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先帝ジェルドーラが旧首都グランディアを制圧し、皇帝の座に着いたと言われる7月3日。城下では先帝の功績を祝う催しとして毎年この日に祭りが開催されている。
今年は合わせて現皇帝ロギウスが隣国ブルーアを制圧したことを祝う凱旋パレードも行われる予定で、その後に聖堂で聖女マリアンヌが神から年に1度の大きな天啓を賜る儀式が行われる。
聖女マリアンヌ────グランティウム帝国建国後100年が経ったある日、神の加護を授かり生まれた女。
彼女はこのグランティウム帝国に平和と富を齎し、『神に愛された存在』として国民から崇められていた。
聖女の力を発現してから今日まで、彼女が神から賜った天啓が外れたことはただの1度もない。
10年前に起きた大雨による南部の川の氾濫も、4年前に起きた地震による大規模な土砂崩れも、そして先日起きた隣国ブルーアの一方的な協定破棄と侵略行為も、全て予言通りに起きている。
神の天啓があったからこそ、被害を最小限に抑えられたと言っても過言ではなかった。
聖女が告げた天啓は絶対であり必然。
この国の人々にとってはそれが当たり前であり、常識となっていた。
そして帝国暦148年7月3日、この日彼女が神から賜った啓示は───『聖女マリアンヌの後継者が誕生する』というものだった。
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「……で、その後継者っていうのが『赤毛で瞳の色が黄金色の平民の娘』か」
「うん。それでね、後継者には聖女様と同じように神様の加護があるから、特別な力が宿るんですって」
ここ最近は暫く雨も降らずに晴れ続けているグランティウム帝国の王宮───その庭園にあるベンチに2人並んで座りながら、少女は摘んできた花で綺麗に冠を編みながら他人事のようにそう話す。
今日は帝国暦158年7月17日。
聖女の後継者が誕生すると天啓を受けてから10年。
天啓を受けたあの日から数日後、城下の町で神の予言通り『赤髪で黄金の瞳を持つ女児』が産まれ、世間は騒然とした。
その少女こそ今ここで花冠を編んでいる娘
───リディア・ベルティエラ。
産まれて程なくして王室に引き取られた彼女は、聖女マリアンヌの後継者として特別な待遇を受けており、彼女の名前も国王の実子であるデルテラ王太子とリベエラ王女の名前を合わせて付けられた神聖なものだ。
彼女よりも年上である王太子や王女と一緒に教養を学ばされているというが……その能力値は歴代の王族達を遥かに凌ぐ高さだと言われており、王宮内でも『天才』だと評されている。
「私はいつ、力が使えるようになるのかしら…」
「……」
───だが、彼女は10歳を越えた今も尚、聖女としての能力を発現していなかった。
聖女マリアンヌは5歳を超える頃には神力と癒しの力を発現していたと言われている。しかし、後継者である彼女はその倍の年月が経った今も、神の加護とされる『特別な力』を何一つ証明出来ていなかった。
そのせいか、ここ数年の間で王宮内の彼女を見る目は徐々に変わり始めている。
聖女の後継者だと、蝶よ花よと持て囃してきた使用人達や彼女付きの侍女も、今では目の色を変えて陰でコソコソと噂話をするようになった。妹のように彼女を可愛がっていた王太子と王女も、最近では彼女と距離を置いていると聞く。
そのため、今この王宮で好き好んで彼女に近づこうとする者はいない。
こうして彼女と一緒にいる俺も、陰では何を言われているか分からない───まぁ、何を言われていようと甚だ興味もないが。
利用価値が無いと判断した途端にこうも掌をひっくり返すことは、位の高い貴族や王族社会の間ではよくある話だ。所詮、奴等は自分達や国への利益しか見ていない。
「………馬鹿馬鹿しい」
勝手に神と称した存在を崇拝し、天啓だと騒ぎ立て、平凡に暮らすことが出来たかもしれない他人の子供を養子として引き取った癖に、その後は何の保証もない。
随分と身勝手だなと思いながら俺がそう小さく呟くと、隣で花冠を編んでいた彼女の手がピタッと止まり、代わりにその肩がピクッと跳ねた。
そしてハッと顔を上げて、不安気に揺れた瞳でこちらを見上げる。
「ご、ごめんなさい。独り言のつもりで……不快にさせたなら謝るわ」
そう言って慌てて謝罪を述べるリディア。
どうやら、先程漏れ出た言葉を俺が怒っているのだと勘違いしたらしい。
そうではないと即座に訂正することも出来たが、俺は敢えてそうせずに黙って彼女を見下ろした。
……初めて会った頃は、人懐こく笑って走り回る可憐な少女だったのに。
この数年で人間不信に陥った彼女に、もはやその面影はない。他人の顔色を窺っては謝罪するのが段々と癖になってしまっているようだった。
『天才』だと称される程の実力を持つにも関わらず。
自尊心を失い、自身の価値も忘れたまま、1人泣きそうに俯くその姿もまた───こちらを不快にさせる。
俺は再度眉間に皺を寄せて、ベンチから立ち上がった。
「……そんな顔をするくらいなら、聖女の後継なんてやめたら良いだろ」
そう一方的に告げ、庭園を後にする。
背後で彼女が「あ、ゼウス…!」と名前を呼ぶのが聞こえたが、無視をして立ち去った。
今は彼女の顔を見るだけでも腹が立つような気がして、振り向かずに歩みを進める。彼女に非はないと頭では理解しているのだが、どうにも感情が追いつかないのだ。
彼女は、王宮にいない方が良い。
聖女になることを諦めればこんな肩身の狭い思いをしなくて済むだろうし、陰で誰かにコソコソと噂をされる心配も無くなるだろう。
城下に行けば彼女の能力を買う人間はいくらでもいるはずだ。運が良ければ他国からもその才能を求められるかもしれない。
そんな風に自分の才能を生かして好きなことをして、穏やかに暮らす方がきっとあいつには合ってる。少なくとも、こんは王宮での暮らしよりはずっと幸せだろう。
……そう、こんな場所よりもずっと遥かに。
「ゼウス様」
「!」
そんなことを考えながら庭園を抜けて王宮の廊下に出たところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
……声の主は分かっている。
先程よりも一層不快な気持ちが深まり、思わず眉間に皺が寄る。
何故こうも機嫌が悪い時に限って立て続けに不快なことが起こるのだろうか───と内心少し苛立ちながら、立ち止まって静かに振り返る。
「……何の用だ」
「ふふ、そう怖い顔をなさらないでください。
せっかくの綺麗なお顔が台無しですよ」
そう言って目を細めて困ったように笑ってみせる淑女……マリアンヌ。
この国で『聖女』として人々から崇拝され、天啓を読み上げてはグランティウム帝国に富と平和を齎したとされる女。
だが、その正体はそんな美しく高貴な生き物ではないことを俺は知っている。
この国の人間達が崇拝している『神』と呼ばれる存在───ヘラによって造られた従順な魂の器。
この女は神に愛される存在などでもなければ、偶然の産物でもない。あの女が意図して創造し、設計図を元に生まれた必然の創造物。この事実を知る者は俺以外に誰もいない。
なんとも気味の悪い生き物だ。
奴の操り人形として生まれた癖に自我まで備わっているなんて、これが気持ち悪い以外に何と言えば良いのか。
「失せろ」
「まぁまぁ、そう仰らず。
私もお二人の間に挟まれて心苦しい立場なのです」
「……あの女も直接俺に言えば良いものを、何故いつもお前を通して伝えてくるのか理解に苦しむな」
「ふふ、さぁ何故でしょうね。
あの方のことですから、きっと『その方が面白いから』ではないでしょうか」
そう言ってクスクスと笑うマリアンヌ。
一体何が可笑しいのかよく分からないが、あの女の創造物というだけあってこの女も性質が悪い。恐らく毎日、あの女と一緒にこちらの様子を見ながらクスクスと笑っているんだろう。
そう思うと余計に腹が立って仕方なかった。
「……さっさと要件を言え」
早急にこの場から立ち去りたいと思い、急かす様にそう尋ねれば、マリアンヌは一層綺麗な微笑みを浮かべながらゆったりとした声で告げる。
「『大魔道士ゼウスよ、其方の呪いを解く術はすでに啓示している。素直に従わぬのなら後に自身を恨むことになるだろう。』」
「!」
ピクッと反射的に眉間が動いた。
その様子を見て、予想通りだというようにマリアンヌの笑みが深まる。
………あの女。
あまりの不快さに、舌打ちが漏れた。
マリアンヌのように笑う”神”の姿を想像して、更に胸糞が悪くなるのを感じた。
数百年前、そんな遥か昔に告げられた『啓示』のことなど忘れかけていた。気が遠くなる程長い時間、長い年月、苦しみ耐え抜いてきたこの一生を終わらせる唯一の手段。
長い時間ずっと待ち続けた『死』が今なのだと。
あの女はそう言っている。
そしてこれは、そのチャンスを無駄にするなという警告だ。
……自分の手で俺を生かしておきながら、死なせるのもまた自分なのだと、あの女は愉しんでいるに違いない。
「……悪趣味過ぎて反吐が出るな」
「あの方らしいではないですか。
それに貴方も薄々感じていたのでは?」
何かの予感を───と、マリアンヌは言う。
「………」
俺はマリアンヌから視線を逸らした。
…………確信はなかった。
もう長いこと、生き物に関心を持つことも、自身の生死について考えることもやめてしまった。そうしているうちに数百年が経ち、今こうして『時が来た』と言われたところで、直ぐに動こうとは思えなかった。
あの女の言う通りに動かなければならないというのもまた癪に触る。
人にこれ程の耐え難い罰を与えながら、『素直に従わなければ後悔する』だと?
「………ふざけたことを」
お前がこの体を呪った癖に。
そう思いながら、遥か昔この身に呪いを受けた時にあの女から告げられた言葉を思い出す。
───『其方が生きてゆく永い未来の中で、我の愛しい子供と出会った時、其方の荒んだ心は落ち着きを取り戻し、悔い改めることだろう。そして共に愛し愛されることでこの呪いから解き放たれる。』
そう言って、あの女は俺の身体に老いる事も死ぬ事も許されない『不老不死の呪い』を与えた。
俺は異形であることを知られないように国を転々とし、呪いを解くため旅を続け、この生を終わらせる為に気が狂う程長い年月を淡々と過ごし、その方法を探し続けた。
そして旅の目的すらも分からなくなるほど時が過ぎて───やがて希望も消え去った。
「……マリアンヌ」
「はい、何でしょう」
女はいつもの慈悲深い微笑みを浮かべたまま、穏やかな声で返事をした。
俺はその細められた瞳の奥の細胞───その奥にいるあの女に向けて、殺意を込めた視線を向ける。
「あの女に告げろ。
『お前の子を愛すつもりはない』とな」
そう言って踵を返し、王宮の中へと足を進めた。
あの女の思い通りに動き楽しませる玩具になどなるつもりはない。
それでお前の子供がどうなろうと構わない。
お前の子供の運命が狂おうが何だって良い。
この世にはもう執着するものも、望むものもない。
生きることにも死ぬことにも興味がない。
国が滅び、文明が滅び、人類が滅び、この惑星が消えて無くなる頃。
この体も魂も諸共宇宙の藻屑となって消えるだろう。
そしてその時、お前も消える。
「……大魔道士様に幸あらんことを」
背後でそう小さく聞こえた声を無視して、俺は宮内へと姿を消した。




