意外な先客
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──意外な先客
特殊戦術強襲班はサプレッサーの装着されたホイットレイMK2を構えて、鍾乳洞内を死角をカバーし合って進む。コーディとフィーネはその後に続く。
後方は海兵隊がカバーしているので背後からの奇襲はない。特殊戦術強襲班はブービートラップの類に警戒しつつ、ゆっくりと、だが着実に前進していく。
ブービートラップは立て籠もり事件などの際にも警戒される。手製のパイプ爆弾とワイヤーがあれば簡単に人を殺せるトラップが作れるし、軍隊並みの装備をしている海賊ならば手榴弾を使ってもっと殺傷力のあるトラップを作れる。
だが、今のところブービートラップの類はない。
それどころか海賊たちも死体になって海に浮かんでいる。停泊している魚雷艇の傍には正確に心臓を2発の銃弾で撃ち抜かれた死体が浮いていた。間違いなく、海賊たちを襲ったのはプロの軍隊だ。
傭兵もプロの軍隊だ。彼らは反政府勢力の軍事顧問として雇われたり、かと思えば危険地帯での外交官の護衛を行ったり、ある時は国家が表ざたにしたくない人間の暗殺に使われたりすることがある。
傭兵は民間傭兵企業──PMCに雇われて、行動する場合がほとんどだ。今の世の中、一匹オオカミの傭兵というのは稀である。南方では未だにそのような傭兵がいて、小説に出てくるような冒険をしているそうだが、中央世界ではそういうものは廃れた。
雇われる傭兵の給与は元居た部隊や経歴で決まる。連邦陸軍の特殊作戦部隊に所属していれば、かなりの高給で雇われるだろう。そして、彼らは今ここで死体になっている海賊たちの姿を生み出すだけの能力を持っているし、必ずしも正義の味方とは限らない。
「死体だらけだな。カウントしたがこれまでで12名殺されている。残りは9名だ」
「どういうことなんでしょう?」
「さてな。情報が少なすぎる。今は武器が他の場所に移されていないことを祈ろう」
特殊戦術強襲班は事前に渡された地図の情報通りに最奥の武器庫を目指す。
「待て。人の声がする」
「まだ生きている人間がいるということは武器を持った人間がいるということか」
特殊戦術強襲班の指揮官が立ち止まるようにハンドサインを送り、コーディが呟く。
「──を買った!? そいつは今どこにいる──」
確かに怒鳴り声が響いている。
「どうする、捜査官。今回はあんたの指示で出動している」
「海賊でも、別の傭兵でも可能な限り逮捕してくれ」
「分かった。だが、危険だと思ったら発砲するぞ」
「分かっている」
特殊戦術強襲班は奥に、奥に進む。
死体のカウントは既に18名。残りは3名だ。
「この先だ」
「ドアをぶち破るぞ」
金属製の扉で守られた武器庫のドアを前に、バタリングラムが構えられ、突入準備が整えられる。魔道式閃光手榴弾も準備される。
「──大佐。外に──」
「──警戒しろ。だが──」
弾薬庫の内側から微かに声がする。
「突入開始!」
合図が出され、バタリングラムが扉に叩きつけられて扉が叩き開けられると、即座に閃光手榴弾が投げ込まれる。
「突入、突入、突入!」
特殊戦術強襲班の隊員が次々に弾薬庫に突入していく。
「撃つな。連邦海軍だ」
扉の先には魔道式自動小銃を構えたウェットスーツ姿にタクティカルベストと潜水用のゴーグルを装備したの4名の兵士と同じようにウェットスーツを纏い両手を上げた30代ほどの外見の男がいた。その両手を上げた男は髪をソフトモヒカンにして纏め、頬に深い裂傷の痕跡のある男だった。
そして、彼らの周りには縛り上げられた海賊がいた。
「連邦海軍? ここはダイラス=リーン領だぞ」
「秘密作戦中だ。詳細は明かせない。そちらの政府には既に通知が届いているはずだ」
「何も聞いてない」
「じゃあ、確かめてくれ。駆逐艦できたのだろう」
「こちらの所属が分かるのか?」
「そこまででかでかと『POLICE』と書いてあって、ホイットレイMK2で武装した近隣の特殊作戦部隊などダイラス=リーン都市警察特殊戦術強襲班だと分かる」
「そちらの所属は」
「連邦海軍だ。それ以上は明かせない」
「畜生。これはうちのヤマだったんだぞ」
「これは我々にとっても重要な事件だ」
モヒカンの男はそう告げて返す。
「コーディ・クロス特別捜査官だ」
そこでコーディが姿を見せた。
「確認はできたか?」
「今、海兵隊が確認に向かった。その間にお互いに喋っていいことを喋っておきたい」
コーディは特殊戦術強襲班に銃を降ろすように合図し、モヒカンの男も部下だろう兵士たちに銃を降ろすように指示を出した。
「サプレッサーと最新の魔道式照準器を備えた『ブリガンドMK17』。そちらも特殊作戦部隊のようだが、間違いないか」
「答えられない」
ブリガンドMK17はHK433自動小銃に似た見た目をしていた。ここ最近生み出された魔道式小銃の中では最新鋭の部類に入り、泥や海水などによって生じる様々な故障に強く、タフで、それで反動は比較的少なく、正確な射撃ができる銃として各国の特殊作戦部隊に採用されている。
「メリダの後始末か?」
「そうだ。メリダ・イニシアティブの失敗は我が国の失策だ。完全に我々に責任があることを認めるわけにいはいかないが、失策の一端には我が国がいる」
「そちらも武器商人を追っているのか?」
「追っている」
「ここに魔道式銃やらなにやらを売りつけた人間の似顔絵があるとしたら?」
「それは信頼のおけるものなのか?」
「取引した本人が確認済みだ。間違いなく、本人の顔写真だ」
「ふむ。内容によっては取引してもいい」
モヒカンの男がそう告げる。
「確認が取れました。連邦海軍に協力しろとのことです」
「ちっ。人様の庭で」
海兵隊員が告げるのに特殊戦術強襲班の指揮官が舌打ちした。
「ここには情報はなかったが、武器弾薬を多数確認している。そちらで押収してくれ」
「言われずともそのつもりできた」
そう告げコーディは特殊戦術強襲班の隊員の中で一番若い隊員を向く。
「海兵隊に頼んで本土から鑑識と輸送船を連れてきてくれ。相当な武器弾薬があると」
「了解」
隊員は頷いて、伝令に向かった。
「しかし、口径81ミリ迫撃砲、軍用爆薬、スターリングMK4魔道式小銃1万丁、ワイルドキャットMK2魔道式軽機関銃3000丁、マキシムMK4魔道式重機関銃2000丁、スピットファイアMK12魔道式短機関銃5000丁、カートリッジ3000万発分以上。全てメリダから流れた武器なのか?」
「そうだ。メリダ・イニシアティブの実施に当たって、供与された製造ナンバーは全て記録されている。固定化がかけてあるので銃を破壊しない限り、製造ナンバーは消せない。ここにある武器全てがメリダ・イニシアティブで供与された銃火器だ」
「1個師団を編成してもお釣りが来るな」
「まさに」
コーディが武器庫に収まり切れないぐらい積み上げられた武器を見てそう告げる。
「メリダを監督する連邦政府の人間はいなかったのか? 軍事顧問を派遣したんだろう? そいつらが武器の管理をしてたんじゃないのか?」
「私はメリダには関わっていないので何とも言えない。ただ、監督は十分ではなかったようだ。新聞を見ていれば分かったと思うが、統合参謀本部議長と国務省次官が責任を取って辞職している。不適切な扱いがあったのだろう」
「なあ、現場の人間同士腹を割って話そうぜ。武器はどうして流れた?」
「それを言う権限は私にはない。君も警察官なら家族にも喋ることのできない秘密ぐらいはあるだろう。私はそれを守っている」
「立派な軍人さんだ」
フィーネはコーディとモヒカンの男の会話を見ていて感じた。
モヒカンの方の男に見覚えがあるのだ。うっすらとだが、誰かに似ているような感じがする。それも遠い昔ではなく、ここ最近の話である。しかし、どうにも記憶が詰まってしまい、答えが出て来ない。
どこかで、とても最近見た覚えがあるのだが……。
「……? 私の顔に何かついているかな?」
「あ。す、すいません。知り合いに似たような人がいたような気がして」
「ふむ。君はまだ警察官でもないし、警察学校の訓練生にも見えないが、どういう経緯でここにいるのかな?」
「心霊捜査官の仕事を見学させてもらいたくて。将来の夢のひとつなんです」
「心霊捜査官希望か。死霊術師というわけだ」
そう告げてモヒカンの男は考え込んだ。
「純潔の聖女派の圧力は辛いだろう。今の時代は死霊術師に厳しい」
「はい。学校も追い出されちゃって……。でも、あの伝説のエリック・ウェストさんに師事することができるようになったので、今は幸せですよ」
「エリック・ウェスト……? 君は彼の弟子なのか?」
「はい。ええっと。何か不味かったですか?」
「いや。不味いことは何もない」
モヒカンの男は何やら考え始めたようだ。
「ドクター・エリック・ウェストはダイラス=リーンに?」
「ええ。この子の帰りをまっていますよ。お知合いですかね?」
「まあ、そんなところだ」
それから武器弾薬を運び出すための輸送船と現場と証拠品を記録する鑑識がやってきて彼らの仕事が済むと、フィーネたちもダイラス=リーン本土に引き上げたのだった。
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海賊の島──トルトゥーガ島にいた5人の連邦海軍の軍人は一旦別行動をすると告げると、海に向かった。
「おおっと。潜水艦か」
浮上してきたのは潜水艦だった。
これは特殊作戦任務のために改造された潜水艦で、海中から地上に特殊作戦部隊を送り込むことができるものだった。だが、そのために魚雷の発射機能は失われている。魚雷の代わりに特殊作戦部隊を搭乗させるからだ。
「すぐに戻る。情報交換は私だけでいいだろう?」
「政府から連邦海軍のやったことは不問にしろと命令されているから、あんたたちを殺人罪で拘束することはないよ」
「助かる」
5名の軍人はゴムボートで潜水艦に向かうと潜水艦に収容された。
「このままとんずらってことはないよな」
「そうなったらどうするんです?」
「どうもできん。政府は連邦海軍にやりたいようにやらせろと命じているからな」
だが、やがてゴムボートは戻ってきた。
先ほどのソフトモヒカンの男が灰色と青の混じった海洋迷彩の戦闘服を纏い、ベレー帽を被って、ゴムボートでフィーネたちの前に戻ってきた。それから潜水艦にゴムボートを戻すための人員が1名。
「同行しよう。有意義な情報交換ができることを期待している。それから本国より一部の機密を君たちに明かしていいとの許可ももらった。我々だけが得をすることはないので安心してもらいたい」
「その言葉、信じさせてもらうよ」
コーディはそう告げてフィーネの方を見る。
「ま、時にはこういうこともある。それが心霊捜査官というか警察の仕事だ」
「立派ですよ。海賊のうち3名は手当てをして、ちゃんと法廷で決着をつけることになったんですから。こういう仕事はいいと思います。都市軍が警察業務をやっていると、相手も攻撃的になるのか銃撃戦になっちゃいますし……」
「ウルタールは今も憲兵が仕事をしているんだよな。でも、あっちでもそろそろ都市警察を作ろうって提案は出ているそうだぞ。警察が軍隊ってのは一般市民にとって威圧的らしい。確かに憲兵に落としものを尋ねたりするのは緊張するよな」
「いい人たちなんですけどね」
ウルタールでも都市警察設立と聞いてフィーネはワクワクした。
もしかすると、新しくできたウルタール都市警察に入れるかもしれない。
そして、コーディのように誇れる仕事ができれば、きっと冥府にいる両親に会った時に自慢ができる。
「さて、行こうか。駆逐艦が待っている」
「了解!」
そしてフィーネとコーディは駆逐艦で本土に戻った。
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