書店
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──書店
「思ったのだが」
動力馬車の中でエリザベートが告げる。
「最近の死霊術師はそういう格好が流行りなのか?」
今日のフィーネは新しく買ったコバルトブルーに白いラインの入ったジャケットとブラウス。短めのスカートに黒タイツという格好だった。
「ジャケットは死霊術師だけじゃなくて、魔術師全般での流行りですよ。パーカー派もいますけれど、ジャケット派が優勢ですね。それから黒タイツはアーカムを中心とした世界的なお洒落アイテムです」
「ふむ。魔術師が纏うのはローブと決まっていたものだが、時代は変わるものだな。大図書館に来る魔術師たちもあれこれと格好を変えていた。ローブを改造したり、違う上着を纏ったり、変な靴を履いていたり」
エリザベートが思い返すようにそう告げた。
「だが、そんなぶかぶかのジャケットが本当に流行りなのか?」
「流行りですよ! 学院でもジャケットをみんな買ってましたもん。ウルタールでも魔術師らしい人がぶかぶかのジャケットを着ているのを見ましたし、お店でも大きく取り扱ってますし。エリザベートさんも一着どうです?」
「遠慮する。いざという時に動きにくそうだ」
そこでエリザベートは少し考えるように顎に手を置いた。
「そういえばウルタールではエリックが襲われたのだったな?」
「ええ。いきなり銃撃戦が始まってびっくりしました。幸い、私たちは怪我しませんでしたけれど。エリックさんも銃弾を受けたんですが、エンチャントがよかったのか、無傷でした。防弾のエンチャントって民間人でも手に入れられるんですか?」
「あれは軍に所属する青魔術師にコネを持っている。そういう経緯で手に入れた品だろう。顔が広いといろいろと便利なものだ」
「軍にコネがあるんですか」
「ああ。前に我の不出来な同胞であるヴラジーミル・ヴェルシーニンがアーカムに侵攻しようと企てた。200年ほど前か。それを阻止したのがエリックだ。エリックはヴラジーミルの軍隊が殺した死体を操って、軍隊を組織し、アーカムに手出しさせなかった。アーカムを守るために結集していた連合軍からは偉く感謝されたらしい。それ以降、軍と彼のコネは繋がっている。チェスターと仲がいいのもそういうことだ」
「コヴェントリー辺境伯閣下は軍需産業の主ですもんね」
何かと硝煙の臭いが漂うエリックの交友関係だ。
フィーネが見た限りウルタール都市軍とも友好関係を持っているようだった。
「彼は驚くほど顔が広い。別に軍関係のみだけではない。法執行機関に協力を頼まれれば協力するので、法執行機関とも懇意だ。そして学術界はいうまでもない。アカデミーは未だにエリックのための席を準備して待っている。それから事故調査で保険会社とも仲が良く、文学にも造詣が深いので文学サロンにも顔が利く。彼の出版物は文学サロンの連中に言わせれば文学としても面白いそうだ。私も実際にそう思う。あれは学術書でありながらにして、ミステリー小説を読んでいる気分にさせられる」
「そ、そんなに」
「彼は基本的に才能のあるお人よしだ。そして、上手に敵を作らない。あれだけ暗い魂をしている人間があれだけのコネクションを持っているのには驚かされるが、あれは人間を扱う術が上手いのだろうな。人付き合いとは技術なのだろう」
フィーネは自分の知らないエリックの情報が出てくるのに興味津々だった。
「だが、共感性はさっぱりだぞ。彼は人間をコマのようにして扱うことには秀でているが、誰かに共感して、それで行動を起こそうということは非常に稀だ。だから、我は驚いたのだ。あのエリック・ウェストが見返りもなしに、弟子を取るなどとは、と」
「エリックさんは優しいですよ?」
「彼の行動の場合、優しいのではなく、紳士淑女ならこういうときこう行動するというプロトコルに従って動いているだけだ。立派な紳士淑女なら文無しの少女に恵みもするだろうという具合にな」
「うぐ」
どうやらエリックがフィーネにお金を渡したのを知っていたらしい。
「もっとも、利益だけを優先する心ない男ではないぞ。彼は熱いところもある。知識の探求には我などよりも遥かに熱心だし、後進の育成にも熱心だ。だが、直接弟子にするのは見込みのある人間だ。著名な学校の卒業者や斬新な研究を発表したもの。お前のようにただ学校を追い出されたという人間を弟子にするのはあり得ないと思っていた」
「それってマリアさんもですか?」
「マリアと話したのか?」
「はい。魂と肉体の関係を教えてもらうために」
「そうか」
エリザベートは少し考えた。
「あれも奇遇な例だったな。あれは初めて怨霊を言葉によって冥府に送るというメソッドを作成した人間だった。研究の結果を発表したのは21歳の時だったか」
「そんなに若くて大きな成功を!?」
「ああ。あれはまさに天才だった。だが、肺病を患っていて、未来はなかった。それをわざわざエリックは弟子にした。マリアは喜んだが、我としては当時の医療技術と白魔術では治る見込みもない余命数年の人間を弟子にするとは馬鹿げていると思ったがな」
マリアは21歳で世界魔術アカデミーに認められる研究成果を発表していた。
エリックは当時既にグランドマスターの地位にあり、世界魔術アカデミーにも影響力を持っていた。その彼がマリアの研究に注目した。
怨霊は当時は絶対に交信できないものと思われていた。下手に交信すれば、自分たちに害があるものだと思われていたのだ。そして、怨霊は白魔術で強制的に冥府に送るしかないというのが教科書にも書かれていたことだった。
だが、マリアは100件の研究例で怨霊を死霊術によって無害化するという業績と、そのためのプロセスを発表した。その研究成果はアカデミーで注目され、多くの研究者が同じようなことを試し、成功したことで認められた。
そして、研究に注目したエリックに弟子入りを誘われ、彼女は喜んで受け入れた。
彼女は既に成功した研究者であったが、それでも弟子入りを希望したのだ。そこにエリックの教育者としての、そして研究者としての才能が見られる。
しかし、マリアはその時点で既に肺病との闘病の日々であり、エリックは彼女に不老不死の道を進めたが、彼女は拒否した。それからマリアはエリックの指導の下、怨霊に関する研究を4件発表し、世界魔術アカデミーでジャーニーマンの称号を得た。
そして、それから4年後に世を去った。
「あれは天才だった。エリックもあれに影響されたのだろう。暫くは怨霊の研究に熱心だったし、あれが献体を申し入れたのを受け入れ、度々降霊術で話し合っていたそうだ。何度も、あれが生きていればグランドマスターはひとりじゃなくなっただろうと評価していた。彼にそこまで言わせるのだから、あれは確かに天才だったのだろう」
まあ、死んでしまっては意味がないがとエリザベートは肩をすくめた。
「だが、お前は天才というわけでもないし、有名な学校を出たわけでもない。どうしてエリックはお前を弟子にしたのだろうな?」
「うーん。共感性があるから? でも、エリックさんの弟子になった時にはそれは分かっていなかったんですよね」
「ふうむ。だとすると気まぐれか。それとも彼もたまには幼子の面倒でも見てやろうという情にかられたか。まあ、我にも分からんな。彼とてたまには理解できないことをする。完全に行動の予想できる人間などいない」
フィーネはそう聞いてちょっとほっとした。
エリザベートが本当にエリックのことを何もかも知っていたら、自分の居場所がなくなってしまうような気分になっていたからだ。
実際にはそんなことはないだろうに、どういうわけかフィーネはそう思ったのだ。
「エリックも我と会うまではいろいろとあったようだからな。世界で初めてのサンクトゥス教会の教義に背かないリッチー化の術を開発し、不老不死の肉体を得るまでに何があったのか。我と会うまでの間に何があったのか。彼は語ろうとはしない。過去は過ぎ去ったことであり、積み上げ続けているものがなければ無価値であるという価値観だからな」
エリザベートはそう告げて窓の外を見た。
「もう少しかかりそうだな。せっかくだから、お前のことを話せ」
「ええー。私の話はそんなに面白くないですよ?」
「それでもいい。暇つぶしにはなる。我は今は別の本を読む気にはならん。続きが気になるまま別の本を読むというのは奥歯に何かが引っかかる感じがする」
「それじゃあ──」
フィーネは語った。
生まれて間もなく両親を流行り病でうしなったこと。それからは祖父と一緒に暮らしていたこと。両親の霊と会うために死霊術師を目指したこと。王立リリス女学院ではそれなりの成績で、友達も多かったこと。黒魔術科が急に廃止され、行き場を失ったこと。そんな中でアーカムでエリックに弟子入りしたこと。
「両親の霊に会いたいだけなら死霊術師を雇えばよかっただろう。何もわざわざ死霊術師になる必要はなかったはずだ。パン屋でパンを買うように、専門家に頼めばよかったではないか。どうしてわざわざ死霊術師に?」
「こう見えても地元の学校での成績はよかったんですよ。魔力も十分にあるって。でも、将来の夢っていうのがどうにも想像できなくて。だから、将来の目標を定めようって思ったんです。将来、お父さんお母さんの霊と交信して、立派な死霊術師になったことを証明しようって」
「なるほどな。確かに人生には目的が必要だ。目的のない人生は空虚だ」
エリザベートはそこで少し考えた。
「我も何か目的を探さなければならないな……」
エリザベートはそう呟き、黙り込んだ。
「つきましたよ?」
「ああ。このままダーレス通りに入って2ブロック進め。そこで馬車を停めろ」
フィーネが告げ、エリザベートは飼っている都市妖精にそう告げた。
「こっちの方には来たか?」
「来てないですね。何せウルタールって広いですから! アーカムとどっちが大きいんでしょうか?」
「軍配はアーカムに上がるな。あそこはとにかく広い。だが、生活の充実度はウルタールの方が上だと我は思っているぞ。こうしてここには煩わしい教会の手も及んでいないしな。純潔の聖女派もここまでは来ないだろう」
エリザベートはそう告げて馬車が止まったのを確認すると都市妖精に駐車管理を任せるために魔力とお金を与え、歩道を進んでいく。
「何書店でしたっけ?」
「セラエノ書店だ。娯楽小説から魔導書まで手広く扱っている書店だ。ここを探検するのは楽しいぞ。ただ、財布には優しくないがな」
そう告げてエリザベートはくるりと向きを変えると『セラエノ書店』と書かれた看板の出ている店の扉を潜った。
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