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逆境を超えて

 目を覚ました俺が見たものは月明かりが照らす部屋。痛む頭を押さえれば吹き飛んだはずの手は完治しており、足も元どおりにくっついている。


 なのに、何故だか動きたくない。何もやりたくないのだ。


 ふと、柔らかな厚みを感じ取ったと思えば俺の腹あたりに霞が疲れ果てたような顔で眠っていた。おそらく、この傷は彼女が治してくれたのだろう。


「起きたのね? まーくん」


 暗闇を纏うように出てきたのはクレアさんで体にはいくつかの傷が見える。どうやら時刻は夜を迎えているようだ。


「戦争は………」


「あまり芳しくないわ。連合国にリリムちゃんは抑えられ、私達は敗走。奴らはこの国を囲うように拠点を貼って、明日の朝から仕掛けてくるようね」


「そうか………」


「これからどうする?」


「どうも何も………」


 やっぱり、リリムさんは連れていかれたのか。何故だろう、もう全てを投げ出したい気持ちになっているのは。


「諦めるのかしら?」


 クレアさんの追及するような目が痛い。惨めだ、これ以上ないほど自分が愚かに見える。


 フェルムに負けてから鍛え直した。それ以来の敗北が俺に影を宿す。


 努力が必ず報われるであるとか、目標を見定めれば何事も叶うであるとか、そんなことが夢物語であることくらい俺にだってわかってる。


 努力をしても才能で負けることだってある。

 目標は妥協に落ちて、現実に引き戻されされる。


 そもそもあいつに一度負けた俺がリリムさんを救うなんて出来るのか………?


「はあ、まーくん。ちょっとこっち向いて」


 クレアさんの猫撫で声に従って、そっちをむけば鋭い衝撃が横っ面を打ち抜き、俺をベッドから床に横倒しにしていた。


 受身も取れずにすっ転び、顔面から床に落ちた俺は頭を振り、何が起きたのかと周囲を見回して、拳を振るクレアさんの姿を捉えて、殴られたのだと気付いた。


「目は覚めたかしら?」


 殴られた痛みも忘れるほどに、俺は今の出来事に呆然としていた。


 床に横倒しになる俺を睨みつけているクレアさん。その瞳に浮かんでいるのは、確かに激情の炎だった。


 クレアさんは怒りを双眸に宿して、俺を見下ろしていた。


「何をどうしたらいいのかわからなくて、頭の中しっちゃかめっちゃかなんでしょ? だったらまずはお姉さんに話しなさい。」


「で、でも………」


「いいから、今度は本気でうつわよ」


「別に何も………」


「嘘、お姉さんはこう見えてもちゃんとあなたの事を見てるのよ? お姉さんの前でかっこつける必要はないから言ってみなさい」


 クレアさんは俺の頭を撫でながら、優しい表情で語りかけた。


「………話すと長くなるんですが」


 その言葉に俺は語り出す。

 彼女との始まりと、その終わりを。




 *




 中学3年の頃の自分は荒れていた。親戚からの嫌がらせと貧しい家庭であるが故の周りとの格差。


 学校には行っていたが、正直なところ授業なんて聞いちゃいないし、何度も教師やら親を呼ぶことがあった。


 それよりもバイトをして、自分の食費や遊ぶ金を稼いでる方が余程母親の為にも、自分の為にもなった。


 その日も学校だが、サボってから行こうと新聞配達の仕事を終えて、遅めの朝飯を食べる為にいつもの場所へ足を運んでいた。


 かつては天文台があったらしい丘の上、そこの小さな観測所の屋上に外からの梯子で登っていく。


 ふと、気配を感じた。

 その気配を確かめる為に、登った先には、


「こんな所で何してんの、お前」


「そっちの貴方こそ、私の特等席で何してるんです?」


 夜のように黒く濡れた髪をおさげにした少女が座っていた。



 *



「毎日、ここにいるのな、お前。暇なの?」


「毎日同じ時間に来る貴方に言われたくないんですが?」


 それからというものの、俺と彼女の逢瀬は度々続いた。新聞配達のバイトを終えた俺より、早い朝方から彼女はそこにいるのだ。


「何で学校をサボってバイトしてるんです?」


 取り留めない話題を交わすようになったのは夏が近づいてきた頃だろう。

 飯を食うだけの会話する時間が、終わった後も雑談を交わすようになってきた時だ。


「貧しいのがいやだからだ」


 尋ねられたその問いに特に思い悩むことなく、俺は答え、彼女はふーんと興味もないように答えた。


 けれど、秋頃になり進路を考えなくてはならなくなった頃に、俺はその答えを口にする事に忌避感を感じ出していた。


 なぜ、当たり前の生活を投げ出しているのか。

 初めて学校をサボった日に俺は何を思っていたのかと思考の坩堝にハマりながらも、あの場所へ足を運んだ。


「鴉間さん、おはようございます」


 ふと、彼女を目にした時に頭の中で何かが弾けた。笑顔を浮かべる彼女の肌には出来たばかりの切り傷や青い痣が痛々しく刻まれていたからだ。


「空野………」


「鴉間、何でお前は不真面目に生きようとする?」


 その答えはあった。母親に迷惑をかけたくなくて、それが始まりだったはずだ。


 けれどそれは後からつけた言い訳で。嫌がらせを受ける母を見るたびに何で暴力を使わずに我慢しているんだと。


 自分のように売られた喧嘩を買い続けていれば、もう誰も自分達を傷つけない筈だと。


「暴力を………誰かを守る為に力を振るう理由が欲しかったからだ」


 その言葉に初めて、彼女は心の底から笑っていた。いつものような穏やかな笑みではなく、嗜虐的な狂笑で。




 *




「一緒の学校に行きませんか?」


 年明け前の最後の逢瀬、平気で学校をサボるようになった俺へ空野から誘いが来た。真面目に生きなくてはならないという枠に押し込んでいた自分が解放されたのが心地よく、日々を謳歌していた頃だ。


「貴方の喧嘩の強さと私の謀略があれば、学校一つくらい落とすのは簡単ですよ」


 彼女は俺の答えを聞いてから胸内に潜ませていた狂気を隠さなくなった。

 彼女からの会話に誰を悪事にはめた。誰に嫌がらせをした。などの会話が増えていった。


「いいね、最高だな」


 俺は彼女の考えに賛同した。自分らしくいられる相手を見つけられて互いに嬉しかったからだ。


「それじゃあ、またね」


 最後の逢瀬を終えて、冬だというのに変わらない古着を着たままの彼女をいつものように見送るが、途中で彼女が振り返った。


「鴉間」


「何だよ


「もし………もし、私が死にかけていたら、貴方が私を殺してくれませんか?」


 その返答に俺は何と返したのか、未だに覚えてはいない。


 ただ、年明けの最初の逢瀬に彼女は来なかった。




 *




 冬が過ぎ、春の芽生えを迎えた頃。久しぶりに彼女から連絡が来た。

 恐らくは高校に受かった連絡だろう。自分も受かった事を伝えようと足早に向かった。


 ──そこまでの道のりに血の跡があった。


 それを見て、全速力で走り出し、屋上の梯子を登った先に彼女はいた。


「………遅かった、じゃな………鴉間」


「空野!!」


 そこには腹からの血を無理やりガムテープで固定し、左胸から流れる血を手で押さえる今にも消えそうな彼女の姿。


「すぐに救急車を………!」


「むり、ですよ………急所を刺されていますし………血もとま、らないですから………」


 咳き込む声に血が混じる。震える手で救急車を呼び、彼女の出血してる部分を上着と手で抑えるが、止まらない。


「鴉間………さいごに、ひとつだけ」


「なんだ、空野!」


「──私を、殺して」


 彼女の古着が破れ、血に濡れたナイフが床に落ちる。そのナイフで彼女が刺された事は容易く予想がついた。


「私を、貴方に、刻んで………私を、忘れないで………悪人の貴方………」


 今にも消え入りそうなのに、何処か満足気な彼女に涙をこぼしながらも黙って首を振る。

 そんな俺に、力なき手でナイフを渡そうとする彼女に俺は、


「────!」


 その時の俺は何を言ったか覚えていない。

 ただ冷たくなった彼女の体を救急車が来るまで泣きながら抱きしめていただけだ。




 *




「結局、気づいたんですよ………悪人の暴力だけでは誰も救えないし、守れない。だから俺はまた自分を枠に嵌めた」


「なるほどね」


「それに怖いんですよ………あの2人に手も足も出なかった自分がまたこんな枠に嵌まった状態で戦って、勝てるかどうかが」


「やめる気は?」


「ない。そこは譲れません。枠から外れたら今度は霞の時に誓った願いが守れなくなる」


 けれど対峙してわかった。あれはまちがいなく、俺より上の実力者だ。そんなのに今のままで勝てるのか怖いのだ。


「大丈夫よ、まーくん」


 だが優しく包み込むようなクレアさんの雰囲気に、俺は一気に気が抜けて体から力を抜いた。


「確かにまーくんの優しさは長所であり、短所でもある。けど誰かを殺して守るくらいなら、誰も殺さない方がいいのも事実。結局、難しいの。だから、私が言ったこと覚えてるかしら?」


「短絡的な殺しはしない………」


「そう、考えなさい。サマエルを殺して得る幸せは貴方が得るであろう未来の幸せに釣り合うのかを。それとーー」


 クレアさんは俺を抱きしめた。まるで壊れ物を扱うかのように優しく。


「まーくんの優しさは立派な強さよ。救われた私達から言わせて貰えばね?」


 そしておでこにキスをされ、体を離された後に彼女は笑った。


「貴方は変わらないで。貴方のままでいればどんな苦難だって乗り越えられるから。だから貴方は絶対に負けない。私はそう信じてる」


 その言葉に俺の中で渦巻いていた無気力さがどこかへ消えた。なんだ、俺は自分のことで悩んでいただけじゃないか。


 俺は俺だ。魔王の転生体でも数々の国を救った英雄でもない。ただの日本の元高校生だったんだから。


 だったら尚更全部諦めることなんて………


「できるわけねえだろうが!!」


 苦渋を舐めさせられた。後悔をしている。理不尽に抗うのをやめようとした。


 だからといって、こんな運命など俺は認めない。


 例えそれが自惚れだろうと勘違いだろうと思い違いだろうと全てを投げ出して仕舞えば今の今まで誰かを救えた事を否定することになる。


 それだけは駄目だ。魔王に救われて、得た命を腐らせるわけにはいかない。約束を破るわけにはいかない。


 空野を死なせて、母親も守れず、霞すらめ失った自分だからこそ──誰かを本気で守りたいと思ったのだから。


 魔王に託された、国をリリムさんを。


 全部捨てて楽な道を選ぶわけにはいかない!


「寝てる暇なんかない」


 腕に改造銃を突きつけ、引き金を引く。飛び散る俺の肉体を改造して、小さなスライムもどきを作り上げる。


 そのまま傷を改造銃で治しながら、改竄銃でスライムもどきを撃ち抜く。


 成功するかどうかは分からなかったから、試すことはしなかった。だがそうもいってられない。


 指揮を取るものがいない国は必ず崩壊する。それを防ぐためにも絶対的な王がいるのだ。


「改竄」


 死を生に書き換えられたならこんなことだって出来るはずだ。だって、この魂は俺とともに育ってきたのだから!


「ーー貴様の思い、確かに受け取った」


 スライムもどきが動き出す。どこから声を出しているのかも不明だが今は置いておこう。


「貴様は今回の責任を取って、()()() ()()()()を必ず連れもどせ」


「まーくん、まさかこの人は………」


 クレアさんが驚愕するのも無理はない。

 だってこのスライムは正真正銘、俺の魂を改竄し、分離させた魔王本人なのだから。


「必ず、あなたに救われた命に代えても果たします。魔王 サタンよ」


「万事任せておけ、魔王サタンが帰ってきた以上、これ以上は好きにはさせん!」


 サタンスライムは器用に体を滑らせて扉の隙間から出て行く。残された俺は霞を起こさないようにベッドから抜け出した。


「クレアさん、俺は先に行きます。霞を頼みます」


「ええ、任せて」


 俺はクレアさんに頷き返し、人が集まっているであろう会議室へと向かう。扉の前に立てば、喧騒や悲観の声が聞こえた。


 俺はその空気を破るように扉を開けて


「ぬおおおおおおおおお!! 死んでたまるかあぁぁぁぁ!!」


「そっちに逃げたぞ! 捕まえろ!」


「こいつがきっと情報を流したやつだ!」


「氷や兵達をやったのもこいつか!」


 流線状の物体、通称スライムを必死に追いかける魔族たちの姿。


「おい、マコト! これどうにかーー」


 俺は親友の声を無視して扉を閉じ、少しの間黄昏るのだった。




 *




 サタンスライムの事を皆に詳しく伝えて、会議に入る。


「まず、情報の整理だ。星羅と名乗る女がサマエルの肉体を乗っ取っり、リリムさんを連れて何処かへ逃走した」


 一度言葉を切った俺に、一同が痛ましそうな表情になった。皆がどれだけリリムさんを大切にしていたか、よく理解しているので同情せずにはいられない。


 もっとも、ロゼさんとクレアさん、霞そしてルナールさんは微塵も揺るがず強い眼差しを俺に返していた。


 彼女達の中で、リリムさんを奪還することは既に決定事項であり、必ず取り戻せると信じているのだ。


 だから、暗くなる必要もない。


「だが場所なら問題はない。既にエルデの人形たちが彼女の居場所を捉えた」


 サタンスライムが地図を広げ、自身の体液をマークとして記す。


「場所はディアブレリー城。エルデの人形が最後に見たのがリリムさんを背負う彼女の姿だ」


「にしし、けどもうすでに殺されてるかもしれないよ?」


 マモンの言うことも最もだ。だがあの女はきっとそんなことはしない。


「あの馬鹿は人が傷つく事を一番楽しんでる。今、この段階でリリムさんがいるせいで一番傷がつきやすいのは誰だ?」


「それは私達でしゅか?」


「ああ、奴がみたいのは俺たちが傷つく姿をみて絶望や精神的に傷を負うリリムさんの姿だろう。奴の行動を考えれば俺たちが全滅した後に殺すはずだ」


 これに関しては僅かに嘘が混じってる。おそらく、相手を傷つけて楽しむことに違いはないが、それと同時にかなりの気分屋だ。


 もしかしたら、既に飽きて殺しにかかってもおかしくはない。だが、それをバラしてしまうとこの国の士気が落ち、戦争に負けてしまう。


「ならマコトよ。ルナールとやらの能力でリリムの元へ移動したらどうじゃ?」


「バッカじゃねえのか、ベルゼ! ふつうに考えたら相手もそれがわかってんだから、罠を仕掛けるに決まってんだろ!」


 机に足を乗せて無礼極まりない態度の太陽の光のような獣人の女、どうやらこの女がベルゼのパートナー、ダイアナらしい。


「その通りだ。おそらく、移動した際にぶつかるのはジン。奴の強さは皆が知っていると思う」


 途端に皆の顔が沈む。それはそうだろう、あの男だけで魔族の半分を潰したのだから。


 ジンに斬られたものは皆、記憶をなくし、自分が何者かわからなくなってしまうのだ。そのせいで兵は混乱し、敗走した。


 これらの関係を見る限り、ジンがサマエルのパートナーだろう。


 サマエルもといサマエルのパートナーが『無し』ではなく、『空白』になっていたのも『忘却』によってパートナーを忘れていたからだ。


 つまりサマエルの記憶を消し、サマエルとして戦争を行い、アストンの時に記憶を取り戻したのだろう。


 そこから虚飾を使い、俺たちを騙してリリスさんを暗殺したのだ。


「だからジンは俺がやる」


「………手も足も出なかったのにか?」


「そもそも貴様が負けたりしなければ、リリム様が連れ去られることはなかったんだ!」


「いや、お前が裏切り者じゃないのか! そこのエルデとやらもだ!お前たちが裏で手を組んでいたんだろう!」


 俯いた魔族達はあっさりと答えた俺に少し、苛ついたような表情で反論する。


「いい加減にしろ!!」


 そんな中で机を叩き割る勢いで声を発したのは魔王。


「貴様ら、オレがいない間に随分とふぬけたようだな。ならば貴様らだけでここまでやれたか!? 貴様らなら、リリムを守れたか!? 出来るものがいるなら手を挙げろ! リリム奪還はそいつに任せる!」


 シンと静まり返る会議室。誰もが、自然と魔王の言葉に傾聴した。


「何より、九大罪の名を持つ者達がジンにやられているのにこいつだけ責めるのはお門違いだ!」


「その通りです、魔王よ。責任は私達にもある」


「愛娘に潜むものを見抜けなかった私達も彼と同じです」


 ベルとレビィも悲哀に満ちた表情で頷く。仕方ない、自分の娘がまさか裏切り者だとは思わなかったからだ。


「それにこいつは考えなしで言っているわけではない。そうだろ、マコト」


「はい。まず、奴の虚飾を見抜くには天眼が必要。次に奴もおそらくは他にも誰かとパートナー契約を結んでいる」


 予想するに相手はロゼさん達が対峙した相手達だろう。数は5人、こちらも5人。


「リリムさんを奪還する以上、戦闘は避けられない。ならばパートナー達の心武器を多数持つ、俺がやった方がいいとの判断です」


「貴様らに言っておこう。オレはこいつの成長をずっと側で見てきた。この男は最初は平和な世界の学生だった………だが、短い期間でジンと対峙し、生き残るだけの実力者となった。こいつの成長は未知数だ。可能性があるとしたらこいつしかおるまい」


「しかし………」


「くどい、リリスが倒れ、リリムがいない以上、このオレが全軍の指揮をとる。だが忘れたわけではあるまい? 誰の指揮で四大国相手に善戦できたのかを」


 その言葉に魔王に皆が力強い視線を向けていた。その闘志は皆へ伝染し、魔族達は徐々に作戦を練り始める。


「皆が納得したな? では、作戦会議だ。まずは拠点防衛とリリム奪還に分ける。リリム奪還はバレずに遂行するため、少数精鋭がいい」


 魔王は紙に溶解液を垂らし、器用に文字を描いていく。


「リリム奪還には、マコト1人とエルデとそのパートナー達。理由は簡単、こいつらなら地の利もあるし、騙し討ちも可能だからだ」


「おいおい魔王、俺が裏切るとは思わねえのか?」


「ふん、貴様はマコトに借りがあるはずだ。義理堅い貴様ならそれを仇で返すような真似はしないだろう?」


 エルデは口角を上げて、魔王に挑戦的な笑みを浮かべたがそのまま沈黙した為に魔王は肯定ととって。


 どうやら俺のパートナー達はここで防衛に入るらしい。


 ロゼさんは魔法障壁、ルナールさんはアーティファクト関連、クレアさんは防衛が得意だし、霞はリリスさんの治療のためだ。


「次に魔族達は動けるものだけをかき集めろ。そこから、細かく分けて軍を再編成する。夜明けまで時間がない。気を張れ! ここが正念場だ!」


 熱に浮かされた面々に魔王の覇気たる声が響き渡り、帰ってきたのは無数の咆哮。


「必ず連れ戻す、待っていてくださいリリムさん」


 俺はそう小さく呟いたのだった。





 *




「私は朝が嫌いだった。目覚めたらまず生きているかどうかを確認するような毎日を過ごしていれば嫌でもそうなる」


 サマエルはショートパンツに黒スト、上半身を様々な道具が仕込まれたベスト素肌の上につけて、上からボタンを引きちぎったシャツを着ている。


 そんな彼女は窓から差し込む日の光を忌々しい表情で眺めながら、目隠しをされたリリムへそう語りかける。


 リリムはまだ生きていた。本人からすれば不思議でたまらないが。だが彼女の背中にはジンが仁王立ちしており、時折髪を触られる感触が鳥肌を立たせる。


「あーやだやだ、辛気くせえのはテメェんとこの魔族だけで十分だっての」


「なぜ生かした?」


 リリムは強い感情を込めてそう聞くもサマエルは退屈そうに大欠伸をしながら適当に答える。


「お前、まさか自分にそんな価値があるとか思ってんならお門違いだっつーの。テメェを生かしてんのは単に国が消えて、帰る場所がなくなったアンタの死にそうな顔が見たいからに決まってんじゃん!」


「クズね」


 早口にそう述べられて、リリムは吐き捨てればサマエルの前蹴りが彼女の鳩尾を正確に蹴り抜く。彼女は床に倒れ、端正な顔を苦痛に歪める。


「お前さ、状況わかってんのか? アンタは死を待つだけの女。逆に私は世界を壊す女。まあ行き着く先は同じだけどお! ワクワク感なら私の方が上じゃん!」


「世界を壊すことにワクワクなんて………頭おかしいわね」


「良く言われる! だから説得なんて無駄だぜ? アタシは何があっても世界を壊す。あ、もしよかったら冥土の土産にどうやって世界を壊すか、教えてやろうか?」


 サマエルは気分がいいのか、饒舌に語ってくれる。リリムはこのチャンスを逃さないとばかりに平静を装う。


「世界を壊すには私はなーんもしなくていい。だってその過程に私は生きているだけで事足りるんだから」


「………意味がわからない。貴方は自発的に世界を壊す筈」


「バッカみてえ、むしろ加害者はアンタの父親だよ! 私はむしろ被害者だからさ〜裁判なら確実に勝訴できるようなぁ!」


「………まさか、魔眼!?」


 その言葉にピンと来たリリムの脳内には魔眼がなぜ編入生に宿ったかの経緯とその理由。少し、感情がぶれたことが嬉しいのか、がなり立てるような彼女の声が部屋に響く。


「だいせーかい! 本来なら魔眼はこっちの世界のもの。だけど私達は別世界の住人なわけ。ここまではおっけー?」


 オッケーの意味は分からずともリリムはそこまで理解した。


「次にこの世界と私達の世界はだいぶ近いらしいじゃん? だから、地球に似たような季節や食いもんがいっぱいあんだよね」


「だから何?」


「んじゃ最後に、お互いに強い影響を発しあう世界にバグ………あ、通じねえか。んじゃ、不具合が生じたら? 例えば………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そこまで言われればリリムも漸く彼女の言いたいことを理解した。


「つまり、魔眼が貴方達に宿ったことで世界の境界が崩れるから?」


「正確に言えば地球人に異世界のものが混ざったバグを両世界がなんとかしようと引っ張り合い、境界が崩れて世界が融合する。いわばバグごとデータを初期化してから、また一からやり直すってことだな」


 地球での用語を使われてもリリムにはさっぱり理解できないが、おおよそは推測できた。だが、それが表すのは見たくない真実。


「それにしてもよりによって、アンタの父親のせいで残酷に世界が壊れるなんて………アハハハハッ! 傑作………!!」


 そう、世界が壊れるという予知を見た魔王が死に地球でこの世界を救うための手段として魔眼を散らばせだのが原因だったのだ。


「嘘………なら、いや、だって………!」


「まぁ、アンタんとこのパートナーは魔王とやらが転生した姿らしいから。完璧な地球育ちの異世界人な訳で良かったじゃん! あ、でもでも私達にフルボッコにされてましたよね? すっごく、弱かったですよ!」


 途中から反応がなくなったリリムを煽るかのようにサマエルはサマエルのような口調で言葉を並べていくがリリムは俯いたまま、何も答えない。


「………んだよ、もう壊れちまったのか。あーあー、つまんねえな。まぁいいや、飽きたし。 殺そ」


「やれやれ君はいささかせっかちだと思わないか? 時には花開くのを待つのも悪くはーー」


「黙れ、ロリコンが。つか、普通に考えて、年も行かない女にキスするとか正気の沙汰じゃねえな」


「正気とか君に言われたくないね」


「は? アタシの何が悪いのさ? 自分のことしか頭にないくせに愛だの友情だの信頼だの………反吐がでる。そういうニセモノをぶっ壊して、相手の絶望した表情を見る楽しさを知らねえのは人生損してんぜ?」


 ニタニタと他者から見れば不愉快に彼女本人は愉快そうに手の中に虚飾で作り上げた誤魔化しの爆弾を作り上げる。


 虚飾の名を冠するように外見だけは完璧だが中身はおかしな作りになっているため、威力そのものは控えめだ。


 けれど急所、具体的には口の中にでも突っ込めば問題はない。


「さあ! 最っ高な、死に顔見せてくれよ!」


 彼女の髪ごと顔を上げさせ、大きく開いた口の中に3個の爆弾を咥えさせようとした





「いや、俺は逆に彼女の心の底から笑った笑顔が見たいな」




 次の瞬間ーーサマエルの鼻っ柱をへし折るように直蹴りが突き刺さり、彼女を背後へ吹き飛ばす。


「おい、お前さぁ、2回目だぞ!」


 それと入れ替わるように虚空から現れた男へ死を与える斬撃が彼の頭蓋を叩き割ろうと迫るもそれは別の手によって止められた。


「悪いけど、お前相手に1人は無理だ」


「つーわけで、オレとこいつ。一心同体の気持ちでやらせてもらうぜ!」


 腕を止めたのはもう1人の黒の銃を持つ男、そして白の銃を構えた男は動きを止めたジンへほぼ同時の発砲音をならす。


 しかし、ジンはその場から床を蹴り、天井を蹴り、鼻から血を流しながら、女がしてはいけない顔をしたサマエルの隣へ移動していた。


「やはりテメェか! 鴉間 真ぉぉ!!」


 サマエルの忌むべき相手に送られた殺意の告白は彼には届かない。なぜなら目の届く場所に最愛の人物がいるからだ。


「どうして………来たの」


「全てを終わらせるため、そしてーー」


 故に彼は来た。終わらない奇跡を目指し、開けない闇を焼き尽くし、彼女の希望として


「リリムさんを救うために」


 鴉間 真は舞い降りた。

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