大噴水
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──大噴水
記念艦バートリーは木造のフリゲート艦だった。
固定化の魔術がかけられているので、木材がダメになることはない。ただ、防腐・防火のための固定化のエンチャントなので、全体としては古びた印象を受ける。
「おー。大砲が並んでいる」
「こっちには時代ごとのミニチュアの艦艇模型が置いてありますよ」
「ほうほう。船も進化しているんだねー」
木造の戦列艦から蒸気機関を利用した船、完全に装甲化された装甲艦。ムナール都市海軍はさほど規模の大きな組織ではないが、魔術を利用した目新しい技術が投じられており、大砲を最初に後装式のものにしたのはムナール都市海軍だとされていた。
「昔は風に乗って船を動かしていたんだよね」
「そうみたいですね。しかし、向かいたい方向に風が吹いていなかったらどうするのでしょうか?」
「やっぱり魔術都市だし赤魔術で風を吹かせて、向かいたい方向に進んだんじゃないかな? 魔術があれば大抵のことはできるはずだよ」
「でも、海上では魔力のある場所とない場所がありますよ」
「そういう時は風に任せていたのかもね」
いい加減なことを言いながら、フィーネたちは記念艦バートリーを降りると、懐中時計で時刻を見た。時刻は11時30分。そろそろ正午になる。
「大噴水を見に行こうか?」
「傘はどこで手に入れます?」
「多分、近くのお店に売ってあると思う。調達に向かおう、オメガ君!」
「分かりました」
オメガとフィーネはのんびりと街の中を歩きつつ、ここが魔術都市であることを確認した。都市妖精の数が他の都市よりも多い。それだけ余剰な魔力が生じているということだ。きっと魔力をくれる魔術師のために働いている子もいるのだろうなとフィーネは思いをはせたのだった。
「これが大噴水かっ!」
「大きいですね」
噴水はちょっとしたプール並みのサイズがあり、今は5メートルほどの水が噴き出している。これも全て魔術でできているなら、それは素敵なことだなとフィーネは思った。
「そうそう。傘を調達しないと。お店ありそう?」
「あそこに傘のレンタルをやっている店があります」
「おお。ナイス。早速借りて来よう」
フィーネたちは傘のレンタル店で傘をふたつ借りて時間を待った。
そして、正午になったのと同時に噴水の水が一気に50メートル近く噴き上げた。
「すっごーい!」
「凄いですね……」
辺り一面に魔力の込められた水がまき散らされる。これも一種の魔力インフラである定期的に都市内の魔力を均質化しておき、都市内で魔力不全が起きないように掻き回しているのだ。ムナールは住民のほぼ全てが魔術師であるためにこのような措置が必要になってくるのである。
「エリックさんは見たことあるのかな?」
「なければ勧めたりしませんよ」
「それもそうだね」
今度はエリックと一緒にこの噴水を見上げたいものだなとフィーネは思った。
『フィーネ殿』
「ん。小春さん。どうかした?」
『つけられています。魔道式銃を携行した男が4名左右から近づいてきています』
「え。私たち関係ある?」
『エリック殿が言うにはムナールで魔道式銃の携行を許可されているのは都市軍と都市警察だけだと』
「じゃあ、不味いね……」
自分たちが狙われている確証はないけれど、この大噴水に人が集まったところで銃を乱射する可能性はあった。そういうことは事前に阻止しなければならない。
フィーネはすかさず周囲を見渡す。警察官の姿を探したのだ。
いた。防弾チョッキを纏い、手には短機関銃を持ったパトロール中の警察官を見つけた。彼らに通報して、どうにかしてもらおうとフィーネは考えた。
「すみませーん! お巡りさん!」
「ん。どうしたのかな? 迷子かい?」
「ち、違いますよ。あそこを歩いている人が魔道式銃を持っているって私の守護霊が」
「民間人が魔道式銃を? それは物騒だな。職務質問してくるから待っていなさい」
これで一安心をフィーネは胸をなでおろした。
銃声が響いたのは次の瞬間だった。
魔道式短機関銃を構えたふたりの男が警察官を蜂の巣にしていた。
「え……」
「フィーネお姉さん! 逃げて!」
男たちは銃口をフィーネたちに向けると、引き金を引いてきた。
大噴水に銃弾が命中して、破片が飛び散る。フィーネは身を伏せると、噴水の陰に隠れて銃弾をやり過ごした。
「これで相手は完全に敵です。どうしますか?」
「小春さんに頼もう」
フィーネは小春の方を向く。
「小春さん! 実体化させますから、襲撃者を無力化してください! それから逃がさないように! けど、なるべくなら殺さないで!」
『承った!』
フィーネは小春を実体化させると小春は風のように駆け抜けていった。
「撃て、撃て!」
「畜生! 相手は霊体だ!」
小春の斬撃で魔道式短機関銃の銃身が切断される。そして小春は返す刀で、ふたり男たちの脇腹に峰打ちを加えた。男たちは腹部に走った衝撃で、身動きできなくなり、そのまま地面に倒れる。
「畜生。霊体が相手じゃ手に負えん。撤退だ」
「了解」
もう一組のふたり組の男たちは早々に撤退を決め込み、銃弾をばらまくと撤退していく。だが、それを逃がす小春ではなかった。
『逃がさん!』
「クソッタレ!」
やはり小春はまずは男たちの魔道式短機関銃の銃身を切断し、それから男たちに峰打ちを食らわせる。小春から繰り出される峰打ちは強力で、防弾・防刃のエンチャントを施した装備を整えていた男たちを一瞬で気絶させた。
「これで一安心かな?」
「まだです。僕も詳しくはないのですが、この手の作戦には全体を統率する人間がいるはずです。恐らくは高い場所からこちらを見下ろせる位置に」
「く、詳しいね」
「本で読んだだけの知識ですのでどこまで当てになるかは。敵の第二陣の可能性もありますし、今は伏せておきましょう」
「う、うん」
フィーネがそう告げた直後、フィーネの隠れていた噴水の淵が吹き飛んだ。
「ひゃあっ! 本当に狙われている!」
「小春さんに索敵を!」
「了解! 小春さん索敵をお願いします!」
フィーネが小春に命じる。
『了解した。だが、どこから撃ってきているのか』
小春が周囲を見渡したとき、風切り音が響いた。
「タクシャカさん!?」
タクシャカは建物の屋上に急降下すると、そこにいた狙撃手を一撃で仕留めた。
「フィーネ! オメガ! 大丈夫かね!?」
そして馬車に乗ったエリックが慌てて近づいてくる。
「大丈夫です! この通り!」
「そうか。それはよかった」
エリックは一息つくと、フィーネを見つめた。
「フィーネ。私はこれからしなければならないことができた。かつての仲間たちが暴走している。それを止めなければならない。だが、その前に君に伝えておかなければならないことがある」
「なんです?」
「私は君のことが好きだ。愛している。それがこの間の君の質問に対する答えだ」
フィーネは一瞬で顔が真っ赤になるのを感じた。
「君の答えを聞かせてもらっていいかい?」
「わ。私もエリックさんのことが好きです! 大好きです! 愛してます!」
「ありがとう、フィーネ」
エリックはそう告げてフィーネを抱きしめた。
「帰ったら君のご両親に挨拶しておこう。私たちの記念に」
「はい、エリックさん!」
この後、事件の捜査が行われたが、フィーネたちを襲った男たちと神の智慧派の集会を襲撃した男たちは同じ非合法傭兵だった。
ムナール都市警察はダイラス=リーンに続いて自分たちの都市が襲われたという事実に怒り、殉職した2名の警察官のためにも事件を解決することに意気込みを示している。特に誰が非合法な傭兵を雇ったかについては極めて慎重かつ迅速に調査が進められた。
「そちらがダイラス=リーンで活躍なさったフィーネ・ファウストさんですか?」
「活躍したと言われるとちょっと語弊があるきもしますけど。ちょっとは役に立ちました。今回もお役に立てるかと思います」
フィーネはそう告げて死体安置室に入った。
「タクシャカの毒にやられた死体は液状化しているので、別の死体にしましょうj
「え、液状化……」
そう告げてあの大噴水の襲撃現場で指揮を執っていた狙撃手の男の死体袋を僅かに開ける。狙撃手の死体は胸をタクシャカの爪で貫かれている以外は綺麗なものだ。
「『冥府の番人よ。我が呼びかけに応じ、その扉を開きたまえ。暫しの間、現世に死者を呼び戻すことを許されたし』」
フィーネがそう詠唱すると男の霊がゆっくりと姿を見せる。
『ああ? 俺は……』
「あなたは死にました。今は魂だけの存在です」
『ああ。畜生。しくじったか』
男が悪態をつく。
「あなたを雇った人間を教えてください。似顔絵を作成します」
『ああ。サンクトゥス教会の人間だと名乗っていたが、実際はどうやらな。ダイラス=リーンでテロがあってから、いろんな人間がサンクトゥス教会の名前を騙るようになった。そいつはサンクトゥス教会の白と金の祭服を纏っていて、髪は剃っていなかった。だが、サンクトゥス教会の坊主たちがしている香水の臭いはした』
男が語る中、フィーネは筆を走らせる。
「この人物で間違いないですか?」
『そうだ。その男だ。よく分かったな』
「ちょっとした特技なので。その人物は他に何か言っていましたか?」
『リッチーがいるから気を付けろとだけ。あんたがリッチーか?』
「いいえ。私はまだただの人間です」
フィーネはそう告げるとムナール都市警察の心霊捜査官を見た。
「済みました」
「分かりました。では、戻してください」
「はい。『冥府の番人よ。我が願いを聞き届けてくださったことに感謝を。その扉を閉ざされたし』」
フィーネはそう告げて男を冥府に帰した。
「後はこの似顔絵を関係者の方々に見てもらいましょう」
ムナール都市警察の心霊捜査官はそう告げると一時的に襲撃された神の智慧派の面々を匿っている会議室に向かった。襲撃では3名が死亡、5名が重軽傷を負った。
神の智慧派は衝撃を受けている。自分たちの仲間が密かに純潔の聖女派と結びついていたということに。そして、恐らくは自分たちを襲撃したのが同じ神の智慧派の人間であるということに。
神の智慧派は世界魔術アカデミーあるいは世界科学アカデミーでマスター以上の称号を得ている人間だけが入れる派閥だ。それだけ知的な人間が集まってるというのに、暴力という安直な手段に打って出た。それもこれまでは仲間だと思っていた人間に対してである。神の智慧派の人間たちは誰を信じればいいのか分からなくなりつつあった。
「心を落ち着けてください、兄弟姉妹たち。神は見ておられます。彼らの蛮行は必ずしや裁かれるでしょう。そして、神は醜い人工の支配者の存在など認められないはずです。我々には必ず恵みが与えられるはずです」
神の智慧派の司祭が説教するが、それをまともに聞いている人間は僅かだった。
彼らがもっと庶民的であったならば神に縋るということにも意味があっただろう。だが、神の智慧派神の存在を自分たちで確かめて対話することを目的とした派閥だ。ただの説教で落ち着くはずがない。そのことは説教をしている神の智慧の司祭自身が分かっている。それでも今のこの状況で何かしなければという意識があった。
だが、ここにいる面々は考えている。
裏切者は誰だ? どうして裏切った? 人工の支配者というのはそこまで魅力的な存在だったというのだろうか? だとして、それを犠牲なく降臨させることは本当に可能なのだろうか? 何かの対価が必要ではないのか? かつて魔導書を解読するのに処女と童貞の生き血が必要だったように。
相手は特AAA級魔導書『ネクロノミコン』だ。何が記されているか見当もつかない。解読に何が必要なのかも検討が付かない。
ただ、エリックには分かっていることがある。
ラルヴァンダードは同じ単語を二度繰り返している。
森の異変の調査に向かったときと、この間の集会の場で。
人工の神とは『人類の無知と傲慢の象徴』だと。
森の異変を止めるには、人工の神とやらをどうにかしなければならない。
それで問題が解決、となれば一番いいのだが。
「似顔絵ができました」
その会議室にムナールの心霊捜査官がやってきた。
「フィーネ・ファウストさんが作成された似顔絵です。見知った顔ですか?」
「アランだ」
神の智慧派の司祭が告げる。
「間違いない。アラン・モーアランドだ。神の智慧派のメンバーだ」
顔がバレないと思っていたのか、アラン。それともそこまで焦っているのか。
それは人工の神の降臨が近いということか?
「アラン・モーアランドさんについて知っている限りの情報を。国際指名手配します」
エリックたちはひとりずつ取調室に呼ばれて調書を作成する。
アランは熱心は神の智慧派の信仰者だった。
アランは仲間思いの人間だった。
アランは問題を起こすような人間ではなかった。
アランは倫理観を持って魔術の解明に当たっている人間だった。
ひとりひとりがそう語っていく。
「アランが神の智慧派に入り込んだのは妹さんの死が原因だ」
エリックは語る。
「妹さんは通り魔に殺されている。それで暫くは信仰心を失っていた。だが、私が神の智慧派に誘うと熱心な信仰者になった。いつか本物の神にあって、妹さんの死について尋ねたいと言っていた。それがどうしても必要なものだったのかどうかと」
「つまり、神の智慧派に入ったのは本物の神との対話のためですね。それが何故、人工の神を作るというようなことに手を貸すのですか?」
「私とて人の心の全てが分かるわけではない。だが、彼は疲れていたのかもしれない。我々が努力に努力を重ねても、神は応えてはくれなかった。そのことで次第に神の智慧派への失望を感じ始めていたのかもしれない」
「なるほど」
それでエリックの調書作成は終わった。
「フィーネ」
「はい」
「帰ろう。そして、君の両親に挨拶しておこう」
「はい!」
フィーネたちはこうして帰路についた。
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