第一部_魔女の家で
メイドではなくお手伝いです。
お手伝いと言ったらスミちゃんことスミ子でなければなりません。
ですよね、内田先生。
◆魔女の家で
家に上がった目的は勿論魔女との交渉に臨むことやスミ子を休ませることにあったが、他にも理由はあった。冷静さを取り戻すにつれ魔女ではなく、一人間としての彼女自身に対する興味が湧き始めたのだ。
歪とはいえ平和であることと、人々が幸福であることはイコールではない。王都近郊と地方の小村、裕福な者と貧しい者、主人と奴隷……エウノミアは幾多の不平等で溢れている。そうした社会的な不満に由来する犯罪は後を絶たず、それは辺境の地に生きる者たちにとってもあまり縁遠い話ではない。俺にだってだから、他人を騙す目的で近づいてくる者に特有の人懐っこさや口の巧さを人並みには理解できる。この少女がその類の人間だったなら、付き合うにあたって想定する以上の慎重さが求められただろう。
しかし彼女はまったく、そういった一種の腹黒さに由来する不快感を放ってはいない。己の行いを反省し人との交わりを絶った魔女らしく至って厭世家そのものだ。
ベッドを借りてスミ子を寝かせた後、俺は少女と向かい合う形で椅子に腰掛けた。
満足な明かりのある中で見ると、彼女に対する第一印象は「深窓の令嬢」の一言に尽きた。雪割草のように透き通った白い肌や、腰の辺りまで真っ直ぐに伸びたしなやかな黒髪が特にそれを強く印象づける。空色をした利発そうな瞳と色の薄い唇が特徴的な小顔には、物憂げな表情がよく似合う。喪服めいたワンピースの黒もまた彼女の纏う厭世的な雰囲気を後押しし、そこには一片の隙さえも存在しない。外見に清楚でかわいらしい印象を与えつつも彼女は、完全なる不可侵の象徴として俺の前にいる。
一方で彼女の存在はまた、どこか頼りなくも映る。全体的に体の線が細く必要以上には、いや、必要な力仕事すらこなせるかどうか疑問に感じてしまう。美しいと思った白い肌も見方を変えれば病弱と理解することができる。もしかしたら「儚い」というのがより正確な表現になるのかもしれない。
少女を前に、不思議と俺は、自然に話を切り出すことができた。
話すことはあまり多くない。自分が何者で何のためにここを訪れたのか、そしてその背景にあるエウノミア王政の現状だけ伝えればいい。
俺の方からまず自分とお手伝いの名を明かした。
少女は軽くおじぎをしただけで名乗りはしなかった。
続けて俺はもう知っているかもしれないがと断った上で、秩序を守るためと謳う王国の横暴を話した。理不尽にも処刑された人々のこと、山送りされた婆やのこと、それらの経験を通してこの胸に刻まれた悲しみや怒り、疑念、それすらも抑圧しなければ生きていけない不条理、歯がゆさを話した。
拳を握り締めただけで少女はまだ、自分からは何も言わない。
怒らせてしまっただろうか?
全体、俺の方も要領が悪い。今まで霧の森に挑んだ者はごまんとあったが、越えられた者は一人もなかった。思うに多分、彼らには昔話の真偽を確かめようとする好奇心こそあったものの目的がなかったからだ。本気で彼女を欲してはいなかったからだ。あの霧には恐らく、彼女に会う資格がある者とそうでない者とを篩い分ける役割があったのだろう。
俺は今回、その霧を越えて彼女との邂逅を果たした。彼女にはこの段階で、俺が何かしらの目的を持ってここにいることがわかっているわけだ。さぞかしもったいぶった話をしているように感じていることだろう。
だがそれも終わり。
最後に俺は王を倒すための力を求めて彼女を訪ねたことを話した。
「――いいですよ」
魔女の返事は俺が予想していた以上に早かった。
元々無邪気で気の向くままに好き放題をし、創造主と対立したこともある彼女だ、絶好の舞台を前に断ることはないと踏んでいたが、一度遠い瞳をしてからそう言ってくれたのだ。
「本当に?」
「ええ。わたしにはあなたが目的を成し遂げるに足る力があります。何より」
念を押す俺に頷いてから彼女が加えて言うことには、
「エウノミアを騙っての悪逆非道を許すことはできませんから」
彼女からの返事は勿論、俺が何よりも望んでいた答えに他ならない。興奮のあまり俺は殆ど泣きそうにもなっていた。しかし流石は魔女、なかなか手放しで喜ぶ暇を与えてはくれない。気づけば俺を見つめるその利発そうな瞳には鋭い光が宿っている。
「ですが、一つだけ条件があります」
「条件?」
その言葉の現実的な響きが俺を我に返らせる。まさかそんなものを要求されようとは思ってもみなかったのだ。だが冷静に振り返ってみれば、協力を得るにあたり何かしらの条件を提示されることは、家の外で初めて彼女と顔を合わせたときからある程度、予想できたことだった。あのとき彼女は「お待ちしておりました」と言っていたのだ。俺が彼女を探していたように、彼女もまた霧を越えた地からやってくる者を待ち望んでいたのだろう。
「尤もそれは、あなたの成すべきことが終わった後で構いませんが」
すぐにはそれを言わず、魔女はやおら目を閉じた。その姿は考えているようでも、先を続けることに戸惑っているようでも、それを言うための勇気を醸成しているようでもある。
やがて意を決したように彼女は目を開き、そして口を開く。
彼女は自身が求める条件を示した。
どうかあなたの手で、わたしを殺してください――と。
十年ぶりに聞いた「桜見丘」にはまっています。




