絶望を貴女に
「お母様!」
戦争の第一次の勝利を祝った宴会の中、現実へと引き戻したのは魔帝リリス様の暗殺だった。
見つけたのはサマエル。彼女は両親達から離れて、トイレに行く際に怪しい人物を見つけて追いかけたらしい。
そこで見たのは銀髪の男がリリス様を大剣で切りつける姿。
「銀髪のイケメンなら………ジンの野郎だ」
エルデの推測の裏付けを取るべく、メーアさんに話を聞きにいけば彼女はリリス様の訃報に自分を責めながらも話してくれた。
戦場にてジンと対峙したメーアさんは何とか渡り合うものの、相手が本気を出していないことを見抜いたようだがそれでも遠く及ばなかった。
ジンは倒れた自分にとどめを刺すことなく、心武器の力によってその場から消えたらしい。
アストンはおそらく奴の侵入を気づかせないためのようどうだったのだろう。そして難なく、侵入したジンはリリス様を暗殺したのだ。
既に事切れたリリス様を彼女の部屋に安置し、宴会も切り上げて警戒態勢へと移行する。
俺とリリムさん達パートナーは安置されたリリスさんの部屋にいた。
「よしーーなら、始めましょうか」
「ええ、お願い」
理由は簡単
「演算の先ーー"改竄"」
リリムさんとの間に生まれた新たな能力でリリス様を生き返らせるためにだ。
どこかで能力を調査しなくてはと思っていたがまさか、初使用がこんな危機になるとは俺は思っていなかった。
この改竄は改造とは違う。
改造が現実に存在するものを自在に造り改めるなら改竄は現象をごまかすのだ。
この力を使って、リリムさんは死という現象を無かったことにしようとしているのだ。
銃に改竄の弾丸を装填し、狙いを定めて撃つ。弾丸はリリス様の手にあたる。
「改竄………彼女の死をなかったことにする」
言葉に答えて魔力がリリス様の体を駆け巡る。そして、魔力の流れが安定し、彼女は………
「お母様………」
目を覚まさなかった。
「生き返ってはいるが………いつ目覚めるかわからないな。とりあえず、この場は私に任せてくれ、先輩」
「お姉さんもここに残るわぁ。ジンとやらが来ても時間稼ぎくらいはできるしねえ」
理由を魔眼で見てわかったのは、死からは逃れられたものの眼を覚ますほど回復していないということだ。
厳密には死はなかったことになったが改竄の誤魔化しではこれが精一杯という事らしい。
この場をクレアさんと霞と愉快な子供達に任せて、俺たちは会議室へと足を運ぶ。
その間、リリムさんは覚束ない足取りだった。
「リリムさん、冷静になって下さい。幸い、リリス様は一命を取り止めました。ですから、最悪の事態は………」
「最悪の事態は避けられた。だけど、それを招いたのは私の責任。優勢だったから油断した。それを逆手に小さくない傷を負わされた」
悔しげに零しながら、彼女は会議室の扉を開く。
会議室には魔族の皆様と捕虜のエルデとパートナー達、傷だらけの体を押して会議に参加している九大罪の面々が重苦しい雰囲気で顔を合わせていた。
「皆、お母様は何とか一命を取り止めた。だけど警戒態勢は維持して、他に何か異常があったらすぐに報告を」
リリムさんがそう聞けば数々の発言が飛び交う。
「報告! 海面の氷結を確認! 見回りを行なっていたバアル72隊の半数ごと氷の世界となりました!」
「報告! 兵の指揮官達が何者かによって殺され、指揮系統が混乱しています!」
「報告! 戦時に出られる兵達の総数、現在、五千!」
「エルデ、連合国はどれくらい動ける?」
「………潜めていた人形達からの情報だとそんなにいないから大雑把だが、ざっと8千ってところか」
勝てない数ではないが、海が凍らされたということは海上戦は不可能、雪上戦で戦うしかない。だが指揮官達が殺され、指揮系統が混乱中。
今夜中には仕掛けてこないとはいえ、相手からも勝利の芽が出てきたとなれば示談などに応じることもないだろう。
「ともかく、やれることをやりましょう。ロゼは何とか氷を解かせないかやってみて。指揮系統は各自、次の役職にずらして対処。警戒は怠らずに、明日の戦いの準備を」
皆が現状でできることを行う。
ロゼさんとルナールさんを連れて俺も海を溶かせないか挑戦してみる。
「改竄」
弾丸を撃ち込み、氷を水に変えようとするが
「だめだ、上手くいかない。別の何かが働いてる。どうやら、改竄する前の現象を理解してないと改竄できないみたいだな」
正しい文書を改竄するように改竄する前の事を知っていなきゃ能力は発動しないみたいだ。魔眼で見ても、結果にあたる部分が空白とかしている。
「………出来なくはないけど、明日までには無理よ!」
海全体が氷になっているからか溶かすにも時間がかかるらしく、寝ていたラクーンを叩き起こしたルナールさんも釣りができるくらいの小さな穴しか開けられない。
「面倒だが、今からアーティファクトを作っても間に合わない。防護用アーティファクトで守りを固めた方が良さそうだ」
何もできない俺たちはただ暗い水平線を眺めるしかなかった。
*
「さすが、我が国の切り札のジンだ! これでまだまだ戦う事ができる!」
「悪いけど男からの賛辞は受け取らない主義なんだ。ぼくを喜ばせたいなら、女性との甘い一夜を過ごさせてくれ」
「明日の戦争の決着がつき次第なら、いくらでもくれてやろう!」
「そうかい? さて、ぼくはこの辺で」
ジンは彼が滞在する港町の館から出て夜風を浴びながら、物思いにふける。
「自分の息子は二の次で、権力が一番大事か。呆れたね。ヒート、いるかい?」
「我が主人、ここに」
現れたのは赤髪の好青年、彼の名はヒート。かつて、ジンが命を救った男である。
「エレナは?」
「彼女は今、あちら側に潜んでいます」
「そうかい? ならいいさ。君たちの仕事は素晴らしいと言いたかっただけだからね」
「いえ、某には勿体ないお言葉です。それに『天災』の能力を持つ彼女のおかげですから」
「自然災害を操るとはいえ、あそこまでの威力とはね、もしかしたら負けるかもしれないな」
「ご冗談を。では某はまだやる事がございますので」
「ああ、頑張れ」
ヒートが消えた後、ジンは海から覗く夜明けの道を満足そうな顔で眺めていた。
もうじき夜が明ける。
*
「始まったわね」
「そうですね」
夜が明けると同時に氷の大地を揺らしながら、雪の世界へと勇猛果敢に連合国が乗り込んでくる。
それを迎え撃つはラクーンのアーティファクト、当初、ラクーンは銃弾だけを撃とうと考えていたのだが
『レーザーでよくね?』
どっかの国の馬鹿王子が自身の前世の光学兵器の知識を利用して、太陽光を収束したレーザーアーティファクトをラクーンは作り上げた。
その威力は折り紙つきで大気を切り裂いて光の矢が連合国をぶち抜いていく。
「見たか、編入生ども。これこそ、現代知識で俺つえーだぁっ! 何故、殴るマコト! 何故蹴る! リリム!」
「だれが殺戮兵器を作れと言ったんだよ! というか、お前は007の主人公か!? それとも不可能な任務に取り組む主人公かよ!」
魔族達もアニメにしか出てこないような光学兵器が太陽の華を咲かせる戦場に皆、目を疑う。
そのレーザー装置は弱点として、一度撃てば、使い物ならず、連合国が攻めてくるがそこから先は魔族達が迎え撃つ。
「ひとまず、大丈夫そうです! リリム様!」
現在、この部屋にいるのは俺とリリムさん、そしてエルデと護衛のサマエルだ。
昨日と変わらず、戦局も大きく変わらないがある画面が映し出された時、エルデの顔色が変わった。
「やべーな、ヒートの野郎だ!」
「ヒートって?」
エルデが指し示す画面の先には忍者刀と様々な属性を振り回しながら、魔族相手に無双する龍の姿。
エルデから話を聞けばかつてガルディ達の元で働いていた諜報官であり、姿を消していた人物らしい。
戦場で話を聞いた限り、どうやらジンに弟子入りをしていたようだ。
その剣の輝きは艶やかで、戦場にいるはずがまるで舞台の演目を見ているようにも感じ取れた。
「俺のナイフ捌きとは訳が違う。完璧なんだよ。完全なんだよ。一切の狂いなく、相手を斬る。そんな事出来る奴は人間技じゃねえ」
エルデの呟きは心にすとんと落ちるほどその剣の輝きに見惚れた。敵ではあるがその卓越した技術は紛れもなく
「世界で2番だろう。おっと一番はもちろんぼくだけどさ」
瞬間、俺とエルデは咄嗟に心武器を向ければそこには金髪の好青年と紫の髪をおかっぱにした女らしい起伏に富んだ女性。
「どこから入って来た? だれだお前達は」
「男に名乗る名前はないさ。ぼくの目的はリリムさんだからね」
「そりゃどうも、で? 何しに来たんだ? 乳繰り合うなら場所を弁えろよ」
エルデが会話で時間を稼いでいる間にすぐに魔眼で相手の情報を盗み見る。
名前 ジン
武器 片手剣→大刀
所属 なし
ステータス 魔法 A 甲斐性 A 体力 A 頭脳 C 特殊 A
パートナー サマエル
種族 人
追記 最高の血統
親愛度 サマエル 15
エレナ・ディザスター
能力 自然→天災
所属 なし
ステータス 魔法 B 家事 C 体力 A 頭脳 B 特殊 E
パートナー ヒート
種族 精霊
追記 精霊騎士
中々の実力者だが、俺たち2人なら倒せない敵ではないはずだ。
俺はエルデへ視線で合図を送れば彼も反応し、口先だけの会話を続けながら、俺の射線に入らない位置どりへ移動する。
「ところで、1つ聞きたいのですが昨夜貴方の母君が殺された筈では?」
「何のことかしら? 母は生きてる。貴方が無様にも失敗したようね」
ジンの疑問ありげな表情に敵疑心丸出しのリリムさんはジンを侮辱するような発言をする。
「何のことかしら、お館様」
「エレナ、どうやら彼女達は勘違いしているようだ。メーアと対峙していたぼくがここに来て暗殺したと言っているらしい」
「らしいも何も貴方達がやったんじゃないですかー!!」
リリムさんの背中に隠れるようにサマエルがそう言えばジンはやれやれと呆れたように肩をすくめる。
「君たちは本当に馬鹿らしい。君たちはこの戦争を以前から知っていたようだね。だから、前もって迎撃の準備を整えることができた」
「なら、拙者達も戦争のための布石をうっていたとは思わぬのか? 例えば拙者達の味方を城に入れておくとか」
「ならまさか、やったのはその伏兵と言いたいの?」
「ああ、そうさ。なあ?アザゼル」
ジンが名前を呼んだ瞬間、部屋中に異様な雰囲気が流れ出す。アストンと同様に最初から部屋にいたようで気配を消していたようだ。
「マコト、あたりを探せ」
エルデのアイコンタクトに従って、把握を使うがこの部屋に確認できるのは自分たちだけ。怪しい人影もなければ近くに気配もない。
「あーあー、どいつもこいつも馬鹿みてえな顔しやがって、テメェらの目ん玉はガラスか何かかよ!!」
悪意と敵意と殺意の三重奏のその声音が聞こえるはずがない場所から聞こえて来た。
ゆっくり、その目を向けた先にその女はいた。
イリーナが言っていたようにおさげで狂ったように笑いながらリリムさんの細い首を絞めている腕。
だがあり得ない。彼女の後ろにいたのはサマエルのはずだったのだから。
「鳩が豆鉄砲食らったみてえな顔してんな、憤怒さん? 理解できねえ、アンタの足りない脳に教えてやるよ!!」
「サマエル! アンタが裏切り者か!!」
反射的に憤怒の力を使い、サマエルに手を伸ばした俺。その手を振り払うかのようにサマエルは目を細め、
「酷えなぁ、鴉間。私をそんな名前で呼ぶなよ」
そして彼女は絶望的な声色で親しいものに向けるような暴力的な笑顔で名乗った。
「私には──空野星羅って名前があるんだからさ」
──彼女の言葉が耳に届いても脳が理解しようとしない。
純真無垢な笑顔を見せていた彼女と狂気を瞳に宿したサマエルとは一致しないからだ。
しかし、それよりもリリムさんを救出せねばと体は自動的に動く。慣れた動きで引き金を引き、大気を貫く弾丸がサマエルへ迫る。
だがその弾丸は虚空へ進み、リリムさんとサマエルはいつのまにかヒートたちの隣にいた。
「何故?って顔してんね。穴ぼこチーズみてえな思考回路じゃあ理解できねえか? 私がここにいる事に! 私がこんな事をした事に!」
「──何で、お前が」
俺が今、どんな表情なのか自分ではわからない。けれど、その顔を見たサマエルはおもちゃを見つけた子供のように愉快げで。
「お前なら気づいてくれると私は思ってたんだけどなぁ………私は忘れた事はなかった。お前から目を離す事はなかった」
彼女の姿が朧気だ。蜃気楼のように揺らめく彼女は悪夢のようで。
「あの日以来! あんたが私を殺してくれなかったあの日から、私はずっと考えてた! どうしたら、あんたは私を殺してくれるかって!」
思考が逸脱する。サマエルの虚飾の力は取り繕う力、いや、相手の全てを誤魔化す力と言えばいいだろうか。
違う、そうじゃない。お前が思い出すのはあの日の………命の重さだろうが!
「お前が空野なら、あの日の選択を俺は間違えていないと──」
「自信を持って言えんのか? その結果が、自分を枠に押し込めて、本来の自分を押さえつけて、ずっと自分の生まれた意味を探すお前自身に!」
それを聞いて、驚いたように目を見開くヒートたちとは違って、サマエルは鼻白むような顔をし、唾を吐き捨てた。
「つまんない男になったな、鴉間。どうだ、今の気分は?」
リリムさんを掴む腕とは逆の手で身につけた軍服を脱いでいく。
「この世界に来て、誰かを守り続けたことへの称賛に救われたか?」
着ていた白シャツを力任せにちぎり、その上から下着部分を隠すように軍用ジャケットを着直す。
「私以外の女と向き合い、意味を与えられるのは嬉しかったか?」
帽子を爆破させ、おさげの髪を解き、冷えた空気に潜らせて。
「未来に目を向ければ過去は償えると思ったか!? 分かんねえなら、教えてやるよ」
そこにはあの日、泣き笑っていた彼女がいた。
「悪人は──ヒーローにはなれない」
ケラケラと軽さしかない笑い声が響き渡る。空虚なその声に誰も何も出来なかった。
「鴉間ぁ! 今度こそ私と一緒に堕ちようぜ! 地獄の底までの片道旅行だ! あっちで私と嗤おうぜ!!」
「ご、御託はいいから、さっさと彼女を離せ。さもないとーー」
「殺すんですか?」
銃口を再び向ければそこには空野のような真っ白な気持ちの笑顔を浮かべたサマエルの姿。だが騙されるな、彼女はサマエルで世界を壊す相手だ。
だから………収まってくれ、腕の震え。
「ああ、そうだ。わかったら、さっさと」
「いや、アンタには殺せねーよ。だって、アンタ、今まで人殺したことないんでしょ? それが私を殺せるわけがない」
まるで新しいおもちゃを見つけたような目でこちらを見つめてくるサマエルだが俺は狙いがバレずにここまで来たことに安堵した。
「今だ! エルデ!」
「おうよ!」
エルデがナイフを床に突き刺せば、途端に蜘蛛の巣状に床が割れ、重力に従って皆が落下する。
だが俺だけは空を移動する事が出来る。しかし、相手もそれを読んでいるだろうから、すかさず分身体を出して対処する。
「お館様!」
「邪魔だよ。 そこを退くといい」
「オレが退くかよ!」
黒の銃を持ち、牽制の弾丸を放ちながら2人の邪魔をする一方で俺は空中で身動きが取れないサマエルへ蹴りの構えを取る。
「ざぁんねん。アンタの腑抜けさが命取りだ」
だがその時、奴はとんでもない事をした。
あろうことか自身の急所を晒し、俺の蹴りを受け入れようとしたのだ。
改造と憤怒の力が入っているため、当たりどころが悪ければ間違いなく死ぬ。つまり、この女は必ず死ぬ場所に移動したのだ。
「ぐっ………」
僅かに迷いが生じたせいで俺の蹴りが止まり、その隙を突かれてサマエルが空へ爆弾らしきものを投げ出す。
咄嗟に身を庇うが爆風と熱によって壁に叩きつけられ、サマエル達は爆風によって距離を取られた。
「この勝負はアンタの甘さが敗因だ。虫酸が走るような優しさじゃあ、誰も救えねえんだよ!」
追撃のロケット弾が放たれ、それを撃ち落とした爆煙の先から迫るのは修羅の如き表情をしたジンの姿。
「おまえさぁ………誰の女に手ぇ出してくれてんの?」
瞬間、瞬く光。それが背丈ほどある大刀だとは全く思わず、台風のような暴力を持って俺の体を切り刻む。
すかさず、こちらも反撃に出ようと構えた銃ごと肘のあたりから切断され、ジャグリングみたいに飛ぶ腕をどこか他人事で捉えながら、閃光のような拳が俺を壁を破壊して吹き飛ばした。
「マコト!!」
「おまえも邪魔だよ」
「クソがぁ!」
エルデの苦悶の声が聞こえて来るが、今はそんなことを気にしていられない。
「マコトぉ!!」
「リリムさん!!」
伸ばされた手を掴もうと俺は走り出す。彼女は焦燥と苦痛に浮かべた表情で必死にこちらへ手を伸ばす。
大丈夫、この距離ならまだ間に合う。加減なしで吹き飛ばせば、リリムさんは救える!
「盛りのついた犬みてえに周りを見ずに走りやがって。罠くらい見抜けよ、バーカ」
だが、カチっと何かの音と共に破砕音と共に身体中を衝撃が襲う。僅かに見えたのは飛んでいく俺の左足、それでも彼女へ必死に手を伸ばすが
「お前じゃ、何も救えねえよ」
「君じゃあぼくには届かない」
伸ばしたその手に摑まされたのは大量の爆弾とジンの剣舞。
大刀が俺を斜めに切り裂き、爆風に体が包まれる瞬間、サマエルの鼻で笑った姿、ジンの肩をすくめる姿、そしてリリムさんの涙が目に焼き付いた。
「リリムゥゥゥゥゥゥ!!」
俺の絶叫は爆音にかき消され、伸ばした手はどこかへ吹き飛んだ。
その手から彼女の温もりが溢れ落ちた。
次回から逆転開始です




