【第一章 】第一話:渇望の騎士
第一章:渇望の騎士(全三話)
ハルミナイト・プロトコル ~新聞紙の騎士は絶対君主に仕えたい~
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神が欲しい。いや、神を手中に収めたいなどといった物騒な意味ではない。
神のごとき存在が欲しい。
北極星のように確かに、我が頭上に存在する導きの星。
その言葉は、白を黒と言えば、黒となる。
疑いの余地のない絶対者。
私に命令を下す者。
ただ従い、そして、守りたい。
それだけが空虚な私の存在に意味を与える。
絶対の従属に値する、閃光の瞬きが如きその姿。
信仰無き生に私はさまよう。
現れてくれ。
ちっぽけでもいい。
ただ人生を賭しても仕えたいと思う『なにか』を私は渇望する。
何故なら私の名前が――騎士 (ナイト)だからだ。
第一章
四限目。予習した内容が授業に的中していたため、私はいささか退屈な思いをしていた。
復習の意味もかねて、教師の板書をノートに書き写しながら、私は時折窓の外を眺めた。学校のどこかにツバメが巣を作ったらしい。窓の外には彼らが飛んでいるのが見える。どこかにある巣の我が子に、エサを運んでいるのだろう。
子供というのもある意味では支配者で、親というのもある意味では信仰者だ。
ヒナは鳴き、親にエサをねだる。その鳴き声は絶対の命令だ。だが親鳥はそれを苦とは感じないだろう。本能のまま、エサを探しに飛び立つ。疑問などない。命じられるまま応じる、そこには無意識下の幸福があるはずだ。
気付けば私は、彼らに羨望の眼差しを向けていた。
私は頭を振って退屈な授業に集中した。騎士たるもの勉学を疎かにしてはいけない。私は有象無象の野蛮な冒険者ではないのだ。
終鈴のチャイムが鳴り、私は食堂へ向かうため立ち上がった。母は弁当を作ろうかと言うが、共働きの彼女の世話になるのは申し訳がないし、私は食堂という場所が好きだった。何かに勤めているという感じがするのだ。
教室の出口に向かって机と机のあいだを歩いていると、私の剣がクラスメイトの膝に当たった。
「すまない。気を付ける」
私はクラスメイトが苦情を言う前に謝罪をし、腰に下げた新聞紙の円柱を履き直した。これが世間一般に剣と呼ばれない代物であることは理解している。だがこの国には銃刀法というものがあり、法に背くわけにはいかない。それに剣とは必ずしも鋼でなくても、尖っていなくてもいい。信念を持った騎士の腰にあるものが、それすなわち剣なのだ。
クラスメイトは私に直接不満を言うことはなく、なにやら隣の席の人間とひそひそと話しているようだった。
六月。
この学び舎の門を潜ってから、はや二か月になる。私は早々に「変人」という称号を与えられ、それに甘んじている。だが他者からの評価など、主君を求め、騎士道を全うしようとする我が道になんら影響を及ぼさない。私が求めるのは名声でも、寵愛でもない。ただ忠誠を捧げたいのだ。
「あ、ナイト君。ちょっちょっ」
教室を出ようとする私の背中を、葉月みはるの声が引き留めた。私に普通に話しかけてくる数少ない人間の一人だ。病弱を疑わせる白い肌と細い体躯を持った少女だが、しかしそれを感じさせない溌剌さが彼女にはあった。短く切った髪も見る者に活発な印象を持たせる。
「なんだ?」
「お仕事だよ。スマホ見てないの? ルミちゃん先輩が放課後部室に来てねって。早めに」
「承知した」
部活に所属している以上、私とてまめにスマホの通知くらいは確認する。だが葉月は、スマホで連絡すれば事足りるようなことでも、なにかと口頭で伝えようとする節がある。孤立している私を気遣っているのだろうか。主君にするほどではないが、彼女の清らかさには感服する。
『学内ボランティアサークル部』
それが私と葉月の所属する部活動の名称だ。内容は説明するまでもないかもしれないが、校内の教師や各種委員会、部活動の雑務を引き受けるといった物好きの集まりだ。学内と銘打っているものの、休日には学外でボランティア活動に勤しむこともある。仕える主君のない私は、ここでかりそめの従属と労働に身を預けている。
「美化委員会が掃除道具の一斉点検するみたいだから手伝って欲しいって。結構荷物運んだりするみたいだから男手期待してるよ」
「心得た」
この酔狂な部活動には、当然の如く部員が少ない。男となると部長と私の二人だけだ。日々身体を鍛えている私は、変人ながらそれなりに重宝されている。
「じゃ、そういうことだからよろしくね」
葉月は陽気に手を振ると、クラスメイトの輪へと戻っていった。
教室を出ると、梅雨だというのに窓の外から眩いばかりの太陽の光が、廊下に差し込んでいた。
時折、腰の剣は生徒たちの視線を浴びるが、そんなものは取るに足らない雑音に過ぎない。私は食堂を目指し、まっすぐ続く廊下の右側を歩いた。ふとツバメの親子に思いを馳せかけたそのときだった。私は一人の女子生徒とすれ違った。
――その黒髪に、私は一瞬、思考を奪われた。
確かカラスの濡羽色と形容されたか。その一本一本まで艶やかな長い髪は、繊細で触れれば割れて砕けてしまいそうだった。
私はツバメを目で追っていたときのように、気付けば振り返り、彼女の後ろ姿を見ていた。一本芯が入ったような伸びた背筋は育ちの良さを感じさせた。姿勢には人の生き様が出る。私は半人前の分際で女に目を奪われたことを自戒しつつ、騎士として彼女のような背筋に努めようと気を引き締めた。
放課後。早速席を立ち、廊下を部室へ向かって歩いていると
「ちょっと置いてかないでよ」
葉月が人懐っこく私の横に並んだ。
「葉月。どうして私に構う? 私は変人だぞ」
「そういう自覚あるところがナイト君だよね」
葉月はクスリと笑った。
「数少ない部活仲間じゃん。仲良くできるなら仲良くしたいよ。多少変人でもね」
「多少か」
「うん。だってナイト君、喋ってみると案外普通の人だよ」
「そんなことを言われたのははじめてだ」
「みんなと喋らないからでしょー?」
「それはそうだな」
葉月の言うことはいちいちもっともだ。
「だが変人は変人だ。葉月も私と噂になったら困るだろう」
それを聞いて葉月はプッと吹き出すと腹を抱えて笑いはじめた。
「そうだよね……! ナイト君ガワだけはイケメンだから……!」
ガワだけとは失礼な。私は私の長所はその精神性にあると自負している。
「ごめん。ごめん。じゃあどうする? 付き合ってみる?」
「女にうつつを抜かしたくはない」
私は吐き捨てながら、先ほど女に見惚れた男のせりふとは思えんなと自責する。
「振られたんですけど!」
葉月はまたゲラゲラと笑っている。
「あー、やっぱナイト君は面白いな。みんなもっと絡めばいいのに」
「気安く理解者ぶらないでくれ。私も葉月のことは悪く思っていないが、私の孤独を理解できるとは思っていない」
「いつか見つかるよ」
葉月は猫のように私の前に躍り出た。
「ナイト君が心の底から助けたいと思う人が。でもそれって恋と何が違うの?」
「女とは限らん」
たとえそれが女であったとしても、だ。
神も、女神も、つまるところ神であることには変わりないのだから。
「えっ、そっちもイケちゃう系?」
葉月が一歩下がる。
「そうではない。私が求めるのはパートナーシップではなくリーダーシップだ。性別は関係ない」
「よくわかんないけどさ、尽くしてくれるってことだよね」
若干ニュアンスが異なる気もするが、まあ相違ない。だが葉月のバイアスが掛かるとなんでも男女のそれのように聞こえる。
「だったら少し気持ちわかるかも。私も結構尽くすタイプだと思うんだよね。彼氏はいないけど」
一緒にするな。私が求めるのは絶対の忠心だ。男女の機微とは違う。ことの大小ではなく性質が根本的に違うのだ。
「うーん、じゃあ親孝行みたいなこと?」
少し近づいたな。
「じゃああれか忠犬」
「かなり近い。しかしあれは餌付けされている。所詮見返りを求めたものだ」
「中世の騎士だってお給料貰ってたんじゃないの?」
「身銭を稼ぐためにならそれは私の理想とする騎士ではない。ただ仕えるために仕える、それが理想だ」
「ふーん。なんだか愛がないね」
愛? 愛とはなんだ? 必要なものか?
「お互い分かち合うってことだよ。与えるだけじゃむなしくない?」
葉月は下から私のことを覗き込んでくる。
「健在でいていただけるだけで私は幸福だ」
「えーさみしくなーい?」
「葉月。お前の考えは男女に寄りすぎている。話が合わん」
「そうかもね。でもおかげであのナイト君と恋バナしちゃったよ。今度みんなに自慢しよう」
「よせ。私は恋バナなどしていない」
「えーしてたよ恋バナ。またしよーね」
葉月は楽しそうに足を速める。私はその背中に叫んだ。
「黙れ! 私は恋バナなどしない。していないぞ葉月みはる!」




