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辺境伯軍とともに

……………………


 ──辺境伯軍とともに



 エリックたちを乗せた動力馬車はチェスターの城に到着した。


「おお。来てくれたか、エリック、エリザベート! それにフィーネちゃん?」


「はい! 森が大変だと聞いてサポートしに来ました!」


「いや。気持ちは嬉しいのだが……」


 明らかにチェスターはフィーネを戦力としてカウントしていなかった。


「コヴェントリー辺境伯閣下。今のフィーネはほぼ一人前の死霊術師です。傷の治療も行えますし、守護霊も強力なものを宿しています。彼女が足手まといになることはないでしょう。むしろ、有力な戦力となってくれるはずです」


「エリックがそこまで言うなら信じよう。よろしく頼むぞ、フィーネちゃん」


 チェスターはそう告げて笑顔を向けた。


「では、作戦会議だ。まずは城に上がってくれ」


「了解!」


 フィーネはやる気満々だった。


 フィーネたちが城に入り、会議室になっている場所に入るとそこには先客がいた。


「デルフィーヌ。君も呼ばれていたのか」


「ええ。森の危機ですもの。見逃せないわ」


 変わり者のデルフィーヌも参加するようであった。


「彼女は動物霊の専門家だし、魔物の生態にも詳しい。頼りにしている」


「任せて、チェスター」


 デルフィーヌの格好はフィーネと同じエンチャントの施されたカーゴパンツと迷彩柄のジャケット、そしてタンクトップだった。こうしてみると学者というより軍人である。


「それではまずは説明からだ」


 チェスターが地図を広げる。


「問題が起きているのはベルトランド爺様が管理するノイワールの森でも第9区画と名付けられている場所だ。ノイワールの森が全ておかしくなっているわけではない。第9区画を中心に魔力量の異常な増大や魔物の出現が確認されている」


 チェスターはそう告げて地図上で第9区画と名付けられた地点を指し示す。


「この第9区画を中心に調査を行う。9か所の魔力観測所の魔力値の観測と魔物の有無の調査がメインだ。魔物がいた場合、我々で必ず対処する。マンティコアだろうとワイバーンだろうとワームだろうと魔物は殲滅だ。放っておけば、どういう事故が起きるか分からない。ダンジョンを見つけた場合は冒険者ギルドに依頼する」


「冒険者ギルドは人手不足と聞きましたが」


「ああ。今から頼んでもいつ冒険者が派遣されてくるかは分からん。だが、ここにいる面子の中でダンジョン攻略の経験があるのはエリックだけだ。我々ではダンジョンには対処できんよ」


 冒険者ギルドはどこもここも森の魔力値の異常によって冒険者たちが出払っている。この異常は世界的なものであり、世界規模で何かが起きていることは間違いなかった。


 その世界規模で起きていることとは何だ?


 偶然にもそれは純潔の聖女派が権力を獲得したときと一致する。


 偶然の一致だろうか。それとも純潔の聖女派が何かを企んでいるのだろうか。


 今はそういうことは邪推にしかならない。


「それに、ほれ、ベルトランド爺様に頼めばダンジョンのひとつふたつは潰してくださるだろう? ノイワールの森はベルトランド爺様の庭みたいなもんだしな」


「確かに」


 ベルトランド爺様は数少ない生き残った森の管理者だ。本来ならばこういう問題は全てベルトランド爺様が解決してしまうぐらいだ。だが、今回ばかりはベルトランド爺様も人間たちの手を借りなければならなかったわけだ。


 それだけ森が異常な状況にあるということだ。


 どういうことだろうか。ベルトランド爺様ですら押さえ込めない森の異常とは。今のエリックには想像もできない。


「第9地区内を4つの部隊で回る。それぞれ分散して。俺の辺境伯軍は分隊単位で行動することになる。エリックたちはひとまとまりになっておいてくれ。他の場所を回っている分隊から救援要請が出たときにすぐに向かえるように」


「分かった。魔物を殺せばいいのだろう?」


 エリザベートは余裕の態度だった。


「森の異常は世界規模の現象だ。くれぐれも油断せずに当たってくれ。何が起きるのか予想もつかん。それからちょっとした森の変化にも目を配ってくれ。後でベルトランド爺様と話すときに聞いておきたいことができるかもしれない」


「そうね。ベルトランド爺様でも気づいていないことがあるかもしれないわ。特に魔物が出現している森というのは何が起きていてもおかしくはないから」


 デルフィーヌはそう告げて考え込んだ。


「しかし、目撃されたワームというのは退治したの?」


「した。14.5ミリ弾でズドンだ。だが、これがワイバーンなどになると問題はさらにややこしくなる。連中は流れ者となって森の他の場所にいつくからな」


「ワームは解剖した?」


「したぞ。何も食ってはおらんかった」


「そう。しかし、5メートルのワームが何も食べていないなんて奇妙ね……」


「そうなのか?」


「そうよ。ワームは貪欲に何でも食べるわ。虫や草木、果物。基本的に雑食なの。それから小動物や人間も食べるわ」


「ふうむ。つまり、生まれたばかりだったと?」


「少なくとも流れ者ではなさそうね」


「そうなるといよいよ第9地区を調べなければならん」


 チェスターはそう告げてそれぞれに地図を渡す。


「エリックとデルフィーヌは森の中での活動に経験があるし、タクシャカやヴァナルガンドという守護霊がいるから遭難することはないと思うし、エリザベートもいざとなれば力業で離脱できるだろう。フィーネちゃんははぐれないようにな」


「はい!」


 フィーネは気合いを入れた。


 フィーネは鍛えているが、森での活動経験はほとんどない。ベルトランド爺様に会いに行った時ぐらいだ。その時は森林妖精に案内してもらった。ベルトランド爺様が管理する森だからこそ可能な方法だ。だが、フィーネは森林妖精との交渉方法をしらない。


 遭難したくなければぴったりとエリックたちについていかなければ。


 遭難して足手まといにはなりたくない。


「それでは第9地区までは歩きだ。動力鎧を貸し出してもいいぞ」


「大丈夫です、閣下」


「そうか。まあ、リッチーだからの」


 動力鎧を着用できるのは連邦陸軍などの先進国の軍隊ぐらいである。


「それではいざ、狩りの時間だ」


……………………


……………………


 辺境伯軍は選りすぐられた兵士たちが任務に当たっていた。


 装備の質だけならば大国である連邦にも匹敵する。練度も非常に高い。


 彼らは動力鎧を纏い、周辺を警戒しながら森の中を泳ぐように進んでいく。


「動力鎧って凄いんですね」


「だろう? しかし、なかなか売れなくてな。警察機関向けのコストダウンしたものを作成中だ。防弾のエンチャントを施しても、重機関銃には抜かれる恐れがあるし、メリダ・イニシアティブの失敗で、大量の武器がならず者に流れたからな」


 そこでチェスターは思い出した。


「ダイラス=リーンに行ったと聞いていたが、まさかテロに巻き込まれていたか?」


「え、ええ。ばっちりと。行きは船が海賊にハイジャックされて、滞在中はテロに」


「それは散々だったんな。ダイラス=リーンはいい街で、こういう事件が起きるとは予想もできなかった。しかも、実行犯の純潔の聖女派は未だに教会の権力を握っていると来た。世も末だな。何が起きても俺は驚かんぞ」


 チェスターはフィーネに同情しているようだった。


「けど、4年前の殺人事件は解決できたんですよ」


「ほう。それはいいことだ。殺人を犯した人間が裁かれないというのはあってはならぬことだからな」


「ええ。しかも、その事件で預言者の使徒派の教区長が純潔の聖女派に脅迫されてたんじゃないかって捜査結果も出てきて。今頃コーディさんたちが頑張って解決に動いているはずですよ。あれだけの騒ぎを起こしたのに裁かれないなんてどうかしてます」


「全くだ」


 ダイラス=リーンでのサンクトゥス教会のテロ事件は首魁と目されている教区長の裁判が始まっているところだった。


 検察側は内乱罪と武器密輸、そして4年前の暴行殺人罪で立件することを固め、教区長は起訴されている。教区長のこれからの発言次第では、純潔の聖女派に飛び火するかもしれないと誰もが裁判の様子に注目している。


 純潔の聖女派に飛び火した日には各国がサンクトゥス教会に対して厳しい態度になるのは確実だ。サンクトゥス教会にテロリストを生み出した派閥である純潔の聖女派に罰を求めることになるだろう。


 もっとも、現状はそのような動きはない。


 セレファイスの不祥事はセレファイスで裁かれるというが、純潔の聖女派は未だに力を有している。あれだけの騒ぎを起こした派閥が今も権力の座にあるのは理解に苦しむ状況である。


 教区長は4年前の暴行殺人の件で脅されていたとしても、他の預言者の使徒派の司祭たちが純潔の聖女派の排除に動いても問題はないはずなのだが。


 何もかもが謎だ。セレファイスでは今、権力闘争が行われているのだろうが、事実を明らかにする方法はない。セレファイスは秘密主義者たちの集まりであり、外部の人間には何事もないかのように振る舞うのだ。


「しかし、純潔の聖女派と森の異常の始まりは関係あるのだろうか」


「分かりません、閣下。彼らに世界規模の森の異常を引き起こせる力があれば預言者の使徒派が純潔の聖女派に権力を渡している理由にはなるでしょうが、現実問題としてそれほどの力が存在するのか分からないのです」


 世界的に森が異常を起こすほどの力とは何だ?


 灰色の何か。それは一体なんだというのだ?


 そんなものがありながら、兵器ブローカーから武器を密輸し、ダイラス=リーンのような都市でテロを起こす理由とはなんだ?


 あまりにも矛盾している点が多すぎて仮説にもならない。


 それか何かのピースが足りていないかだ。


 預言者の使徒派、純潔の聖女派、サンクトゥス教会、森の異常、テロ。まだ欠けているピースがあるのだろうか。だとすれば、それはなんだ?


「神の智慧派は何も調べていないのか?」


「神の智慧派は神の智慧派で行動しているようですが、最近は純潔の聖女派を警戒しているせいか集会も開かれる様子がないので、私が知りえる範囲にはありませんね」


「むう。俺としては純潔の聖女派は真っ黒なんだがな」


「同意していいか迷うところです」


 エリックもサンクトゥス教会の信徒だ。その派閥のひとつが教えに背いて暴走している、あるいは権力闘争に夢中になっていると聞いて面白いとは思わない。それはサンクトゥス教会の信頼を落とす行為であり、真実だと分かるまでは明言を避けたいところだ。特に権力者であるチェスターに対しては。


 他の人間には憶測を話すのも自由だろうが、チェスターは辺境伯というとても高い地位にある人物だ。迂闊なことは話せない。


「止まって」


 先頭を進んでいたデルフィーヌが制止の合図を送る。


「ヴァナルガンド。どう?」


『気配がする。獲物だな。数があるぞ。注意しろ』


「チェスター。軍用犬の反応はどう?」


「まだ何も──おっと、怯えだしたな」


 チェスターの軍用犬より先にヴァナルガンドとデルフィーヌが魔物に気づいた。


「しかし、数があるとはオークかゴブリンか?」


『違うな。この気配はワイバーンだ。ワイバーンの群れだ』


「ワイバーンの群れだと? あいつらが群れるのか?」


『少なくとも俺のオオカミとしての本能はそう言っている』


 ワイバーンやワームなどの大型魔物は群れない。それが定説であった。


 だが、ヴァナルガンドが獲物を間違えることはない。


「タクシャカ。上空から何か見えるかい?」


『森だらけで何も見えんぞ。だが、何かが木々の下で蠢いているのは分かるな。今のうちに、上空から焼き払うか?』


「野生動物かもしれない。それは避けてくれ。実体化させておくから、逃げるワイバーンを発見したら襲って逃がさないようにしてくれ。くれぐれも一匹も逃がさず」


『任された!』


 タクシャカはそう告げて上空を旋回する。


「デルフィーヌは下がれ。フィーネちゃんと一緒にいるんだ。ここからエリザベート、エリック、俺の3名で前進する」


「我を盾代わりにはしてくれるなよ」


「いざという時は逃げ込ませてもらうぞ」


 エリックとエリザベートは不死だ。ワイバーンの火炎放射を浴びても平気でいられる。チェスターと1個分隊の部下たちは動力鎧に守られているが、ワイバーンを、それもワイバーンの群れを正面から相手にするのは難しい。


「今回はブラックチップ弾を最初から使用する。ワイバーンだろうとワームだろうと抜けるはずだ。殺せるかの自信はないが」


「ブラックチップ弾?」


「前にマンティコア退治のときに使用した弾芯にアダマンタイトを使用している弾薬だ。貫通力は抜群だ。ワイバーンの鎧でも7.62ミリ弾で貫ける」


 そう告げてチェスターはフィーネとデルフィーヌを背後に進み始めた。


「いたぞ。確かにワイバーンの群れだ。クマの死骸に群がっている。数は5体。向こうは連携するような様子はなさそうだが、どうする?」


「回り込むのは少々リスクがある。今の位置から狙えないか試そう。エリック、怨霊は付いているか?」


 チェスターがエリックに尋ねる。


「ついています。動物霊ですが。タクシャカには上空で待機してもらっているので、ここはフィーネとヴァナルガンドに参戦してもらいましょう」


「フィーネちゃんの守護霊か?」


「ええ。小春と言います。西方の凄腕の剣士です」


「よし。血さえ流させればエリザベートがどうにでも料理できる。血を流させるぞ。俺の部下たちにも一斉射撃を浴びさせる」


「そうしましょう。先陣はヴァナルガンドと小春に」


 そしてエリックはフィーネに合図した。


 フィーネは頷くと小春を実体化させる前に密かにワイバーンの傍に近寄らせた。ヴァナルガンドも霊体のままワイバーンたちに近づく。


「今だ」


 エリックの合図で小春とヴァナルガンドが実体化した。


 突如して現れた敵にワイバーンたちが混乱の声を上げるがそんなものを考慮するエリックたちではない。


 小春は一太刀でワイバーンの首を刎ね飛ばし、ヴァナルガンドもワイバーンの首を引きちぎる。


「てえっ!」


 チェスターたち辺境伯軍もブラックチップ弾をワイバーンに浴びせる。


 ワイバーンは銃創を負いそこから血を流す。


「我の出番のようだな」


 そしてエリザベートが手を振ると血を流したワイバーンたちの血が一斉に凍結し、そのままワイバーンたちは凍り付いたように死亡した。


「クリア!」


「クリア!」


 チェスターの部下たちが周囲を確認し、合図を送る。


「やれやれ。ワイバーンが群れるとは。これで流れ者である可能性はずっと低くなったな。そうだろう、デルフィーヌ?」


「そうね。流れ者だったがもっと食料の豊かな場所を目指すはずだし、一斉に5匹のワイバーンが流れ者としてやってくることもないわ」


「やはり森の異常か……」


 チェスターが唸る。


「しかし、ベルトランド爺様が管理する森で魔物が発生するとは! 本当に世界がおかしくなっているようだな。それもゴブリンやオークなどではなく、ワイバーンとは。一体全体どうなっているんだ?」


「ベルトランド爺様の話を聞くべきでしょうな」


 エリックはそう告げてワイバーンの死体を見つめたのだった。


……………………

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