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出発

空には太陽が高くのぼるころ、一日に二回だけなる城の鐘がこの第一番都市であるアーノルトに鳴り響いた。

この鐘は夜中の零時に一度と、昼時の十二時に一度なる。

今の鐘はちょうど昼時をつげたところだ。

灰色のマントにくるまるようにして寝そべっているジェラルドに蹴りを入れる。

運悪く、今俺達がいる場所は土手の坂の所だったため強めに蹴られたジェラルドは受け身を取ることも無く、坂を転げ落ちた。

幸い、川に入る手前でジェラルドは止まった。

ゆっくりと起き上がるその体からは、はらはらと少し湿り気のある土や小さな草が落ちた。

俺はおそらく怒っているであろうジェラルドから逃げるかのように急いで立ち上がり背を向け、駆け出した。

それから数十秒後、ジェラルドに張り倒されるのは予想どうりすぎて、もはや笑いしかこみあげてこなかった。






この塗装がはげかけている白い教会は一日経っても何も変わること無く、木漏れ日に照らされてどこか綺麗な印象を持たされる。

教会の鍵は開いていて、ジェラルドは戸惑うことなく扉を開けると、づかづかと入っていってしまった。

俺はその速い足取りに置いていかれないように、慌てて教会の中に入った。


「遅かったですね。

もう準備は出来ましたよ」


天界(あっち)に許可は取れたの?」


ノーランドは意味ありげに笑みを浮かべた。

はたしてそれが本当に意味を持っているのかは謎だが。


「それは、もちろん取れてませんよ」


「「……はぁ?」」


目の前でニコニコと自信ありげに言うノーランドに俺とジェラルドは間の抜けた声を出してしまった。

そんな俺らを横目にノーランドは礼拝堂の奥へ向かった。

俺とジェラルドは互いに顔を見合わせてからノーランドの後ろをついていくように歩き出した。

ステンドグラスから差し込まれる光がキラキラと輝き、目の前の大きな十字架を照らした。

その十字架の後ろには大きな絵画があるはずなのだが、そこには絵画の代わりに金色の薄いベールで出来たかのような大きく長い階段が静かに佇んでいた。

触ることを拒むかのようにそれは、酷く透き通っている。


「あぁ、なんだ作ってくれてるじゃん」


「ただ、許可は取っていないので裏から行ったほうが良いと思いますよ」


俺は隣にいるジェラルドの襟を引っ張り顔を近づける。


「おい、コレ登るのか?」


「うん」


「俺はてっきり、空とんで行くのかと思ったんだが……」


そう言うとジェラルドは怪訝そうに眉を潜めた。

さして、変な事は言っていないはずだが。


「君は馬鹿なの?

僕は既に飛べない身だし。ノーランドに二人も運んでもらうつもり?」


「いや、他の天使とか」


「そう言うけどさ、天使がそんな優しいと思ってるの?そう思ってたら、君はとんだ幸せ者だよ」


そう早口でまくし立てると俺の手を振りほどいた。

そして、ノーランドを一瞥すると階段に向かって歩き始めた。

ジェラルドは透き通っている階段に少しの戸惑いも見せず片足を乗せた。

すると、ピシリとガラスを踏んだような音が礼拝堂に響いた。


「ギコラス、早く行くよ」


「え、あぁ」


ジェラルドはすでに四、五段上で俺の事を待っていた。

俺は少し戸惑いつつも一段目に足を乗せると先ほどと同じようにガラスを踏んだ音が響いた。

透き通っているこの階段も足を乗せるとおうとつが一つもない、なめらかな面になっていると言うことがわかる。

そして、一段飛ばしでジェラルドに追いつくと俺はその場で後ろを振り向き階段の下でこちらを見ているノーランドを見下ろした。

それと同時にノーランドの真後ろの扉が開くとゆらりと一人の少女が入ってきた。

その少女は、俺らがくるたびに扉を開けてくれた少女だ。


「おや……ノエルさん」


ノエルと呼ばれた少女は顔をあげた。

その顔は少し青白く見えた。


「……っ」


後ろからジェラルドが息をのむ音がする。

ノエルから目を離さなかった俺でも予想外の行動で体が動かなかった。

ノエルがノーランドに向かって走り出したーーーが、数歩足を踏み出したところで、ノエルは止まった。

先程まで俺の後ろにいたはずのジェラルドがポンチョの中に隠していた右手を掴んでいるからだ。

その事にノエルはさらに顔を真っ青にして、綺麗な瞳を大きく見開き、体を静かに震わせている。


「君さ、どういうつもり?」


ジェラルドの言っている意味が理解出来ない俺はノーランドを横目で見つめるが、ノーランドもいきなりの状況に戸惑いを隠せないようだ。


「僕はあの二人と違って、女性にも容赦はしないよ」


静かで、緊張の糸が張り詰めているこの空間にジェラルドの冷淡な声が響く。


「ねぇ、そのポンチョの中に隠してある短剣は何に使うつもりだったのかな?」


その一言で部屋の空気が大きく変わった。

俺も、ノーランドも、ノエルでさえも酷く驚いた表情を出した。


「もしかして……彼に刺すつもりだったのかな?」


真っ黒なジェラルドの目は顔をこわばらせたノーランドを捉えている。

ノエルは小さく声をもらすと、体を大きく震わせた。


「……けない。

あなたたちに、私の気持ちがわかるわけがないっ!」


キィンと、耳鳴りのような音がなったようなきがした。

ノエルの瞳からは小さな涙がこぼれ落ちる、


「小さい頃にお姉ちゃんと、離れ離れになったあげく、私の知らない所で、納得のいかない理由のせいでお姉ちゃんが死ぬなんてっ!

天使だとか、悪魔とか、知らないけどあなたさえ殺せばお姉ちゃんがっ。お姉ちゃんを……生き返らせてくれるって……」


ジェラルドが掴んでいる右手から短剣が小さな音を立てて地面に落とすとノエルは、その場に座り込んでしまった。

もう殺意があるとは思えないからか、ジェラルドはノエルの細い腕を離すと、冷たい視線でノエルを睨むように見つめた。


「君さぁ、バカだね。

ほんとに。聞いてるコッチが呆れてくるよ」


「っな!?」


泣き腫らした目でジェラルドを睨むがそれに物怖じもせず、ただ哀れな者を見るような視線を送った。


「……いいですよ、私の事を殺しても。

それで、貴方が救われるのなら私は別に構いませんよ」


少し眉を下げてノーランドはノエルに近づきながら話しかけた。

そして、ノエルの足元に落ちている短剣を手渡すとその場にしゃがみこんだ。


「どうせ、死にはしませんし……」


呟くような声で言ってからノーランドは微笑んだ。

しかし、短剣を受け取った細い腕にもうその力は無いのか、小さく手を震わせながら短剣を指から滑り落とす。


「ごめっ、なさい。

本当に……ごめん、なさい。

ごめんな、さいっ」


嗚咽をあげ、その場にうずくまったノエルの頭をなでる。

その光景がどこか懐かしさを覚えたが、いつの記憶なのかさっぱり思い出せず、カラッポの頭をフル回転させているとジェラルドの俺を呼びかける声で俺の思考は止められた。


「そろそろ、行こうか」


「放っておいていいのか?」


「大丈夫でしょ」


軽々と階段を登り始めると、チラリと後ろを振り向いた。


「ねぇ、ノーランド。

僕さ、未だに人の良さが全然理解出来ないんだけど」


「……ジェラルドは、もう少し人と触れ合うべきですよ」


「ふぅん。

そんなものかな」


そう言うと俺を残してまっすぐな階段を上り始めた。

俺は目の前を歩くジェラルドに視線を向けると、今度は戸惑う事無く足を踏み出した。


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