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第二部_赤い花、白い花

小学校四年生のとき、隣のクラスが音楽界でリコーダー演奏を行いました。

「赤い花、白い花」はそのときの曲目です。曲調が印象深く、好きな曲でもあります。そのタイトルを使いたい気持ちから、このシーンをつくった次第です。


【第二部】


◆赤い花、白い花


   ○


 息を切らして、ジークムントは夕刻の麦畑を駆けていました。

 少し前まで盛大な溜め息を繰り返していた自分のことなどすっかり忘れ、視界の先に現れては消え、消えてはまた現れる少女の後ろ姿を必死に追いかけていました。

 このときより遡ること数分、彼は集会所で行われた会議に参加していました。村が住人の総意として国と戦う道を選択したまではいいのですが、真っ向勝負を挑んだのではたかが田舎の小村、一日と経たずにひねり潰されてしまうのが関の山です。かといって装備を整えるにも、あまり派手に動いたのではこれまた敵の目に留まってしまいます。その行き着く先はわざわざ言うまでもないでしょう。方針こそ決まったものの、実際のところ村はそれに向けて身動きできない状況にありました。

 会議はその停滞状態を打破するべく開催される、各家の代表たちによる話し合いの場です。そこでの決定が村の未来を左右するため重大な責任を負う、熟考に熟考を重ねた上で最善の結論を導く最高会議と位置づけられています。

 ジークムントはそこに家長代理兼革命主導者として参加していました。魔女を仲間にする以外にこれという方法があって王国と敵対しようとしていたわけではなかったので、皆から広く意見を求めた上で作戦を練りたいと考えていたのです。ところがいざそれが始まってみて彼は失望せずにはいられませんでした。会議の場は朝早くから夕方まで口喧嘩と沈黙が交互に繰り返されるだけで、まったく機能しなかったのです。誰だって自分の責任や被害は最小限に抑えたいでしょう、が、個々がそれを主張し始めたらきりがありません。どこかで誰かが妥協を訴えなければならないのに、その一人目になろうとする人がいなかったのです。勿論ジークムントは一番にそれが大事だと訴えていました。訴えましたが、「子どもは黙っていろ」の一言で押し退けられてしまうのです。その結果として口論と沈黙が繰り返され――そんな実のない活動がもう五日も続いているのです。溜め息をつくなという方が無理な話なのでした。

 この日もこれまでと同じでした。出席者の思考には成長もなく、議論に進展もなくただ時間を浪費するばかり。しかしその後にいつもと違う点が一つだけありました。会合を終え、家に向かう途中の彼がある「後ろ姿」を見つけたことです。今はそれを追っている最中なのです。

 それは彼のよく見知った形でした。彼の幼なじみであり、子ども同士の幼い約束ながら将来を誓い合った仲でもあった少女――二年前、病のために若くして命を落とした少女の形です。誰の記憶から風化しようとジークムントにとっては決して忘れられない存在でありました。

 少女の後ろ姿が麦畑を抜け、河原へと下っていきます。河原を駆け、小さな水道橋の下をくぐり彼も彼女に続きます。ジークムントはもう少女を追ってはいませんでした。ここまで来ればわざわざそうするまでもなく向かう場所はわかっているのです。道なきこの道は二人だけが知っている思い出の場所、小さな花園に通じているのです。

 茨のトンネルを抜け、間もなく彼が花園に辿り着いたとき、自分が追ってきた姿はありませんでした。代わりにそこでは一人の少女が腰を下ろしていたのでした。

「魔女――」

 まさか彼女がいるとは思っていなかったので、人の気配に気づき無言で顔を上げたアメリアに、彼はすっかり習慣づいた言葉で呼びかけていました。ユーリイがアミと呼び、村の皆がアメリアと呼ぶ、その少女を彼はというとどうにも、未だに名前で呼ぶことが憚られるのです。自分でもその理由を尋ねられたところで上手く説明できないのですが、彼としては、あまり深い付き合いをしたくない気持ちが根底にあるからだと思っていました。

「女の子を追いかけていたら、ここに着いたんです」

 ジークムントに答えるように事務的な声が言いました。

 アメリアの顔は下に向いています。彼女は足下に咲く花を見つめているのでした。

 彼女の様子と、そこに咲く花を見てジークムントはもうそんな季節になったのかと――いや、そんな大事なことも忘れていたのかと、気づかされました。アメリアが見つめる花。一本の茎から枝分かれた、寄り添うように咲く赤と白の花は寒冷地方の限られた場所にしか咲かない花です。そして亡き幼なじみが一番好きだった花でもあります。世に言う希少種で滅多にお目にかかれないその花が毎年時期になるとひっそり群生する――ここは秘密の場所でもあったのです。

「……不思議です。一つの茎から違う色の花が並んで咲くなんて、本当に」

 独り言とも同意を求める言葉ともとれる微かな声でアメリアが言いました。その姿は彼に、初めてこの場所に案内され、その花を見た当時の自分自身を思い起こさせます。懐かしさがこみ上げる一方、同じ幻影に導かれた者同士、何だかこの場所で彼女と会ったことが、彼には幼なじみによって紡がれた不思議な縁であるようにも感じられました。

「夫婦花だ」

 物珍しそうに見入っているアメリアにジークムントは言いました。それの正しい名前は彼も知りません。正式な名前などないのかもしれません。昔からそう呼ばれているのです。それは彼が自分で調べたわけではありません。探検家の両親から聞いたわけでもなく、この花のことが大好きだった幼なじみから教わったことでした。彼は自分がかつて幼なじみにしてもらったのと同じようにしていることを自覚しました。

「メオトバナ、ですか」

「古の時代のホウライに愛し合う二人がいた。しかしその気持ちが幸せな結末を迎えることはなかった。二人が重い罪を犯した罪人だったからだ。叶わぬ愛を胸に死んだ二人は地獄の閻魔に魂を捕らえられ、責め苦に喘いでいた。それを不憫に思った神様がこっそり二人を解き放ち、一つ茎に咲く花に生まれ変わらせた。こうして愛する者同士はとうとう結ばれることができたんだ」

 これが夫婦花にまつわる伝説だと、ジークムントはアメリアを見ないまま話を終えました。少女もまた花に視線を向けたまま聞き、静かな余韻の中で「詳しいのですね」とだけ言いました。その理由を彼は、自分から話そうとはしませんでした。

「わたしに、何の用ですか?」

 暫し生まれた沈黙を、ややあって破ったのはアメリアでした。

「用?」

「わたしを探していたのではないのですか?」

 勿論ジークムントにそんな目的などありませんでした。彼女とは偶然――さりげなく必然とも思っていますが――出会ったに過ぎません。しかし上目遣いに見つめながら首を傾げる、彼女のあどけない仕草を前に相手を否定してしまうことは申し訳なく思えました。

 これというのもまた魔女の持つ力なのかもしれない。彼の中には不思議と、初めて出会ったときと同じく打ち明けたいと思う気持ちが芽生えています。もしここで会わなかったら、話す機会はなかったかもしれません。思い切って一つ、現在村が直面している事態について相談してみることにしたのでした。

「呆れました……まさか何も考えていなかったなんて、魔女頼みにもほどがあります」

 無計画のまま周囲を巻きこんだ無謀さにアメリアはいくらか腹を立てた様子でした。しかしながら今日までの日々の中で心当たりもあったのでしょう、彼女は「仕方ないですね」と続けてきちんと助言をくれたのです。

「ジークさん、怪物をつくりましょう」

「……怪物?」

 聞き返すジークムントにアメリアは頷きます。そうしておいて言うことには、

「尤も、実際に生み出すわけではありません。あくまで噂を流すだけです」

 彼女の考えとは村が謎の怪物に狙われているように装う、ということでした。例えばある者は「翼を持った三首の怪物が山に現れた」と言います。またある者は「川で見かけた怪物は大きな牙を持ち全身黄金色をしていた」などと言いふらします。恐ろしい怪物のイメージは個々によって異なるため、居場所や様態を敢えて統一しないことによって村が神出鬼没、変幻自在の怪物に狙われているように見せかけようというのです。

「これで村に防護壁を築いたり、武器を購入する名分が手に入ります。村の人たちにとっては王国を出し抜いている事実に精神的優位も得られると思います」

 あとはユーリイやその友達の動物たちの協力によって村内や畑を荒らされたように見せかければカモフラージュも完璧です、とアメリアは作戦を結びました。

 この奇策になるほど、とジークムントは手を叩きます。策を授けてくれたアメリアからこの革命戦争に対する並々ならぬ想いを感じるとともに、そこでふと昨日、思いがけず立ち聞いてしまった彼女と義姉との会話を思い出しました。


『気づいた以上は見逃せないよ。だってこれは、本来わたし自身の手で決着をつけなきゃいけないことだもの』


 村を滅ぼした張本人と被害者という関係の割に睦まじい二人は珍しく険悪な様子で言葉を交わしていました。その際自分を戦いから遠ざけようと説得を試みる義姉に対してアメリアはそう覚悟を示したのです。それが行動にまで現れてくるとは、何と心強いことでしょう。ジークムントは改めて彼女を見直したのでした。

 彼女の考えは早速翌日の会議で諮られ、採用されることとなりました。

 発案者であるアメリアは多大なる称賛を受けましたが、本人はそんな名誉になどとんと無関心な様子でした。暇を見つけてはこっそりあの花園に通うだけです。ただユーリイとの折衝などやることはきちんとやってくれたので、それから暫くの間、ステラ村に端を発する「未知の怪物」の話が世間を大いに騒がせたということです。


   ○



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