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第一部_霧を抜けて

本タイトルは霧の森の魔女に因んで、「イリスのアトリエ~グランファンタズム」主題歌の「schwarzweiβ~霧の向こうへ繋がる世界」を参考にしています。

松来未祐さんのご冥福をお祈りいたします。

【第一部】


◆霧を抜けて


   ○


 その声に気づいたとき、彼女はちょうど散歩からの帰り道でした。

 尤も、散歩といってもそれをしていたのはもう夜中。殆ど日付をまたごうとする時間に近い頃です。そんな遅い時間に、確かに人の声が届いたのです。

 彼女が自分以外の人間の声を聞いたのは久しぶりのことでした。

 だから聞き違えるはずはありません。独り言さえ滅多に口にしない彼女が、人の声を。


 漸く来たんだ。

 外界の人間が――ううん。

 わたしの運命を決める来訪者(マレビト)が!


 いつまで続くとも知れない苦痛ばかりの日々を打ち破ってくれた、待ち望んでいたその瞬間をもたらした者の元へと彼女の歩調は自然と速まっていきます。

 家の前には一つの人影があります。年の頃は自分と同じくらいでしょうか。大人ではなくまだ発達途上の少年に見えます。しかし見た目や年格好など問題にはなりません。大切なのは森を越え、こうして自分を訪ねてきた者がいるという事実なのです。

 その者はまだ、自分には気づいていません。

 さぁ、いつ声をかけよう――口の中で小さく呟く彼女なのでした。


   ○


「坊っちゃま、ジーク坊っちゃま」

 どこか弾んだ声とともに肩を揺すられ、俺は目を覚ました。

 目を開けると、霧に霞む視界の中すぐそこに、家でお手伝いをしている少女、スミ子の顔がある。耳が隠れる程度の黒いショートカットを揺らして、さぁ褒めてと言わんばかりにドングリまなこをキラキラさせている。

 俺は身を引きながら彼女に問いかける。

「どうした?」

「はい! 向こうに明かりを見つけたんです!」

 スミ子は辺りを包む霧の中、どこへともない方角を指して嬉しそうに言う。

「ほら、ほら! 見てください!」

 俺の目では最初、それを認めることはできなかった。一度ランプを消してみてそこで漸く、微かに灯る遠くの明かりを見つけることができた。

 よくあれを見つけたものだ――俺はお手伝いを存分に褒めてやってから腰を上げた。

「本当に、魔女さんなんているんでしょうか?」

 暫く歩いた頃、張り切って先を歩いていたスミ子が不安そうに振り返った。

「魔女」というのは俺たちの村に古くから伝わる昔話に登場する魔女のことだ。俺たちは今朝早くに家を出て霧の森に入った。霧に惑わされ道を失っている内にすっかり深夜になってしまったが、その目的はずばり、今スミ子が言った魔女という存在に会うことにある。会い、エウノミアを変えるため力を貸してもらうことにある。

「スミは」

 そこから先を口にしてはならないと言う代わりに、俺はその口を手で塞いだ。

『霧の森の魔女』という昔話は、俺たちの暮らすステラ村ではきっと一番有名な話だ。尤も村人たちにとってのそれはあくまで「悪さをする子は魔女に食われてしまうぞ」という程度の教育的なお伽話に過ぎない。今時そんな話を信じているのは自慢ではないが俺くらいのものだろう。

 その俺だってつい数年前、両親に代わって自分を育ててくれた婆やと、国の決まりによって別れる前までは魔女のことなど鼻で笑い飛ばすような立場にあった。育ての親との別離というものが俺に、すっかり失ったはずの昔話への熱を思い出させたのだ。

『お世話になりました、坊っちゃん』

 しわだらけの顔であの日、婆やが無理をして笑っていたことを俺は今でもはっきり憶えている。寒さも厳しい冬の真っただ中、雪の舞い散る晩、齢六十の体に鞭を打ち、防寒具も満足に身につけず家を後にする彼女を引き留めることができなかった自身の無力を憶えている。軽装で冬山へ向かう彼女の辿る結末がわかっていたのに、それが間違いであるとわかっていたのに留めることができなかった悔しさを憶えている。忘れられるはずがない。

 俺はあのとき初めて、当たり前だと思っていた国のやり方に対して疑問を持った。怒りを抱いた。そして決意したのだ――エウノミアを変えてやる、と。

 エウノミア王国――俺たちの生きる国の名前だ。俺たちの村は王国領の外れにある。

「秩序」の名を冠するエウノミアは、単純に平和か否かの二択で言えば間違いなく平和な国だ。農産物の収穫量によって変動する税金は決して高くないし、獣害や不作による損害は国の方から積極的に補償してもらえる。他国と戦争をすることもなく公共の福祉も充実している。

 しかし一方で国は、その秩序を乱す者に対してやり過ぎと言っても物足りないほど非情だ。喧嘩両成敗は当たり前、窃盗や詐欺は極刑上等、罪の大小やそれを犯した者の老若男女の区別も存在せず皆が等しく重罰を受ける。夫婦喧嘩で処刑された者、嘘をついて処刑された者、酒に酔って大声をあげて処刑された者を俺は何人も知っている。婆やが冬山に送られたのも国が徹底する秩序維持政策の一つだ。国の方針として、棄老によって人口調整を行い世代交代を円滑化しようとしているのだ。

 そんな国のやり方に不満を抱く者は決して少なくはない。いや、実際のところ国の至る所にそういった考えを持った者はいる。ただ厳しい罰を恐れるあまりそれを口にしたり、行動に起こそうとしないだけなのだ。だから改めてエウノミアが平和かどうかを考えたら、確かに平和には違いないだろう。ただしそれは監視の目に怯え、他人と深く関わることを恐れ、自分の本音を隠さなければならないという条件つきのつまらない平和だ。

 俺はそんな窮屈な平和を強要する国を変えたいと願った。そしてそのためにこの度、魔女などという非現実的な存在に助力を乞うという選択をするに至ったのだ。

 俺には田舎の農村にあって特別人より優れているところはない――と、思う。背が際立って高いわけでも低いわけでもなく、際立って武闘派の体躯を備えているわけでもなく、大勢の村人とともにいれば埋没してしまうような普通の一男子だろう。元王国騎士の婆やに習った剣の扱いについては周囲より優れていると自負しているが、それだって俺以外の者があまりそれを手に取ろうとしないが故の結果に過ぎないと思っている。

 ただ人間の中身においては皆と異なる点が最低二つはある。俺は間違いは間違いだとはっきり言いたいし、自分の目で結果を見るまでは何事も諦めたくない。周囲はそんな俺を子どもだと笑うが、その性格で人に迷惑をかけることもあるが、これは胸を張れる立派な強みだと俺自身は思う。

「大丈夫だ」

 俺はお手伝いにそう声をかけた。そうとも、「人が立ち入れない場所にこそ秘密は隠されているものだ」とは我が子をそっちのけで旅に出るような非常識極まりない親たちも言っていたことだ。侵入者を拒絶する霧の森の存在こそが、その奥に魔女がいることの何よりの証明になる。

 きっと魔女はいる――自分自身にも言い聞かせるように呟いた。

 やがて俺たちは霧を抜け、目指していた光の灯る場所までやってきた。

 森の中の開けた土地には二十戸ほどの民家が点在しており、そこは小さな村のようだった。しかしその中で明かりが点いているのは一軒だけで、それ以外はどの家も真っ暗だ。それだけ見ると時間帯からも考えて皆寝静まっているように見える。最初はそう思った。それが正確ではないと悟ったのは夜目の利くスミ子が隣で震え始めたときだ。闇に目を凝らせば、なるほど、真っ暗な家は悉く骨組みだけを残して焼け落ちていたのだった。

 そして目指していた明かりのある一軒家も、よくよく見れば異常な様子だった。家そのものがではない。それはいくつあるとも知れない墓の群の中に建っていたのだ。

 墓場村の人食い魔女――。

 そんな言葉が浮かんだが、臆病者のお手伝いをこれ以上怖がらせないためにも俺はそれを口に出しはしなかった。そうしたところでスミ子が落ち着くわけでも自分の中に徐々に湧き上がってきた戦慄が治まるわけでもないが、兎に角、そうすることが賢明だと思った。すっかり怯えてしまっているスミ子を背に庇いつつゆっくり、俺は件の家に向けて足を進める。

 墓は土を丸く盛ったところへ墓標を立てただけの簡素なものだ。恐らく彼女がこの地に降り立つまで生活していた者たちの墓だろう。彼らがここで何を経験しいかなる最期を迎えたのかなど俺には知る由もないが、これだけははっきりしている――こんな場所で生活しているなんて、とても正気の沙汰じゃない。

 一つひとつの墓に供えられた花を眺めている内に、気づけば家の前までやってきていた。希望と恐怖の比率を言えば、この村に来るまでは九対一、来てからは控えめに見積もっても二対八といったところだろうか。圧倒的に恐怖の方が大きく、男なのにと恥ずかしく思えるほど俺の体も震えていた。

「いくぞ」

 背後のお手伝いに一言断ってから、ノック二回の後でノブに手をかける。

 鍵はかかっておらず、ギギィと金具の軋む音がして、重々しくも木製の扉は開き、

「ようこそ、お待ちしておりました」

 呼びかける前に若い声が、意外にも背後からあがった。

 いつの間に――思わず護身用に持っていた剣に手が伸びる。とはいえ驚きのあまり気を失って倒れてきたお手伝いを抱き止めるのが先で、それを構えるには至らない。もしこれが狩場だったら既に命を落としているに違いない、そんな手遅れ同然の状況下で俺は、「彼女」と出会った。

 魔女という肩書きを負うにはあまりに幼い、すらりと背の高い少女だった。

 何を思って今この場に立っているのか伝わってはこない、表情のない少女。


 この人が、霧の森の魔女――。


「魔女――ですか」

 ごく微かな声を拾った少女は表情こそ変えないものの、遠い瞳になって言った。

「懐かしい言葉です」

 彼女は俺を素通りして一足先に玄関に立つ。そうしておいてから首だけで振り向いて、肩越しにこう言った。

「入りましょう。いつまでも、病人をこのままにしておくわけにもいかないでしょう?」

 彼女はそれ以上何も言わず家に戻っていく。必要以上に何も言わないことが恐怖を煽る。

 何を迷っているのだと自分に喝を入れてから俺は、彼女に従った。



……オレ、この校正が終わったら、オンデマンドで一冊だけ製本するよ……。

金の無駄遣いだって周りのヤツにバカにされるのも結構、いいかもな……。

妹にも見せてやりてえ!

文学少女でも何でもない、本物の素人だ!

感想も聞かせてもらおう!

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