思惑
すでに評価が今までの作品の中でトップな事に感極まっています…まじかよ、すげえ。
そんな中で幕間2話を投稿します。
マコトは彼に勝てるのか?どうぞご期待。
それは月が綺麗な夜だった。
「ママ?何してるのぉ?」
庭園を一望できる縁側に母は座っていた。
あばら家だったとはいえ、庭園にこだわった母が、きちんと整備しながらもどこか遊び心が感じられる庭をつくったのだ。
「ママはびょーきなんだからちゃんと寝てなきゃダメだよぉ?」
「大丈夫、今日はちょっと調子が良いから。」
夜の涼やかな風に闇に溶けるような黒髪を靡かせながら私に、こっちに来なさいと呼ぶ。
私は母の隣に座り、月を見ていた。
「ねぇ◯◯◯は夢ってある?」
「うーん……えーとっね、みんなを守れるような人!」
急な言葉に過去の私はあまり考えずに自分の幼稚なそれでいて純真な意見を述べた。
今の私なら気づいただろう。
その言葉の深い意味を。
母が私が大人になる姿を見られないことを。
「ママは!ママは?」
私は子供心ながらに母に尋ねた。
「私は……私はパパの側で闘うことだったわぁ」
思い出に目を伏せる母は寂しそうに笑った。
私が見たことない表情だった。
「パパとはいっしょにたたかえなかったの?」
「ママは弱かったから……」
無表情だった。
だが無関心ではなかった。
無感情の殻に本来の感情を押し込めて今にも耐えているのだ。
「だからね、◯◯◯。もしあなたがいつか最愛のパートナーを見つけた時に彼の側にいられるようにしなきゃ駄目よ?」
その言葉に笑みは含まれていない。
けれど声音には抑えきれない愛が含まれていた。
「足を引っ張らないように、役に立つように。強くならなくちゃ、ママみたいに全部失うから。」
母は月を、いやその先にある遠い何かを見ていた。
その横顔には暗い海のような後悔がみてとれた。
「わかった、ママ!私、強くなる!誰よりも強くなるから!ちゃんと見ててね!」
私はそんな母を見たくなくて母が諦めてしまったものを目指すと誓いを立てた。
「………ええ、ちゃんと見てるから。」
その誓いが母に何を残したかはわからない。
けれど最期に母は穏やかな笑みを浮かべていた。
「今日は一緒に寝ようか………クレア?」
「うん!」
そして私の母、シオンは翌朝目を覚ますことはなかった。
*
放課後、俺は指定された場所へと足を運ぶ。
今回使われるのは訓練棟の3階にある自己訓練場。
広さは体育館並みであるが剣を振るも逃げ回るにしても十分な広さを持っている。
周りの壁には噂を聞いて駆けつけた野次馬たちが中央に立つ俺たち3人に好奇心という槍を突きつけていた。
「これより、魔眼殺しの英雄の実力を見極める決闘を行う!条件は負けた方がSクラスから降格する!それで意義はねえな!」
「………ああ。」
特に痛手でもない。
ここら辺はあいつもわきまえているらしい。
「フェルム?私との決闘では私が条件をつけても構わないかしら?」
「いいぜぇ?どうせ負けるから好きなだけ夢は見させてやるよ。」
クレアさんは呆れたようだが深くため息を吐いただけで何も言わずにロゼさんとリリムさんがいる方へと戻っていく。
「さて、条件に賛同したな?負けたらお前だけSクラスから降格だ。」
「ちょっと待て!どういうことだ!」
決闘を開始するかと思いきや、舌舐めずりしながら不気味な笑顔でさっきとは矛盾する言葉を言いはじめる。
「さっき言ったろ?これは俺とお前だけの戦いで負けた方は降格する。つまりテメェのパートナーはSクラスに残る。」
「そんなわがまま通るわけ………」
「通るんだなぁ、それが。まぁ逃げてもいいぜ?その代わりにお前の婚約者達は頂くけどな。」
ベローんと顔を近づけて舌を出してきた男の顔を俺は反射的にぶん殴っていた。
「ハッ!へなちょこだな。殴るのはこうやってやるんだよ!」
頬をさすりながらも大したダメージは受けていないのか、すぐさま反撃の左の拳が襲いかかる。
だが狙いが顔面である事は分かる。
俺は直ぐに腕を十字架に交差させて受け止めようとする。
「しゃらくせえぇぇぇぇぇぇ!!」
その防御ごと俺の頭に金槌で殴られたかのような衝撃と鳩尾を突き上げる硬い感触。
気づけば天井を見上げ内臓がその浮遊感に異常を感じた時、後頭部から床に激突。
鳩尾の痛みに胃の中のものが逆流している時、黒龍はそれを嘲笑っていた。
*
私から見てまーくんは絶対に勝つことができない。
それはそうよ、だって彼には私が持てる体術の全てを注ぎ、それを受け入れるほどの肉体を彼は持っていたのだから。
それでいて弱きものに力を誇示することなく、情に厚い龍人の鏡のような青年だったはずだ。
それが今はこうして暴力を振るい、弱い相手が地面に転がることを楽しみ、条件を誤魔化してまーくんの大切な人まで奪おうとしている。
私と別れてから彼に一体何があったのだろうか………?
*
何度床を転がされただろう。
何度見下されただろう。
腫れ上がった右目の部分が視力を奪い、鼻呼吸するだけで血が噴き出し、口からは血が滴り落ちる。
それでも俺が立つのはアルフレッドの時以上の怒りの感情のおかげであった。
「ぜってえ………謝らせてやる。床に頭を擦り付けさせてな。」
口から出た汚い言葉を吐き捨てて大事な人すら守れない自身の弱さに鬱屈としたものを抱えながらそれでも前を向く。
生まれたての子鹿よりも震える膝に折られた左腕で喝を入れ、痛みで気付けをしながら馬鹿にした顔のフェルムへと一歩ずつ進めていく。
「なんだテメェ、いい加減に倒れろよ。殴るのも楽じゃねえんだ。」
汗ひとつかかずに精悍な顔で呆れたような声色で再びただの拳というには殺意に塗れ過ぎたそれで俺は床に転がされる。
「やっぱ弱えな、テメェ。本当にテメェは英雄の子か?」
そこには決して届かない実力差があった。
隔てられた巨大な壁があった。
「ああ、んだよ、そういうことか。テメェあれだろ、魔眼殺しの時もクレアの野郎と負け犬の魔族に任せてたんだろ。ハッ!雑魚がいきがりやがってよ!」
ああ………本当にこいつは
人を怒らせるのが上手いなァッ!!
「上等だ、俺の力を目ん玉見開いてよく見やがれ!」
うろ覚えの空手の知識を用いた我流の拳に激情を込めてあいつの鼻っ柱をへし折ろうと伸ばす。
そしてその拳は手首から砕け散る骨の音とともに熱の奔流が一気に体に上って来る。
俺の右手首を砕いた奴の拳は酷く鮮やかで鍛え上げられた日本刀のような美しさを魅せた。
「テメェの力は虫以下だな。見開く意味もなかったなッ!」
放たれた一撃は俺の鼻っ柱を更に砕き、意識が飛んだ刹那の間に全身に衝撃が走る。
腕が折られた。
足の感覚がない。
あばらが1、2本逝った。
下顎が消えた。顎が砕けたようだ。
「これでッ!しめぇだ!!」
極め付けに水袋を叩きつけたような音とともに内蔵が破けるような渾身の一撃が加わって上下左右分からぬまま吹き飛ぶ。
群衆へと突っ込んだらしく俺は顔面をぶつけ、かち割れた額から血が流れ続ける中で誰かが俺の前に立った気がした。
*
2人の男女が前に出た。
どちらも尋常じゃない程の怒りで体が震え、大気を震わすような怒気が漏れている。
「さっっすがに我慢の限界だ!!いい加減にしろよ!てめぇ!」
「これ以上は彼を傷つけて何が楽しいですの?」
エルデと姫様だ。
2人は臨戦態勢でフェルムの前に立つ。
視界をずらすと怒声に意識がはっきりしたのかなんとかまーくんは立ち上がろうとしている。
「んだよ、雑魚に名前負けの女が。黙って俺の強さを感じてろ。」
エルデは無造作に近づき、フェルムの胸倉を掴む。
余りの憤怒に拳は震え、目は血走っている。
「おうおう、問題児の王子様、人殺しの王子様。初恋の子を守れなかった王子様が誰に対して喧嘩売ってんだ?ああっ!?」
フェルムはエルデの胸倉を掴む手をへし折ろうと手刀を繰り出す。
迷いなくその刀はエルデの腕を断ち切ると思われた時、フェルムの手刀が途中で止まった。
すると勢いよくエルデを突き飛ばすとあからさまに距離を置く。
その顔には大量の冷や汗が張り付いていた。
「テメェ………なんだ、その体はァ!!」
その質問にエルデは鼻を鳴らすだけで沈黙を貫く。
「エルデ………邪魔だ…どいてくれ。」
だが立ち上がったまーくんがいつのまにかフェルムの後ろに立っており、砕けた拳で殴りかかる。
フェルムは焦るがポスッとした力も入らない彼の拳が振り向いたフェルムの強靭な胸筋を軽く叩いただけで何の傷も与えられない。
「嘘だろ………?」
「ハッハッハハハハハハ!!ダメダメじゃねえか!おい、問題児!テメェが割り込んできたせいで起きる結果を見ておけ!」
一気に息を吹き返したように高笑いしたフェルムは雷霆のごとく果敢に攻め始める。
身を回すような勢いの拳がまーくんの鼻柱を叩き潰す。
削るような蹴りがまーくんの体を宙に浮かべる。
もはや野次馬達から決闘の熱狂など消え去り、あるのは公開処刑を続けられるまーくんへの哀れみや同情だけであった。
隣にいるロゼちゃんは今にでも駆け寄ろうとするのをリリムちゃんに押さえさせ、静観を決め込む。
彼女には分からないかもしれない。
だけど分からない方が幸せなのかもしれない。
最初から私がまーくんの代わりに戦えば誰も傷つかない。
だがこれはこの先まーくんがロゼちゃんを守る為に超えなくてはいけない壁だ。
何かを守るということは結局のところ誰かが傷つかなきゃならない。
まーくんが未来でロゼちゃんを守るために今は傷つかなくてはいけないのだ。
無音の世界に何かが砕ける音と湿った物体が床に張り付く音が響く。
地に伏した彼の体から戦意がしぼんでいくのが分かる。
流れ出る血が床を赤く染めて誰の目にももう戦えないこと明らかだと分かる。
だがフェルムは蹂躙をやめない。
倒れ伏したまーくんを引きずりあげると動けない彼の体に過剰なほどに攻撃を続けていく。
それに比例するように私の中で業火のような憤怒の炎が猛々しく燃え上がっていた。
彼が傷つくたびに私の心が痛む。
彼が泣き喚くたびに抱きしめたくなる。
そんな感情を薪にしてその炎は燃え盛る。
「待ちなさい!フェルム君!もうやめて!決闘にしてもやり過ぎよ!!」
ロゼちゃんが泣きながらそう叫ぶ。
確かにこれ以上は看破できないと私が割り込もうとする。
「いい加減にしろよ。」
フェルムの拳が止められた。
まーくん………いや違う!
あれは………誰!?
*
「オレの依代を壊す気か、貴様は!!」
フェルムの拳を受け止めたダレかはそのままフェルムを蹴り飛ばし、飛来する氷から逃れる。
「クレア、ちょっとお願い。あれは私がやる。クレアは皆んなを避難させて」
「大丈夫?」
「うん。」
眼鏡を外し、悪魔化したリリムは床に手をつき、詠唱を始める。
「大気に満ちる空気よ、凍て尽くせ、永久に光なき氷に閉ざされんーー"裏切り者の嘆きの川」
「中々だな。」
彼女を中心として作り上げられるのは氷の城。
裏切り者を決して逃しはしない処刑城だ。
「加えて、その記憶よ、深淵の闇へ葬りたまえ、二度として還ることはなしーー"闇夜に溶けた忘却の月」
「ほう、周りの野次馬達から記憶を消すか。それほどまでにこの依代が大事か?」
「………別に?ロゼが悲しむから。それだけ。」
固有魔法の闇魔法を使い、城の外にいる者たちからマコトが可笑しくなった部分から今現在までの記憶を消す。
短い間の記憶なら確実に消去できるとリリムは自負している。
「貴方は………いえ、おおよそ見当はついてる。貴方………編入生ね?」
「おう、なかなか鋭い。優秀だな、リリム。」
「………私の名前を魔眼で見たわね。つまり、貴方が本来の魔眼の持ち主。」
「如何にも。」
マコトではない誰かはリリムに対して何かを仕掛けようとはしてこない。
それがリリムには不可解に感じた。
「なぜ襲って来ないの?」
「襲う必要がない。」
リリムは魔眼を両目で発動、相手の動きを止めながら魔力と身体能力を奪っていく。
「貴方の名は?」
「言う意味がない。」
リリムの目が熱を持つ。
魔眼が上手く機能しないのだ。
「貴方は………何者?」
「いずれ世界を救うものだ。」
リリムの視界が歪む。
たまらず膝をついた彼女へ向けて声が聞こえる。
「ふむ、ゲームオーバーとやつか。オレの影響を受けているとはいえこのような言葉を使うとはな。まあよい、リリムよ。魔眼を集めろ。全て集め終えた時、オレは再びお前の前に姿をあらわすだろう。」
「貴方何を知って!?」
「依代は無事だ。死んではない。さらばだ、魔女よ。お前の生き様はこいつを介して見続けてやる。」
それと同時に糸が切れたようにマコトの体が崩れ落ちた。
リリムはよろめきながらも彼の安否を確認。
「よかった、生きてる。」
かろうじてだが生きてはいる。
決闘が彼の敗北で終了した為か治癒魔法陣で傷口は治っていたからだ。
「マコトは編入生で留学生………か」
体を戻し、魔力維持が出来なくなった氷結城の崩壊の中で彼女の嘆くような声が掻き消されたのだった。
*
「目を覚ましたらそこは見慣れた天井でした………」
目を覚ました俺が見たのは保健室の天井で俺のお腹に当たる部分にはロゼさんが静かに寝息をたてていた。
身体中から傷は消えている。
体が重いのは無くなった血とかのせいからくる疲労だろうか?
「起きた?」
「リリムさん!?」
「大声出さないで。ロゼが起きる。」
リリムさんは静かにと唇の前で人差し指を立て、彼女は俺の顔をこねくり回す。
「どうしたんすか?リリムさん?」
「いえ…別に?」
彼女は何かを確かめた後、ゆっくりと離れる。
「そういえば決闘の勝敗は………?」
「貴方の負け………だけど条件は守らなくていい。」
「はい?」
決闘の勝敗、条件を誤魔化すことはこの世界では生涯の恥となる。
だがそれを守らなくていいというのはどういうことだ?
「今、まさにクレアとフェルムが戦ってる。クレアが条件にマコトとの決闘条件を取り消すことを指定して。」
「クレアさんが!?」
だからあの時、後で条件をつけると言ったのか。
俺を守る為に。
「でもクレアさんは勝てるんですか?相手はあの3つ首龍なんですよね?だとしたらーー」
「クレアはかつて龍人の英雄ドラゴーラと戦った。」
リリムさんは俺の言葉を遮ってそう告げる。
「そしてクレアは敗北した。」
「じゃあもしかしたら負けるかもーー!!」
「私の父しか傷をつけられなかった英雄に重傷を負わせて」
はっ?えっ?
それってつまり………
「クレアは私の父と同じ………とまでは言わないけどそれでも彼女は世界でも有数の実力者。彼女に勝ちたいならSクラスレベルのパートナー2人で戦うか。英雄位の実力者を呼んで来ないと。」
「それじゃあクレアさんは………」
「彼女は負けない。絶対に。」
その言葉には何よりの信頼が含まれていた。
*
「〜〜〜〜ん」
鼻歌を歌いながら満点の星空の下の噴水広場のベンチにて彼女は煙草に火をつけて紫煙を吐く。
「探しましたわよ、クレアシオン。」
「あら、姫様。どうかした?」
「あの後の後始末の報告ですわ。しかし、珍しいですわね、クレアシオン。貴方が煙草を吸うなんて」
「全てを捨てて誰かを殺す戦い方をするとね、煙草の煙に乗せて穢れを吐き出したくなるの。」
「彼は死んでませんわよ。」
ガルディも彼女の隣に座るとふわりと甘い香りが届く。
その香りは彼女がつけている香料からではない。
「その煙草、甘い匂いがしますわね。」
「ええ、煙草の匂いを漂わせる女性よりも幾分かいいでしょう?」
彼女は目を閉じ、これ以上美味いものは無いかのようにゆっくりと丁寧に煙を吸い込んでいく。
あまりにも美味そうに吸う彼女を、他に見るべくもののないガルディはまじまじと見る。
「フェルムはどう?」
「………全身骨折に内臓破裂、右半身は大火傷ですわ。」
「やりすぎたかしらねえ。」
胸元から2本目の煙草を抜き出し、グロスを塗ったような艶やかな唇に咥えると指先を近づけた。
バチッという火花と共に煙草の先に小さなな蛍火のような頼りなげな赤橙が点る。
ゆっくりと吸い込み吐き出された紫煙と共に、ふわりとしたバニラの香りが2人の間を縫うようにして広がっていった。
「一応弟子だったんですわよね?」
「だから破門にしたわ。」
何となく居心地が悪い。
ガルディは純粋にそう思った。
そんな思いを抱きながらふとクレアの煙草を吸う姿が綺麗だと思った。
すぱすぱとせわしなく吸う者や、ぼそぼそと背筋を丸めて吸う者を見る度に、ガルディは煙草を吸う姿を軽蔑していた。
吐き出す煙の匂いが染み付く以上に、その姿が見っともなく、『汚い』とさえ思っていた。
しかし、クレアは静かに、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
時間にせっつかれているわけでもなく、煙草に飢えて飢えて仕方がないというわけでもない。
何となく、吸いたくなったから吸っている。さり気無く。
「クレアシオン………今回は何故あんな決闘を?」
「理由は2つ。1つはまーくんの足りないもの。すなわち自分だけで戦う力が必要だと実感してほしかったこと。」
ロゼが魔法を駆使して戦うように
リリムが悪魔の力を振るうように
「では2つ目は?」
煙が夜空へ立ち上る。
彼女の煙草が仄かに香る。
「………世界の広さを知ってほしいってところかしら。世界にはまだまだ貴方より強い人がいると。」
アルフレッドを倒したからといって慢心するような性格ではないことをこの1ヶ月で彼女はだいたい理解していた。
それでも僅かな気の緩みが死を招くことをクレアは知っている。
「そうでしたか………クレアシオン。では」
「何かしら?姫様?」
煙草を口にくわえたまま夜空に浮かぶ星群を目に写す彼女にガルディは意を決して聞いた。
「フェルムに対してやり過ぎたのは………何故ですか?フィリアの時ですら死なない程度に加減は出来たはずですわね?」
「それはフィリアとフェルムじゃあ実力差があり過ぎたからよ。」
「いいえ、それだけじゃないはずです。」
ガルディの真っ直ぐな瞳に居心地が悪そうに煙草を唇だけで上下に動かしながらも彼女は何も答えない。
ここだけの話、ガルディはクレアに憧れを抱いている。
かつては彼女に追いつきたくて身の丈を超えた努力をしたものだ。
結果は彼女の隣にはいられなかったが彼女に背中に手が届く位置にまで近づけた。
ここまでで何が言いたいかと言うと彼女のファンであったガルディはクレアの事をよく分かっていると言うことだ。
彼女が都合が悪くなると適当に誤魔化すところなど。
「マコトの為ですわね?」
ぴくっと煙草が唇から離れた。
無論、見もせずにクレアは煙草を指先で挟み地に落とすことはない。
だが代わりにガルディの目に生暖かさが追加された。
「クレアシオン?今の貴方の親愛度はいくらですか?」
「56くらいよ。」
煙草を再び口にくわえる。
「71の間違いですわ。」
クレアが咳き込み始めた。
どうやら煙が変なところに入ったらしい。
「誰情報よ…それ。」
「それは教えらませんわ。」
「わかった、あの校長ね。次あったら雷ぶち込んであげるわ。」
彼女は煙草から口を離し、堪忍したようだ。
「まーくんがあれだけ傷ついた事に私は正直なところ湧き上がるような怒りを抑えられなかったわ。」
「………あら、クレアシオン?もしかしてマコトに惚れてしまいましたか?」
ガルディの面白そうなものみーつけた。と描かれた顔へ向けて煙草をひと吸い、肺に溜めて紫煙を彼女に向けて吐き出す。
「惚れたなんて遅いわよ、姫様。私は彼と出会った時から一目惚れしていたのよ。」
「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
まさかのカミングアウト。
流石にガルディも驚きを隠せない。
「だけど身を引くわ。」
「いやなんでですの!?」
そして次の言葉に再び度肝を抜かれる。
「彼がいたら………私の約束に巻き込んでしまう。」
「ああ、なるほど…それはそうですわね。」
クレアは夜空へ向けて大分短くなった煙草の煙を吐く。
そう、彼女が夢を誓ったのもこんな星空だった。
母という最愛の人を亡くし、歩く道すら見えなくなった彼女に残された最後の明かり。
「私は母との約束を果たす、そして不幸な目にあう隣人を守り続ける。悲しい思いや辛い思いをするのが私だけでいいように。」
強いから守るのではない。
守りたいから強くなったわけでもない。
強くなければ自分は生きていけなかった。
守らなければ自分を見失うからだった。
彼女は短くなった煙草をひときわ明るく輝く星へ向けて放り投げ、雷撃で撃ち抜く。
「私の話はここでおしまい。姫様も早く帰りなさい。エルデも心配しているでしょう?」
「待ちなさい、クレアシオン。」
ベンチから立ち上がり、こちらを見ずに返り血に塗れた制服の上着を着る。
そしてその上から亡き母の形見である黒い和服を羽織って。
「貴方は………それでいいいですの?」
ガルディのその声にクレアシオンは答えた。
「………さあね。」
クレアシオンは夜を引き連れて何処かへと姿を消す。
「何で強がるんですの、素直になればいいのに………」
残された彼女はそう呟くのだった。
*
リリムはマコトが寝付いたのを確認して自身の研究室へと帰ってきた。
「あらお帰り〜。」
そこには自身が隠していたとっておきのクッキーをお気に入りの紅茶と合わせて飲むクレアシオンがいた。
「私の」
「まあまあいいじゃない。」
指摘しても悪びれずに肩をすくめるクレアに彼女は諦めて席に座り、紅茶を要求する。
「聞きにきたのはマコトに潜む誰か?」
「話が早くて助かるわぁ。ーーあれは誰?」
リリムは話し始める。
さっきまでの決闘を。
*
「なるほどねぇ、まーくんも編入生だったと。」
「どうする?」
リリムちゃんの言いたい事は分かってる。
早めに処分して不安を潰すか。ということだろう。
「あの校長が分かっててやっているのか、判断がつかないし、別に後回しにしてもいいんじゃない?」
とりあえずは様子見という事で納得させようとするがどうにもリリムちゃんは納得がいかなそうだ。
「リリムちゃん?何が不満なの?」
「別に。不満って訳じゃない。ただ、クレア。貴方、マコトに肩入れしすぎじゃない?」
痛いところをつかれた。
若干、顔が引きつっている気がする。
「………貴方、まさかマコトのこと。」
「ええ、好きよ?何か問題あるかしら?」
「ない。」
緊張のせいか、口が渇く。
というか、何故私は好きになった人の話をするだけでここまで緊張しているのだろう?
「じゃあ、愛人にでもなるつもり?」
「そうねえ、妥協するならそこらへんでいいけど…」
「愛人は嫌だ?」
そんなことはない。
けど母みたいに悲しい思いをするくらいなら相手の男を潰す。
けどまーくんに関してそれはないと思いたい。
彼もまたショーコさんの息子であり、立場的には妾の子である。
彼もそんな辛い思いをしてきたから、愛人ができても悲しませるような事はしないだろう。
問題は彼を私の約束に巻き込んでしまうこと。
私は別に全ての人間を守りたい訳ではない。
目に映る親しい人物の危機は取り除いてあげたいだけだ。
今ではまーくんやリリムちゃんにロゼちゃん、姫様にエルデを守ってあげたい。
私の夢はそれで叶う。
だが母との約束は彼らと共にいたら守れない。
私は強くならなきゃいけない。
私は母の墓にそう誓ったのだ。
それがたとえ、彼らを切り捨てる事になっても。
私はそんな矛盾を抱えながら生きていく。
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