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死の罠

……………………


 ──死の罠



「リーダー。悲鳴が聞こえた」


 物資を受け取りに上階に向かっていたヴァージルたちの先頭でクライドが告げる。


「銃声は?」


「散発的に。奇襲されたくさいですね」


 クライドは耳を澄ましてそう告げる。


「救援に向かうぞ。上にいるのはまだCランクの冒険者パーティだ。この階層まで潜ることは想定していないはずだ。助けが必要だろう」


「了解。先導します」


 クライドが悲鳴と銃声の響く方向に向けて進んでいく。


「私の武器は役に立たない、かも」


「またミノタウロスだと思うか?」


「この階層ならその可能性はあるかな、って。先遣隊もこの階層でミノタウロスに遭遇してたから。ミノタウロスに拳銃弾は豆鉄砲。もっと大口径の武器にするべきかも」


「これ以上、赤魔術師のお前に負担はかけられない。俺がカバーする。俺もそろそろ魔道式短機関銃から魔道式小銃に乗り換えるべきかもしれない」


「近接戦闘は?」


「近接されたら剣を抜く。それまでは魔道式小銃で数を減らす。ランカスターMK11なら威力もあるし、速射性にも優れている。この仕事が終わって金が入ったら買いに行く」


「分かった。信頼してる」


 後衛を守るヴァージルはリタの生命線だ。彼が失われれば、リタも危険にさらされる。そうならないためにも装備更新は必須だった。


「……銃声が止まった」


「まさか全滅したのか?」


「可能性としては」


「クソ。まだ望みはある。急ごう」


 クライドが告げるのにヴァージルが前進させる。


 銃声が響いていた場所はひとつ上の階のベースキャンプから僅かに離れた場所だった。ヴァージルたちは細心の注意を払って、その地点に接近する。それは当然、ほぼ間違いなく魔物がいるからだ。


「この角を曲がった地点です」


「リタ。赤魔術を叩き込む準備をしておいてくれ」


 クライドは角で手鏡を使って死角の情報を得ようとする。


「ひでえ。食い殺されている。だが、息のあるのがひとりいるみたいです」


「他は死んでいるのか?」


「恐らく。腹に穴が開いているのがひとり、首をへし折られているのがひとり、顔を叩き潰されているのがひとり。これで生きていたらそれはそれで辛い」


「どうにも臭うな……」


 ヴァージルは長年の冒険者としての勘が危険だということを警告していた。


「何をしているのです。助けに行かなければならないのでしょう。私が行ってきますよ。あなた方はそこで怯えていると言いでしょう」


「おい。馬鹿。迂闊に動くな」


 ヴァージルが制止するのもむなしくすっとルアーナが角を曲がって前に出た。


 その時だ。ダンジョンの地面が割れて、触手が伸びてきたのは。


「畜生、テンタクルだ! リタ! 焼き払え!」


「ルアーナがいる」


「クソ。この足手まといが!」


 テンタクルとは触手を自在に動かして獲物を捕食する植物系の魔物である。地面や壁に潜むことがあり、突然奇襲されることが多い。だが、植物であるがために感覚器官はそこまで優れたものではなく、音や足音といった振動を検知して襲い掛かる。


「た、助け……!」


 ルアーナが叫ぶ。


 彼女は右足を触手に掴まれ、ずるずると床に開いた穴に引きずり込まれようとしていた。他の触手も伸びており、ヴァージルたちの方に向かってくる。


「クソッタレ! リーダー! グレネードを使いますよ!」


「ルアーナが巻き込まれる! アビゲイル、ルアーナを回収してくれ! 他は援護射撃だ! とにかく叩き込め! 音が大きければテンタクルは目標を認識できなくなる!」


「了解!」


 振動に頼っているテンタクルは大きな音を苦手とする。


 銃声が響き渡り、振動が壁と地面に伝わったことでテンタクルが混乱している様子を見せるが、振動そのものは認識しているのでヴァージルたちの方向にゆっくりと触手を伸ばしてくる。テンタクルの触手は普通の蔦植物と違って固く、筋肉のようになっている。一度巻き取られれば、切断するのは容易ではない。


「アビゲイル!」


「任された!」


 ヴァージルたちが触手を引き付けたところでアビゲイルが飛び出す。そして、テンタクルのぽっかりと開いた口に引きずり込まれそうになっていたルアーナの右足の触手を切断し、加えて負傷していた冒険者を片手で持ち上げる。


「ルアーナ! 走れ!」


「わ、分かっています!」


 ルアーナは真っ青な顔色で大急ぎでヴァージルたちの方向に向かう。ヴァージルたちの方向に向かってきた触手はヴァージルが剣で切り落とし、クライドが根元を撃ち抜いている。これでテンタクルは獲物を失った。


「リタ! やれ!」


「分かった」


 そしてリタの詠唱が完了する。


 炎の槍が床に開いたテンタクルの口に吸いこまれ、爆発する。爆炎が廊下を一瞬多い、テンタクルのあちこちに伸びた触手が力を失ってボトリと地面に落ち、テンタクルは倒された。


「ルアーナ! 何をぼさっとしてる! 負傷者を手当てしろ!」


「分かっています! いちいち指図しないでください!」


 ルアーナはまたしても失禁していた。


 その状態で瀕死の状態の冒険者の手当てをする。冒険者は女性で片足が触手によって引きちぎられており、首を絞められた痕跡がある。これを餌にして他の冒険者を誘い込むのが、先ほどのテンタクルの狙いだったのだろう。


「畜生め。あの状況は明らかに不自然だった。魔物がひとりだけ見逃すはずがないし、食い残すはずもない。あれは明らかに罠だった。テンタクルかどうか確かめるのに、スタングレネードを叩き込めばこんな苦労はせずに済んだ」


 ヴァージルが忌々し気に告げる。


「そうですね。テンタクルは特別強いって魔物じゃない。奇襲さえさせなければ、軽く倒せる相手です。実際リタちゃんの魔法で一発。ドカーン。どっかの誰かさんが迂闊なことをしなければ肝を冷やさずに済んだのに」


 クライドも忌々し気に告げていた。


「あのまま死なせておいた方がよかったのかもしれないな」


 最後にアビゲイルがそう告げる。


「なんですか! 私に罠なんて見分けられるはずがないでしょう! あなたたちが先に警告しておけば問題なかったのです!」


「俺は動くなと言ったはずだぞ」


「行くなとはっきり言わなかったでしょう!」


 クソッタレ。この女は本当にどうかしている。もうちょっと粘って、教育すればまともな冒険者に慣れるかと思ったが、見込みが甘すぎたか。こいつは完全に足手まといだ。だが、こいつがいなければ問題が起きたときに困ったことになる。


 ヴァージルは頭の中でルアーナを“事故死”させる結果とこのまま調教を続けることを天秤にかけた。天秤は僅かにだが、調教を続けるの方向に傾いている。


「いいか、ルアーナ。死にたくなければ慎重になれ。いつでも助けてもらえると思うなよ。分かったな?」


「私がいなければ困るのはあなた方ですよ!」


 ルアーナは白魔術を負傷した冒険者にかけながら叫ぶ。


 そこで意外な人物が動いた。


 パアンと肉と肉がぶつかる音がする。


「わがまま言わないで」


 ルアーナに平手をくらわしたのはリタだった。


「私たちはパーティ。ヴァージルも、クライドも、アビゲイルも誰が欠けても機能しない。あなただけ特別扱いじゃない。分かった?」


 リタはそう告げてルアーナから離れた。


「せ、聖職にあるものに手を上げるなど! あなたは背信者です!」


「喚くな。治療をしろ」


 喚くルアーナをアビゲイルが蹴る。


「俺はあんたを殴って背信者になるよりも、魔物の餌にして平穏に暮らしたいよ」


「クライド。パーティに彼女は必要かな、って」


「分かってる、分かってる。冒険者を引退することを決めるまで生かしておきますよ」


 ルアーナはここでようやく気付いた。


 自分は自分の身を守ってくれる人間を全て敵に回してしまっている。彼らが冒険者を引退する最後のクエストで“事故死”が起きてもおかしくないのだと。


 ルアーナの視線がテンタクルに殺された冒険者の死体に向けられる。


 腹を貫かれ、首を引きちぎられ、顔面を潰された死体。


 ルアーナは背筋がぞっとするのを感じた。


「わ、分かりました。これからは指示に従います……」


「分かれば結構」


 別にヴァージルたちは本気でルアーナを事故死させるつもりはない。そんなことをすれば寝覚めが悪い。あくまで事故死をちらつかせるのはルアーナを制御するためである。ルアーナはそうとも知らず、魔物に殺される自分の姿を思い浮かべて怯えた。


 そして、しばらくしたのち、負傷して意識を失っていた冒険者が目を覚ました。


「あれ……」


「大丈夫か?」


「あなたたちは深層に潜っている冒険者の……」


 そこでその女性冒険者ははっとした。


「仲間たちは!? 突然、触手に襲われて、首を絞められて、手を……」


 女性冒険者は自分に手がちゃんとついていることを確認した。


「仲間たちはどうなりました?」


「あそこだ。だが、見ない方がいいかもしれない」


「いいえ。お互いにもしものことがあったら家族に連絡をするようになっているんです。葬儀のために髪を切ってそれぞれの家に送るって決めてたんです」


 そう告げて女冒険者は少しよろめくと、アビゲイルに支えられて立ち上がり、仲間たちの下に向かった。


 ヴァージルたちは一応死体の目を閉じさせておいたが彼らにできるのはそれぐらいだった。無残な死体が3体。ダンジョンの廊下に転がっている。


「みんな、帰ろう。故郷の村に」


 女冒険者はそう告げてナイフで仲間たちの髪を切る。


 ヴァージルは彼女を見て思う。


 年齢は16か17歳。憧れで冒険者になったというよりも、冒険者しか道がなかったタイプに見える。仲間には恵まれていたのだろう。彼女は丁寧に仲間の髪を切り、袋に小分けにして入れていく。


 仲間たちは同じ村の出身者か。田舎の村は娯楽もなく、経済発展も遅れている。インフラ整備もままならず、将来を見据える人間には辛い場所だ。土地を継げなかった次男坊、三男坊は街に働きに出るしかない。


 そして、そんな人間でアーカムの街はいっぱいだ。失業率は12%を記録したと聞いている。手に職がなければ、採用されることは少ない。


 そんな中でも誰でもなることができるのが冒険者。


 一山当てれば大儲け。失敗すれば死。


 そして、概ねの場合、冒険者の引退理由は死だ。


 せめて、この連中の最後の声を聞かせてやれたらとヴァージルは思う。エリックならば降霊術で仲間たちの霊を呼び寄せ、この哀れな女冒険者に慰めを与えてくれただろう。そのエリックはもうここにはいない。彼は去った。


「地上まで送ろう。ひとりでは危険だ」


「ありがとうございます」


 仲間の死体はこの後、冒険者たちが運び出すことになる。非常時でもない限り、冒険者の死体をダンジョンに放置したりはしない。


 だが、少なくとももう少し増援が来てから出ないと、魔物が再出没し始めたダンジョンで死体を抱えて行動することには無理があるだろう。


 ヴァージルたちにはクライドというベテランのポイントマンがいることで滅多に奇襲を受けることはないが、C級なんてひよっこ冒険者たちにはそんな優秀なポイントマンはいない。彼らは死の危険にさらされながら、ひたすら鍛えるしかないのだ。


 黒魔術師たちを追放して弱体化した冒険者ギルドで、もしヘルヘイムの森事件のようなことがまた起きたならば……。


 今度こそ森の起こす天災を封じ込めることはできないだろう。


 ああ。畜生。なんて時代だ。このままじゃ冒険者ギルドは本当にどうにかなっちまうぞ。ヴァージルはそう思って女冒険者を見た。


……………………

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