初めての大仕事
話は少しだけ遡ってゴールデンウィークに入る前の事である。
このみが麗の家で働き始めてまもなく1ヶ月となった。
『中野さん、おはようございます。』
『このみさん、おはようございます。早めの出勤悪いわね。』
麗は毎週土曜日に車イスバスケットボールの練習がある。
その為最初は土日の朝は午前10時から午後5時までの勤務時間であったが、練習の時は一時間早出をする事になった。
『良いんです、ここに来るのが楽しみですから。』
『良いのかい?このみちゃんに留守を任せるなんて?』
上西さんはまだ働き始めて1ヶ月の中学生が留守番するのは不安じゃないかと聞いた。
麗の父・源一郎も秘書のリカルドも既に出掛けていて、麗と運転手の上西、麗の世話をする中野と揃って外出するのだ。
『大丈夫ですよ。あの子はうちの仕事ほとんど覚えましたし、警備会社にも連絡していますから。』
中野が厳しく指導した甲斐もあり、このみは1ヶ月で中野の信頼を勝ち得ていた。
『それでは行ってまいりますわ。このみさん、宜しくお願いしますね。』
『畏まりました。行ってらっしゃいませ、お嬢さま。』
このみは麗を見送った。
『それにしても中野さんがそんな簡単に合格点を出すなんて珍しいですわね。』
車の中で麗が言う。
『なるべく早く留守をお任せするつもりで指導していましたが、私も3ヶ月は掛かると思っていました。それがたった1ヶ月というのは意外です。』
指導した中野本人が驚いている。
『これならもう宜しいのではなくて?』
『宜しいとは……?』
『あなた方お二人の結婚式に決まっているではないですか?』
上西が思わずハンドルを切り損ね掛けた。
『そんな、私たちは式なんて良いです。』
『それはいけませんわ。あなた方は一生今井家で働いて下さるとおっしゃいました。云わば今井家の家族ではございませんか?結婚式はしっかりやらなければ納得出来ませんわ。』
『とは言っても私たちはお互い親戚とか居ませんし。』
中野も結婚式には否定的だ。
『分かっていますわ。ですが一生に一度の事ですし、今までワタクシたちもお二人には助けて戴いていますので、式を挙げて戴きたく存じますの。』
『申し訳ございません。そのお気持ちだけで結構です。』
『もう、お二人共強情ですわね。』
一方、このみは一人で精力的に働いていた。
中野から言い付けられた通りに動き、昼は上西が作ってくれた食事を温めて食べた。
午後5時になり帰る時間になったが、まだ3人は戻らない。
事前に遅くなりそうなので着替えて戸締まりをして帰っても良いと電話があったが、そのまま帰宅を待っていた。
麗たちは20分程遅く帰宅した。
『お帰りなさいませ。』
『あら、お帰りになっても宜しいと申しましたのに。』
『申し訳ございません。是非お嬢さまにご挨拶をしたかったものですから。』
このみの一言に麗は喜んだ。
『まあ嬉しいわ。さすが知香さんがご推薦されただけありますわね。……このみさん、ちょっと宜しいでしょうか?』
麗がなにか思い付いた様だ。
『はい。』
『中野さん、少しだけ二人でお話させて下さいませ。』
そう言って麗はこのみをリビングに誘った。
『上西さんと中野さんが結婚ですか?』
このみは二人がそういう仲である事を初めて聞いた。
『お静かになさいませ。あの頭のお堅い二人に聞かれては面倒ですから。』
『は、はあ……。』
『是非あの二人には結婚式を挙げて欲しいのですわ。』
『結婚式はやらないのですか?』
二人の関係をよくは分からないこのみは何故式を挙げたがらないかも理解出来ない。
『お二人はずっとここで働きながら暮らしておりますので今さらと仰るのですわ。しかし、だからこそちゃんと式を挙げて欲しいのです。』
『知香さんならどうするだろう……?』
このみのひとり言だったが、麗には聞こえた。
『そうですわ。知香さんにお聞き致しましょう。』
『やっぱりこういう時は知香さんに聞くのが良いですよね。イベント計画するの好きですから。』
二人の意見が一致した。
そして知香と萌絵が麗に呼ばれやって来た。
『いや、僕ら歳もいってるし親戚とかもほとんど居ないから式はやらないんだよ。』
上西はやはり式はやらないと言う。
『ワタクシも是非お祝いしたいのですが、二人ともそう仰るのです。』
麗は知香たちに式を拒む二人に困り果てている事を告げる。
『僕らは使用人の身分ですから、そのお気持ちだけで充分です。』
頑なな二人を見て知香は考えた。
『ここで内輪だけのパーティーをやるのはどうですか?折角メイド服を作って貰ったし、私たちがお給仕します。』
『そのアイディアは素晴らしいのですが、そうしますと知香さんたちは式に参加ではなくお仕事になってしまいますわ。』
式をやるなら知香たちにも列席して欲しいと言うのが麗の考えであった。
『いえ、私たちは中学生だから結婚式の雰囲気を味わうくらいで充分です。何でしたらみんなと交代でやりますから。』
完全な手作り結婚式という訳だ。
『知香さんにはお嬢さまだけでなく私たちもいつも大変お世話になっているのにそこまでさせては申し訳ありません。』
『良いんです、こういうの好きですから。萌絵と二人でしろやぎともえってユニットも組んでますし。』
知香の暴走は止まらない。
『知香!調子に乗り過ぎ!』
さすがの萌絵も知香を止める。
『まあ楽しそう。では知香さんにご協力お願いしようかしら?式の日取りはお父さまの都合がございますから後日お伝えしますわ。』
二人の結婚パーティーが決まった。
『知香さん、ありがとうございます。』
知香たちの帰り際、このみは知香にお礼を言った。
『私も二人には世話になったからね。』
『それよりも麗さんが喜んでくれるのが嬉しくて。』
知香はそのひと言で本当にこのみが麗の家で働く事が出来て良かったと思った。
『結婚式、成功させようね。』
『はい!』
楽しみがひとつ増えた。




