天使の罪
冷たい石の壁でできた部屋の隅には申し訳程度にこの部屋に似つかわしくない燭台が一つ、台の上に乗せてある。
壁際には鎖に繋がれた一人の男が息を荒らげて座っている。
体にはいくつもの傷がつけられてある。男の白い毛色に目立つ傷が、古い傷か真新しい傷かわからないほどである。
男の目には生気が無くなっており、生きているのかどうか分からないような表情をしていたが、鉄のドアの奥から階段を降りてくる一定のリズムの音が聞こえ始めると、顔をこわばらせ目を大きく見開いた。
白銀の目に力を込めて男は鉄のドアを睨んだ。
ゆっくりと、小さな軋む音を立ててドアは開いた。
紺色に白い線の入った長いマントを羽織った男がドアの向こうから出てくる。
黄色の毛色に真っ黒の目。
ニヤリと不気味に頬を上げると男は、目を細めた。
「おぉ、怖い。そんなに敵意丸出しに睨まないで下さいよ」
鎖に繋がれた男は嫌味のこもった言葉に返事をする事はなく、余計き息を荒らげ、鎖を鳴らす。
男はゆっくりと近づくと、鎖に繋がれた男の目の前で立ち止まった。
「ノマールさん。
自分の罪は自分の体で償うべきだと教わりませんでしたか?」
そういうと、ノマールの顎を下から蹴りあげると、小さくうめき声をもらした。
ノマールは顎を蹴りあげられたさいに切れたのか、口の中から小さな血だまりを男に向かって吐き出した。
「……っざけんなよ。
最初に罪を犯したのはお前だろ……モーリス」
眉を潜めながらも、嘲笑うかのように頬を少しだけ緩ませた。
それが気に食わなかったのか、モーリスは微笑みを絶やす事なく、もう一度ノマールの顔を蹴りつける。
しかし、それでもクツクツと喉の奥でノマールは笑い続けた。
「それで、私に勝ったつもりですか?」
モーリスは手を前に伸ばすと、空を掴んだ。
掴んだ所は、少しだけくすんだ光と共に銀で出来た彼の雰囲気とは正反対の輝く剣を握りしめた。
それを見た瞬間、不器用ながらも楽しそうに笑っていたその表情が一気に真っ青に染まり恐怖に怯えた顔に変わった。
「っーー!!」
金魚のように口をパクパクと動かし、体を震わせている。
声すら出ないのか、瞬きを繰り返し呼吸を犬のように荒らげている。
「やめっ……お願いっ!殺さないでくれ!!あそこは……あそこは、いやだっ!!」
タイミングを見計らったかのように、ノマールが言い終えると、モーリスは手に持った鋭い銀を座ったまま後ろにのけぞるノマールの腹部に突き立てる。
一瞬の小さな悲鳴に似た声を出す。
突き立てられた腹部からは赤黒い液体がドクドクと溢れ出る。
よくもまぁ、こんな物が体に溜まっているものだ。
とモーリスの頭の隅にそんな言葉が掠める。
しかし、その自分の小さな思考すら遮るよう言葉を紡ぐ。
「大丈夫ですよ。
もう少し遊んだら殺してあげますよ」
口を三日月形に開くとクスクスと小さく笑った。
銀で出来た剣をノマールの腹部から抜くと部屋の隅に放り投げた。
返り血だけを撒き散らし、冷たい石の壁に当たるとフッと消えてしまった。
どういう事かモーリスの体には返り血の跡は少しも無く、洗いたてのマントのままだった。
ノマールはひゅうひゅうとすきま風のような掠れた呼吸をした。
「また来るので、元気に待ってて下さいね」
何か反論をしようと、顔をあげたがノマールが顔をあげた時には既に悪魔の姿は無くなっており、虫の息すら感じられないほどの冷たい空気だけになった。




