恋愛小説と魔導書
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──恋愛小説と魔導書
「おお。凄い品ぞろえ」
建物は5階建て。5回前は吹き抜けになっており、それぞれの階層にみっしりと本棚が詰まっている。大図書館ほどではないが、ここの品ぞろえも凄まじい。
「クラーク。アトランティス交易のハイパーボリアにおける魔導書発掘は成功したのか? そして、その本を仕入れられたか?」
「これはエリザベート様。お久しぶりです。アトランティス交易の調査船は無事にウルタールに帰還しましたよ。そして、来週競売にかけられるようです。かなり貴重な品が手に入ったとかで。アザトース信仰に関する本と古代魔術に関する本だと噂されています。ご興味がおありですか?」
「もちろんだ。私が何を好んでいるかは知っているだろう。本だ。魔導書だ。私の代わりに競売に参加してもっとも価値のある魔導書を仕入れておいてくれ。7000万ドゥカートまでならば出してもいい」
「畏まりました。入手できましたらお知らせいたします」
エリザベートは高級ホテルの受付のようになっているレジカウンターにいる男性と話し始め、フィーネはきょろきょろと店内を見渡した。
「さて、まずはお前のための教科書選びだな。魂と肉体の関係を学ぶのには何の教科書を使った?」
そして、暫くしてエリザベートが戻ってきた。
「『魂・肉体・生と死について』って教科書です」
「ふむ。思った通り少し古いな。最近ではもっと分かりやすく、最新の学説も掲載した本が出ているこっちだ」
エリザベートは本の迷宮のようなセラエノ書店内を移動していく。
「これだ。『魂と肉体。不可分なる関係について』。この本の方が分かりやすい。昔の本は結論に至るまでが長々としている。研究者向けの本ではあるのだろうが。この本は学校やアカデミーなどでも使うような教育用の本だ。最近になって教科書業界も改革が進んできていてな。より分かりやすく、より幅広い層に知識を与えることに重点を置いている。これなら役に立つだろう」
「おお。ありがとうございます」
渡された本はイラストやグラフなどが多用されており、確かに分かりやすさが重視されているようだった。エリックの本は研究者向けであったが、エリザベートの選んだ本は学生向けの本だ。この道に入る初心者や分野違いの人間のために書かれている。
「それで、次は何の授業をすると言っていたか」
「純粋な魂の多様性についてです」
「ああ。魂の分野から授業を進めていくのか。それならこれは外せないな。『ゼーレ改訂版』。これは魂の基礎について幅広く扱っている。値は張るがこれ一冊で魂についての基礎は固められるだろう。これで基礎を得てからエリックの授業を受けるといい」
「ぶ、分厚いですね」
エリザベートの渡した本は広辞苑サイズだった。
「魂とは基礎だけでそれだけ重要だということだ。まだ未知の分野でもあるし、分からないことも多い。だが、その本は改定を重ね、最新の事実を記載してある。そして、それも学生向けで分かりやすい。エリックの本棚にも基礎的な本はあるだろうが、古いか、学者向けかのどちらかだろう。ここは我のアドバイスに従っておけ。我は伊達に大図書館に君臨していたわけではないのだ」
「本当に本のことになるとエリザベートさんは詳しいですね」
「本以外のことも詳しいぞ。恋愛にまるで興味のない朴念仁の注意を惹く方法だとかな。まあ、今は関係のない話だが」
「ああー! そんなー!」
フィーネが今一番知りたい情報はそういうものなのだ。
「学生は勉強しろ。学生が勉強をするのは権利であり義務だ。色恋沙汰に首を突っ込みたかったら、それなりの成績を収めることだな」
「はい……」
エリザベートに正論を放たれ沈黙するしかないフィーネであった。
「教科書はまずはそれぐらいにしておくか。さて、面白いものを見せてやろう」
「面白いもの?」
「魔導書だ」
エリザベートはそう告げると、書店の奥に進んでいく。
「ああ。エリザベート様。お探しの品でも?」
「いや。この娘に魔導書を見せてやりたい。構わないか?」
「もちろんです。どうぞ奥へ」
そして、鉄格子の扉で閉ざされたさらに奥に進む。
「警備が厳重ですね」
「当たり前だ。魔導書は1冊で最低でも500万ドゥカートはする。そこらで売られている普通の本とは本質的に異なるのだ」
「1、1冊、500万ドゥカート……」
500万ドゥカーもあれば動力馬車が買えるし、ひとり暮らしなら4年は遊んで暮らせるというものである。
「最高の値段がついた魔導書は南方言語で記された『アル・アジフ』という魔導書だ。競売にかけられ30億ドゥカートで落札された。だが、こいつが厄介な魔導書でな。解読はおろか所持しているだけでも人の正気を抉る代物だった。30億ドゥカートで落札されてから、所有者を転々としていき、とうとう最後は黒魔術師13名によって解読され、無害化され、大図書館の禁書区画に仕舞われた。解読した13名の黒魔術師は全員が1年以内に変死した。中には通りで見えない何かに襲われて死んだものすらいるという」
「30億ドゥカートも出してそんな本買ったんじゃ大損ですよ!」
「まあ、少しは誇張されている点もあるだろうが、大図書館には未だに眠っているぞ。我の在任期間中には何も起こらなかった。後任はどうだろうな」
エリザベートはそう告げてにやりと笑った。
「おっかない……」
「だがな、魔導書の解読はロマンだぞ。過去に存在した奇跡とされる古代魔術について知ることはまさにロマンだ。歴史を遥かに超えて、現代に蘇ったハイパーボリア大陸の魔術などを知りたくないと抜かすような奴は魔術師である資格はない」
そう告げてエリザベートが立ち止まった。
「見ろ、これが魔導書だ」
「おお?」
鉄格子と固定化のエンチャントがかけられた強化ガラスで仕切られた向こう側に10冊ほどの本が並んでいた。見るからに古い本である。革で装丁された古い本のためか、何語でタイトルが書かれているかすら分からない。
「私は翻訳されたものを全て大図書館に収め、解読したが、これらの魔導書の原書には今の科学化した魔術ではなく、奇跡としての魔術が記されている。そして、その奇跡をもたらした存在についても記されている。ハイパーボリア大陸のツァトゥグァ信仰。眠れるルルイエの主を信仰する群島の住民。それらがこの世界に神以外の超越者が存在することを示している。そして、それは我々のすぐそばにいるのかもしれない」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ。魔導書は魔術を覚えるために使う物じゃないんですか? 呪われたり、発狂したり、何かおかしいですよ!」
「人間の歴史はそれだけ浅いということだ。吸血鬼もそうだが、この星にはサンクトゥス教会の坊主どもの崇める神が訪れる前に何かがいたのだろう」
そこでエリザベートがフィーネを振り返る。
「今度、魔導書が手に入った一緒に解読──」
「しないですよ。魔導書とは関わり合いになりたくないです」
フィーネは首をぶんぶんと横に振った。
「つまらんな。まあ、ウルタールには魔導書解析クラブがあるからいいが」
「そんなクラブがあるんです?」
「ある。会員制だ。最低でも3冊以上の魔導書の解読に成功した人間でないと入れない秘密のクラブだ。名前は出せんぞ。お前は会員ではないからな」
「まあ、いいですよ。私は魔導書には関わり合いたくないので」
「つまらん奴だ」
エリザベートは肩をすくめた。
「さて、では我は『エルニア帝国革命記』の21巻を買ってくる。お前も何か娯楽小説を買うのだろう。我のおすすめは『大陸横断鉄道殺人事件』だ。あれのクライマックスには我も予想ができなかった」
「ミステリーですね。私は恋愛系の本がいいかなあ」
「恋愛か。それなら『無限の螺旋階段』だな。幼い少女が年上の男に恋をする話だ」
「ほうほう。それは興味あります!」
「まあ、最後は振られるのだがな」
「酷い!」
エリザベートはにやにやしている。
「だが、面白いのは確かだぞ。我はあまりそういう系統の話は読まぬのだが、大図書館でちょっとしたブームになっていてな。大司書長が目を通していないのも何だろうと思って、読んでみたがこれが面白い。読まず嫌いはよくないと思い知らされた」
エリザベートはうんうんと頷いている。
「でも、最後は振られるんですよね?」
「振られるな」
「悲哀ものは嫌です。ハッピーエンドがいいじゃないですか」
「それが読まず嫌いというものだ。読んでみるとなかなかいいものだと分かるぞ」
「うーむ」
確かに読む前から面白くないと決めつけるのはよくないかなとフィーネは思った。
だが、この状況で年上の男性に少女が振られる小説を勧めるのは明らかに善意のおすすめではないとフィーネは思った。
「いいです。自分でいい作品を探します。ライトな作風でハッピーエンドなものがいいですね。勉強の息抜きに読むわけですから」
「好きにするといい。ここの品ぞろえは抜群だ。我もちょっと見て回る。だから、のんびり探していいぞ。せっかくの知識の泉だ。金を払わなければ味わえぬが、ゆっくりと楽しむのが吉だぞ」
エリザベートとフィーネはそう告げ合って、魔導書区画の外に出た。
魔導書区画はなんだか暗くて、息苦しかったが、外にでると紙とインクの香りのする世界だ。フィーネは早速恋愛小説コーナーを探す。
恋愛コーナーはすぐに見つかった。フェアをやっていたのだ。
コーナーには『大人の恋を味わおう!』という書店員の手作りポップが飾られていた。人が発狂したり、呪い殺されたりする魔導書を扱っている本屋が、こういうこともしているのかと思うとフィーネはちょっとおかしくなった。
「ええっと。10代の女の子向けのはあるかな……」
フィーネは本棚を探る。
大人の恋をしようということで成人男性、成人女性の恋愛を扱った本が多かったが、コーナーにはフィーネのような女の子向けの本も置いてあった。丁寧に固定化のエンチャントがかけられたそれをペラペラを捲ってみて、文体の軽そうなものを探す。
エリックから借りた本は文章ががちがちに硬かった。学術書なので当たり前と言えば当たり前だが、フィーネの脳は頭脳労働後に甘いものを求める本能のように、軽くてサクサク読める小説を求めていた。
「お。これ面白そう」
フィーネは一冊の本に手を伸ばす。
学校での恋愛模様を描いた本だった。王立リリス女学院では、恋愛と言う恋愛とは無縁だったフィーネが選んだのはそういう本だった。
「ふむふむ。主人公の女の子が恋するのは先生!?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまって、注目を浴びたフィーネだが赤面しつつあらすじを眺める。どうやら田舎の学校で新しく赴任してきた教師に女子生徒が恋する話らしい。明るい表紙からハッピーエンドで終わることを感じ取ったフィーネは買う本を決めた。
そして、恋愛本コーナーでその他1冊の本を選んだフィーネの目にエリザベートのおすすめした『無限の螺旋階段』が目に入る。
「さ、参考までに……」
あのエリザベートがおすすめするのだか面白さは確実だろう。それにやっぱりちょっと気になるところがフィーネにはあった。
「選び終えたか?」
そんなフィーネのところにエリザベートが本の山を抱えてやってきた。
「はい。買うものは決まりましたよ」
「おや。あれだけ読まないと言っておきながら、やっぱり読むのか?」
「うぐ。ちょっと気になりますし……」
エリザベートが意地悪く笑い、フィーネは思わず選んだ本を後ろに隠した。
「まあ、いい。今日は女だけの買い物だ。これからお前に女の武器のひとつを教えてやろう。会計を済ませたら、荷物を馬車に放り込んで、買い物継続だ」
「わあい!」
こうしてエリザベートとフィーネはウルタールの街に繰り出していった。
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