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紅の魔女から藍緑の魔術師へ  作者: さうざん
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渋谷での決着

ダダダダッという銃声が渋谷に響き渡る。魔力を込められた使い魔たちは何度消されてもよみがえり、そのたびに自衛隊特別魔導機部隊が集団で使い魔を追い詰める。そして使い魔は再び姿を現す。



終わりの見えない戦いに、自衛隊員の顔には早くも疲労と絶望が見え隠れし始めた。すでに日本政府からUWや「桜守」に救援要請が行われているはずだが、もうしばらく時間がかかるだろう。



そんな 自衛隊特別魔導機部隊隊員やアイオーンの騎士団の使い魔の間を縫うように、1人の魔術師と1人の魔女が飛び回っていた。互いに杖を振り回し、危険な呪文が互いをかすめるように放たれ続けた。



天と地がめまぐるしく変わる千花ちかの視界の片隅、渋谷駅前はすでに大混乱に陥っている。自衛隊員や警察官が駆け回って、何か叫んでいた。千花が最初の方にかけた結界がかろうじて残っており、人込みは何とか魔法から逃れていたが、もし結界が敗れたらと思うと、千花はうかつに呪文を放てなかった。



「このままだと、「使わざる者」に死者が出かねないわ。」



千花は歯を食いしばった。「使う者」と「使わざる者」の関係は脆い。「桜守」が守り切れなかったら、世間は「使う者」に厳しく当たるだろう。ささいなことが、時代を逆戻りさせかねない。まさにアイオーンの騎士団の目論見通りに。



「使う者」たちの家に代々伝えられてきた迫害の歴史は、根深い恐怖として「使う者」たちにこびりついている。かなり昔から「使わざる者」の社会に溶けこみ、千花と一樹いつきの世代にいたっては世界魔法学校に行く年齢まで自分たちが「使う者」であることを知らなかったくらいだ。最も、これは魔術師の間で有名になってしまった幼い2人を守るために、紅緑正恒こうろくまさつね嘉津子かつこがあえて魔法を隠して育てたという理由でもあるのだが。



「やるしかないかぁ。」



千花は空気を蹴って高く飛びあがり、アムレート・カーライルから大きく距離をとった。カーライルはチャンスとばかりに杖を振りかぶる。千花は杖を握りしめた右手を構えて何かの呪文を唱えるふりをして、左の中指をそっと唇に近づけた。指には、小さな白珊瑚とアクアマリンが飾られた指輪が輝いている。



「使う者」たちは、実際に効果があるかどうかわからないにもかかわらず、お守りのように宝石を身に着けたがった。「クリムゾンの魔女」の子孫である千花に、両親が送ったのは青いアクアマリンと白珊瑚の指輪だった。



紅緑正恒こうろくまさつね嘉津子かつこは意外と大雑把な性格で、「なんとなく誕生石でいい色だったから」という理由でこの石を選んだらしい。まさかこの娘が、「クリムゾンの魔女の後継者」などと騒がれることになるとは予想していなかったのだろう。



千花は指輪にそっとキスをした。それから中指の先を口に近づけ、白い歯で指の皮を噛み切った。指先にうっすらと赤い血が滲む。千花は 親指と薬指で その血を絞り出すように力を入れ、左手をゆっくり真横に伸ばす。そんな千花の目の前に、カーライルが放った死の呪いがぶつかろうとしていた。



「あぶないっ!」



それを間近で戦いながら見ていた自衛隊員が叫んだ。助けに行かねば、と体の向きを変えようとした次の瞬間、その自衛隊員は上の方から突然姿を現した青年に突き飛ばされた。



「千花はあれを使う気だ。お前が危ない!早く離れろ!」



青年は自衛隊員を突き飛ばした勢いで体の向きを変え、手に持っていた赤いマントを思いっきり放り投げる。



「千花ぁ!これを!」



千花はちらりと視線を動かし、赤いマントを放り投げるジョナス・ヘイゼルウッドの姿を目に捕らえた。



「ありがと……!」



千花は大きく息を吸い込む。その鼻先まで、死の呪い独特のどす黒い青緑の光線が迫っていた。間近に聞こえる死の音を、千花はもちろん、ジョナスも、例の自衛隊員も、渋谷の群衆も確かに聞いた。



しかしその刹那、渋谷は逆に紅に染まった。



続いて、ものすごい衝撃波のようなものが渋谷を襲った。「使わざる者」でも何かを感じるほどの衝撃だった。自衛隊特別魔導機部隊の隊員たちも驚きの叫び声をあげ、ジョナス・ヘイゼルウッドも思わず顔をそむけた。千花の鼻先で死の呪いは力なく消え、使い魔たちは感じないはずの痛みにもだえ苦しみ始めた。



ゆらゆらと不気味に悶えながら消えていく使い魔たちの向こうで、アムレート・カーライルが荒い息をしながら驚いた表情をして空中に漂っている。



「今のは、いったい?」



例の自衛隊員は一歩間違えれば自分があの紅の呪文を浴びていたのだと直感し、思わずつぶやいた。それから助けてくれた青年に礼を言おうと振り返ったが、ジョナス・ヘイゼルウッドも茫然とした顔で紅緑千花の姿を見つめていた。



「これが、東の血の魔術か……。」



ジョナス・ヘイゼルウッドの我を忘れたような顔に、例の自衛隊員は一瞬何か冷たいものを感じた。氷が溶けてその雫を一滴だけ浴びてしまったかのような冷たさだった。



突然、空気をたたき割る音がいくつも響き渡った。音がするたびに、マントを着た魔術師が空中に現れる。マントには桜の枝をかたどったブローチのようなものが輝いている。「使わざる者」と「使う者」の共存を目指す「桜守」の構成員たちだ。



「やっほー、千花!」



パンドラ・コムネノスがマントのフードを外してにやりと笑ってみせた。それから興味深げに足元の渋谷駅前の喧騒を眺めはじめた。


パンドラはギリシアの名門魔術師の一族の出身で、学生時代の千花の友人の1人だ。「「使わざる者」に混ざって生きることが当たり前だった東洋に比べ、西洋では「使う者」と「使わざる者」の世界を厳しく区別してきたということもあり、コムネノス一族は「使わざる者」とほとんど交流をしない。パンドラも「使わざる者」の学校には行かず、読み書きや基本的な魔法は家で学んだそうだ。そのためパンドラにとって「使わざる者」の世界の物は珍しいらしい。価値観はむしろ「使わざる者」に近い千花とは真逆であったせいか、2人は馬が合った。



「ドラ、うるさい。」



「久しぶりなのに。」



その時空気をたたき割る音がして、顔よりも眼鏡の印象が強い女性がパンドラと千花の間に現れた。



「千花、まさか東の魔術を使ったの?」



「アリス、久しぶり。まあ、いつもみたいにね。」



アリス・ブレアはイギリス出身の魔術師だ。先祖に「使う者」がいたため突然変異で「使う者」になったらしく、実家は「使わざる者」だ。そのためアリスは「使わざる者」の学校にも通い、きちんと試験を受けて現在はイギリスの某名門大学に通っている。まじめで臆病な性格で小言ばかり言うが、友人を大切に思っている心優しい魔女である。



「おっ、パンドラにアリスじゃないか。元気だったか?」



「ええ、ジョナス。おかげさまで。」



アリス・ブレアは世界魔法学校の同級生に向かってそう言うと、空中で杖を構えながら口を開いた。



「一樹に話は聞いたわ。日本の結界が破られるなんて。」



「カーライルにそんな力があるとは思えない。何か裏が……。」



「私からしたら、血の魔術を使える魔術師が目の前にいることの方が驚きよ!」



「ドラ、アリス、後の皆は?」



ジョナスが杖を構えながら叫ぶ。



「日本の結界を張り直すのを手伝っている!」



アリスも杖を構えながら叫んだ。



「でも、この調子ならあたしたちだけでいけるかも。」



パンドラが杖を構えてにやりと笑った。今や、4人の若いが優秀な魔術師に囲まれ、アムレート・カーライルは恐怖を顔に浮かべている。



「任せろ!」



ジョナスは大きく息を吸い込んで、さっと前に進み出ると杖を振った。



「Fugit velut mortui!(死んだように眠れ!)」



だが一瞬早く、アムレート・カーライルは杖を振って呪文をはねのけると、空気を叩き割るような音と共に姿を消した。








救急車の音がけたたましく鳴っている渋谷の駅前に、4人の魔術師は降り立った。自衛隊特別魔導機部隊は渋谷の上空を飛び回って、アムレート・カーライルを探し続け、隊長だけが駅前に降り立った。どうやら隊長も、アムレート・カーライルが既に国外に脱出してしまったことを悟ったらしい。警察官を指揮していたスーツの男もやってきた。



パンドラ、アリス、ジョナスは、杖をさっと振って自分の喉にあてた。呪文は唱えなかったが、どうやら翻訳の呪文をかけたらしい。



「紅緑千花さんですね。こちらの方々は?」



「桜守のメンバーです。パンドラ・コムネノス、アリス・ブレア、そしてジョナス・ヘイゼルウッド。桜守の独自の通信網で連絡をして、来てもらいました。」



「ご協力感謝します。「使う者」の皆様の協力がなければ、どうなっていたことか。」



隊長は心から感謝しているようだったが、それでも少し不満げだった。政府を通じた救援要請とは別のルートで魔術師が行動することへの世間の目は厳しい。この先しばらく世論があれるだろうというのは容易に想像がついた。



「すまない、千花。俺が最後に仕留め損ねた。」



「ジョナス、その話は後にしましょう。こちらで、結界は張り直していますが、少し時間がかかります。警察や自衛隊でも警戒を続けてください。」



「もちろんです。それより、皆さんは早くここを離れたほうがいいでしょう。」



警察官がちらりと向こうの方を指さした。騒ぎを聞きつけた報道陣が陣取っている一角があり、何人かの記者がこちらを見ている。別の方角では、避難中の群衆がスマホをこちらに向けていた。



「では、わたしたちは結界を張り直す方を手伝いに行きます。詳しい事情聴取のために、後日伺いますので、また連絡してください。」



「ええ、よろしくお願いします。渋谷はこちらに任せてください。」



「ドラ、アリス、結界はどこで張り直している?」



「例のポイントに1人か2人ずつ魔術師を向かわせている。で、あなたのお父様が本部から指揮をとっているわ。」




アリスが答えた。



「パパ、普通に仕事じゃなかったっけ?」



「緊急事態だからって、その場で転移の術を使う羽目になったみたいだよ。職場の人びっくりしていたって。」



パンドラがにやりと笑う。パンドラからしたら、UWでも重要な役職に就いているような著名な魔術師が、「使わざる者」の平社員を兼任していることが面白くて仕方ないのだ。



「って、わたしもだ。友達を新宿に置いてきてたんだった。」



千花はポケットからスマホを取り出してため息をついた。



「新宿寄ってから、本部に顔を出すわ。」



「じゃあ、あたしたちは先に戻るよ。アリス、行こう。」



「あっ、俺もさっきやってた用事を放置したままなんだ。すぐにそっちに合流するよ。」



「オーケー。じゃあ、また後で。」



4人はひときわ大きい音を立てると、渋谷のざわめきから姿を消した。


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