9話
ギルドへ戻る道すがら、セシリアはほとんど口を開かなかった。
ランザもまた、無理に会話をしようとはしない。
昼の光に照らされた石畳の道を、二人はただ並んで歩いていた。
(あの子は……どうなったんだろう)
頭から離れないのは、あの小さな魔獣人の少年の姿だった。
パンを抱えて、地面に蹲っていたあの姿。
蹴られた音。
周囲の視線。
そして──何もしなかった自分。
(仕方なかった、なんて……本当に?)
ランザの言葉は理解できる。
立場も、責任もある。
あの場で動けば、もっと大きな問題になった可能性もある。
それでも。
(それでも、あのままでよかったの?)
答えは出ないまま、ギルドの門が見えてきた。
「戻りました」
ランザが扉を開けると、中からは香ばしい匂いが流れ出てくる。
「あ、おかえりなさい!」
カレンの明るい声が飛んできた。
「ちょうどお昼ご飯ができたところなんです!」
広間にはすでに何人かが集まっていて、テーブルの上には温かい料理が並んでいる。
煮込み料理に、焼きたてのパン。
湯気の立つスープ。
ほんの数刻前に見た光景とは、あまりにも違う世界だった。
「セシリアさんも、どうぞ!」
促されるまま席に着く。
目の前に置かれたパンを見て、セシリアの手がわずかに止まった。
(……同じ、パンなのに)
あの子が抱えていたものと、同じはずなのに。
「……いただきます」
小さく呟いて、パンを手に取る。
柔らかく、温かい。
けれど、喉を通る感覚はどこかぎこちなかった。
「ねえ、セシリア」
ふいに声をかけてきたのはアルルだった。
「外で、何かあったでしょ」
その言葉に、思わず顔を上げる。
「顔に出てる」
ぶっきらぼうに言いながらも、その目はまっすぐだった。
「……少し」
言葉を濁す。
どこまで話していいのか分からない。
すると、
「もしかして、街の方で?」
クリスティアが静かに問いかけた。
セシリアは少し迷ったあと、口を開く。
「……魔獣人の子供が、盗みを働いて……それで……」
そこまで言って、言葉が詰まる。
続きを言う必要はなかった。
場の空気が、わずかに変わる。
「……そう」
誰かが、ぽつりと呟いた。
それ以上の言葉は続かなかった。
「別に珍しい話じゃないわ」
静寂を破ったのはアルルだった。
「食べるものがなければ、盗むしかない。それだけの話」
冷たいようでいて、どこか諦めの混じった声。
「でも、だからって許されるわけじゃない」
コニーが小さく言う。
「うん。だからああなる」
アルルはあっさりと頷いた。
正しい。
正しすぎるほどに。
だからこそ、苦しい。
「……連れてこればよかったのに」
不意に、小さな声がした。
全員の視線が、そちらに向く。
カウンターの陰。
そこに、フードを深く被った小さな影があった。
「フィーニさん……?」
セシリアが呟く。
フィーニは顔を隠したまま、ぽつりと続けた。
「連れてくれば、よかったのに」
その声は震えていた。
「ここなら、ご飯もあるし……寝る場所もあるし……」
ぎゅっと、自分の袖を握りしめる。
「……死なないで済むのに」
その一言が、重く落ちた。
セシリアの胸が、強く締め付けられる。
(私は……何を見ていたんだろう)
規則。
立場。
責任。
それらに縛られて、目の前の命から目を逸らした。




