第一部_魔女であるということ
長野市松代へ小旅行です。一番の目的は大本営を見ることでしたが、途中立ち寄った文武学校で収穫です。旧陸軍戸山学校で指導されていた剣術(居合)の型を見せていただきました。刀の提げ方(刃の向き)が普通と逆なのですね。珍しいものを見せていただきました。姿勢もしゃんとしていて、一つ一つの動作の美しさにただただ息を呑みました。
◆魔女であるということ
俺の住んでいるステラという名の村は誰の目にもはっきりそうとわかる田舎の小村だ。北から東へと高い連山を背負い、西には霧の森、南にも森、一番近い隣町まで行くのに歩いて半日もかかるような僻地の村だから仕方ないと言えば仕方ない。人はだから、この村を別名で最果ての村とも呼ぶ。
村の人々は山の麓の限られた平地に住居を構え日々の暮らしを営んでいる。村の地味はやや寒冷な部類に属し、四季はあるものの雨は少なく、何年かに一度訪れる例外を除けば冬の雪も多くない。山がちな地理もありかつては食べ物に苦労の絶えない貧しい村だったが、傾斜地を利用した段々畑が発展した今は違う。貧しいことに関しては相も変わらずなのだが、食料の心配がなくなった分だけの幸せは得ることができた。
これといった特産品も名産品もないこの村で、人々は農業や牧畜、猟を主とする必要最低限度の生活活動を繰り返しながら慎ましく暮らしている。村での一日は商業用に炭焼きを行っている一部の物好きを除けば至って単調なものだ。朝は早く起きて農家は畑、猟師は森へと出掛け、昼過ぎには皆仕事を終え帰宅してしまう。以降は趣味に午睡と自由時間。辺境ならではの、町場に住む人間が羨むこと必至のゆったりとした時間の流れる――俺が魔女を連れ帰ったことすらもあっさりと消化してしまうくらい、牧歌的な村なのだ。多少の騒動というものは、確かにあった。元々外部との交流がそれほど盛んではない村なので見慣れない顔はすぐ余所者であることが知れる。「魔女に会いに行く」と言って出掛けた俺が余所者を連れてきたのだ、パニックなど想像に難くない。尤も暴力的なものとは程遠く、絶対不可侵の霧の向こうからやってきた存在に対する物珍しさから俺の家に村人たちが押しかけてくる程度のものだった。それだって三日も経たずに収まってしまった。皆の目に映った彼女が魔女ではなくごく普通の大人しい少女でしかなかったからだ。
あれから一週間。今、俺から見た彼女もやはり普通の女の子にしか映らない。終日読書に耽っていられること、喜怒哀楽の表現に乏しいこと、そして素性の一切を明かさないことを除けば――だが。
『魔女なら、魔法の一つでも見せてみろよ』
一度正面切って言ったことがある。
自分から働きかけては来ないが彼女は、投げかけられた行為や言葉を無視することはない。名前を尋ねられて「知る必要はない」と答えたように、年齢を尋ねられて「失礼な人ですね」と呆れたように、魔女ははっきり答えてくれた。
『今のわたしには、そんな力はありません』
時の流れは残酷だと感じた瞬間だった。魔法を使えない魔女は魔女じゃない。ただの女だ。
だが彼女はそれによって「魔女」である自分を否定するわけではない。あの日言ったのだ――あなたが目的を成し遂げるに足る力があります。彼女はその言葉に命を懸けている。
彼女はいったい何をもって魔女を名乗るのだろうか?
俺は暇さえあればそればかり考えていた。そして自分で考え、確証のない結論を導くことにも飽きとうとう、彼女自身に改めて証拠を求める決意を固めた。お前が魔女である証拠を見せてもらいたい、と。
「証拠ならもう見せました」
それが彼女の答えだった。
「あなたがあの村で見たもの。それがすべてです」
深い色の瞳と真っ直ぐ向き合う。そうすることで俺が思い出せたものは多くない。ずばり焼け落ちた家と、彼女の家を取り囲む無数の墓のことだった。
……嫌な、予感がした。
「あの村には大勢の人々が暮らしていました。どこの誰とも知れないわたしを愛し敬い、尊重してくれた本当に心優しい人たちでした」
「ました」も「でした」も、既に終わった過去のことだ。
彼女は回想している。恐らくその当時のことを。
その人たちに、彼女は魔女として何をしたというのだろう――。
「でも、わたしがこの手で――」
尋ねるよりも早く魔女が発した言葉を、俺は最後まで聞かなかった。聞かずともわかっていた。虫も殺さない、殺し方すら知らないような大人しい顔をしながら、何て女なのだろう。目の前の少女がやってのけたという事実よりむしろ、それを淡々と話す態度に気味悪さを感じる。すぐには返す言葉が見つからない――俺は魔女の話をしてくれた婆やが時にある助言をくれたことを思い出していた。
『忘れてはいけませんよ坊っちゃん。不思議な力を扱えるだけではないのです。正義でも悪でもない、それ故に彼女が魔女であることを』
「何のためにそんなことをした」
声が震える。
目の前にいるのは殺人鬼だ。善悪を持たない生ける狂気だ。こんなことを言ったら俺だってあの村の住人同様にされてしまわないとも限らないが、それでも言わずにいられなかったのは俺の中にある正義が黙っていることを許さなかったからだ。
「お前を大切にしてくれたんだろう? 優しい人たちだったんだろう?」
「だから、です」
俺からの糾弾を拒むように彼女は、表情を変えずに短く答える。
「わたしを生かしておいたその甘さが命取りだったんです」
「申し訳ないと思わないのか? 心が痛まないのか?」
「魔女――ですから」
彼女の口から反省や後悔の言葉は出てこない。彼女自身が負い目を感じていないからだ。
相手が甘い人間だったから。自分が魔女だから。
俺は予想していたよりもっと、ずっと恐ろしい存在と出会ってしまったようだ。
「わたしに、ここで刃を向けるのですか?」
他人に対してそうであるように、自分自身の死にも無頓着な様子で彼女は言った。
それは、或いは俺に対しても当てはまる死生観なのかもしれない。
「お前が、そのつもりなら」
押し負けまいと俺は、間を置かず答えを返す。答えながら腰に提げた剣に手を伸ばした。ここで俺の言葉が肯定されるようなら、俺たちの関係はここまでだ。俺は自衛のために行動しなければならない。成し遂げたいことがある、成し遂げなければならないことがある身だ、こんなところで倒れるわけにはいかない。二心なくそれを思うだけの意地がある。
魔女は――幸いにも首を横に振った。
「あなたのエウノミア打倒に協力すること、あなたによって死を与えられること。それが、わたしが今ここにいる目的です」
果たしてその言葉もどこまで信用していいものか、正直なところ俺はわからなくなっていた。「いい人」ばかりだった村を滅ぼした彼女だ、何をきっかけに豹変するか知れたものではない。しかしながらここで話したことで、不思議と彼女を心強く思っている自分がいるのもまた事実だった。というのも人の死は、俺の目的とは切っても切り離せない関係にあるからだ。なかなかどうして人の死に動じない魔女の存在は心強い――無論、裏切りさえなければ、だが。
「お前の力を試させて欲しい」
俺は言った。残念ながら魔女との間に俺はまだ信頼関係を感じない。その淡白な死生観に触れた今となっては彼女を害ある存在ではないと判断できる材料がないのだ。彼女だって口には出さないが自分がどれだけ微妙な立ち位置にあるか気づいているはずだ。
俺はだから、魔女が頼れる味方である根拠を今からつくる。ここでは適当な嘘を言ってごまかすことはしない。彼女が協力することによって起こるだろう変化、揺らぐことない事実を俺は客観的な立場からこう述べる。
「『魔性の森』に潜む怪物を退治する。それをやり遂げればお前は、皆からの信頼を得ることができる。村には仲間も集まってくる。俺たちの目標は近づくだろう」
「そしてわたしの目的も、ですね」
或いは魔女自身ずっとこのような機会を待っていたのかもしれない。返事は早い。改めて「わかりました」と続けた彼女の顔に微かな笑みが浮かんだように見えたのは、俺の気のせいだったのかもしれない。
最初は面白かったんですけどね、『ノブナガン』。
サンフランシスコから急に、作者の見通しのなさが目立つようになりました。
完成までの道筋を描いて製作することの大切さと難しさを感じます。




