ヨルンダンジョン
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──ヨルンダンジョン
ダンジョンはヨルンの森の中に出現していた。
ダンジョンの入り口はまるで入ってきてくれというように階段になっている。今の研究家たちをもってしても、どうして自然に形成されるダンジョンがこのような構造を形成するのかは分かっていない。
まるで食虫植物が獲物を招き入れるように開かれた入り口は不気味であった。
「先遣隊と合流する前に各階層に拠点を設置していく。魔物避けの聖水は準備しているな? それがないと話にならないぞ」
「大丈夫です。それぐらいのことは分かります」
ヴァージルが確認するのにルアーナが不貞腐れたように告げた。
聖職者が祝福した聖水は遠方の魔物を遠ざける効果がある。逆に魔物が近いと狂暴化するので撒いて歩けばいいというわけではない。適切な使用タイミングを見て、使用しなければならないアイテムだ。
「それは俺が指示するまで絶対に使うな。先遣隊の撃ち残しがあったら、俺たちのパーティが極めて危険な状態に陥るからな」
「はいはい」
聖水は聖職者である自分の扱う分野だと思っているのか、ルアーナの返事は適当だった。そのことがヴァージルを苛立たせる。
「いいか。俺の指示以外で聖水を使ってみろ。ダンジョン内で事故死することになるぞ。これは冗談じゃないからな」
「わ、分かりましたよ。あなたの指示に従えばいいのでしょう」
ヴァージルが凄み、ルアーナが頷いた。
「では行くぞ。フォーメーションはいつも通り。クライド、先行してくれ」
「了解、リーダー」
魔道式小銃を持ったクライドが先行し、後ろからアビゲイル、リタ、ルアーナ、ヴァージルの順で続く。
「静かだ。先遣隊はかなり先に進んでいるのか。あるいは全滅しちまってるのか」
「縁起の悪いことを言うな、クライド」
「だが、静かなのは確かだ」
クライドは地面の振動と空気の動きを読んでそう告げる。
「確かに静かだな。案外、深いダンジョンなのかもしれない。少なくとも10階層以上という話だ。10階層も下ならば音も伝わってこない」
ヴァージルはそう告げて油断なく周囲を見張る。
「リーダー。1階層に拠点は設置するんですか?」
「する。いつも通りのセオリーだ。階層ごとに安全地域を作っていく。そこに食料などの物資を運び込み、長期戦の構えでいく。10階層以上のダンジョンならそれでいい」
「了解。よさそうな場所、探しておきます」
クライドはそう告げて、魔道式小銃を手に先を進んでいた。
クライドの魔道式小銃は魔物に有効な大口径弾を使う点はいいのだが、銃身が長い。なので、閉所であるダンジョンでは些か取り回しにくい。そこは冒険者の腕の見せ所で、伸縮式銃床とフォアグリップを使って上手く狭い中でも取り扱い、いつでも火力を叩き込めるように準備していた。
そして、いざとなれば白兵戦ではアビゲイルがいる。クライドは一歩下がり、アビゲイルが前に出て戦闘を行えば問題はない。
前衛は大口径弾を使用する魔道式小銃を備えたクライドと熱式刀剣を備えたアビゲイルという高い火力で守られているが、後方の火力はやや劣る。
ヴァージルの使用する魔道式短機関銃は貫通力とストッピングパワーには問題ないのだが、基本的に近接戦闘と遠距離戦闘を同時にこなさなければならないヴァージルの立場上、片手で扱わねばならず、反動を殺しきれない欠点があった。
リタの魔道式短機関銃はマンストッピングパワー不足を指摘される運動エネルギー不足の拳銃弾で、ばらまけばゴブリン程度は殺せるだろうが、オークより上となると豆鉄砲になる恐れがあった。
ルアーナに至ってはただの魔道式拳銃だ。威力は期待できない。
なのでバックアタックを受けると苦労する羽目になる。リタが魔術で潰せればいいのだが、リタがクールタイム中の場合にバックアタックを受ければ最悪だ。
なので、ヴァージルたちは慎重にダンジョンを進む。
警戒していれば出口のある後方から襲われることは滅多にない。分かれ道が生じた場合はクライドが単独で調べに行き、危険性がないことを確認してから先遣隊のつけていった目印に従って下層への入り口に向かう。
「ここら辺、よくないですか? 魔物の気配もないですし、道は一本で、いざというとき火力を集中させられる。どうします、リーダー」
「そうだな。ここにしよう」
分かれ道の先の小部屋をヴァージルたちは1階層の拠点にした。
ヴァージルたちが持ってきた物資を降ろし、移動式のバリケードを組み立てる。このバリケードは非常時に通路を塞ぐためのもので、人間が魔力を込めれば動くのだが、魔物が押し進もうとしても決して動かないという青魔術のたまものだ。
それから拠点には掲示板を設置し、ダンジョン内で何が起きているか分かるようにする。また水場として魔力を込めれば清らかな水が出る魔道式井戸を設置する。どれもコンパクトにまとめることができるもので、ヴァージルたちは手慣れた様子で設置していく。
「クライド。周辺の最終偵察を」
「了解」
クライドが部屋を出て偵察に向かう。
「聖水はまだ使わないのですか?」
ルアーナは特に荷物運びや施設の設置は手伝わずにそう告げる。
「黙ってろ。いいか。俺がいいというまで絶対に使うな」
「分かっていますよ。これだから野蛮な冒険者は」
ルアーナが小声で呟いた。
それからクライドが偵察から戻ってきた。
「どうだ?」
「撃ち残しと思われるゴブリンが3、4匹。始末しておきました。それ以外は何もなしです。先遣隊はきっちり仕事をしていったみたいですね」
「よし。聖水を撒くぞ」
そう告げてヴァージルはルアーナを見た。
「仕事だ。この部屋に通じる通路を含めて聖水を撒いてこい。一瓶全部使っていいぞ」
「私がやるのですか?」
「少しは白魔術師らしいことをしてみろ」
ヴァージルはそう告げて施設の稼働を確認し始めた。
「全く」
何を偉そうに命令してと思いながら、ルアーナは部屋の外に出る。
ダンジョンの通路は暗く、自分で照明器具を持っていないルアーナに不気味だった。
足が振るえそうになるが自分は純潔の聖女派の司祭だと言い聞かせて進む。神の教えをもっとも敬虔に守っている自分が危険にさらされるはずがない。そういう気持であった。神が祝福してくださっているはずであると。
真っ暗なダンジョンの通路に聖水を撒く。聖水の瓶は5本持ってきていた。ひとつ当たりペットボトル1本分ほどの重さ。ルアーナにとっては力仕事だ。
ぼとぼとと聖水を撒きながら部屋に戻る。
「撒き終えましたよ」
「ようやく仕事らしい仕事をしたな。目印をつけて次の階層に行くぞ。先遣隊と合流するまで同じ作業の繰り返しだ。物資が尽きたら、また地上に出て馬車から運んでくる。馬車には20階層分の物資が積んであるから足りるだろう」
「これを何度も何度も繰り返すのですか? 何故こんな仕事を引き受けたんです?」
ルアーナは不満たらたらだった。
「どっかの誰かさんたちのおかげでうちのパーティは一番儲かるダンジョンコア潰しの仕事ができなくなったからしょうがないでしょうが。文句があるなら自分たちの派閥に言えよ。どうして黒魔術師を追放したんですかって」
「黒魔術師など危険だからいない方がいいに決まっているでしょう! 神の教えに背くのですか! この背信者め!」
「聖典のどこに黒魔術師は悪だって書いてあるんだよ? そんなこと今まで問題にもされてこなかった。あんたらの頭がおかしいせいでこっちは迷惑してんだよ」
「預言者の使徒は俗世に染まった低俗な輩です! 純潔の聖女派こそが改革を起こすのです! 腐った教会の仕組みを改め、我らが神のためにも立派なものとするのです!」
あーあというようにクライドが肩をすくめた。
「言い争いはもういい。それより下層に降りるぞ」
ヴァージルはそう告げてクライドに前方を指さして見せた。
再びクライドが先頭に立ち、ヴァージルたちは地下に潜っていく。
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……………………
「おっと。騒がしい音が聞こえてきたぞ」
階層を潜り続けて、ベースキャンプの設営し続け、10階層に入った時にクライドがそう告げた。地上と地下を往復する作業だが、パーティで文句を言っているのはルアーナだけだ。他のメンバーは鍛えられている。
「先遣隊か?」
「恐らく。そして戦闘中ですよ。どうします?」
「余計なお世話かもしれないが、手助けに向かった方が印象はいいだろう」
「決まりですね。先導します」
クライドの魔道式小銃に装着された魔道式タクティカルライトが道先を僅かに照らし、その明かりに照らし出された状況でヴァージルたちは進んでいく。
「音源。かなり近いです。やっぱり戦闘中。魔道式銃──この銃声は『ランカスターMK11』ですね。それから魔術の詠唱が聞こえる。かなり手こずっている感じですかね」
「急ぐぞ。だが、乱戦になっていたら、こちらに敵を引き付けてから戦闘だ」
「了解。やっぱり冒険者はこうじゃなくちゃね」
クライドの進む速度が速まる。
戦闘音は後方のヴァージルたちにもはっきり聞こえるようになっていた。魔物の唸り声と銃声、魔術の詠唱が聞こえてくる。クライドはハンドサインで待つように合図し、通路の陰から手鏡を差し出す。
「ミノタウロスだ。数は5体。先遣隊は……6名。だが、1名は負傷して動けてない。どうします、リーダー。合図を送りますか?」
「ああ。見捨てたら目覚めが悪い。こちらはベースキャンプの設営にきた“紅の剣”だ! そちらで戦闘中のパーティに告げる! 援護が必要か!?」
ヴァージルは後方から大きく叫んだ。
「こちら“朝雫の弓”! 援軍に来てくれるとありがたい! 待ち伏せを受けてひとりが死にかけている! 治療したいがミノタウロスに囲まれている!」
「分かった! 援護する!」
ヴァージルはそう告げてクライドを見た。
「ミノタウロスに背後から鉛玉をお見舞いしてやれ。ただし、絶対に流れ弾が向こうのパーティに当たらないようにな」
「了解」
クライドが準備を始める。
「リタはミノタウロスがそこの角を曲がったら攻撃魔術を叩き込んでくれ。可能な限り相手の体力を減らす」
「分かった」
リタが赤魔術の詠唱準備に入る。
「アビゲイル。リタが魔術を叩き込んだら戦闘開始だ」
「ああ」
アビゲイルが熱式刀剣を構える。
「ルアーナ。向こうには負傷者がいる。治療に手を貸せるように控えておけ」
「言われるまでもありません」
ヴァージルの指示にようやくルアーナはサンクトゥス教会の司祭らしいことができる気配を感じて声を弾ませた。
「じゃあ、始めるぞ。クライド、やれ!」
「アイ、サー!」
クライドは物陰から飛び出し、ミノタウロスの頭部めがけて7.62ミリ弾を叩き込んだ。ミノタウロスは一瞬よろけると、すぐに背後を振り返った。
クライドはカートリッジ1個分の鉛玉をそのミノタウロスをもう1体のミノタウロスに浴びせかけるとすぐさま角に引っ込みリタの魔術攻撃に備えて頭を下げる。
ミノタウロスは怒りに満ちた歩調でのしのしとダンジョンの通路を通り、自分たちの頭に鉛玉を叩き込んでくれたクライドを探して角を曲がった。
「────!」
そこでリタの詠唱が完了した。
最大限の火力がミノタウロスを襲う。膨大な熱量を持った炎がミノタウロスを焼き、皮膚を炭化させ、それに加えて発生した爆風がミノタウロスたちを地面にたたきつける。
「はあああ──っ!」
そして、アビゲイルの追撃。
ミノタウロスの首を狙って的確に斬撃を叩き込み、1体目のミノタウロスを仕留める。それから2体目のミノタウロスに向かった。
2体目のミノタウロスは頭部への7.62ミリ弾10発近くとリタの強力な赤魔術を受けてもまだ生きていた。上半身が起き上がり、迫りくるアビゲイルに向けて拳を振り上げる。
「甘い、甘い、甘い、甘いっ!」
アビゲイルが床を蹴って跳躍し、壁を蹴って勢いをつけるとそのままミノタウロスの首を切り落とした。鮮血が吹き上がり、ミノタウロスがゆっくりと地面に倒れる。
「こちら、ミノタウロス2体を撃破! そちらは!?」
「撃破した! 援軍に感謝する!」
角の向こうから喜びの声がする。
「よし。人命救助だ。ルアーナ、仕事だぞ」
クライドを先頭にヴァージルたちがパーティメンバーの治療に当たっている“朝雫の弓”のパーティメンバーたちに駆け寄っていく。
「おたくの回復役は?」
「その回復役がやられた。彼だ。サンクトゥス教会の白魔術師。仲間を庇って、ミノタウロスの拳を受けた。表面の傷は止血したが内臓をやられているらしい。急がないと死んでしまう。そちらの回復役は?」
「いる。同じサンクトゥス教会の白魔術師だ」
ヴァージルがそう告げてルアーナが前に出る。
「……彼の宗派はなんですか?」
「今はそんなことはどうでもいいだろう!」
ルアーナが尋ねるのにヴァージルが怒鳴る。
「流転の魂派だと聞いている。それが何か?」
「私はこの人を治療する気にはなれません」
「はあっ!?」
“朝雫の弓”のリーダーと思しき人物が声を上げる。
「流転の魂派は死んだ人間の魂は一度冥府で眠り、生まれ変わってまた地上に戻るという教義を信じています。ですが、そのようなことはありえません。魂は一度死すれば良き者たちは神の下で安らぎを得て、悪しき者たちは煉獄の炎に焼かれるのです。その聖典にも記された教えを信じぬものなど治療する価値はありません」
流転の魂派は輪廻転生を信じているサンクトゥス教会では異色の派閥であった。
彼らは魂は冥府でゆっくりと深い眠りについていき、前世の記憶がなくなるほどの眠りを得たのちは再び地上に新しい生命として生まれるのだということを信じていた。これは科学の進歩により『質量保存の法則』が発見されてから生まれた比較的新しい派閥で、魂もまた宇宙では質量を保ち続けており、完全に無になるわけでもないし、無から生まれるわけではないという考えから提唱された。
だが、聖典には冥府のあり方についてよきものは神の祝福を得た楽園へ、悪しきものは魂を焼かれ続ける煉獄に向かうと記されている。よって、流転の魂派は聖典の教えに背いている。
預言者の使徒派は彼らの信徒数が少ないことと、今日日異端者狩りなどやる気はなかったので彼らを放置したが、バリバリの古典派である純潔の聖女派は彼らを敵視していた。ルアーナとてそうである。
「治療しろ、ルアーナ」
「どうして異端者の治療など!」
ルアーナが振り返るとヴァージルが魔道式短機関銃の銃口をルアーナに向けていた。
「早く、治療をしろ」
「くっ……」
ルアーナは白魔術を行使し始める。
白魔術の回復の原理は物質を元あった形に戻すことで行われる。死霊術のように人体の仕組みを理解して細胞を操作して行われるようなややこしく、回りくどい方法ではなく、人体を一定の期間以前の状態に戻すだけである。
この一定の期間というのが厄介なもので、老化による身体の劣化については治療が行えないことがあるし、傷を負ってから長く時間が経つとまた治療できなくなる。この一定の期間の長さは術者次第で、優秀な術者ならより長い期間巻き戻せる。
ルアーナは白魔術師としては並みだ。巻き戻せる時間は3時間程度だ。
どうして白魔術でこのような時間を巻き戻すような現象が起きるのかについてはまだ分かっていない。白魔術を神の奇跡にしておきたいサンクトゥス教会の思惑もあって、研究が進んでいないというのが実情だ。
その白魔術でルアーナが同じ白魔術師を治療する。
「うう……」
「大丈夫か、サム!」
目を開いた仲間にパーティメンバーが呼びかける。
「ああ。ミノタウロスは?」
「そこの“紅の剣”ってパーティが援軍に来てくれて撃退した。もう大丈夫だ」
「そうか。畜生、まだ内臓が痛む」
そう告げてサムと呼ばれた白魔術師がルアーナを見る。
「君が治療してくれたのか。感謝する」
「別に。異端者など死んでも構わなかったのですよ」
ルアーナにとっては屈辱だった。
純潔の聖女派が嫌っている流転の魂派の治療をしなければならなかったなど。銃で脅されていなければ絶対に治療しなかっただろう。
「残りの治療は自分でやる。ありがとう」
そう告げて白魔術師は自分の治療を始めた。
「少しは人の役に立ったな」
「今度は銃口を向けられようと治療は行いませんよ」
ヴァージルが告げ、ルアーナは彼を睨んだ。
先遣隊とも合流し、ヨルンのダンジョン攻略は一歩進んだ。
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