このみのお仕事
春休み最中のの4月2日、青葉台小学校を卒業したばかりの上田このみは先輩の白杉知香と共に今井麗の自宅に向かった。
このみも知香と同じ様に性同一性障害が認められ、女子扱いでこの春からF市立第三中学校に通う事になっている。
しかし両親の離婚の後、このみが女の子になりたいというのがばれて父親からの養育費を打ち切られてしまい知香の紹介で卒業したお嬢さま・麗の家でメイドとして働く事になったのである。
『緊張します。』
『大丈夫だよ。麗さんも中野さんも優しいから直ぐに慣れるよ。』
知香は緊張するこのみを落ち着かせる様諭した。
小学校を卒業したばかりのこのみは父に切られた髪がまだ伸びきっておらず、長い髪の知香と比べると可愛い男の子にしか見えない。
小学校では卒業式の直前までウィッグをかぶっていたが、短くても自毛なのはこのみならではの決意の現れである。
二人は麗の自宅の前に到着し、インターホンを鳴らす。
『はい。』
中野さんの声だ。
中野さんは以前から住み込みでこの今井家で家政婦をしている。
『白杉です。上田さんを連れて来ました。』
『麗お嬢さまのお友だちの白杉さまと上田さまでございますね。只今伺います。少々お待ち下さいませ。』
『こんな風に言わなきゃならないんですか?舌噛みそう!』
小学生どころか中学生でもこの様な言い回しはまずする機会は無いだろう。
『慣れだよ、慣れ。』
知香は笑いながらこのみを励ました。
少し待ち、中野さんが現れた。
『いらっしゃいませ。どうぞこちらへ。』
中野さんの案内で居間に向かう。
『このみさん。』
『は、はい!』
突然名前を呼ばれ、このみは背筋を伸ばして返事をする。
『今日はまだお客様なので玄関から上がって戴きましたが、明後日からは勝手口から出入り下さい。遅れましたが、あなたの指導は私が任されておりますので宜しくお願い致します。』
『はい、よ、宜しくお願いします。』
『リラックス、リラックス!』
知香はこのみの両肩を揉む仕草をする。
『こちらで少々お待ち下さいませ。』
いつも通されるリビングルームで知香とこのみは麗を待った。
『今日はこうちゃんの為に中野さん、わざと来客用の出迎えしてくれたんだよ。いつもはもっと砕けてるから。』
『ちょっと怖い……。』
厳しそうな上司にこのみは震え上がる。
やがて、中野さんが押す車イスに乗って麗が部屋に入ってきた。
『お待たせ致しましたわ。知香さん、このみさん、ごきげんよう。』
麗は不慮の事故で下半身不随となっている。
『ご、ごきげんよう……。』
事故の前の麗はバスケットボールの有力選手だった。
お嬢さまなのに公立中学校に入ったのは麗が尊敬するバスケの先輩が居たからだが、それが仇となり事故に遭った。
『うふふ、可愛いわね。このみさんは家政婦さんでなくメイドさんの方が似合いますわ。』
メイドも家政婦も一緒なのだが、最近はコスプレやメイド喫茶のお陰でメイド=可愛いエプロンドレスのイメージが定着している。
『このみさんの為に制服を誂えましたのよ。ご覧下さいませ。』
中野さんがメイド服を3着持って来た。
同じデザインだが、素材と丈が違う。
『この2着は普段のお仕事用ですから汚れても良い様になってますの。もう1着はお父さまが大事なお客さまをお連れした時など特別な時用にお使い下さいませ。』
2着は動きやすい様にスカートの丈がミディになっているが特別な方はクラシックなロングメイドスタイルだ。
普段用と言っても安手のコスプレ衣装よりは数倍しっかりしている。
『可愛い~!こんな服でお仕事出来るなんて羨ましいね、こうちゃんは。』
『宜しければ知香さんの分もお作り致しますわよ。』
『いえいえ、そんな勿体ないです。』
『ワタクシは知香さんに着て貰いたいのですわ。』
この時は麗の戯言だと思っていたが、後日本当に知香用のメイド服を作るとは思ってもみなかった。
『お嬢さまの気紛れも良いですが仕事はちゃんと覚えて戴きます。』
『はい、分かりました。』
中野さんはこのみには厳しい様だ。
知香はこのみのメイド姿を是非見たいと思ったが、仕事の邪魔になると思い先に帰宅する事にした。
『じゃあこうちゃん、頑張ってね。』
『はい。』
知香が居なくなると、さっそく中野さんがこのみに声を掛けた。
『さて、このみさん、着替えはこちらです。行きましょうか?』
『中野さん、お待ち下さいませ。』
麗が制止した。
『このみさんをご指導するには中野さんも着替えなければおかしいでしょう?』
中野さんは動きやすい服に市販されているエプロン姿だ。
『でも、ずっとこのスタイルですし私はこの方が……。』
『ワタクシのたってのお願いを聞いて下さらないのですか?』
さすがの中野さんも麗からそこまで言われては受け入れるしかない。
『分かりました、着替えてまいります……。』
中野さんも諦めてこのみと一緒に着替えに行った。
戻った二人を見た麗は喜んだ。
『二人とも素敵ですわ。知香さんももう少し居たら良かったですのに。』
このみより中野さんの方が恥ずかしがっている。
『それでは改めて行きましょうか?』
『はい。宜しくお願いします。』
それからこのみは中野さんによって炊事・洗濯・掃除・買い物と時には厳しく、時には優しく教え込まれる事になる。
平日の夜は8時までがこのみの就業時間である。
いつもならもっと遅い帰宅になる麗の父・源一郎が7時に帰宅した。
『お帰りなさいませ。』
このみは中野さんを真似て源一郎を出迎える。
『きみがこのみくんか。』
『はい、上田このみと申します。どうぞ宜しくお願い致します。』
『コノミサン、ヨロシクオネガイシマ~ス!』
『え?』
源一郎の後ろから謎の外国人が陽気に挨拶してきた。
『彼はリカルドと言ってイタリアで政治の勉強をしていたんだ。きみを紹介してくれた知香くんの実家に居た時にスカウトして今は私の秘書をやってくれている。』
『知香さんの……?……よ、宜しくお願い致します。』
『コノミサン、カワイイデスネ!』
リカルドは女性に会うと誰にでもこんな調子だ。
『リカルド!調子に乗らない様にお願いしますわ。』
『ウララサン、コワイデス。』
このみはまだリカルドが麗のフィアンセ候補だとは知る由もないが、知香が見たらかかあ天下になりそうだと言うだろう。
夕食が始まると中野さんと一緒にテーブルの脇で給仕をするが、8時になると食事中でもこの場を離れなければならない。
『ご主人さま、お嬢さま、リカルドさま、これにて私は失礼させて戴きます。』
『お疲れさまでした。これからも宜しくお願いしますわ。』
お辞儀をして部屋を出ると、ひと息付いた。
(緊張ばかりで疲れた~。知香さんは慣れって言ったけど、本当に慣れるかな?)
このみは控え室で自分の服に着替え、用意されている食事を自分でよそって食べ始める。
『お、このみちゃんだね。お疲れさん。』
突然男の人から声を掛けられて食べていたごはんが喉に詰まった。
『ああ、ごめん。俺は庭師で麗さんの専属運転手の上西です。今日はこのみちゃんに仕事を覚えてもらうからって中野さんが作ったけど普段はここの食事も作っているんだ。』
『よ、宜しくお願いします。』
『しかしきみも男の子だったんだろう?髪が短い以外は分からないよ。』
上西は初対面とは思えない感じで気軽に話す。
『食事が終わったら、俺がこのみちゃんの家まで送るから。……でも慌てなくて良いからね。』
上西さんも優しい人だとこのみは思った。
麗のお母さんは早くに亡くなっていると聞いていたが、淋しい麗さんを支える人たちはみんな優しい。
『旦那さまも麗さんも俺や中野さんの事を家族だって言ってくれている。このみちゃんも早く慣れると良いね。』
このみも両親が離婚して淋しい思いをしていたが、ここで家族の暖かさを味わう事が出来るかもしれない。
『はい、ありがとうございます。』
このみは心から上西にお礼を言った。
土曜日は朝10時から夕方5時までがこのみの仕事である。
一番大変なのは麗の下の世話であるが、知香からコツを教えてもらっていた。
しかし、まだ肉体は男の子なので女性の下半身に触れるのは恥ずかしい。
『このみさんもいずれ女の子になるのでしょう?恥ずかしいなんて言ってはダメですわ。』
麗に叱られながらなんとか処理を終える。
さらには言葉遣いを勉強する。
『しょ、しょうしょうしょうお待ち下さいませ。』
『何回しょうを言ってるの?もう一回!』
中学一年で使う言葉ではなく最初は苦労したが、このみは懸命に努力して作法も言葉もあっという間に自分のものにしていた。
そして1ヶ月たち、ゴールデンウィークのある日、知香と萌絵は麗に呼ばれて自宅に伺う事になった。
『こうちゃん頑張ってるかな?』
知香はインターホンを鳴らした。
『お嬢さまのお友だちの白杉さまと八木さまでございますね。承っております。少々お待ちくださいませ。』
『こうちゃんの声だ!』
二人はこのみの丁寧すぎる応対に目を白黒させた。
『凄いね。』
たった1ヶ月、それも週4日でこのみは中野さんの指示をマスターしていた。
このみのメイドとしての生活は始まったばかりだが、麗たちには既に家族として認められている様である。
中学生から始める女の子生活の初めてのサイドストーリーです。
麗の家でメイドをする事になったこのみを知香同様宜しくお願いします。




