14, 運営方針
お待たせいたしました。ご来訪ありがとうございます!
親愛なるエリー殿
お手紙、ありがたく拝見いたしました。手紙の噛み痕は黒の仕業でしょうね。恨めしそうにしておりました。さて、大地への異動の件ですが、何のお祝いも出来ず申し訳ない。どこへ行っても、エリー殿ならばうまくやっていけると、皆思っていますよ。
この一年、皆エリー殿のおかげでとても楽しく過ごせました。ときおり酷い嫉妬を買いますが、あなたからの手紙を受け取る特権は、筆を持つ私だけのものなのです。お土産に包んでくれた手製のお菓子はいつもかじりかけなのですが、これはエリー殿の可愛らしい悪戯ではありませんね?
さて最後に、旅立ちを明日に控えたエリー殿にお知らせを。辺境五番を少し下ったところで、盗賊が現れたようですので、どうぞ気を付けて。守護者への伝言を忘れずに。
道中無事を祈って
アルベル
午前七時。
エリシア・シュレイルが思わず二度見してしまったのも無理はない。
ギルド支部の自室、窓から差し込む陽の光に、早くカーテンを買わなければと寝ぼけ眼をこすりつつ、窓辺を映した視界の中に何か手紙のようなものが見えた。きちんと封がされたそれをまじまじと見てハッとし、ベッドに散らばったままの手紙の束に視線を落とす。グラスベルに到着したその晩に、トランクの中から引っ張り出したもので、当然ながらすでに開封されていた。
ではあれは、と窓辺のそれに手を伸ばしたとたん、無地のそれがカサカサと揺れる。のそり、と手紙の下から黒っぽいものが見えた。
きゅるるん
宝石のような紅い瞳を可愛らしく煌めかせ、小首を傾げる黒蜥蜴が一匹。
エリーは上掛けを足に絡ませ、転びそうになった。
「お、お、お、お久しぶりです…!」
興奮冷めやらぬ様子で、鼻息荒くそう挨拶した。
黒蜥蜴だから“黒い子”。
なんだか腹黒そうな呼び名だが、深い意味はない。
センティーレにいた頃、初めてエリーの部屋を訪れたのがこの黒い子だった。艶々とした黒い鱗を纏い、側頭部にギザギザとした飾りが付いていて、正面から見ると髪の毛のようにも見える。いつだって口元は真一文字に引き延ばされているのだが、その無表情ぶりがむしろ可愛い。
「お、お、お元気でしたか…?」
センティーレを離れてからの久々の再会である。蜥蜴の短い脚でどうやってグラスベルにやって来たのか。感激によろめくエリーの頭に浮かぶはずもない。まるで夢か幻を見たかのように、触れようとする手は小刻みに震え、目は涙で潤んでいる。
黒い子はエリーをじっと見つめ、堂々たる風格さえ感じる足取りで伸ばされた手のほうへ向かい、するすると這い登ると、突撃するように口元をエリーの頬に当てる。
一瞬ひやりとしただけの親愛表現に、エリーの表情筋がだらしなく緩む。黒い子は二三度首筋にすり寄ると、また同じ道を通って窓辺へと着地し、尻尾で手紙をバシッと叩く。
――とりあえず読めよ、この俺様が持ってきてやったんだからな。
エリーはそうアテレコした。
手紙について特別驚くことはない。差出人の名前はアルベル。黒い子を含めた蜥蜴たちの主人で、彼らと意思疎通ができる凄い人。それ以外のことは未だ分かっておらず、推測の域を出ない。
初めて手紙を受け取ったのは、蜥蜴たちがエリーの部屋に遊びに来て数日経ったころだった。
―――初めまして、アルベルと申します。
そんな簡潔な自己紹介から始まり、蜥蜴たちとどうか仲良くしてあげてほしいと綴られていた。無論、断るエリーではない。蜥蜴たちの大好物である手製の菓子を手紙に添えて、こちらこそどうぞよろしくお願いしますと返信した。
お近づきの印に、とアルベルが手紙に“お知らせ”を書き添えるようになったのは、それから数日後のことだ。内容は魔物の発生、賊の出没、気象状態など多岐に及ぶ。更に、その情報が遠隔地に関するものであったとしても、センティーレ近隣の情報と変わらぬ速度で伝えられた。通常数日かそれ以上を要する情報も、発生の当日には手紙の中に認められていたのである。
一つ、この手紙のことを誰にも明かさないこと。
一つ、蜥蜴たちと仲良くすること。
以上二つが、情報利用の条件だった。情報の質から考えても、あまりに自分の負担が軽すぎる。そう返したエリーにアルベルは、蜥蜴たちの気に入る菓子を作る方が難しいのだと答えた。条件が軽すぎるならば、“私について詮索しないこと”も最後の一つに加えますから。そう強く言われてしまっては、蜥蜴好きのエリーは流されるほかなかった。
回想している間も、黒い子はじっとエリーを見つめ、手紙を読むよう促してくる。エリーはおたおたと手紙を手に取って、封を解いた。
親愛なるエリー殿
無事グラスベルに到着されたこと、安心しました。黒を筆頭に早く手紙を書けと急かされまして、エリー殿も忙しいだろうと機を計り、本日送ることに決めました。
今回からこちらの住所を皆覚えたようですので、返信がありましたらまた持たせてやって下さい。センティーレにいたときと同じように、皆エリー殿の菓子を楽しみにしています。黒はイチゴ味が良いと言っておりますので、良ければ作ってやってください。
エリー殿が、新天地で健やかな毎日を過ごせますように
アルベル
流麗な筆記体で書かれた文面を読み終わり、エリーはほうと感嘆のため息をつく。アルベルの異常な情報収集能力に対し尊敬の念を覚えることこそすれ、なぜ住所がバレているのだろうと疑うことはない。
盲目的に愛してやまない蜥蜴と意思疎通できる人物が悪人に成り得るか、いや成り得ない。その観点からいえば、気味の悪いほどに個人情報が把握されている事実など些末なことだ。
読み終わった便箋を丁寧に畳み直して封筒に入れ、裏に署名された「アルベル」の文字を指でなぞる。使われているインクは濃い緑で、ほんのりと草の匂いがした。ゆるゆると紙面を撫でる指先に、黒い子がするすると降りてきて頭を寄せ、ぐいぐいと押し始めた。ちらとエリーを見上げるその目は、どこか不満気な色を湛えている。
――いつまでも撫でてねーで俺様にかまえよ
アテレコした生意気な口調に、エリーの胸がきゅんと高鳴る。かわいい…!
――なあ、いつものあれ、あるんだろ? あまいやつ、くれよな
期待に胸を躍らせているのだろうか。尻尾が左右に振れている。意図するところを知って、エリーは申し訳なさそうな顔をした。センティーレにいた頃は、お礼に手作りお菓子をあげていたが、今はない。
「ごめんなさい、まさかこちらでも会えるとは思っていなくて、…」
そう言ったところで、ふと昨日買っておいたバニラクッキーの存在を思い出した。棚から一つ取って差し出すと、黒い子はふんふんとにおいを嗅ぎ始める。ぱくっと咥える可愛らしい仕草が見られるかと思ったが、ふんと顔を背けられてエリーはたいへんがっかりした。どうやらお気に召さなかったようだ。
黒い子はするするとエリーの腕を伝って降りて行き、パジャマのポケットに頭を突っ込んだ。しばらく覗き込み、目当ての物がなかったのか、たいへん不満そうに見上げてくる。なんでないんだよ、と小首を傾げた。
「こっちに来てから忙しくしていて、作ってないんです。苺のクッキーでいいですか?」
黒い子のお気に入りはイチゴジャムを練り込んだクッキーだ。たびたび他の蜥蜴から強奪して、むしゃむしゃと満足そうに食べていた。くいしんぼう…可愛い…。思いだしてまたきゅんとした。
「今度来てくれた時に渡せるように、作っておきますね」
にっこりと笑って、そう約束する。
黒い子はエリーの申し出に大儀そうに頷くと、再び突撃キスを頬に食らわせて、あっという間に窓から姿を消してしまった。
あえてセリフを付けるなら、「チュ、またな!」である。
「……ずいぶん楽しそうですね。何かいいことでもありましたか」
鼻歌交じりで朝食を作っていると、朝に弱いレイモンド部長がげんなりとした表情でそう訊いた。
「あ、おはようございます、部長。聞いてください。実は今朝、黒い子が来てくれたんです…!」
興奮冷めやらぬ様子でフライ返しを振るので、そこかしこにバターの滴が飛び散った。
「黒い子? なんです虫ですか」
心の底からどうでもいいのだろう。
「蜥蜴です! 黒い蜥蜴で、目がきゅるんってして可愛くて、」
「…ああ蜥蜴」
カイルの目は死んだ魚の目のようだ。
「センティーレにいたときは毎日会っていたんですけれどまさかこっちでも会えるなんて思わなくてだから朝からうきうきしちゃってこれからも毎日会えるかと思うと楽しみで楽しみで」
「はあ。まあどうでもいいですが、私の部屋には来ないように伝えておいてくださいね」
「伝えて…そうですよね。蜥蜴と会話ができたらどんなに楽しいか。ときどき思うんです私。蜥蜴になりたいなあって」
「朝から何を馬鹿なことを言っているんですか。寝言は寝てから言いなさい」
「なっ、部長酷いです! 私の長年の夢をそんな風に」
「わかりました。では私はその夢が叶わないことを全力で祈ります」
冷たくそう返して、カイルは食卓に着く。コーヒーは既に用意されており、ポットから自分で注ぐ暗黙の了解となっている。
チン、とエリー用のトーストが焼ける音がして、ほぼ同時にカイルのチーズサンドが出来上がった。スープをよそい、トーストに目玉焼きを乗せ、焼きトマトをそれぞれの皿に添えて完成だ。
「さて、本日の議題ですが」
食後にもう一杯コーヒーを嗜みつつ、カイルは第一回エルドラ支部運営会議の開始を告げた。仰々しい名前だが、参加者は支部長であるカイルと、エリーの二人きりである。
「話は昨夜の続きになります」
エリーは念頭にちらと昨夜の大失態を思い浮かべたが、唇を真一文字に引き伸ばし、神妙な面持ちを取り繕った。話というのは、ギルドの運営方針についてだ。
「は、はいっ。改めまして、昨日は本当にお疲れ様でした」
「ええ、本当に疲れましたよ。あなたも、買い物ご苦労様でした」
互いにぺこりと頭を下げる。随分大変だったのだろう。カイルの顔には、二度とごめんだ、と書いてある。
結果を言えば、カイルの王への拝謁は叶わなかった。門前払いを受けたわけではない。単純に、王が行方不明だったのだ。
帰宅が夕方になったのは、一日の大半を、王は視察にうんぬん、少し頭痛がうんぬん、ただいまバスタイムでうんぬん……挙げたらきりがないが、そんなふうにたらい回しにされていたところをようやく、宰相と名乗る人物に救われ、代理謁見の運びとなったからである。
昨夜はその苦労話に目頭を押さえつつ、頷きを返すだけで時間が過ぎてしまい、運営方針に僅かに触れたところで、続きは明日の朝、となった。エリーの大失態のせいで、各々の精神力が目減りしていたせいもある。
「王に謁見は叶いませんでしたが、あちらの希望する方針について聞くことはできたので、それほど問題はないでしょう。ご心配なく」
宰相曰く、王の希望するギルドの運営方針は大きく分けて二つあるという。
「一つは、有事に際して出動可能な冒険者数を把握する役割ですね。これに関しては、騎士以外で動ける人員を民間に用意しろ、とのことでしょう」
騎士、という馴染みのない言葉に、エリーは僅かに眉を顰めた。王やその周囲を警備・守護する者であるとは知っている。だがそれまでだ。天空王が民から縁遠い存在であると同時に、それに付随する騎士も俗世から離れている。民や国の守護は、基本的にギルドの管轄だ。
カイルの話から察するに、有事の際駆り出される大地の騎士の役目は、天空に置ける騎士のそれとはまったく異なるのだろう。不思議そうな面持ちとなったエリーに、カイルは心情を察したのか、小さく笑いを浮かべた。
「聞くところによれば、大地の騎士には二種類あるそうですよ。一つは近衛騎士団。もう一つは辺境警備団と言うそうです。それぞれの役割は名前のとおりですよ」
近衛の制服は濃紺で、辺境警備団は深緑だそうだ。その情報を聞いて、エリーの頭にちらと何かが掠めだが、今は少し脇に措くことにした。
「辺境警備団は、辺境に派遣されている騎士、ということですよね。今更ギルドが民間の人員を集める必要があるんですか? すでに騎士中心の警備システムがあるのなら、私達はお邪魔では…?」
「奇遇ですね。私が同じ質問をしたところ、従来の仕組みでは偏りがあるとのことでした。騎士の矜持、あるいは王の特使であるという自己認識が派遣先での円滑な意思疎通の弊害となるそうです。首都への報告に際し事実を軽んじたり、民に尊大な態度を取る者もいれば、辺境出身の騎士は地元との適度な距離を保てず私情に走る者もいて、――まあ、どこにでもある身分や立場の相違から起る差別意識がほとんどの原因ですよ。いっそ誰もが横暴に振る舞うならば、対処の仕様も変わってきたのでしょう。派遣先によって騎士の質に差があるほうが、統括する者としてやり難いそうです」
長々とした説明に、エリーはとりあえず「なるほど」と頷いておいたが、適当な解釈を見抜いたらしいカイルにじろりと睨まれ、慌てて口を開く。
「よ、ようするに、緩衝材となる人員を確保するってことですね。色んな立場の人を集めて、偏りをなくせば、みんな仲良くできますもんね!」
「まあ、そういうことにしておきましょう。それが最初の一つです。あとの一つは――こちらが本命なのでしょう、“騎士による情報伝達以外の仕組み”の構築です。馬や蜥蜴よりも速い方法、だそうですよ。おそらく、聖力のことをどこからか聞きつけたのでしょう。もちろん、広範囲に使える物でありませんし、第一こちらには聖力がないので無理だと返しておきましたけれどね」
一人頷いているカイルに、エリーはおずおずと質問の手を上げた。
「す、すいません。聖力を使って、蜥蜴や馬よりも早く情報伝達する方法があるんですか?」
とたん、カイルは呆れたように半眼した。目は口ほどにものをいう。方法はあるらしい。
「術の一つですよ。魔力を使ってできないのかと聞けば、誰もやりたがらないそうです」
その理由は不明――誤魔化されてしまったとカイルはため息をついた。
蜥蜴や馬よりも早く情報を伝達する方法。
そう聞いてエリーの頭に浮かんだのは、アルベルからの手紙だった。あれはもしや、聖力や魔力を使ったものなのだろうか。だとすれば、その方法を解き明かせば、ギルドの新しい情報伝達技術を生み出すことも可能かもしれない。ただ、アルベルに尋ねるのはルール違反だ。詮索はしないと約束している。
「なんです、変な顔をして」
しばらく考え込んでいたらしい。カイルはコーヒーを片手に怪訝な顔をしていた。エリーは軽く首を振る。とりあえず無い知恵を絞ってからにしよう。そう決心し、誤魔化す様にへらりと笑った。
カイルは深く追求するでもなく、呆れたように半眼する。
「――ともかく、しばらくは従来のギルドとしての働きはできないと思ってください」
「わ、わかりました。とりあえず私は何をすればいいでしょうか」
「情報伝達の方法を考えることも大切ですが、まずは人出を確保しましょう。エリシア・シュレイル、あなたにまずしてもらいたいのは、現地ギルド構成員の募集です。…宰相殿も何か手配するとおっしゃっていましたが正直あまり期待していません。あなたがのほほんとした顔で活動に当たったほうが、害のない組織だと分かってもらえるでしょう」
「のほほん…」
褒められては、いない? ここは前向きにとらえるべきか。
ぐるぐると考えあぐねるエリーに、カイルは目を弓なりに細めた。
それから数日ほどは、カイルは新しい情報伝達について、エリーは構成員募集の張り紙作りに没頭することとなった。出来あがった張り紙は、「ギルド構成員求む! 私達と一緒に働きましょう」という文言の下に、気味の悪いひょろりとした生き物が描かれていた。エリー曰く蜥蜴だそうだ。因みに、ギルドと蜥蜴には何の関係もない。
出来上がる前に確認しておけばよかった、とカイルはぶつぶつ呟いていたが、一人満足げなエリーは意気揚々と大通りに繰り出していった。顔見知りとなった商店街の人々の顔が気味の悪い張り紙を見て一瞬引きつったのは、おそらくカイルの予想の範囲内だっただろう。
「……あれ?」
手持ちの張り紙がなくなり、ふと気が付くと見知らぬ通りに立っていた。道を覚えるのは得意ではないが、方向音痴というほどでもない。募集ポスターを張るのに夢中になっていたせいだろう。
ついと視線を上げ、辺りを見回してみると小さな標識が目に留まる。――“城下東三番”という小路のようだ。こぢんまりとした造りの家々が雑然と並び、その軒先から通りの道幅いっぱいに、子供たちが我が物顔で走り回っている。球蹴りに興じているらしい。
センティーレのエリーの住まいの近くにも、こうした下町風景はいくつもあった。子供の声を聞くと故郷を思いだし、少しホッとする。
元来た道を辿れば城下大通りに出ると分かっていたが、しばらく先に進んでみたくなった。道を覚えて、明日また張り紙を持ってくるのもいいかもしれない。そう理由を後付して、はしゃぎ回る子供たちの横を通り過ぎた。
しばらく同じような風景を眺めながら歩いていると、軒先にたくさんの花を飾った家に目を奪われた。木製の柵の向こうに設えられた棚の上、丸や四角の鉢植えが並んでいる。人一人がやっと通れるような小道を残して、花の壁のようだ。
その先に視線をやると、キュウリやトマトがたわわに実った比較的大きなプランターが並んでいた。随分と気を配って世話をしているのだろう、花弁や葉についた滴が陽光にキラキラと反射している。
足を止めてうっとりと見入っていると、突然しっとりとした声が耳に飛び込んできた。
「いらっしゃい」
ぎょっとして声のした方を振り向くと、軒先にできた日陰に一脚の揺れ椅子があり――それを度々漕ぎつつ、店番をしているらしい――麦わら帽子を被り、ラベンダー色の割烹着に身を包んだ老婆が座っていた。驚愕顔のエリーを見てくすりと可笑しそうに笑う。
「あ、えっと、すみません。あんまり綺麗で、ついじろじろと」
よくよく見てみると、プランターや鉢に盛られた土に、白い値札が差さっていた。
「嬉しいこと。いいのよ。ゆっくり見て行ってちょうだい。中にはお野菜もあるの。いかが?」
軽く手招きされて、エリーは誘われるままに柵の向こうに歩みを進めた。
ちょうど老婆が座っていた辺りは、夏野菜の実る鉢がたくさん置いてあった。大きなトマトの横に、こぢんまりとしたミニトマトの鉢がある。値段も高くない。それに、これくらいなら持ち帰れそうだ。リビングの日当たりの良い所に置いておけば十分育ってくれるだろう。
「ミニトマトがお気に召したの?」
「え、あ、はい。大きいのも好きなんですけれど、これくらいなら持って帰れるかな、と」
へへへとやや照れ顔のエリーに、老婆はくすりと笑って、揺れ椅子からゆっくり立ち上がった。ミニトマト列の奥を指して、言う。
「あちらの、黄色の実がついた子が見えるかしら。今朝色が変わったばかりなの」
「ホントだ、黄色いですね。初めて見ました。――美味しそうですね」
ハリのある黄色い皮に瑞々しい滴が垂れ、太陽に輝いている。黄色いものと言えば、バナナとレモン。甘いのだろうか、酸っぱいのだろうか。好奇心がうずき、食べてみたい衝動がふつふつと湧く。
涎を垂らしそうな表情のエリーに、老婆は目を見張り、それから嬉しそうに笑った。
「もし良ければ、その子をもらってやってはくれないかしら」
「え?」
思いがけない申し出に、エリーは不思議そうに振り向いた。
「その子は本当に不思議な子でね、ずっと花も咲かなかったわ。でも、今年初めて実をつけたの。色が黄色に変わって、赤になる途中でもなさそうでね。朝からずっと、誰かがこの子を迎えに来るんじゃないかと思っていたのよ」
「それが、私、ですか?」
老婆は静かに微笑む。それが答えだった。
読了ありがとうございました~!




