新しい子供
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──新しい子供
「ただいまですー」
4日間のデルフィーヌとの森林監視員の職業体験を終えて、フィーネがエリック宅に戻ってきた。エリックは何か忙しいと言っていたが、何が忙しかったのだろうかとフィーネは疑問に感じる。
そういえばエリックも研究を行っているんだったとフィーネは思い出す。透明な魂を持った人間の研究を。まさかその準備をしていたのだろうか?
「あら。お帰りなさいませ、フィーネさん。デルフィーヌさんとの職業体験はどうでした? ためになりましたか?」
「ええ。とっても! 感銘を受けました! けど、私はやっぱり心霊捜査官を目指しますよ。森林監視員も大事なお仕事ですけど、私には心霊捜査官の方が向いていると思うんです。なんとなくですけれど」
「自分の将来のことは自分で決めてください。誰も文句は言いません」
そう告げるとメアリーは忙しそうに洗濯物を抱えていった。
「ん……? 今の洗濯物、妙に数が多かったような?」
エリザベートは着替えない。その必要はないのだ。彼女は衣服を生成できるし、人間のように汗をかいたりもしない。
だが、それを抜てもエリックとメアリーの分にしては洗濯物の数が多かった気がする。何か来客中なのだろうか?
「やあ、フィーネ。お帰り。ようやく授業を再開できるよ」
「エリックさん! ただいまです!」
フィーネはエリックの姿を見ると1階から手を振った。
それからだった衝撃的な光景を目にしたのは。
「お父様。あれは誰ですか?」
8、9歳ほどの男とも女とも見分けがつかない子供。そんな子供が2階からフィーネを訝しむような視線で見ていた。
「彼女はフィーネ・ファウスト。私の弟子だ。フィーネ、紹介しよう。ついに成功したホムンクルスのオメガだ」
「ついに成功した……。つまり、透明な魂を持っている……?」
「ああ。そうだ。彼は透明な魂を持っている。私の研究テーマの第一段階が達成された。人間の魂の色は後天的に変化することがあるのかについて」
エリックはそう告げてオメガの頭を撫でた。
「ところで、女の子なんですか? 男の子なんですか?」
「男の子だ。これから君とともに学習を重ねていくことになる」
オメガは女の子のような男の子だった。
「彼も死霊術師に?」
「まだなんとも決まっていない。魔術の基礎から教えることになる。彼がどのようなものに興味を持つのか興味深いとは思わないか?」
「確かに。透明な魂の子って何に興味を持つんでしょう?」
しかし、フィーネには分からなかった。
これまでホムンクルスの作成を止めていたと思われるエリックが急にホムンクルスを生み出そうと思ったのか。どうやって透明な魂のホムンクルスを作成できたのか。
まあ、いいことだとフィーネは思う。
エリックは自分への授業もやめないでくれているし、それにそろそろフィーネも立派な死霊術師を名乗れるまでに成長したのだ。後はメアリーから社会学を、エリックから数学を教われば、ウルタールでもダイラス=リーンでも心霊捜査官が始められる。
「よしくね、オメガ君。これからはエリックさんと一緒にいろいろと教わろうね」
「……お姉さんは信用できる人ですか?」
「も、もちろんだよ! 私もこう見えて1年以上はエリックさんの弟子をしてるんだから。それに将来の夢は正義の味方である心霊捜査官なんだ!」
「権力の犬ですね」
「な、なにをー!」
フィーネが告げるのにオメガが煽る。
「いい加減にしたまえ、オメガ。そういう態度では人間社会ではやっていけないよ。他人に暴言を吐いてはいけない。さあ、フィーネに謝るんだ」
「……はい」
オメガはトテトテと階段を降りてきて、フィーネの前に立った。
「フィーネお姉さん、ごめんなさい」
「うん。いいよ。私も向きになってごめんね」
ペコリと頭を下げるオメガにフィーネはそう告げた。
「これでいいですか、お父様」
「ああ。人間社会では他者を思いやる気持ちが大事だ。そのことは覚えておきなさい」
「はい」
そうか。オメガは生まれたばかりだから、そういうことから教えていかなければいけないのか。子育てみたいなものだなとフィーネは思った。
子育て! そして、フィーネは顔を真っ赤にする。
自分とエリックでオメガを育てればそれは実質ふたりの子供ではないだろうか。疑似的にでも親子のつながりができ、エリックとも……。
「何してるんです、フィーネさん?」
そんな妄想をしていた時、メアリーが怪訝そうにフィーネの顔を覗き込んできた。
「な、な、な、なんでもないですよ!」
「はあ。そうですか。何やら幸せそうな顔をしていたので危ないクスリでもキメているのかと心配しましたよ」
「そんなもの使いませんよ!」
フィーネはうーっと唸った。
「しかし、マスターもどうして今になって透明な魂の実現を果たせたのでしょうか。それにどうして今になって実験を行うと思われたのでしょうか。何か心当たりはありませんか、フィーネさん?」
「うーん。ないですね」
木の霊との交信はトランス状態だったのでフィーネの記憶にはない。
「まあ、マスターも時には勝手気ままにやりたいときもあるのでしょう。私も妻としてそういう点は受け入れていかなければなりませんね」
「そんなに簡単に妻にならないでください!」
メアリーが軽く告げるが、フィーネが噛みついた。
「そうですね。簡単に名乗ってはいけません。まずはマスターと結婚式をして、それからハネムーンに出かけて、一夜を共にし、それで初めて妻だと名乗れるものです」
「うぐぐぐ……。全然、意図が伝わっていない……」
フィーネはエリックの妻の座を狙っているのだ。
「さて、暫くは忙しくなりますよ。住民が増えましたからね。エリザベート様は相変わらず魔導書クラブ通いですが、マスターのお子さんという重要人物が増えましたからね。好き嫌いしないように満遍なく素材を使っていきましょう」
「そうですね。好き嫌いはよくないです」
思わずメアリーに賛同するフィーネ。
「そういうわけで私も子育てがありますから、そろそろ仕事に戻りますね」
「あー! 抜け駆けー!」
メアリーがよいしょと洗濯籠を持ち上げるのにフィーネが叫ぶ。
「抜け駆けも何も、あの子は私とマスターの子ですが?」
「違いますー! エリックさんが生み出したホムンクルスです! ホムンクルスがどういうものなのかは私も知っているのですからね!」
「やれやれ。これだから素人は」
「な、なにをー!」
「マスターが透明な魂を作れた原因をご存じですか?」
「へ? そういえば今までは失敗していたって……」
エリックは実験が失敗続きだから、一時的にホムンクルスの製造を止めていたはずだ。それがどういうわけで作れるようになったのだろうか?
「その様子だとご存じないようで。私のアドバイスのおかげですよ」
「ぐぬぬ……」
私にももっと知識があればエリックにアドバイスできたのにとそう思いながら、フィーネは大変悔しい思いをしたのであった。
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その日の夕食はキノコたっぷりのシチューだった。
普通、子供はキノコやニンジンを嫌うものだが、オメガは文句を言わずに平らげていた。流石はエリックの子供だとフィーネは感心していた。
「フィーネ。森林監視員の仕事はどうだったかね?」
「とっても有意義なものでしたよ! けど、あれは主にフィールドワークですね。死霊術はあまり関係ないです。強力な守護霊と人を撃つ度胸さえあれば、死霊術師でなくともやれますよ」
「そうだろう。実際に森林監視員で、かつ死霊術師というのは稀だ。動物の声が聞ける死霊術師など君ぐらいだろうからね」
エリックはそう告げてパンを千切った。
「フィーネお姉さんは動物霊の言葉が聞こえるのですか?」
「うん。なんだか珍しいみたいで。ウルタールの猫の声とか、ワイバーンに襲われたクマの声とかを聞くことはできたよ」
「凄いじゃないですか。そんな人は存在しないと教科書には書いてありました」
「あはは。それからデルフィーヌさんって人も準備を整えれば動物霊の言葉が聞こえるみたいだよ。トランス状態になっちゃうみたいだけど」
「なるほど。世界は広いですね……」
オメガがコクコクと頷く。
「それからこれは私もトランス状態になっちゃうんだけど、木の霊とも交信できるよ。木にも霊魂が宿るって知ってた?」
「ええ。ですが、交信できる人がいるとは知りませんでした」
「えへへ。ついこの間も交信したばっかりなんだ」
そういえば木の霊との交信の際に自分は何を見たのだろうか?
「僕の魂は木の魂を模しているのですよ」
「え?」
次はフィーネが驚く番だった。
「お父様は木の霊を見て、その魂が透明であることに気づかれたそうです。そして、メアリーおばさまにその話をしたところ、ならば木の霊と同じような魂を作ってみてはどうですかと言われたそうでう」
「なるほど……。それで君は透明な魂なんだね」
「はい。ですが、透明なのは今のうちだけかもしれません。いずれは色が変わるかもしれないとお父様は言っておられました」
エリックの実験は後天的に魂の色が変わるかの実験だ。オメガの色が変われば人は魂の色が後天的に変わる可能性を秘めている。変わらなければ、人は後天的には魂の色を変えることはできない。
エリックとしては前者を望んでいるとフィーネは思っている。うつ病の患者などは魂の色が青色であることが多いという。それが魂の色を変えることによって変えられるならば、精神治療の一環となる。
「ところで誰がおばさんだと?」
「え。メアリーおばさんは800歳──」
「後でお説教です」
「はい……」
メアリーの心はまだ16歳なのだ。800年経とうとも。
「メアリー。あまりオメガを厳しくしつけないでくれ。歪んだ子になってしまう恐れがある。叱るときは叱る。褒めるときは褒める。それがはっきりしなくなると、子供はどう行動していいのか躊躇ってしまう」
「はい……」
メアリーは不服そうに返事を返した。
「それではごちそうさまでした」
恵みをくださった神と農家の人々に感謝して食事は終わる。
「フィーネお姉さんはダイラス=リーンに向かう途中で海賊に遭遇されたんですよね? 敵はどのようなものたちでしたか?」
「うーん。なんというかな。おっかない人たちだったよ。手には軍用の魔道式小銃でいつでも発砲できるようになっている。怨霊はいるけれど、迂闊に怨霊を使えば魔道式小銃から銃弾がばらまかれて人々が傷つく可能性がある」
「それでどうなさったのですか?」
「怨霊にお願いして、まずは海賊たちの指の骨を折ってもらったの。それからは怨霊がなすがままに。それだけだよ」
「怨霊と交信されたのですか?」
「ええ。ちょっとだけ。そうだ!」
フィーネは周囲を見渡す。
「小春さん? 小春さーん?」
『む。失礼した。エリック殿から話を聞かれていた』
「エリックさんから?」
ちゃんと職業体験していたか確認されたのかなと思う。
「そうそう、オメガ君。彼女は小春さん。彼女も怨霊だったけれど、モーガン・メソッドで落ち着いたんだ。今は私の守護霊をしてくれているの。とっても立派な人だよ」
『立派などとは……。誤ってメアリー殿の腕を切ってしまいましたし……』
フィーネが自慢するのに小春が照れた様子を見せる。
「モーガン・メソッドで祓った怨霊を守護霊に……」
オメガは驚愕の眼差しでフィーネを見ていた。
「フィーネさんは才能あふれる方なのですね」
「そ、そんなことはないよ。才能があるっていうのはエリックさんみたいな人を指すんだよ? 私なんてポンコツだから」
「そんなことはないです。怨霊と交信して交渉したり、動物霊や木の霊と交信したり、怨霊だった霊を守護霊にするなんてどれも今の死霊術の常識をひっくり返します。フィーネさんは才能あふれる人です」
「そ、そうかなー?」
エリックからはよくよく褒めてもらっていたが、他の人──それも自分より年下から褒められることには慣れていないフィーネだった。
「きっと心霊捜査官になられたら大活躍ですね」
「だといいけどね。あはは」
今のフィーネはただ苦笑いを浮かべることしかできない。
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