たちも読み書きができますから」
チャルフィンは続けてそう言った。
確かに依頼を受けるならば依頼書に書かれている内容を読む必要がある。
大抵パーティーに僧侶や魔法使いなど、一人くらいは読み書きの行えるものがいるのが普通だ。だがもしギルド全員が読み書きができるとすれば、それはセシリアにとって驚愕すべきことだった。
「ギルド内で読み書きを教えているんですか?」
読み書きの習熟というのは時間と金がかかるものだ。根気もやる気も要る。
「えぇ。私やティア、ランザさん達で交代交代で教えています」
答えはリーンから返ってきた。
ティアというのはクリスティアの愛称だろう。
「そうだ、折角だったらお二人に付いて行かれてはどうですか?」
リーンは唐突にそんなことを提案した。
「オレ達は全然全然良いぜ。なっ!」
「はい。僕も大丈夫です」
確かに観察官として依頼に付いていくのはアリだ。
(でも、初回がこの子たちかぁ……)
先程の口ぶりなどからするに実力的に問題はないのだろう。しかしセシリアとしてはもう少しベテランというか、具体的に言えばアルルやランザといったメンバーについていきたいのが本心だった。
勿論、実力が高いということはそれだけ危険が増す依頼を受けているということでもあるのだが、そこはやはり場数の安心感というものがある。
流石にそんなことを本人たちの前で言うわけにもいかず、何と答えようかと不自然な間を作ってしまったセシリアを救った人物は扉から現れた。
「お前たち二人だけではクローネさんも不安だろう」
今日初めて聞いたその声は、このギルドの長であるザインであった。
「あらザインさん、こんにちは」
気配も無く突然現れたザインに固まる三人を置いて、リーンが最初に口を開いた。
コニーもチャルフィンもそれに続き、最後にセシリアが口を開く。
「こんにちは、ザインさん」
「こんにちは」
ザインとセシリアはお互い軽く頭を下げて挨拶を交わす。
「広間に来るとは珍しいですね」
「お昼の残りでもないかな、とね」
「またお昼抜いてたんですか? はぁ、スープの残りでも温めるので少し待っていてください」
そういってリーンはカウンターの奥へと姿を消す。
他の人相手とは違って、リーンはザイン相手には砕けた話し方をしている。
ザインもまた、口調は変えずともギルドメンバーに対しての雰囲気がセシリアに対してのそれとは異なっていた。
「それで、クローネさんは二人に付いていくんですか?」
リーンの背中を見送ったザインは、テーブルの上に置かれたままだったパンを手に取ると、セシリアにそう訊いてきた。
「はい、よければ依頼に付いていきたいと思っています」
「そうですか、それなら……」
ザインは手に取ったパンを壁際に設置された火が入っている暖炉で軽く炙りながら、視線を暖炉ではなく広間の隅に向けた。
「フィーニ、お前が付いていけば何の心配もないだろう」
「えっ……?」
ザインの視線の先を追うと、確かにそこには小さな人影があった。というより、視線を凝らしてようやく人影が浮かび上がったように見えた。
(ずっといたの……? もしかして食事の時からずっと?)
コニー、チャルフィンの二人も気付いていなったようだが、このようなことは日常なようでセシリアのように声に出して驚くことは無かった。
「……わたし?」
フィーニはなんとか聞き取れる声でそう言った。
「ミカやアルルの手が空いていれば適任だったが、生憎あいつらは今別件で出かけてる」
「……」
フィーニは少し悩んでいる様子だったが、セシリアには断る理由を探しているように見えた。
(やっぱり私なんだか嫌われてるというか、距離を置かれてるわよね)
「フィーニ、頼まれてくれないか?」
「……ザインがそう言うなら」
フィーニは渋々といった様子で了承した。
「ありがとうございます、フィーニさん」
セシリアはなんとか表情を取り繕いつつフィーニに感謝を告げる。それを受けたフィーニは返事をするわけでもなく、頭に掛かったフードを両手でより深く下ろすだけだった。
そんなフィーニを見て、ザインは小さく頭を振る。
(でも結局不安は不安なのよねぇ)
ギルド内でも指折りの実力者と言われても、今セシリアの後ろをフィーニの背丈は前を歩くコニー達と同じで子供と変わらない。
(流石に大丈夫、よね?)
一人だけ不安を抱えたまま、依頼を受けるべく四人は組合へと続く道を歩き出した。




