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悪女の消えた世界  作者: 三食うどん
アンネ・ローゼの手記
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 冬の間、私たちは何度か手紙のやり取りをしておりました。私の実家は雪深い土地で、王都に別邸などもありませんでしたので冬の間中ずっと家に籠っていなければなりません。彼女との手紙の内容はほんの他愛もないものでしたが、彼女に会えない寂しさを慰めてくれていました。

 ところが、そんな彼女からの手紙がある日を境にぱったりと途絶えてしまったのです。体調を崩してしまったのではと不安になり、何度か様子を伺う手紙を送ったのですがそれすらも音沙汰がありません。お父様に王都やモラトリアス侯爵家の周辺に変わったことがなかったかと聞いてみても、満足する回答は得られませんでした。私はやきもきちとした気持ちで学院が再開される雪解けの季節を待ちました。

 学院が再開すると、思ったよりもすぐに彼女と話す機会が出来ました。久しぶりに会う彼女は少し痩せていて、顔色も悪いようでした。


「ベア、どうしたの? ずっと心配していたのよ。冬の間病気で伏せっていたの? ねえ、顔色がよくないわ。もう大丈夫なの?」


 いつもの場所に彼女がやって来るや否や、私は彼女に詰め寄り矢継ぎ早に尋ねました。


「……ええ、心配いらないわ。もう平気よ」


 病気については否定も肯定もせず、彼女は力なく微笑みます。


「いいえ。全く大丈夫そうな顔ではないわ。何か良くないことがあったのね? あなたの立場では言えないこともあるでしょうから無理に聞き出したりしないわ。でも私の前ではそんな苦しそうな顔で大丈夫なんて言わないで。あなたのありのままの気持ちを吐き出してちょうだい!」

「ああ、アンネ! 私もう、どうしたらいいのかわからないの」


 悲鳴のような声を漏らして彼女は私に(すが)りつき、そのまま崩れ落ちました。彼女が嗚咽(おえつ)を漏らすたびに肩がか細く震え、涙が次々とドレスに染みを作ります。いつも毅然きぜんとした彼女がこれほどまでに弱々しい姿を見せるのは初めてのことでした。私は彼女の体を支えるようにしっかりと抱きしめます。


「アンネ、あなたのことを信じているわ。だから、このことはまだ誰にも言わないで」

「ええ、二人の友情に誓って。絶対に言わないわ」

「……冬の間、定期的に殿下とお茶の時間を設けるのだけれど、そこで内々に言われたの。私との婚約を白紙にしたいって」

「そんな――」

「殿下には愛する方がいらっしゃるのだと」

「なんてこと!」


 あまりの事に目の前が真っ暗になったように感じました。それと同時に、お会いしたこともない雲の上のお方である殿下に、怒りさえ湧き出てきました。彼女が婚約したのは彼女が7歳の時、幼い頃から自身の将来を決められ、様々なものを諦め受け入れてきた彼女に対してこの仕打ちはあんまりでした。私も小さいうちから婚約者を決められていた身です。もしサマエル様にこのような仕打ちをされたらと、自分を重ね合わせてより悲痛な心持ちになりました。


「そんなこと、モラトリアス侯爵が許すはずがないわ。陛下はなんとおっしゃっているの?」

「内々のことだもの、まだ誰も知らないわ。けれど、じきに陛下にもお話しされるでしょう。父は、陛下のご意向に従うでしょうね」

「お相手がいるのでしょう? これはその方やご家族もご承知のことなのかしら」

「……お相手のことは私もよくは知らないの。けれど、殿下がおっしゃるにはとても王家と縁を結べるような身分の方ではないと」

「ありえないわ! そんなこと、他の貴族たちも許すはずがないわよ。モラトリアス侯爵家を軽んじるなんて、例え殿下であってもただでは済まないでしょうに、そんなこともお分かりにならないのかしら」

「アンネ、自分のことのように怒ってくれてありがとう。でも言葉を控えて。不敬罪になるわよ」

「だって私…悔しくて……。あなたを軽んじられてとても悔しいの…悔しい」


 私は唇を噛みしめて涙を零しました。こんなにも苦しんでいる彼女に何もしてあげられない、無力な自分が悔しかったのです。


「そうね、ええ。私も、悔しかったんだわ。そう、悔しかった。だって私にも野望があったのですもの」

「ベアは殿下を愛していたの?」

「ええ、…もちろん。愛しているわ。当然でしょう」

「それなら…愛しているなら、戦うべきだわ。私も、この学院であなたを慕っている人は皆、あなたの味方よ。こんなことは許されない、貴族社会だってあなたに味方するわ。戦って、愛を貫くべきよ。私もベアのためならなんだってするわ」


 この時の発言を私は今も後悔し続けております。あのように、彼女を追い込むべきではなかったのです。この発言が、結果彼女を破滅へと導いてしまったのではないか。あの日彼女を断頭台に追いやったのは誰でもない、この私なのではないか。そんな罪の意識が頭から離れないのです。

 例え世間からこの罪を問われることはなくても、アガイシスが私の罪を決して見逃すはずがありません。そして私も、生涯自身を許すことはできないでしょう。


 まもなく陛下からの呼び出しがかかり、彼女は学院を後にしました。それからしばらく彼女は学院に現れませんでした。そして、私たちの友人としての会話はこの時が最後となったのです。

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