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フラメル研究所

……………………


 ──フラメル研究所



 ベータとはホテルで合流することになっていた。


 エリックはダイラス=リーンは久しぶりなので、いいホテルをとベータに頼んでおいたのだが、彼女はとびきりいいホテルを準備してくれていた。


 ゴシック・リヴァイヴァル建築の建物で、10階建て。ホテルは社交場にもなっているようで、サロンには多くの紳士淑女が集まっている。


「予約していたエリック・ウェストだ」


「お待ちしておりました、エリック・ウェスト様。そして、フィーネ・ファウスト様。お部屋にご案内いたします」


「それからクリーニングを頼めるかね? ローブとシャツを洗っておいてほしい」


「お任せください」


 そこで、エリックはフィーネを見た。


「フィーネ。君も洗っておくべきものはあるかい? 長い滞在になるよ」


「それじゃあ、後でお願いします」


 それからエリックたちは部屋に案内された。


 エレベーターで9階まで昇り、そこで降りた先にあるスイートルームがエリックたちの部屋だった。ベータは約束に違わずいい部屋を取っておいてくれたようである。


「うわあ。スイートルームなんて初めてですよ」


「長い滞在になるからね。居心地がいい方がいいだろう。だが、フォーマルな場には出ない。約束したようにベータたちのもてなしを受けてから、彼女の紹介でダイラス=リーン都市警察の心霊捜査官に仕事を見学させてもらう」


「了解です!」


 いよいよ心霊捜査官の仕事を見学する時が来た。フィーネは心を躍らせていた。


「では、ベータたちと合流しよう。ロビーのカフェで待っているはずだ」


 エリックたちは荷物を置き、クリーニングに出すべきものを籠に入れて札を下げておき、エレベーターで再び1階に戻った。そして、ロビーにあるカフェを目指す。


「あ、パパ。警察での取り調べは終わったのかしら?」


「終わったよ。待たせてすまなかったね」


「いいの、いいの。いつもは私がパパを待たせているんだから」


 ベータは港であった時と同じ青いワンピース姿だった。


「それじゃあ、研究所のみんなと一緒に夕食と行きましょう。パパのおかげで研究に出費してくれるスポンサーが見つかったの。パパが紹介してくれた大手生化学企業で、是非とも私たちの研究をスポンサードしたいって。これでようやく実験機材が揃うわ。それでいて、発明で得る利益は7:3にしてくれたんだから、本当にパパには感謝してる」


「感謝するなら先見の明を持ったその生化学企業の経営陣にしなさい。私はただスポンサーになってくれそうな会社をいくつか紹介しただけに過ぎない」


「パパ。科学者にとってはコネも実力のうちなのよ。私のようにコネの少ない研究者はそれだけで不利だわ。それをパパは解決してくれたんだから、これはパパのおかげ」


 ベータはそう告げてにこりと微笑む。


「夕食は私たちが奢るわ。遠慮なく食べていってね」


「悪いね」


 そう告げ合って、エリックとベータはダイラス=リーンの街を進む。


 コネも実力のうち。ベータが告げた言葉がフィーネの頭で響く。コネも何もなかったフィーネがエリックというコネを得たのはまさに奇跡だろう。エリックからいろいろな方向に線が伸びていき、フィーネはさまざまな人と知り合った。


 あのアーカムでの出会いでフィーネの人生は大きく変わったのだ。


 とてもいい方向に。フィーネはいろいろなことを知った。そして、今は将来の夢と恋愛に夢中になっている。恋愛は成就するか分からないけれど、やれることはやってみるつもりだ。将来の夢についても同じように。


「ここよ。パパがカジュアルな場がいいって言っていたから、この店を選んだわ」


「ピザの店か。いいね」


 ベータが案内したのはピザをメインにとして扱う店だった。確かにフォーマルな場ではない。フォーマルなピザ屋などフィーネは聞いたことはない。


 ピザ──ピッツァ──発祥の地である中央半島とアーカムなどに普及したピザは食べ方すら違うというが、この店はどっちなのだろうか?


「研究が行き詰るとここにきて話し合うの。それから研究が成功してもこの店でお祝いをするわ。でも、どうしてパパはカジュアルな場がよかったの?」


「その方が君たちも気楽だろうし、私たちも気楽だ。私は科学や魔術について討論するときは上下関係やマナー、貧富の格差のないカジュアルな場がいいと思っている。それにフィーネはどうもフォーマルな場は疲れるようだから」


「そうね。フォーマルな場はいろいろな上流階級のお偉方の目があるから。私としても疲れてしまうわ」


 そこでベータはフィーネに微笑みかけた。


「似た者同士ね、私たち」


「そうみたいです」


 フィーネも照れたような笑みを浮かべる。


「さあ、入りましょう。もう研究所のみんなは待っているはずよ」


 そう告げてベータは店の扉を開いた。


「いらっしゃいませ! おや、ベータさん。今日はお客さんかい?」


「パパよ。それからパパのお弟子さん」


「ってことはグランドマスター・エリック・ウェストさんか! 後で色紙にサインしていってくれませんか? 店に来た著名人にはみんなに頼んでいるですよ」


 店の主は丸々とした体と生活感のある整えられた髪と髭をした人好きのする笑みを浮かべた人物だった。


「構いませんよ。今ですか?」


「帰りにお願いします。割引しておきますから。今日はフラメル研究所の若者たちも来ているようだから、楽しんでいって!」


 店主は白い歯を見せて笑うと、厨房に引っ込んでいった。


「フラメル研究所?」


「私たちの作った研究所。かつて錬金術師で賢者の石を作ったと言われる伝説のニコラス・フラメルから名前を取っているの。できたばかりの研究所だけど既に特許は15個も取得しているのよ。私が大学で有望な人材に声をかけて、作った立派な研究所」


 ベータは優れた研究者というだけではなく、自分の研究所まで持っているのかとフィーネは驚いた。見た目はフィーネと同じか年下に見えるのに。


 自分はまだまだエリックには評価してもらえそうにないなとちょっと落胆した。


「さあ、みんな! 私たちの資金不足を解決してくださった方が来たわよ!」


「おお! あなたがグランドマスター・エリック・ウェストさん!」


 確かに研究所のメンバーとして紹介された人々は若手ばかりだった。一番年を取っているように見える人物でも30代前半ほどだ。まだ大学に通っているのではないかという人物すらいた。


 しかし、どうやって彼らをリクルートしたのだろうか?


「パパもフィーネさんも座って、座って」


「注文しようぜ!」


 研究者というよりもギャングのような入れ墨を入れて、ピアスをした人物が告げる。フィーネはこの人も科学者なのだろうかと疑問に思った。


「彼は元連邦海兵隊の兵士だったの。兵隊をやって大学に行く資金を稼いで、私が有能だったからリクルートしたのよ。どうやってこれだけの人材を集めたか不思議でしょ?」


「そうですね。やっぱり実績があったからですか?」


「それもあるわね。私が研究所を設立するまでに既にいくつも特許を取っていて、当時としては資金も潤沢だったから。でも、何より重要なのは研究員の個性を活かすことよ。研究員は向き不向きのことがあるわ。同じ実験を繰り返して、そこから何かを得る人間もいるし、びびっと頭に閃きがきて、一気に研究を進める人間もいる」


 ベータが語る。


「だから、一定の仕事は任せない。それぞれの個性に応じたノルマを求める。物事は何事も長期的に考えないといけないからすぐに成果を出してとは決して言わない。そして、研究するテーマも自由に選んでいい。私たちは今は空中の窒素を窒素化合物として取り出す方法について研究しているけれど、違う研究をしているスタッフもいるわ」


「なるほど。環境がいいから人が集まるわけなんですね?」


「そうそう。我ながらちゃんとした環境を整えられたと満足しているわ」


 ベータが自慢げにそう告げた。


「まあ、最初の方は資金面でいろいろと苦労したけれどね」


「それでもベータ所長はパトロンが多いでしょう。この前の放射性元素の研究もどこからか資金調達してきてたし、上流階級に繋がりがあるし」


「それもこれもパパのおかげよ。パパが持っているコネを利用させてもらっているの。パパは上流階級とも付き合いがあるし、科学関係の企業との繋がりもあるし」


「でも、エリックさんって死霊術師ですよね? どうして科学関係の企業にコネが?」


 そう尋ねるのはブルネットの髪をショートボブにまとめた若い研究員だった。


「死霊術師の仕事というのは多岐にわたるし、死霊術において重要な人体の構造と仕組みを知るには科学的な知識が不可欠だ。科学関係の企業とは死霊術の研究を進める過程で出会った。彼らにとっては謎だった人体や他の生物の科学的メカニズムが理解できるチャンスだし、死霊術師としてはその仕組みを活かした新しい術を生み出すチャンスだった」


 エリックが語る。


「その手の共同研究を繰り返している間にコネができた。私の研究は彼らのためになったし、彼らの研究は我々のためになった。そうやって互いの利益になったからこそ、今でも彼らは私に親しくしてくれる。企業としても人体に害のない殺虫剤の発明やより詳しい細胞の仕組みが理解できることから得られる薬剤の開発は利益になるのだ」


「へえ。ベータ所長が自慢するだけのお父さんですね」


 先ほどの研究員は納得した様子で頷いた。


「ご注文の品です! ミートボールピザとスペシャルチーズミックス、ハラペーニョピザ、いずれもLサイズの3つになります!」


 ウェイトレスがテーブルにドンドンとピザを運んでくる。とても大きい。


「本場のピザってわけじゃないけど本格的なダイラス=リーン式のピザよ。素手で掴んで食べて。それから飲み物も頼まなくちゃ」


 ベータはそう告げて研究員たち──4名が参加している──から注文を取り、ウェイトレスに伝えた。


 それから数分も経たずして飲み物が運ばれてきて。


 エリックはノンアルコールカクテル、フィーネはオレンジジュース、ベータと元海兵員はビール、他はワインとなった。


「それでは我らがフラメル研究所のさらなる発展を祈って!」


「乾杯!」


 ここからはアルコールが入った場となる。


 つまりは支離滅裂な発現が飛び出したり、普段なら押さえ込んでいることをポロリとこぼしてしまう場である。


 ちなみにダイラス=リーンやアーカムのある中央世界の住民はアルコールに強いと言われているが例外もいる。


「ぷはっ! やっぱり仕事の後のビールは最高ね!」


「まさに! 天からの祝福だ!」


 ベータと元海兵隊員がビールを飲み干してそう告げる。


「ねえ、パパ。また海賊が出たって聞いたけど定期便を駆逐艦がエスコートしていたのはそういうこと?」


「そういうことだ。厄介な事件だった」


 エリックはそう告げるとミートボールピザに手をつけた。


 なかなか美味いとエリックは思う。リッチー化しても味覚という感覚は残っている。熱々のとろりとしたチーズと甘い玉ねぎ、それから肉汁溢れるミートボールが実に味わい深い。確かにいい店だ。店は清潔だし、店主はフレンドリー。


「やっぱりあれですか? エリックさんが死霊術でずばばばーっとやっつけちゃったんですか? 死霊術と言えばゾンビですよね! あ、でも船にゾンビはいないか」


 これまで黙っていた女性研究員がそう告げる。フィーネと同じようにぶかぶかのジャケットを着ているところからして、魔術師でもあるようだ。


「ゾンビという表現はあまり使いたくないが、ゾンビと呼べる存在は確かに船内にはいなかった。だが、海賊たちは怨霊に憑りつかれていた。怨霊がどれほど危険な存在になるか、君たちは知っているかね?」


「南部区画の古い家屋を取り壊すときに怨霊騒ぎが起きまたねー。作業員の方々が次々にケガをしたりして、それで教会から白魔術師が派遣されて、お祓いしたんでしたっけ? いや、冒険者ギルドからきたんだったっけ?」


 質問した女性研究員が考え込む。


「教会じゃない。冒険者ギルドだ。教会の腐った坊主どもは何もしやしない。説教を垂れるだけだ。この間も『科学の発展は人類の罪である』とかなんとか言っていたな。まあ、純潔の聖女派の連中だろうけどさ」


「そうそう冒険者ギルドから派遣されたんだ。それでお祓いが終わるまで10人ぐらい病院に入院することになったんだったっけ?」


「そう、怨霊にはそれだけの力がある。彼は霊体でありながら、自分の力で実体化することがある。そうすれば事故を引き起こせる。だが、それには相当な恨みと長い年月が必要になる。だが、死霊術師はそれを意図的に実体化できる」


「そうなるとどうなるんです?」


「恨んだ相手を嬲り殺す。まあ、軽度の怨霊ならば頭痛がするぐらいで済むだろうが、重度の怨霊になると相手は死ぬことになる」


「なるほど! それでばったばったと!」


 かなり酔いが回っているのか全体的に活舌になっている。


「しかし、船内では問題があった。相手が銃の引き金に指をかけたまま人質を見張っていたということだ。うっかり怨霊で呪い殺そうものならば、銃弾がばらまかれ、人質に命中する可能性もあった」


「ああ。分かりますよ。俺も兵隊時代に同じ経験をしました。相手は民間人を人質に取っていて、素人らしくトリガーに指をかけている。確実に一瞬で仕留めないと銃弾がばらまかれて、人質が死傷する。俺たちの場合は狙撃で仕留めましたけどね。狙撃で一撃で頭を貫けば、体はそこまで暴れない」


「そのような手段があればよかったのだが、あいにく我々は人質の身だった。そこでフィーネが問題を解決した」


「お弟子さんが?」


「そうだ。フィーネが怨霊に働きかけて、海賊たちの指を全てへし折った。引き金が引かれる心配はなくなり、我々は無事に海賊を無力化した。それからは海賊の持っていた魔道式小銃を使って銃撃戦だ。幸いにも連邦陸軍の退役軍人がいてくれたおかげで無事に戦闘を集結させることができた」


「陸軍のオカマ野郎どももやるもんですね」


 そう告げて元海兵隊員がビールをぐいっとやる。


「凄いのは連邦陸軍の退役軍人じゃなくてフィーネさんよ! 怨霊は普通実体化しても無差別に暴れまわるだけよ。それをコントロールするなんて不可能。そうよね、パパ?」


「自己を失っていなければある程度の対話は可能だ。そのことはモーガン・メソッドが示している。だが、あの怨霊は自己を失っているか、失いかけていた。それをフィーネは交信しコントロールした。驚くべき技術だ」


「流石ね、フィーネさん!」


 ベータが微笑むのにフィーネはちょっと気恥ずかしくなった。


 凄いことだと言われてもまだ実感が湧かないのだ。あの時は必死で、自分にできることをしようとしていた。また同じことをやってみてくれと言われてもやれるかどうかは分からない。それだけ必死だったのだ。


 だが、エリックもベータも警察も凄いと言ってくれるのだから、それは確かに凄かったのだろう。そう思うとちょっとだけ誇らしくなると同時に、これでエリックの目に入る位置に立てたという思いがする。


「さあさあ、フィーネさんもいっぱい食べて! 今晩は私の奢りだから!」


「じゃあ、遠慮なくいただきます!」


 フィーネはピザに手を伸ばした。


「うーん! チーズがたまらないですね! ペパロニも美味しいです! あ、こっちのハラペーニョピザも旨辛ですね! どれも最高です!」


「おー。よく食べるね。もっと注文しようか?」


「はい!」


 フィーネはとにかくよく食べる。そして、よく動く。心霊捜査官になったら体力も必要だし、採用試験でも体力試験があったので、今のうちから鍛えておくことは必要だと考えていた。犯人を見つけても、逃げられてしまっては意味がない。捕まえられるだけの体力はつけておかなければ。


「キノコと厚切りベーコンのピザ、Lサイズで追加ね」


「はい。オーダー入りましたー!」


 この店のLサイズというのはかなりの大きさだ。数名がかりで食べて、よくやく完食という具合である。それをいくつも食べているのだから凄いカロリーになりそうだが、ここにいるメンバーの中で体型を崩している人間はいない。


「ああ。久しぶりにまともな食事食べているって感じだー。これまではクッキーとコーヒーで凌いできたからね」


「あたしはサラダばっかりだったわ」


「俺は鶏ささみとモヤシだ。腹には溜まるには溜まるんだがな。食った気がしない」


 どうやらそれぞれ食事が偏っていたようである。


「ベータ。君はちゃんと食事しているだろうね?」


「私は7日間コーヒーとチョコバーだけよ」


「はあ。メアリーが聞いたら嘆くよ。彼女は食育はしっかりしたつもりなのだからね」


「メアリーさんには内緒にしておいて」


 ベータがそう告げてペロリと舌を出す。


「これから気を付けると約束するなら」


「約束する」


「本当に?」


「本当に。信じて、パパ」


 ベータの目は泳いでいた。


「仕方ない。これから研究予算が入って、研究がまた忙しくなるのだろう? だが、君は不老であって不死ではないのだから、栄養には気をつけたまえよ」


「分かってるわ。パパ、大好き!」


 そうやって賑やかにダイラス=リーンでの最初の夜は過ぎていった。


……………………

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