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第一部_魔性の森で

魔女の持つ力を試すため、主人公たちが怪物の住む森に向かう場面です。

◆魔性の森で


   ○


 ……まったく、懲りないヤツら。

 仲間から二人組が森に近づいているという報告を受け、彼女は溜め息混じりに呟きました。どうせいつもと同じ、自分に負けた者が頭数だけ揃えて仕返しに来たに決まっているのです。

 身軽さを一番の取り柄とする彼女にとって人間相手の戦いはすっかり慣れたものでした。数ばかり増やしたところでそれに屈する自分の姿など爪の先ほども想像もできません。ただ、後を絶たない来訪者の存在はそれ自体が大きな悩みの種でした。彼女は性懲りもなくやってくる者たちの相手をすることに心底うんざりしていたのです。


 まったく、人の気も知らないで。

 ……あぁ。今は違うんだっけ。


 仲間たちに足止めを依頼した後、一人残った彼女は誰にともなく愚痴をこぼします。その一方頭の中ではもう別のことを考えていました。それは仲間からの報告においてもたらされた、二人組の片方は自分と同じ「匂い」をしている、という情報についてでした。

 同じ匂い……か。

 自分が命を落としたときのことを、彼女はぼんやりと思い出していました。

 短い生涯を終え昇天する彼女はその途中、一人の少女と出会いました。寂しそうな笑みとともに自分へと何かを訴える、不思議な少女です。尤もその顔や声、髪の色も何故だか思い出せません。昔から記憶力に自信がある彼女ですが、どうにもその少女のことだけは曖昧なのです。ただ一つはっきりしていることは、その少女に出会った直後、目覚めた自分の体が今までとまったく違っていたことだけです。死んだはずの自分の身に何が起きたのか、あれから季節が一巡りしても未だに、彼女には皆目見当がつきません。しかしながらそこに少なからずあの少女が関わっている、それだけは理解しているつもりです。


 もう一回会えばきっと何かわかる。

 あたしのことも。

 それに――。


 やってくる二人組の一人はあの不思議な少女に違いない。昔からよく的中する直感で彼女はそう思いました。そして考えると同時に体は動いていました。待ってろよ、全部白状させてやるんだから――物音一つ立てることなく、彼女は森を疾走する風になりました。


   ○


 数ヶ月前、村を南へと下った先にある森に謎の生物が住みついた。小人とも新種の獣とも言われる、恐ろしくすばしっこい正体不明の生き物だ。それは森に踏みこんだ者を無差別に襲う凶暴さの反面、捕獲のために仕掛けられた罠を見分けるなど、王都から派遣された討伐隊が手を焼くほどの知恵も持ち合わせている。しかし最も恐れるべきは人語と獣語の両方を理解し、森に住む獣たちを統率する立場にあることだろう。やがては獣たちを率いて人類に反旗を翻す日が来るかもしれない――そう思えばこそ、この者の存在は俺にとって王権打倒と並んで解決すべき問題でもあった。

「はぁ……小人か小動物、ですか」

 魔女はいくらか拍子抜けしたような、がっかりした声で言った。怪物などと言われて出発した割に、相手がそれでは身も入らないのだろう。しかしそんな彼女を諫めこそすれ俺も、ともに歩くスミ子も同調することは決してない。その者がこれまで、ステラを含む近隣の村々にどれだけの危害を加えてきたかを知っているからだ。何を隠そう俺にはかつて挑み、その姿を目に捉える暇もなく失神させられた経験がある。

「油断するなよ。俺たちの村はけが人だけだが、他の村では大勢死人も出ている」

「……そうですか。野放しにはしておけませんね」

 魔女が拳を握り締める。エウノミアの不条理な行いに怒りを覚える彼女、自分を受け入れてくれた村を滅ぼした彼女、そして今、怪物に敵意を抱いている彼女……俺には今一つその正義の在処がはっきりしない。勿論そんな意思を彼女が持ち合わせていれば、の話だ。

 俺にわかることがあるとすれば、それは彼女から自信とも慢心とも違う落ち着きを感じることだ。まるで――自分の手で滅ぼせぬものなど何もないと知っているかのような。

 ほどなくして俺たちは森に到着した。怪物が住み着いた今でこそ魔性の森などと呼ばれているが、元々は多くの人々が日常的に訪れるような静かな場所だった。今もだから、あくまで見た目の様子は普通の森。季節の花々が鮮やかに盛りを迎え、何も知らなければ恐ろしい怪物が潜んでいるなどとはとても信じられない場所だ。尤も俺は自分の目に映るこの景色がその通りのものではないことを知っている。あのときと同じく左右に正面、あらゆる木陰や茂みから隠しきれない野生の息遣いを感じる。とても獣とは思えない統率のとれた動きで、ヤツらは既に、俺たちの行く手を阻む壁を形成している。

「……感じます。この森の奥から、邪悪な気配を」

 魔女がふと、足を止めた。

「わかるのか?」

「はい。ここから先はわたしが」

 魔女はそう言って、俺たちを抑えて一人歩み出した。

 そこからは流石魔女だ。不思議な光景が俺の目の前に広がった――茂みの中から丸出しの敵意で威嚇していた獣たちが一斉にそれをやめ、姿を現す。そして彼女の忠臣であるかの如く身を伏せたのだ。彼女が何か特別なことをした、或いはしているようには見えない。しかし彼女の周りではあらゆる野生が獰猛さを失い、愛一心で手懐けられたペットのように振る舞っている。今のわたしにそんな力はない、などとは謙遜も甚だしい。彼女はやはり魔女なのだ。

「きっと帰ってきます。あなたに、殺されるために」

 振り返って念を押すと彼女はとうとう、森の中へと消えていった。



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