職業体験
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──職業体験
「あのー。私は本当に心霊捜査官になるつもりなんですよ?」
あれからベルトランドが四苦八苦して暴走した木々を分散させたり、枯らしたりして、一先ず森の混乱は収まった。
魔物は14日間1度も確認されていないし、魔力量の値も周辺の森より少し高いレベルに収まった。まだベルトランドでもどうにかなるということを示していた。
そんな中、フィーネはアウトドア用の衣類を身に着けて、デルフィーヌの研究所兼自宅にいた。デルフィーヌは地図を引っ掻き回しており、ヴァナルガンドは犬のように丸まって眠りについてる。そしてエリックの姿はなかった。
「まあまあ、そう言わないで。何事も体験よ? エリックも言っていたんでしょう。『君の将来は開けている』って。だったら、いろいろなことにチャレンジしてみないと」
そう告げてデルフィーヌは1枚の地図を取り出した。
「先の森の暴走事件で魔物が発生して、生態系が乱れている可能性があるわ。それを調査しに行くのよ。つまり森林監視員の職業体験ね」
「はあ」
「エリックからは暫くは授業はできないって言われているんでしょう? それなら少しでも経験を積むのにいろいろな物事に手を出しておいた方がいいわ」
「まあ、それもそうですね。動物霊ともっと上手く交信できるようになったら、心霊捜査官としても役に立てるでしょうし」
「そうそう。それに森林監視員の仕事もいいものだって思えるかもしれないわよ?」
デルフィーヌはそう告げて地図を広げる。
「調査するのはこの辺り。多くの野生動物が集まるエリアなの。ホウセキドリが確認される場所でもあるわ。ホウセキドリは前世紀に乱獲されて、今では絶滅危惧種なの。ベルトランド爺様の森には希少な動植物が多くあるわ」
「それが魔物に荒らされていないか確認するのですね」
「そうそう。まあ、ヒグマとかも出るけれど、可能な限り彼らとの接触は避けて。今は季節的にもそこまで獰猛な時期じゃないから、こちらから手出しをしなければ、向こうもちょっかいを出したりはしてこないはずよ」
「私たちだけで行くんですよね?」
「私とヴァナルガンド、フィーネちゃんと小春ちゃん。この4名よ」
「ヒグマとか出るのに大丈夫なんです?」
「フィーネちゃんの小春ちゃんはワイバーンの首を刎ね飛ばしたじゃない。ヒグマはワイバーンより弱いわよ。何せワイバーンの餌にされるぐらいだから」
「まあ、それもそうですが。遭難したりしません?」
「私が何年間森林監視員の仕事をしていると思っているの。任せておいて」
「では、本当にお任せしますね」
デルフィーヌのことは嫌いではないが、一緒に行動を共にするとなるといつもの変わり者としてのデルフィーヌが思い浮かんで心配になるフィーネだった。そもそもデルフィーヌとフィーネの出会いはデルフィーヌが全裸に毛皮を被って、オオカミのように遠吠えしていたシーンなのだから当然だろう。
「けど、デルフィーヌさんって森林監視員のお仕事もなさってたんですね。てっきり獣医と死霊術師の兼業かと思ってたんですけれど」
「獣医としての仕事はあんまり人が来ないから。私のところに来るのはよっぽどのことがないと地理的に辺境だから患者がこれないの。だから、普段は森林監視員の仕事をしてるのよ。それから死霊術師としての研究もね」
デルフィーヌはそう告げてしっかりとブーツのひもを締めた。
「さあ、行きましょう。私たちはチェスターみたいに馬車はないから歩きよ。体力に自信はあるかしら?」
「もちろんありますよ! 心霊捜査官になるために鍛えてますから!」
「それならちょうどいいわ。もっと鍛えましょう。けれど疲れたら言ってね。ヴァナルガンドを実体化して背中に乗せてもらうから」
フィーネは毎朝の買い出しと夕方のランニングは欠かさず行っている。
「それでは出発しましょう!」
「おー!」
なんだかんだで森林監視員の職業体験を楽しんでいるフィーネであった。
「けど、森林監視委員って具体的にはどういうことをするんです?」
「密猟の阻止と生態系の保護。主にこのふたつが仕事よ。特に密猟の阻止は重要ね。自然環境の変化も多くの動物を殺すけれど、密猟はもっと多くの動物を殺すから」
「密猟者を見つけたらどうするんです?」
「森林監視員には密猟者を拘束ないし殺害する許可が与えられているわ。私は殺したことはないけれど、何人もの密猟者をチェスターに突き出しているわ。特にこの森は未だに希少な動物が暮らしているから、動物学者に標本を売ろうとか、薬にしようって連中がぞろぞろ来るの。困ったものね」
デルフィーヌはそう告げて首をすくめた。
「危なくはないんですか?」
「もちろん危ないわよ。相手は密猟のために狩猟用の魔道式小銃で武装してるから。だから、私にはヴァナルガンドっていう頼もしいパートナーが必要だったの。ヴァナルガンドがいれば大抵の密猟者は無力化できるわ」
「ううむ。大変そうですね」
「大変だけれどやりがいのある仕事よ。自分たちが努力した結果、森の動物たちが生き生きと暮らしているのを見るのは達成感を感じるわ。この大いなる自然のための自分がやれることをやったっていうのはやりがいを感じるわね」
デルフィーヌはそう告げて森の入り口に立った。
「それではいきましょう。この森の管理の私の仕事。しっかり仕事ぶりを見ててね」
「はい!」
デルフィーヌはヴァナルガンドを実体化させると彼に周囲の気配を探らせた。
『何もいないな。魔物の動物も皆無だ』
「おかしいわね。この辺りは普通、キツネの住処になってるはずなのだけれど。ヴァナルガンド、人間がいた気配はしない」
『かすかだがする。いつもの人間とは違う臭いだ』
「つまり狩猟許可証を持っていない人間の仕業というわけね。完全な密猟だわ」
そう告げてデルフィーヌも鼻を鳴らす。
「血の臭い。近いわ。いくわよ、フィーネちゃん」
「は、はい!」
密猟者は狩猟用とは言え魔動機小銃を持っているのに、このデルフィーヌの大胆さはなんなのだろうかと思う。しかし、勇敢なデルフィーヌはそれはそれでカッコいい。
「あった。ここでキツネたちを撃ったのね。ヴァナルガンド、臭いは追える?」
『ああ。可能だ。ついてこい』
ヴァナルガンドはそう告げて森の奥へと進む。
「ちょ、速いですって! 追いつけませんよ!」
「急がないと次の動物が狙われるわ。フィーネちゃん、頑張って」
「頑張ってって……」
フィーネは平坦な道を走ることはトレーニングとして行っているが、森のような凸凹した道を走る訓練はしていない。確かにこれは体力がなければできない仕事だと納得する。こんな仕事を続けるには体力がなければどうしようもあるまい。
『臭いが分かれた。敵は二手に分かれたようだ。どうする?』
「まずは一方を拘束し、それからもう一方ね。この辺で密猟者が狙う獲物と言ったら……。そうね。オオカミね」
『それは見過ごせんな。俺の同胞たちを密猟しようなどとは』
「ええ。だから、迅速に行動しましょう」
ヴァナルガンドが唸るのにデルフィーヌが彼の背中を撫でた。
「あのー……。もし、密猟者が銃で抵抗してきたらどうするんですか? やっぱり殺しちゃうんですか?」
「なるべくならば殺さずに生け捕りにして、チェスターに突き出すわ。けど、それが不可能だと判断されたら森林監視員の権限に基づいて殺す場合もある。この付近の住民は狩猟許可症を持っているはずだけど、密猟者はそれを持ってない。この動物は狩ってもいい、この動物はこの時期には狩ってはダメというのを理解していないことになる」
デルフィーヌは続ける。
「そんな人間を野放しにしていたら、森の生態系は滅茶苦茶になって、私たちが子孫に残すはずだった自然は失われる。だから、確実に密猟者は仕留めないといけないの。殺すということは確かに罪であるけれど、時としてそれが必要になる時もある」
そう告げてデルフィーヌはフィーネを見つめた。
「フィーネちゃんも心霊捜査官になったら犯人を撃たなければならない状況に遭遇するかもしれない。その時、引き金を引けるか否かで、被害者が助かるか、死ぬかという選択肢を迫られるときもあるかもしれないわ」
「そうですね。心霊捜査官になったら、魔道式拳銃を携行するわけですし」
自分は引き金を引かなければならないときに引き金を引けるだろうか? フィーネは考えた。なるべくなら人を殺したくはない。だが、状況が切迫している場合は必要だ。フィーネは既に海賊たちを相手に殺人を経験している。
だが、自分の手で反動を感じながら引き金を引いたことはない。その時になった時にフィーネは耐えられるだろうか?
「さあ、密猟者を追いましょう。相手は野放しにはできない。必ず捕まえる必要があるわ。この森には本当にもうこの森にしか残っていないような貴重な生き物たちがいるのだから。それを毛皮や効きもしない薬の材料にされてたまるものですか」
デルフィーヌは気合いを入れてヴァナルガンドの後を追った。フィーネも後に続く。背後の守りは小春の任せてあるので背後から襲撃されることはない。そもそもヴァナルガンドの嗅覚が効いている範囲で奇襲を仕掛けるのは不可能に近い。
「ああ。遅かったわね……。オオカミが襲われた痕跡があるわ」
『畜生。人間どもめ』
「オオカミの毛皮は高く売れるから。特にこの地方のオオカミの毛皮は」
周囲には撃ち殺されたオオカミの死体がいくつか倒れている。銃弾の命中した位置が悪く、毛皮に傷がついたものは捨てていったらしい。
「酷い……。こんなことをするなんて……」
「向こうにオオカミが逃げた痕跡があるわ。密猟者も追いかけたんじゃない?」
『そうだな。クソッタレの人間どもの臭いがする。追いかけて、追い詰めて、かみ殺してやりたい』
「敵が抵抗しないなら捕縛よ」
『分かっている』
ヴァナルガンドは鼻を鳴らすと追跡を続けた。
「聞こえた?」
「え?」
「魔道式小銃の発射音。7.62ミリ弾ね。狩猟用の魔道式小銃よ」
フィーネには全然聞こえなかったがデルフィーヌは銃声を聞き、その口径まで特定していた。凄い感覚の持ち主だ。
「ヴァナルガンド。引き続き、臭いを追って。私たちも備えるわ」
「わっ! 魔道式拳銃!」
「そう。レンジャーの資格のある森林監視員には銃の携行が許可されているわ。本当ならば相手を撃ち合うのを想定して、軍用の魔道式小銃をチェスター辺りから購入するのがいいのでしょうけど、私はあまり射撃が上手じゃないからデッドウェイトになっちゃうのよね。チェスターは今でもいろんな武器を勧めてくれるけど」
「射撃って難しいんです?」
「フィーネちゃんも心霊捜査官になったら分かるわよ」
デルフィーヌはそう告げてフィーネの頭を撫でた。
「うう。私は射撃の腕前はいいといいのですけれど」
「そうね。流れ弾で罪のない市民が傷ついたら大変だもの」
デルフィーヌはそう告げて銃を握ると、ヴァナルガンドの後を追った。
『いたぞ。人間どもだ。誇り高きオオカミたちを家畜のように扱いおって』
「いたわね。どう仕掛けようかしら」
デルフィーヌたちの前には死んだオオカミたちの毛皮を調べる密猟者たちの姿があった。射殺されたオオカミの死体を囲んで、どこに銃痕が刻まれたか調べている。
『俺はどう仕掛けようが構わんぞ。ここまでくればどこだろうと追い詰められる』
「オーケー。なら私とヴァナルガンドで挟み撃ちにするからフィーネちゃんは私についてきて。一応狩猟許可証の有無を確認しないといけないから」
デルフィーヌはフィーネに合図し、高台から密猟者たちのたむろする場所に降りっていった。そして、魔道式拳銃の安全装置を外すと、とれをしっかりと両手で保持した。
そして、ヴァナルガンドが位置についたのを確認すると茂みから飛び出した。
「森林監視員よ! 狩猟許可証を提示して! さもなければ拘束します!」
「ち、畜生! ここで見つかるのかよ!」
密猟者は3人。3人とも狩猟用の魔道式小銃で武装している。
「森林監視員なんてしったことか! くたばれ!」
密猟者のうち3名が素早く、銃口をデルフィーヌに向ける。
「小春さん!」
『任された!』
だが、密猟者たちの構えた狩猟用の魔道式小銃は小春の一閃によって2丁とも叩き切られた。これでは魔道式小銃は使えない。
「に、逃げろ!」
「逃げろ!」
小春に怯えを成したのか、密猟者たちが逃げていく。
だが──。
『逃がさんぞ、クズども』
その前にヴァナルガンドが立ちふさがった。ヴァナルガンドは咆哮すると、3人の密猟者は腰を抜かし、失禁して倒れてしまった。
「さて、狩猟許可証を提示してくれるかしら?」
デルフィーヌはそんな3名にそう告げたのだった。
結局のところ、3名は狩猟許可証を所持しておらず、3人とも密猟者だった。その理由というのが、最近では森が異変を起こしており、まともに狩猟が行えないので、ここまでやってきたというものであった。
3名はチェスターの下に突き出され、裁きを待つこといなった。森を何よりも重要視するこの世界で密猟の罪は重く、無期懲役か禁固刑数十年となる。
「なかなかいい仕事だったでしょう?」
「ええ。森を守ったんだっていう実感があります!」
「じゃあ、フィーネちゃんも森林監視員に……」
「私はあくまで心霊捜査官志望です」
「ぶー」
それから4日間、フィーネはデルフィーヌの自宅兼研究所に寝泊まりし、森の神秘的な光景を拝んだり、魔物による森の生態系への異常を確認した。
少なくとも森は無事だ。今のところは。
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