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そして、そのこぶしを解き、長スカートの裾と着用しているスリップを猫手で一緒に持って思いっきり、顔のあたりまであげた。
「どお! これがわたしの求めつづけてきた最上の逸品よ!」
テーブルを叩いて、心愛を見ず、心一と緩にスパッツの素晴らしさというものを、自信を持って紹介する。
だが、どういうことだろうか、心一は「うむ」と顎に手をやり、いまだにイスの上に立っている緩も「あら~」と二本のアホ毛をかしげさせた。
思っていた反応と違ったもので、イヴも異変を感じ取って、とりあえず二人の視線の先にある心愛を見やる。
と。
「なっ!? な、ななな、な、なにやってんの、心愛ちゃん!?」
イヴは混乱し、声を荒げた。
「イヴさんのじゃまにだけはならないように、顔をみせたら服のみりょくに反映されるらしいときいたので、かくしておきました」
いまの心愛を一言で表現するならば。
頭隠して、尻隠さず。
その言葉がぴったりだった。
長いスカートをしっかり頭を覆い隠すほどまくっていたので、ぺたーん、な、お胸まで見えている。
「そ、そういうことを言ってるんじゃなくて。と、とりあえず気づかいはうれしいけど、スカートはスパッツが見えるていどまででいいから!」
狼狽するイヴは、急いで心愛のスカートを腹の高さまでひっぱり下げた。
「ふむ。心愛のちっぱいは、毎日お風呂で見ているが、これはこれで新鮮な気持ちだね。なぜだろう、トップレス姿だからか。違うね。黒いスパッツが、なによりも相性が抜群にいい。理由として挙げるならば、透きとおるような肌と正反対の黒。そのコントラスト! じつに高得点にふさわしい! こども特有のぽっこりと出ているお腹。中心部に存在する裸のおへそ。そこを越えれば拝める、二つの頂! ぼくは、どっちにしようか非常に迷う! イヴはどう思う、右か左か」
「ヘンタイっ! 妹をどういう目で見てんのよ!」
「目に入れても痛くない、ぼくの至高の妹」
「おにいさま……」
真顔でさらっと、言い切る心一に若干の熱いものを感じ、一歩下がったイヴ。
踵を返し、腕を組んで心一を視界の隅に入れる。
「……んまあいいわ。このことについても後日、尋問するとしてよ。いまの言葉を聞くかぎり、心一もスパッツを認めたって捉え方でいいのよね」
なにされるんだろう、と心一は思いつつ、決め顔で心愛に近づいた。
「イヴ、それは違うね。ぼくはそもそもスパッツを否定しているつもりは、端からない」
「否定しているつもりはない、って。でもさっきはブルマのほうがいいって!」
「ああ、ぼくはたしかにそう言った。でも考えてみてくれ」
ひたすら健気にスカートをまくりあげている心愛の前に、心一は立った。
そして、さりげなくさらけ出されている腰に右手を置き、まだまだ肉づきの薄い太ももに左手を添える。
「見た目通りの身体のラインが、モロに出やすい。それがスパッツだ。穿いた感触は、心愛も申した、密着度の高い下半身との一体感!」
イヴに熱弁しつつ、並行して太ももがスパッツに着用されている部分だけ、指先を五本立てて、円を描くように撫でる。
さながら心一の指は、まるでべつに意思を持ち、欲求が備わっているようだ。
無意識に急所を的確に撫でる指の動きに合わせて、心愛の足がもじもじくすぐったいのを我慢していた。
「お、おにいさま、そこをさわられるとココ、よわいのです」
イスに乗っている分、心一と心愛は同じ目線にあった。
頬を赤く染めている心愛を見て、心一は「おっと、ごめん」と指を止める。
多少なり、心愛も立派な女の子。年相応に恥じらいもあることだろう。ただでさえ、普段は見えない部分を晒しているのだ。
これもそれもすべて兄である心一の、頼みなのだから――。
「さらに言うと、このスパッツという代物。隠しているようで、本質を見抜けば丸っきり隠し切れていないという、男の浪漫だけが詰まった一級品! そこに気づかない女性たち! 悶々としたジレンマ!」
「いったいなにが言いたいのよ。女は愚かだって言いたいの……」
うぅ、と眉間を寄せるイヴ。その顔は、悔しそうにしている。
対し、心一は態度一つ変えないでイヴの言葉を「違うね」と否定した。
「正しくは『も』だ。それをいまから証明してやる。イヴの言う『かくすためのアイテム』に必要な事項を、これまでの要素を考慮してね」
さも当たり前のような口ぶり。ムカつく決め顔。よほど自信があるのだろう。軽快な足取りで心愛から離れる。
そして、再び直立不動で、静観を決めこんでいた緩の横に戻る。
「イヴ。スパッツは果たして最上の逸品なのかな?」
「なによ。少なくともブルマよりかは機転の利く逸品だとは、自負しているわ」
「そうか。ではこれを見ても、イヴは考えを曲げない、ということだね」
心一は決め顔を崩さないまま、静かに緩の背後に回り、膝丈のスカートに手をかける。
「も、もちろんよ! ぜったいに心一なんかに屈しないわ!」
「じゃあ質問だ、イヴ。緩ちゃんのパンツを見てくれ。こいつを見てどう思う――」
勢いよく、緩のスカートを豪快にまくった。
これにはイヴも緩も目を見開くほど、驚愕する。
「ど、どう思うって、シンプルな白のパ――じゃない⁉ ま、まさかこれは!」
「そうさ。これは正真正銘の『ブルマ』さ。パンツじゃなく、体操着でも普通に使える白のブルマなのさ!」
「ぶ、ブルマって紺色じゃないの! 桃、赤、緑ならまだ見たことあるけど!」
「だからこそ、白を選んだのさ。女のイヴでさえ、瞬時に判断できず見間違えるほどの白ブルマ――教えなければ、パンツだと信じていただろ」
「そ、そういうことになるわね……くやしいけど」
イヴのこぶしに力が入る。
歯を食いしばり、感情をごまかすイヴに、心一は諭すように近寄った。
「恥じることはない。だからこそ男も愚かなんだよ。ブルマを見たのに、パンツを見た気にさせてくれる。『俺はあの娘のパンツを見たんだ』と、生涯の青春の思い出になる」
「じゃ、じゃあ、わたしはブルマのことをパンツだと勝手に、認識したってこと?」
「ブルマ=派手な色柄の固定概念が生活環境から、植えつけられる。正直、ぼくレベルじゃなければ、見抜くことはできまい」
イヴは、ついに落胆し、愕然とする。
「わたしは、絶対的に見せないという前提で、スパッツを選んでいた。その時点でわたしの前は確定していたのね」
「誰にも見せない、見えない。という不可能だよ。必ず、誰かからスカートの中を見られる。なら、見られたときの準備も怠ってはいけないんだよ」
「ふふ、呆れた。けど、最後に教えて。スパッツとブルマの〝差〟を」
「大きな違いの差。すなわち臨機応変にできるか、だ」
「臨機応変……」
「スパッツはそもそも黒でないと、パンツを完璧に隠すことは不可能。だが、その点に置いては、ブルマは多種多様で大いに活用し、我々の想像をつねに遥かに凌駕する。そこが一生懸けても、縮まらない歴然とした。『差』さ!」
涼しい表情で物語る心一に、イヴはもう意見を提示する余裕は残っていない。
「きょうは負けたわ、心一。ブルマってすごいのね。コスプレ用とか言ってバカにして、悪かったわね」
「いいんだよ。イヴの感性は間違っていない。世間の風当たりがよくないのは、本当だからね。イヴが気にすることはない」
「いいえ、これじゃわたしの気がおさまらないわ。ぜひとも今後は、ブルマを毎日穿かせてもらうわ!」
「そんなのお父さん許しませんからね! それとこれとは、別問題だよ! もし破ったら……」
「わかったから、落ちこまないでよ。やらないから」
あくまで信念を突きとおす心一に、緩と心愛が名前をこぼした。
「心一さん……」
「おにいさま……」
「ちっ……これも失敗ね」
舌を打つイヴ。生パンからの解放を図っていたようだった。
少しペースが落ちてきました。
それと、会話文が多めになって、ホッとしています。それが目的なので。
友城にい