カーテンコール
次回で三章は終了します。
「いやぁ〜助かったっす!あのまま足だけ使ってたら誰かに見つかるかもしれなかったすから!」
「ったく、私が迎えに来なかったらお前はどうするつもりだったんだ。」
ヘクセレイの森を出て行く一台の馬車、その中にいるのは着流しの女性とモルテの姿だった。
「なぁにいってんすっか。ウチとメロの仲じゃないっすか。」
「多重諜報活動中の奴をわざわざ呼び寄せるんじゃない!お前1人でなんとかしろと私は言っているんだ!」
モルテの姿は大分変わっており、長かった黒髪をおかっぱにして制服から改造したスリット入りの修道服を身につけ、煙草を吸っている。
「調査任務なら遂行したからいいじゃないっすか〜あたしだってまさかあんな展開になるとは思ってみなかったんすよ。」
「はあ………馬鹿を囃し立てヘクセレイの死の歴史を知ろうとしただけなのにあんな怪物まで蘇らせてしまったのは仕方ない………のか?」
「しかし、まあ、なんとかするんじゃないっすか?あの巷で噂のマコトとやらが」
「奴はまあ重要人物だ。我が主人も彼の動向に注目しているらしいしな。だがこれではっきりしたな、ヘクセレイも信用ならない。」
彼女の手元に握られているのは全国の資料。
多重スパイとして活動した代物だ。
「粛清対象っすかね?」
「多分な」
彼女達はそんな話をしながら、まさに天空での最終決戦を行うマコト達に力を貸すことはせずに自分達の居場所へ帰って行くのだった。
*
「怖いか?」
俺の目に映るのは息を詰め、人喰を見る霞だが彼女は横目にちらとこちらを見上げ、澄ました顔つきだ。
ただ、その瞳が、横顔が、言葉より雄弁に俺に教えてくれている。
彼女のとなりに立つのが最愛の先輩だと。
「怖くないさ。横には先輩。後ろにはきっと私が育てたWSの子たちもいる。負ける気がしない。」
「なら良かった。手筈通りに行くぞ!」
人喰は俺たちを脅威だと認識したのか、こちらへ幾つにも別れた指先を伸ばして来る。
その指先は触れただけで人の柔らかい体を貫くだろう。
「クレアさん、リリムさんが教会の子達を避難させ次第、こっちに向かって来る!そこでロゼさん!お願いが!」
「手短に頼むわよ!」
霞を片手で抱えたまま銃をぶっ放し、指先を弾くとロゼさんの隣に行き、彼女にやってもらいたいことを耳打ちする。
ロゼさんはあまりの無鉄砲さに目を見開いたが頼りになる笑顔を見せてくれた。
「イワン!いるか!やってもらいたいことがある!」
「ふぁっ!?な、なんで僕なんだい!?君なら何とかできるんじゃないのか!?」
まさか自分が来ると思っていなかったのか、情けない声を上げるイワンに俺は鼓舞するような意味を込めて叫ぶ。
「今から国を救う奴が友達に力を貸して欲しいってお願いしてるんだ。格好いい男になりたくないのか?」
それをポカンとした顔で聞いていたイワンだったが開き直ったように高笑いすると
「………そういう言い方は卑怯じゃないか!何だい言ってみろよ!もうヤケクソだ!」
彼は震えながらもそれを了承、ならばさっさと作戦に移ろうか!
「霞、お前の力が頼みだ。任せたぜ?」
「任せろ、先輩。私の最高の踊りを見せてやる!」
精霊との親和性が高い精霊使い達が地面に伏せる中で彼女は頭痛を起こしていながらもしっかりとした足取りなのは訳がある。
彼女の中身はただの人間だからだ。
精神汚染は精霊を通じて汚染の進行が早まるが彼女は魂まで純粋な精霊族ではない、転生者であることがここに来て役に立ったのだ。
「さあ、題は白鳥の湖。私の踊りと貴様の歌、どちらが精霊を魅了できるか勝負といこう!」
人喰は長年積み重なった怨霊の塊だがそれだけでは長い間、封印されていても意識がある訳がない。
宿主が破壊された悪霊が復活出来るわけもない。
だが精霊は違う。
彼らは自分の力全てを受け渡し、消失しても自然さえあればいくらでも自分を回復させて姿を見せてくれる。
つまり、
「長年の間に精霊たちを取り込んで自分も精霊となった、簡潔に言えば邪精霊。それがお前の正体って訳だ!」
そして人を喰らっていたのはかつての両親の腕に抱かれた温かみをもう手放したくないから。
取り込めば離れる事はもうないからだと俺は推測する。
今んとこは作戦通り………後は霞次第だ。
*
「人喰の倒し方!?そんなことより早く行かないと!」
「落ち着きなさい、まーくん。対策も立てずに向かったところで倒せなかったら意味ないでしょう。」
「こんな時だから落ち着いて情報を整理する。幸い、アクセル、ベオがいるならロゼくらいは守れる。他は知らない」
「………たしかに」
人喰の歌から立ち直った俺はすぐに移動を使ってロゼさんの元に行こうとするのをクレアさん達に窘められて作戦会議を行う。
「わかっているのは人喰は魔法に耐性がある。」
「それと奴の歌は周りの精霊達を従わせて精神汚染を起こす。私は中身が人だから影響は薄いが普通の精霊族では簡単に飲み込まれる。」
精神汚染に魔法耐性、心武器も魔法の一種になる以上、中々の強敵だ。
真剣な表情で話し合う俺たちの元にガサッという音が響く。
「やめよ!妾だ!雷と魔眼と銃をしまえ!」
「ルナールさん?なんでここに?」
草陰から出てきたのは擦り傷だらけのルナールさんだった。
霞が彼女を治す間に俺たちは彼女が得た情報を元にして作戦を組み立てる。
「物理は聞くけど死体である以上、決定打にはならないと宿主を破壊しようにもそれだけの破壊力を持つ者はいないと」
「以前はこの国に『破壊』を持つ女がいたが、奴には頼れぬ。ならば頼りになるのは『拒絶』の力だけだ。」
「けど拒絶弾が魔力耐性で弾かれたらどうするの?それに私達も精神汚染を受けたら能力なんて使えないわよ?」
「なら歌には踊りで対抗するのはどうだ?なあ霞?」
俺が立てた指先にいるのは霞だった。
精霊との親和性がずば抜けて高い彼女なら人喰とも張り合うことができるのではないかと思ったのだ。
「ああ、そういうこと?ジゼルの踊りで精霊を奪って弱体化させたところに拒絶弾を撃ち込むのね?でもそれじゃあ不安。だから、精霊がいない別世界に追い詰めてから撃ち込みなさい。」
「その話からすれば私が重要じゃないか!?人喰相手に私1人で精霊の奪い合いをしろと!?」
無理だと首を振る彼女の手を取り、俺は彼女が動くための一言を囁く。
「俺がそばにいて守ってやる。それじゃあ不安か?」
霞が胸に手を当てて、俺の言葉に何かを感じたように何度も瞬く。
彼女の決心がつくまでの時間、それは長くを必要としなかった。
「ずるいな、先輩。何でもやれる気になってしまうから先輩は卑怯だ。」
「やってやろうぜ、霞。そして国を救った文字通りの聖女として国に凱旋しよう。」
決心を固めて、強い覚悟を瞳に宿した霞の答えを俺は何度も頷いて受け止めるのだった。
*
そして今、俺の側で優雅に大胆に繊細に踊るのは湖から飛びだった白鳥だ。
彼女が舞えば舞うほど魔眼を通して見える精霊達が少しずつだが人喰から抜けてきているのがわかる。
「やあっ!」
そこへロゼさんが五属性の魔法を撃てば小さくない傷を残し、その光景が人喰から精霊が消えていくのを如実に表していた。
人喰もようやく脅威を感じたのか、熱く、華麗にステップを踏む霞へ無数に別れる指先を使って鎖のようにしならせる。
「舞台に上がるのは禁止ですよ、お客様ぁ!」
それを捌き、彼女に指一本触れさせないのは俺の仕事だ!
拒絶弾を用いて指先を弾き、方向を変えて吹き飛ばす。
まだまだ耐性があるから完全には拒絶できないがそれでも人喰の指先の肉を削り飛ばすには十分だ。
無視の力に切り替えて自身の戦闘用に改造した肉体で人喰の嵐のような指先と台風のような歌を切り抜ける。
指先を俺は自身の背に浴びせかけられる掌を完全に無視して、最小限の動きで肌に掠めるだけの被害にとどめ、隙を晒した魔手を銃弾が貫き、穿つ。
そのまま、霞へ伸びる指先達をマシンガンに切り替えた銃弾で吹き飛ばし、霞に笑いかけた。
「まだ大丈夫か?怖くなったら言ってくれよ!」
「怖いもんか!先輩と一緒に戦えてるんだ!もう何も怖くない!!」
「アカン!それフラグだ!マミられるぞ!」
人喰が黒い手を点ではなく、面で押しつぶそうと広がる中、ロゼさんとの関係で進化した拒絶に切り替えたショットガン+火と風を混ぜた爆熱で消しとばす。
「マコト君!こっちも助けて!」
「二兎追ってもどっちも捕まえられないよ!」
どうやら指先を束ねたものをロゼさんへむけようとしていたので暴風のごとき、弾丸の雨で相殺。
更に精霊達を奪われたせいで動きが鈍ったところを無視+改造した肉体で蹴り飛ばす。
あまりの威力に神殿の壁を突き破って街中に出そうになるが不自然な引力が働き、こちらへ帰ってきたのを拳で地面に叩きつけた。
「ナイスサポート!イワン!後は頼むぜ!」
「無茶ばっかりだが!この後の僕の賞賛っぷりが怖くて気にしてられないね!」
霞の踊りが終わったのを目で確認した後、精霊達が完全に移行したタイミングを狙ってイワンに声をかけた。
それを聞いたイワンは作戦通りに斥力を発生させて地に伏していた人喰を浮かび上がらせる。
「時間ぴったりね!」
そこへ教会の子達の安全確認を終えて、ルナールに守護を任せた黄金の龍が飛来する。
その背に乗るのは眼鏡を外したリリムさんであり、彼女が眼光を一閃、空中に浮いた人喰を縛り付ける。
「まーくん!固定したわ!!」
「了解!霞!ロゼさん!移動しますよ!」
黄金の雷撃龍は雷を鳴り響かせながら人喰へ鋭い牙をねじ込ませて
俺たちもそれに続き、すぐさまクレアさんの背中に移動し、そこから更に荒れ果てた教会まで移動する。
移動した後、光の如く輝くクレアさんが雷のブレスとともに教会前に人喰を突き落とす。
「霞!開いたな!」
「ああ!私と先輩の出会った場所だ。案内してやるよ!人喰!」
人喰が重力に従って落ちていく号が奴は地面に当たることはなく、空間に溶けるように消えていった。
*
人喰は衝撃とともにコンクリートを剥がしながらフェンスへぶつかり、屋上から落下しかけるもかろうじて堪えて体勢を戻す。
人喰はここが何処だか分からない。
自身の中に感じる精霊も周りからは魔力はあるが精霊達を感じないと告げているのだ。
「夕闇の中での2人きりのバレエの発表会、あれほど記憶に残るものはなかったよ。」
そこに突如現れたのは金髪の青年と見た目麗しい女性たち。
「そうか……ならこの救出劇の舞台も私たちが出会った場所で終わらせよう、先輩」
人喰はわけもわからぬまま、自身の中から聞こえる悲哀、恨みに満ちた声に従って目の前の人間を食らおうと巨体に似合わぬ、速さを使って迫る。
「そこまでよ、人喰」
だが腕を振り下ろそうと掲げた瞬間、腕が空中に縫い止められたように動かなくなってしまった。
それどころか、身体全体が凍ってしまったかのように動かない。
人喰は理解できない。
まさか悪魔と化した姫の目によって動きを止められているなど到底思う訳がない。
人喰は自身の耐性にかまけて力付くで動こうとするがそれと同時に黒髪の女が腕を振り下ろし、雷の牢が人喰を閉じ込めた。
「悪いけどじっとしててもらえるかしらぁ?」
「さて、それではお願いします、ロゼさん。」
「任されました!」
強制的に動きを止められた人喰に長い時間をかけて練りに練られた高密度な魔力を止めるすべは無い。
「御手々を拝借ーー"荒廃世界で少女は踊る!!」
右手に4つ、左手に4つ、彼女の胸の前に1つ。
合わせて9つの魔力によって編まれた球体が音を立てて合わせた両手に従って、人喰を囲む。
それらの色違いの球体は人喰の周囲を回りながらも収束していき、全てが同時に人喰へとぶつかった瞬間、世界を壊すほどの光芒が天へと昇る。
彼女によって紡がれた遥か古代の殲滅魔法が今、ここに再現された。
「……強い魔法を人喰にぶつけろってマコト君が言うからやったけど、ま、魔力の加減間違えたかしら?」
「……充分だと僕は思います。」
「目をそらさないでっ!この場所はジゼルさんが守ってくれたから!怪我人はないから!」
咄嗟の判断で、改造弾によって強化された病院と霞による光魔法の強靭な結界のおかげで余波によって病院全てが破壊され、更地になるという悪魔の所業になることはなかった。
「ルナールさん。」
「うむ、つまらぬものだが盗ませて貰おう」
土煙と閃光が止み、半身を失った人喰は未だに生きてはいるが先程の魔法は人喰を殺すための魔法ではなく、
「よっと!」
「!?」
人喰の体に取り込まれたシュヴァインの肉体を引き剥がすことであり、半身も失えばシュヴァインの体つきなら現れるとリリムが作戦を立てたのだ。
そこまで行けば世界最高峰の盗みのスキルを持つルナールによって人喰の体からシュヴァインにへばりつく、欠けらを切り裂き、巧みな足捌きで怪我なくこちらへ帰ってきた。
「やぁ………マ………マ……パ……パ」
半身を失い、死者を操るすべも宿主も精霊も奪われ、邪精霊から悪霊へと身を落とした人喰は最早抗うことはなく、ただそうして自身の消滅を待つのみだ。
「………今、楽にしてやる」
「待ってくれ、先輩」
いずれ消滅するであろうが最後まで見境なく暴れられても困る。
よってまた新しい被害を起こさないためにも心を鬼にして拒絶の力を銃弾に込めてマコトだったが掲げた銃に腕をかけられ、降ろされた。
「マ……マ…」
歩き出し、手を伸ばす人喰の前に立つ彼女は少し震えていた。
俺はいつ、何があってもいいように緊張感を保ちながら彼女を見守る。
「悪いが私はお前のママではない。だが、安心してくれ。今回の出来事で国は変わる。もう、お前のような存在は生み出さない。」
彼女は人喰に慈しみを持って、そう宣言する。
人喰に言葉が理解できるのか不明だが、それでも人喰は
「ああ………いいなぁ………みんな一緒………」
まるで子供のような無邪気な笑顔を見せたようだった。
「ちゃんと償ってやり直してこい。お前たちの罪は私たちの罪でもあったんだから。」
国によって生まれた悪習がこんな怪物を生み出した以上、責任の所在は国にある。
間違い無く、教皇は降ろされ、新たな教皇が生まれるだろう。
霞の言う通りに国は変わる。
それもそう遠くない未来に。
彼女は国の代表として人喰へと言葉を残したのだ。
「………さらばだ、人喰」
「………ばいばい」
「ゲームオーバーだ。成仏しろよ」
彼女はマコトの前から横にずれ、射線を確保した人喰へ一直線に銃弾が飛んでいく。
それを人喰は避けるそぶりも見せずに弾丸を受け入れ、人喰の憎悪に磨かれた魂は世界から拒絶された。
「この世界で拒絶された魂が天国にいけるといいな。マコト先輩」
「撃った本人が言うのもなんだが、そう願いたいよ。」
存在を拒絶した訳ではない。
人喰の憎悪を俺は拒絶した。
「帰るか、霞」
「待ってくれ、先輩。まだーーカーテンコールが残ってる。」
人喰という悪を拒絶し、残された生まれを喜ばれるはずだった魂たちが無事にやり直しできるように霞は1人舞台に上がる。
本来憐れむことなどなにもない。
狂精霊 人喰には同情すべき点はあれど行った罪は小さいものではない。
奴は奴の怨みのままに暴れ回り、その上で果てたのだ。
ただそれでも自分の未来を見たような彼女は緩やかに踊りだす。
聖女と呼ばれたたった1人の女の子の胸に刻まれた同情を持って禊ぎを捧げるために。
自分と同じ、執念を持って動き続けた人喰への憐憫を心に秘めて。
ヘクセレイを舞台にした物語はこれにて幕引きとなる。
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