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彼女との学生時代で一際思い出深い記憶をお話ししましょう。あれは私たちが三学年になった時のことです。
デルボネア王立女学院では、学院が封鎖される冬が訪れる前にその年の学院生活の集大成でもある催しが行われます。学年ごとに分かれそれぞれの演目を教員や父兄に向けて発表するのです。その多くが演劇や合奏、合唱などですが、私たちの演目は彼女を主役としたオペレッタということに決まりました。そして僭越ながら、私も彼女の推薦で脚本の一部を監修させていただくことになっておりました。その頃の私たちの会合の話題は専らそのオペレッタについてでした。
「やはり『サーニアス創世神話』かファルカス・ラヴァスの『薔薇姫君』、『愛しのモネリーゼ』あたりが有力かしら」
それらは当時もっとも一般的な演目のひとつでした。毎年いずれか一つは必ず、どこかの学年が演じているというほどです。
私が同意を求めると彼女はどこか浮かない表情を滲ませました。
「正直言ってその演目はもうすっかり飽きてしまったの。わざわざ台詞を覚えなくたって全ての登場人物の台詞を言えるくらいよ。端役のベスティア夫人のアリアだってほら」
そう言って彼女は徐に歌いだします。私はしばらく彼女の美声に聴き惚れていました。
「ベア、あなたの歌だったら例え知り尽くした演目でも十分惹きつけられると思うわ」
「ねえ、そうだわ。いっそのこと全く新しい演目を作ってみてはどうかしら? ほら、アンネが前に夢中になっていた女海賊の話なんてどう?」
「サラ・バーチのこと?」
「ええ、舞台は荘厳な船の上。誰よりも強く、気高く、男勝りの女海賊サラ・バーチ。毎日あんなに本を読んでいるのだもの、あなたならきっと、素晴らしい脚本が書けるでしょう? 私、殺陣には少々自信があってよ」
「そりゃあベアならばどんな役だって完璧に熟すとは思うけれど、普通の貴族のご令嬢が海賊を演じられるとは思えないわね。台詞を聞いただけで卒倒するのではないかしら。それに……ファルカスでもあるまいし、私たちが新しい演目を一から作るなんて無理よ。読むのと書くのでは全く違うもの」
「……そう。ならば私はつまらない役を精一杯演じきりましょう。おお、私の美しい騎士よ。跪きこの私に忠誠を示しなさい。そなたの忠誠が続く限り私の薔薇は幾先も咲き続けることでしょう」
芝居がかった節を唱え終わると彼女は深いため息をつきました。その視線は遠い地を睨んでいるようでした。私は何だかたまらない気持ちになりました。彼女が泣いているように思えたのです。
「ベア…」
「アンネには前に話したわね。私の幼い頃の夢の話を」
「ええ、お父上の跡を継いで騎士になりたかったのよね」
「私には誰よりも才能があったわ。奢るようだけれどあのまま剣術を続けていけばかなりの地位にまで上り詰めていたはずね。道は険しいかもしれないけれど、構わなかったわ。私がこの国で初めての女性騎士になるだなんて燃えるでしょう?」
彼女はふふ、とはにかみました。私は目を瞑って、騎士として剣を掲げた彼女の姿を想像します。彼女の凛とした美しさが協調され、とても素敵に見えました。
「今となってはこの状況に納得しているし、いずれ王妃となるのも悪くないと思っているのよ。殿下のことも幼い頃から知っているし、信頼もしているわ。王妃となって私にある程度の権限が与えられたらまずは女性騎士の育成に力を入れるわね。それに職業婦人の育成や支援にも着手して、ゆくゆくは女性の地位を向上させるわ。そうね、女性でも官職につけるくらいに」
「それは……壮大な野望だわ」
「知っているでしょう? 私は相当欲が深くってよ。私やあなたのように、女であることに負い目を感じることのない世の中にしていきたいの。そのためならば、きっとどんなことでもできるわ」
彼女の言葉を聞いて、私の胸に無数の思い出が去来しました。それら全てが私が女であることを理由に諦めてきたものでした。女性が読むことを良しとされない冒険小説や男性向けの騎士物語、あらゆる学術書、王都にある王立図書館、他国の言葉を学ぶこと、国を渡って見聞を広めること、言語文学学士への道。私たちはこれまであらゆるものを当たり前のように諦めてきたのでした。
「本当にそんな未来が来るのだとしたら、とても素敵だわ。ベアが王妃となる日は、臣民としてとても誇らしい気持ちになるでしょうね」
「あら、友人としては喜んでくれないのかしら?」
「まさか。きっと自分のこと以上に喜ばしいと思うわ。あなたの晴れ姿を近くで見れないとしても、直接会話することが叶わなくなったとしても、私たちの友情は無くなったりしないわ。きっとずっと深く、魂でつながりあっているもの」
「――ありがとう。アンネ」
彼女は立ち上がり、腰を屈めると恭しく手を差し出しました。
「敬愛する薔薇姫様。どうぞ私の手をお取りになり、私にあなたをお支えする名誉をお与えください」
「あら、私が薔薇姫なの?」
クスクス笑いながら手を乗せると、彼女は私の手の甲に口付けの真似をします。
「気高く美しい薔薇姫様。あなたに真の忠誠を。心からの親愛を。あなたが真実途切れることのない友情を示してくれるとおっしゃるならば、どうか今宵だけ……月明かりの下、誓いのダンスを私と踊ってくださいますか」
「ええ、喜んで」
それから私たちは明るい日差しの下で互いの手を取り合いダンスをしたのです。二人とも女性側のダンスしか踊れなかったものですから時折足を踏んでしまったり体がぶつかったりと、お世辞にも素敵なダンスとは言い難かったのだけれど、なんだか心の底から嬉しさと楽しさがこみあげてくるようなひと時でした。
その年の公演では、彼女の演じた薔薇姫は大盛況に終わりました。いくら見飽きた演目とはいえ完璧主義な彼女のことですから、少しの甘えも許さず全力で取り組んでおりましたし、そんな彼女の迫真の演技や歌唱に誰もが圧倒せざるを得なかったのです。
やがてアガイシスの訪れと共に、学院は完全に封鎖されます。そして雪解けを待って、再び学院の門が開かれるのです。私たちの学院での生活もあと一年ほどになりました。




