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「おにいさまたいへんですよ! いつのまにかココのぱんつがありません!」
トイレから帰ってきた心愛が、心一に詰め寄るように言った。
だが、別段慌てているとか恥ずかしがっているわけではない。むしろ、パンツが突然消えたことに好奇心が刺激された。とでも言っておこう。
「それはへんた……じゃなくて、大変だね。このままでは、風邪を引いてしまいかねない。なにかべつのものを」
「なに心愛ちゃんから目線をはずして話してんだか。おまけに自分で『変態』って、言いかけてるしな」
「どこにいったのでしょうか、ココのぱんつ。あれけっこうおきにいりだったのに……」
「ふむ。たしかに心愛の花柄パンツはとても似合ってたな。あとで兄ちゃんも一緒にさがそう」
「おにいさま……。いいんですよ、べつに。きっといまごろ、ココのしらないところで、ココのぱんつはしあわせにしていますから」
無邪気な笑顔を見せる心愛。
「ったく。心愛はいい子だね。しかし生憎、予備のパンツはない。ブルマなどを直に穿かせるのは、衛生上あまりしたくない。うーん」
失踪したパンツ(心一のポケットの中)の代わりになりそうな、あてを考える。
「あ」
途端、心一はなにかを思いだしたかのように、護流のほうを向いた。
「な、なんだ……。あ、あなたまさか、これを……」
護流は、右手でずっと握りしめていた、心一自作の黒いレースのパンツを背中に隠した。
「ごくり……小学生にレース下着……ごくり……悪くないかもしれない」
生唾で喉を鳴らす心一。
護流は後ずさる。
あなたがポケットに忍ばせている心愛ちゃんのパンツを返せば、解決する問題だろ! と、言いかけて呑みこんだ。
「これは心愛ちゃんのサイズに合わないだろ。私と身長差が三十センチほどあるんだ。ズリ落ちるぞ」
「し、しまった……。じゃ、じゃあ、どうすれば」
イスに崩れるように座りこみ、本気で落ちこんでしまった。
「…………」
「わかったよ。くっ……。パンツを愛する者として手放すのは心苦しいが、ぼくはそれよりも心愛の身体のほうがだいじだ……」
護流の、「はあ? ならポケットにあるパンツを早く返してあげなよ」オーラの圧をかけられて、心一はべそをかきながら、心愛に隠してあったパンツを差しだした。
「お、おにいさま! いったいどこでみつけたのですか?」
「心愛が間違えて、スパッツと一緒に脱いでたんだ。ごめんな。すぐに言えば、ひんやりさせることもなかったのに……のに……」
「へいきですよ、おにいさま。よかったです。もってくれていたのが、おにいさまで。あ、このぱんつ、おにいさまのにおいがします」
受け取ったパンツを、包みこむように手の中に収めた。隙間からでも、ほんわかと漂う体温に洟を近づけて、くんくんと子犬みたいに嗅ぐ。
「寒いだろ。早く穿いたらどうだ? いくらこの部屋が暖房を効かせているとはいえ、女の子なんだから身体に悪い」
「そ、そうですね。よいしょ」
護流の気遣いを素直に受け止めて、足にパンツをとおした。
そこに、
「だぁ――っ! やっぱり諦めきれない! 心愛、帰ったらそのパンツください!」
素早く心愛に頭を下げ、懇願した。
「歪みないな、あなたは。兄としての威厳とかないのか」
「ぼくはありのままのぼくを、心愛に見せることにしてるんだ。兄である前に、ぼくはパンツ信仰者だからね」
それを聞いて、護流は呆れるようにため息を吐いた。
と、同時に、
「――だめです」
「え?」
心一の中では、予想外だったのか頭を上げて、心愛を見上げる。
「このぱんつだけは、おにいさまにあげません」
「な、なんで?」
「とくべつ、だからです。たったいまとくべつに、かくあげしました」
「いまなったの? うーん、心愛がそこまで言うなら諦めるしかないかぁ……」
赤髪をぽりぽりかいて、心一はしっかりと身体を起こした。
「ごめんなさい。元々、おにいさまからもらったぱんつなのに、ココのわがままで」
「いいよ。それより護流ちゃん、早くぼくの作ったパンツ穿いて見せてよ」
ぺこりと平謝りをする心愛。
そして、なぜか突然、心一の興味の先が護流に転じていた。
「あなたまだ、心愛ちゃんの下着のすべてを用意してるのか。あと穿きません。見せません」
「相変わらずガードが堅いね、護流ちゃんは。けど、そっちのほうがぼくは俄然、燃えるけどね」
「うるさい! 従ってこれは没収しておきますから」
護流は、手に握っていた下着をスカートのポケットにしまった。
「そんなこと言って、本当は試し穿きしたいだけなんでしょ。もう心愛や緩ちゃんみたいに素直じゃないんだからぁ~」
「境心一!」
「きゃ!」
冷やかしてくる心一を一喝する。と、同時に誰かが更衣室から出てきた。
「お待たせしてすみません。着付けに戸惑ってしまいました」