プロローグ
初めて会ったときのことなら、今でもはっきりと覚えている。
もっとも——当時の俺は、胸の奥になんの波紋も立ててはいなかったけれど。
相手は『神』だった。
遥か太古から存在する古い神。
皆が当然のようにその威光を受け入れ、傅く存在。
それが最初の印象であり、すべてだった。
妙な奴ではあったと思う。
口を開かない。何を考えているのか、まるで読めない。名前を呼んでも、微かに眉を動かす程度でまともな反応すら返してこない。
神々が集う華やかな場所に身を置いていても、一人だけ遠い、別の世界を見つめているような浮世離れした気配を纏っていた。
だが、それだけのことだ。
俺には果たすべき仕事があったし、向こうにも向こうの領域があるのだろうと割り切っていた。だからあの頃は、ただのすれ違いに過ぎなかった。
当時の俺は『人間最初の死者』であり、『地獄の王』という重々しい肩書を背負わされたばかりの存在だった。その異質さが、好奇心をそそったのかもしれない。
気づけば、あいつの白い指先で確かめるように触れられていた。
随分と根気強く観察されていたものだと思う。本人にそんな自覚があったのかは怪しいが、その眼差しは確実に俺を捉えていた。
けれど、当時の俺はそれを大して気にしなかった。神様に物珍しそうに眺められるくらい、どうということはない。好きにさせておけばいいと、半ば放任していたのだ。
——その結果が、これである。
どこで選択を間違えたのだろうか。
時々、いや……今となっては頻繁に考えてしまう。
いつの間にか、視線を送る側が入れ替わっていた。
当の本人はといえば、相変わらずだ。太古の昔と何一つ変わっていない。
興味を持ったものを眺め、面白いものを追いかけ、気になるものを手元に集める。ただそれだけ。
俺のことも、その『収集物』の一つに過ぎないのかもしれない。
……少なくとも最初はそうだった。だからこそ、無性に腹が立つ。
いや、腹が立つというのも違うな。困っているのだ。俺自身の手におえなくて。
膨らみ続けているから。
何万年という途方もない歳月をかけて。少しずつ、けれど確実に。
気になって、知りたくなって、姿を探すようになって。
姿を見つければ、ごく自然に迎えに行くようになって。
気づけば、その隣にいることが俺にとっての『当たり前』になっていた。
極端な話、今日俺が突然消えたとしても、あいつは少しだけ俺を探して、それで終わりにするんじゃないだろうか。
……いや、どうだろう。
ほんの少しは、悲しんでくれるだろうか。気にしてくれるだろうか。
そんな甘い期待を抱いている時点で、俺も焼きが回ったと思う。
始まりは全部あいつなのだから、少しは責任を取ってほしいとさえ思う。
……もちろん、口に出して言ったりはしないけれど。
言ったところで、あいつは何も言わず、ただ静かにその澄んだ瞳で俺を見つめ返すだけだろうから。
それでも。
もし今、誰かに「どちらが相手を強く思っているか」と問われたなら。
答えは、最初から決まっている。
間違いなく——
俺の方が好きだ。




