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ギルド受付嬢左遷物語  作者: 貴遊あきら
グラスベル編
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17/40

13, 二人暮らし

おそらく、漂う重苦しい緊張感は、どちらかが話を切り出せば解決されることだろう。

たとえば、食卓に並んだオムライスにキャベツのスープ、アスパラのベーコン巻に夏野菜の炒め物。これらについて味はどうかと尋ねるだけでもいい。本日の出来事をかいつまんで話すのも悪くない。

できるだけ、つい五分前の出来事を忘れ去ってしまえるような話題がいい。


買い物。そうだ。買い物の話題がいい。


「あ、あの、部長」


黙々とオムライスを口に運ぶカイルに、エリーは思い切って声をかけた。

カイルはちらと視線を上げて、スプーンを皿の上に置き、じっと見つめてくる。その目は「なんですか」と問うていた。

食べながら話をしようと思っていたエリーは、緊張がいや増したのを感じた。


エリーはカイルと違い、理路整然と話をまとめることができない。よって、他の事務仕事に比べ、報告書作成が一番苦手だ。今日こんなことがあってね、それで○○がね、こうしてね、そのあとね……。そんなとりとめのない話し方では、おそらく部長の気分を害するだろう。ここは一時撤退だ。


「い、いえ、なんでもありません」


とりあえずそう返して、脳内で本日の出来事をまとめることにした。










時刻は午後1時ごろに遡る。エリーはシルビア・ヘイリースランに案内されて、城下大通りを歩いていた。

やや脅されるように思いついた彼女への依頼は、「調味料および、調理道具を扱う店に案内すること」。剣一筋で家事いっさいに興味のない彼女であったが、グラスベルに生まれ育った結果、街のことは大体把握しているらしい。職業柄、街の配置は頭に叩き込まねばならなかった、と説明した。



「そういえば、お仕事の途中だったんじゃあ…」


緊急事態が発生したのではなかっただろうか。エリーは青ざめたが、当の本人はどこ吹く風だった。


「問題ない。しかし、エリシアが心配するのならば、今は休憩時間と定めよう」


清々しいほどの返答に、エリーは緊急事態の四文字を記憶から消し去ることにした。


目的の店には、数分もしないうちに到着した。大通りから派生する小路を抜け、最短距離を案内してくれたようだが、次回一人で訪れる際は迷ってたどり着けないだろう。エリーはそう確信した。


購入の際には、色んな意味でシルビアはたいへん役立ってくれた。

注文を受けて代金を示した店員に「それはもちろん割り引いた値段だろうな」と強引に値引きさせたり、高めの商品を買わせようとした店員には「黙って注文の品を出せ」と睨みつけ、華麗なセールストークをぶった切った。


押しの弱いエリーにはありがたい存在ではあったが、――もう二度と同じ店に足を運ぶことはあるまい。



「調味料一式に、調理道具…。内容から察するに、エリシアは最近こちらに越してきた、そうだな?」


誘導尋問のようだ。エリーはそう思いつつ、素直に頷く。

シルビアの口調・行動には悪気はないのだ。過ごした時間は僅かながら、その考えには絶対の自信が持てた。


「こちらには仕事の関係で。先日到着したばかりなんです」

「そうか。仕事と言うと、商売でも始めるのか?」

「はい。とはいっても、まだ営業していないんですけれど」


ギルドについて説明すべきだろうか。エリーはふとそう思ったが、シルビアは「そうか」と頷いただけで何も言わなかった。あまり興味を引かれなかったのかもしれない。シルビアは何事もなかったように話題を変えた。


「新生活には何かと入用だろう。まだ何か必要な物があるのならば、乗りかかった船だ。手伝おう」


その申し出に例のごとく丁重に断りを入れたものの、「休憩時間が多少延長されただけだ、問題ない」と詰め寄られ、エリーは厚意に甘えることにした。

シーツやタオル、食器を購入したその生活雑貨の店も、上記の二点と同様、二度と訪れることはないだろう。




両手いっぱいに荷物を抱えた二人が支部に到着したのは午後三時すぎ。お茶でもどうですかと誘ったが、そろそろ任務に戻らねばならない、とシルビアは眉間にしわを寄せ、断りの文句を告げた。お礼に軽い食事でもと思っていたのだが、仕事ならば仕方あるまい。


「本当に助かりました。ありがとうございます」


丁寧に腰を折ったあと、ふわりと破顔してそう言えば、シルビアは俯き、もじもじとし始めた。上着の裾を弄った後、もぐもぐと言葉にならない何かを呟いて、そろりと顔を上げた。


「え、エリシア…その、なんというか」

「どうかされました?」

「い、いや、あの、その…今回は、非常に残念だ。だから、その、また次回誘ってほしい」


動揺しているのだろう、白く透き通るような頬に淡い朱色が浮いて、ちらちらと窺う紫苑の瞳は僅かに潤んでいた。


(か、かわいい…)


隙のない孤高の剣士とのギャップに、エリーの胸がきゅんと高鳴る。考えるまでもなく、「もちろんです」と答えると、ふさふさとした灰褐色の尻尾が左右に大きく振れた。蜥蜴に次ぐ堂々の第二位に「狼」がランクインした瞬間だった。




シルビアと別れたあとは、空腹凌ぎに林檎を齧り、買ってきたものを定位置に整理整頓した。それから夕飯の準備を開始し、ちょうど出来上がったころ、階段の軋む音が聞こえた。


しばらく一人暮らしをしていたせいか、自分以外の足音に無性に胸が高鳴った。故郷にいた頃は、仕事帰りの叔父や従兄たちを叔母とともに満面の笑みで迎えたものだ。懐かしさに頬を緩ませ、遠い故郷に思いを馳せていたせいか、誰が(・・)階段を上がってくるのか、エリーの頭から完全に抜け落ちていた。


「おかえりなさい!」


扉が開いた瞬間、エリーは嬉しそうな笑みを浮かべ、入ってきた人物の胸に飛び込んでいた。叔父ならばぎゅっと抱き寄せ、頭を撫でてくれる。従兄たちならば、ぎゅーっと抱きしめて髪をぐちゃぐちゃにしてくるだろう。飛び込まないであいさつだけで済ませてしまうと、くすぐりの刑に処されるのだ。


(あれ?)


どの予想も裏切られ、相手は何もしてこない。変だなと思って顔を上げた瞬間、エリーは己の失態に気づいた。

これが、つい五分ほど前に起った、忘れ去りたい出来事である。










話題を変えてどうなるものでもない。そんなことはエリーにもよくわかっていた。


熱烈な出迎えをしてしまった相手がカイルだと気付いた後、冷静に「叔父や従兄と間違えました」と謝ってしまえばこのような気まずさは生まれなかっただろう。

そのような余裕があるわけもなく、エリーはぎこちない動作で数歩後ずさった後、(自分でもどういう思考回路が働いたのか分からない)食卓の椅子を引き、「食べましょう」と食事に誘った。なかったことにしてしまえ、と思ったのかもしれない。


カイルはしばらく固まっていたが、ぎくしゃくと食卓に近づき、席に着いた。青い顔で向かいの席に座ったエリーをちらちらと窺い、何か言おうと口を開き、断念したのか眉間にしわを寄せ、閉じてしまう。おそらく、あまりにもくだらなくて怒る気も失せたのだろう。


蜥蜴に同乗したときも感じたが、部長の胸板は堅く、香水とほんの少し汗のにおいがして、それがまたエリーの動揺を促した。


こんなことでやっていけるのだろうか。


部長に対して恋愛感情を抱いているわけではないけれど、異性であることを意識してしまうこととは話が別だ。

自分はただの同居人で、部下。馬鹿みたいに意識するのは自分だけで、今日のような失態に動揺し、空まわり、いずれこの生活は破たんするのではないだろうか。せっかく同居を申し出てくれた部長に対し、それはあまりにも失礼なことだとエリーは思う。



「あ、あの、部長…」


何事も初めが肝心である。

エリーはスプーンを皿の上において、カイルを窺い見た。ちょうど彼もエリーを見ていたらしい。青い瞳に映る自分の顔は強張っていて、エリーはさっと俯いた。


「す、すみませんでした、さっきのアレは…、その」

「誰かと間違えた。そうでしょう?」


感情を伴わない冷静な一言だった。そろりと見上げると、その表情も硬い。ただその目だけは、どこか苦しげな色を湛えていた。


「誰と間違えたのか窺っても?」

「誰というわけではないんですけれど、その…」


とりあえず飛びつき、相手が誰かを当てる。間違えたらくすぐりの刑。そういう趣旨である。


「……あなた、あんなことを不特定多数の人間にしているのですか。覚えている限り、先ほどの一回以外、私は一度もされたことがありませんが」


それはそうだ。やるわけがない。悪戯にしても、そんな勇気はない。


「え、いえ、あの、不特定多数ではもちろんないですよ。返ってくる反応で相手が誰か当てるんですから。大体反応は決まっていて、ですね。ぎゅーっと抱きしめて頭を撫でられると、」


ガタン、とテーブルが揺れる。犯人はカイルだ。


「抱きしめて、頭を撫でる?」


聞いたこともないような低い声だった。

何かとんでもない誤解をされている。鈍いエリーにもそれだけは理解できた。


「あっ、あの、それは叔父なんです! それ以外の反応なら従兄(あに)で、その、うちの家族における一種の出迎えの儀式のようなもので、たいしたものじゃなくて、ですね、その……」


おろおろと説明したところで、返ってきたのは長いため息だった。カイルは酷く疲れた表情で、落ち込みそうな頭を額に手を当て、なんとか支えていた。


「あ、あの、部長?」


おずおずと声をかけると、カイルはぐったりとしつつ顔を上げた。「すみません」と小さくなって謝ると、可笑しそうに口元に笑みを上らせる。


「そういえば、忘れていました。美味しい夕食をいただきながら言うセリフではありませんが」


「?」


きょとんとするエリーに、カイルは軽く息をつく。



「遅ればせながら、ただいま帰りました。熱烈な出迎え、とても嬉しかったですよ」



にーっこりと笑ったその表情は、ちょっとした意趣返しなのだろう。目が嗤っていない。

失態を思いだし赤くなったエリーを見て、カイルは満足げに笑みを深めた。


読了ありがとうございました!

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