守護霊とのやり取り
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──守護霊とのやり取り
晴れて小春がフィーネの守護霊となった。
彼女の力は名刀“羅城門”を自在に操ること。
「“羅城門”ってどういう意味なんですか?」
『昔あった都の城門のことだ。鬼や妖怪が住み着いていると言われていた。それが由来だ。西方では恐ろしいものの名前を付けることで、刀がより切れ味を増すと考えられていた。刀は人を切るためのものだ。つまりは人殺しの道具だ。故に人々は穢れた名を付けたのだろう。刀に纏わりつく妖鬼が祓われるようにと』
そこで小春は後頭部を掻いた。
『それなのに私は悪鬼羅刹となってその刀に憑りついてしまった。刀を持つものとして情けない限りだ。フィーネ殿が導いてくれなければ、永遠に私はこの世に囚われ、憎しみの中で自己を失っていただろう』
「エリックさんは300年も怨霊になって自己を少しでも維持てきていたのはとても珍しいと言っていましたよ。普通の人はそんなに長い間、自己を保てないそうです。これもひとえに小春さんの精神力のたまものですね」
『やめてくれ。私は間違いとは言え、貴殿に切りかかってしまい、貴殿の仲間も傷つけてしまった。立派な性質の悪い怨霊だ。貴殿の仲間は無事なのか?』
「メアリーさんは全然平気みたいです。あの人はデュラハンだからってエリックさんが。デュラハンっていうのは傷でも呪いでも一瞬で癒えるらしいんです」
『そのような存在が……。この世は広いな……』
フィーネの説明に小春はコクコクと頷いた。
フィーネは小春がどうして怨霊になるまで何かを恨んでいたのか聞きたかったが、そういうことはしない方がいいとエリックに忠告されていたのできかなかった。聞いたところで、300年も経っていて、復讐相手が死んでいるのではフィーネも力になれない。
『フィーネ殿は死霊術師を目指しておられるのか?』
「はい。正確には心霊捜査官を。死霊術の技術を駆使して、犯罪を暴くんです」
『高潔な仕事だ。フィーネ殿に相応しい。私も力になろう』
「助かります」
『しかし、試しておかなければならないことがある』
「といいますと?」
『私とともについて来てくれた“羅城門”の切れ味だ。なまくらになっているかもしれない。300年の経っているのだ。剣が寿命を迎えるには十分な年月だ』
「切れ味を試すわけですね。うーん。どういう方法がいいですか?」
『普通は竹を使うのだが、ここら辺に竹はないようだな』
「竹は聞いたことがないですね……」
試し切りの材料として小春は竹を要求したが、この付近に竹は群生していない。
『ないなら藁を束ねたものでもいい。それでも試し切りはできる』
「藁なら麓の村にありますよ。ちょっと買ってきますね」
『私も同行する』
フィーネたちは藁を購入しに丘の麓の村に。
「すみませーん。藁って余ってませんか?」
「藁? それならいっぱいあるよ。どれぐらい必要なんだい?」
「ええっと……」
フィーネが小春の方を向く。
『これぐらいの束にできるほどだ』
「えっとこれぐらいの束にできるぐらい」
小春の言葉を村人に伝える。
「それなら束になっている奴がいいかい?」
「それだと助かります!」
「じゃあ、納屋にあるから持っておいき。エリック先生のお弟子さんの頼みだ。ただでいいよ。エリック先生には世話になっているんだ」
「ありがとうございます!」
フィーネは藁束を見つけるとそれを抱えてトトトとエリック宅に戻った。
「それで、この藁束をどうすればいいんですか?」
『縦にして地面においてくれ』
「固定とかはしなくてもいいんですか?」
『ああ。構わない』
フィーネは言われたとおりに藁束を縦に置く。
「これでいいです?」
『それでいい』
「では、実体化させますね」
実体化のやり方はエリックから教わっている。守護霊を実体化させるのは初めてだが、霊の種類ごとに違いがあるとはエリックは言っていなかった。
『では、参る』
小春は“羅城門”を鞘に収めたまま、藁束の前に立つ。
次の瞬間、僅かに風が吹き、それで小春が息を吐いた。
「……? 小春さん? 試し切りしないんですか?」
『もう終わったよ、フィーネ殿。このように』
小春が藁束を僅かに突くと、藁束がスススッと切断面を晒した。
「え? え? え? いつの間に?」
『これは居合道というもので、私は黒柳流の免許皆伝者だ。目にも留まらぬ速度で相手を切り裂き、静かに鞘に刀を仕舞う。相手は自分が切られたことにすら気づかぬと言われているが、そこまでのことは私はできなかったな』
「凄い……。流石は防弾・防刃のエンチャントが付けられたメアリーさんのメイド服を切ってしまうだけはありますね! なんでも切れるんじゃないですか?」
『どうだろうな。この霊体になってから、感覚がさらに研ぎ澄まされた感じがする。肉体を失ったことで力は落ちたかと思ったが、逆のように思われる。肉体の枷から解放されたような、そんな爽快な気分だ』
「それはどの人も言うみたいですよ。肉体から解放されて純粋な魂になると思考がクリアになると。肉体は病んだり、老いたり、そうでなくとも苦しんだり、いろいろとありますからね。そういう物から解放されたとき、思考が変わるのかもしれません」
『なるほど……。新しい発見だ。私はこれまで復讐のことばかり考えていて、復讐に囚われ続けていた。このようなことにすら気づけないほどに』
小春はそう告げて空を見上げた。
『ここは西方とは違うのであろう?』
「ここは中央ですね。廃棄地域って呼ばれている場所です。小春さんがいたのはウルタールって街ですよ。あそこは猫が有名なんです」
『猫か。私も猫は好きだ』
「おお。気が合いますね!」
『猫は自由気ままでいいものだ。私は犬のような忠誠心も大事だと思うが、猫のような自由さにも憧れる』
そう告げて小春はフィーネを見た。
『切れ味は試せた。依然として“羅城門”は健在だ。貴殿に襲い掛かるものは全てこの私が切り裂いてくれよう』
「頼りにしてます、小春さん!」
フィーネと小春は握手すると、フィーネは小春の実体化を解き、また彼女の自由にさせておいた。小春はこの付近が西方とは異なる光景なのに興味を持っているらしい。
「小春さんが守護霊になってくれたから私も百人力だなあ」
これまでフィーネは攻撃手段をあまり持っていなかった。怨霊を実体化させる攻撃こそできたが、そういうもののない相手には手も足も出なかった。
そこでダイラス=リーンで襲われたときのことを思い出す。
あの時、襲撃者たちが正確にコーディだけを攻撃していたら、フィーネたちは殺されるだけだっただろう。彼らの流れ弾で死傷者がでたからこそ戦えたのだ。
今度は誰も犠牲にしなくとも、悪い人たちとやっつける! フィーネはそう誓った。
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小春を守護霊にしてから最初の朝がやってきた。
「おはようございまーす!」
「おはよう、フィーネ。昨日はよく眠れたかね?」
「はい! 小春さんが守護霊になってくれてちょっと興奮しましたけれど、ちゃんと眠れましたよ。小春さんは?」
「外で剣を振っている。体がなまらないようにするためだそうだ」
「……霊でも体が鈍ることってあるんですか?」
「こればかりは気持ちの問題だな。本人がなまっていると感じれば、そのような行動しかできなくなるだろうし、本人が鋭いと感じていれば、それは行動に反映されるだろう。霊体には筋肉も何もない。ただ、その力を制御するのは生前のそれと本人の気持ちの持ちようだ。霊魂の力とは意志の力だ。怨霊が強力になるのに怨念を原動力にするように」
「なるほど。小春さんは生前から強かったみたいですから、心配ないと思うんですけれどね。昨日見せてもらったんですが、居合道ってのは凄いですよ!」
「そうか。いつか私も見せてもらいたいな」
「今度、小春さんに頼んでみますね」
小春も自慢の剣技を披露したいだろうとフィーネは思った。
『むうむう! なにやら新顔が増えておるではないか?』
ダイニングルームの窓から顔を突き出してきたのはタクシャカだった。
「彼女は小春。フィーネの守護霊だ」
『ほう。あれは西方の人間だろう? 昔、ああいう武器を持った人間を見たことがある。なかなかよい武人を守護霊にしたようだな! 流石はフィーネだ!』
タクシャカはそう告げて豪快に笑う。
「そういいながら私のスカート覗こうとするのとやめてくれませんか? どうせスパッツ履いてるからいいですけど」
『む。これはこれで尻のボリューム感が……』
「怒りますよ?」
フィーネは白い目でタクシャカを見た。
『フィーネ殿! 今の笑い声は!?』
「タクシャカさんです。エリックさんの守護霊ですよ」
慌てて小春が飛んでくるのにフィーネはタクシャカを紹介した。
『タクシャカだ。竜王として西方でも知られておっただろう』
『確かにタクシャカなる竜王が存在していたことは聞いている。だが、我々のイメージしていたものとは異なるな?』
『西方の絵師は絵が下手なのだ。我のことをワームのように描きおってからに。この翼がなければ竜王とは呼べまい!』
そう告げてダイニングルームでタクシャカが翼を広げるも建物に隠れてほとんど見えない。だが、本人は物凄く自慢げだ。
『確かにただの竜ではないな……。こう刺すような視線を感じる』
「それは小春さんの胸を凝視しているだけだと思いますよ。このドラゴンはどうしようもなくスケベなので」
和服姿の小春は剣を振るっていたこともあって、胸元が僅かに露わになり、胸の谷間が露出していた。タクシャカがそこを見ていることは言うまでもない。
「タクシャカ。セクハラは生きている人間にも、霊に対しても行うべきではないよ」
『おぬしもよく禁欲主義を貫けるものだのう。これだけ魅力的な女子たちがいながら』
「彼女たちは私とそういう関係にない。それなのに手を出すのは人の道に外れている」
『はいはい。メアリーは早く抱いてやらぬと年代物になってしまうぞ?』
タクシャカがそう告げたとき、タクシャカが顔を出していた壁に包丁が突き刺さった。タクシャカが実体化していたら刺さっていただろう。
「ちっ」
『こわー……』
舌打ちするメアリーとドン引きするタクシャカ。
「それでタクシャカ。エリザベートの様子は見てきてくれたかい?」
『ああ。そうであったな。それでウルタールまで出かけていたのであった。エリザベートはもう少し魔導書クラブに残るそうだ。なんでもクラブに持ち込まれた魔導書が酷く興味深い内容で是非とも調べたいと言っておった』
「そうか。彼女も暫くは留守だな」
エリックはエリザベートに何か用事があったのかそう呟く。
『流石に吸血鬼とは交わえぬからいいがの。しかし、エリザベートの下着は相変わらず大人の色気を放っておったぞ。フィーネも真似してはどうだ? きっと似合うし、エリックも気にしてくれるかもしれないぞ』
「本当ですか!?」
『本当だ。本当だ。あいつは大人の持つ色気というものが好きでの。メアリーに手を出さぬのはメアリーが童顔──』
カンッと再び包丁がタクシャカの頭のある位置に突き刺さる。
「ちっ」
『じょ、冗談じゃよ……』
タクシャカの言葉は冗談だったがメアリーの殺意は本物だった。
「タクシャカ。私をだしに使うんじゃない。私は今はそういうことを考えている状況ではないのだ。今はフィーネの未来がかかった話が進んでいるのだから」
「そ、そういうことを考えている状況じゃない……」
「フィーネも今は勉学に集中したまえ。将来の夢ができたのだから」
「はいっ!」
そうである。エリックに認めてもらうためには立派な心霊捜査官にならなければ……。いや、違う。心霊捜査官になったことを誇りたいのは自分の両親と祖父に対してだったはずだ。いつの間に目的が入れ替わってしまっていたのだろう。
だけれど、エリックにも認めてほしいのは事実だ。
自分はエリックのことを好きだと思っている。それは間違いない。何度思い直しても自分はエリックのことが好きだ。エリックと仲のいいエリザベートにはジェラシーを覚えるし、800年間もエリックとともにいたメアリーのことが羨ましい。
けど、まだそれを告げる勇気はない。
けれど、けれども、いつかはいずれ……。
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