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内海家の一幕

リビングの時計が、そろそろ二十二時を回る頃。

私の夏休み課題は、三十分前から同じページのままだった。

理由は分かっている。

いつもより少し遅い、私の兄――内海日向の帰宅を待っているから。

「……遅いよ。」

小さく呟いて、うずくまってしまう。

昔と一緒。少しでもお兄の帰宅時間が遅いと、不安でたまらなくなって、落ち着かなくなる。

お兄も別に小さい子供じゃないし、バイトなんだから帰りが遅くなる日だってあると、頭では分かっている。

だけど、あの出来事以降お兄の“普段通り”というものに敏感になってしまった。

待ちきれずにスマホを見るものの、特に連絡はない。

「気にしすぎ、だよね。」

私は小さく息を吐いて、参考書へ視線を戻そうとして――

カチャ、と。

玄関の鍵が回る音がした。

その瞬間、

ああ、良かった、と。

自分でもわかるほど、過剰に安堵してしまった。

「……おかえり、お兄」

廊下へ顔を出すと、

ちょうど靴を脱いでいるお兄と目が合う。

「うん、ただいま。」

少し疲れている顔。

今日は忙しかったのかな。

でも、今までに比べて少し表情が柔らかい。

私は昔から、お兄の小さな変化によく気付いていた。

あの出来事があってからは、前よりずっと気にするようになった。

二度と、後悔したくないから。 

「ご飯、温めようか?」

「頼むわ。父さんと母さんは?」

「明日食事会で早いからって、もう寝てるよ。」

「そっか。いつも待っててくれてありがとな。」

「……好きでやってることだし。」

冷蔵庫を開きながら、

私は小さく目を伏せ、考える。

つい最近まで、お兄はずっと暗いままだった。

家ではそんな雰囲気を出さないようにしていたけれど、私には分かった。

父さんと母さんも言わないだけで、薄々気付いてはいたと思う。

電子レンジへ皿を入れ温めている間にも、

後ろの気配へ意識が向いてしまう。

ソファへ座る音。

制服が擦れる音。

スマホを取り出す音。

……スマホ。

そういえば最近、お兄のスマホを見る時間が増えた。

操作の仕方からして、ゲームをしている感じではない。

明らかに、誰かとやり取りをしている。

何となく振り返ると、

ソファへ座ったお兄がスマホを見ながら、

通知が来た時にほんの少しだけ笑みを浮かべていた。

それを見て、私は思わず目を見開いてしまった。

前までのお兄なら、そんな顔しなかったはずなのに。

……誰?

そう思った瞬間、

何か良くないものが、

胸の奥で小さく渦巻く。

知らない場所で、

知らない時間を過ごして。

少しずつ変わっていくお兄を見て、

置いていかれてしまう気がした。

「……お兄。」

「ん?」

「最近、スマホよく見てるね。」

「そう?」

「うん。バイト先で友達でも出来た?」

お兄は少し考えてから、

困ったみたいに笑った。

「友達…とは違うんだけど、やり取りする相手はできたかな。」

「そう…なんだ。」

私は中学での事情を、少なからず知っている。

お兄にそんなすぐ心を許せる相手ができるとは思えない。

……なのに。

どうして、少し嬉しそうなんだろう。

本当は、もっと聞きたい。

でも、今は踏み込めなかった。

聞けばきっとお兄は答えてくれる。

ただ“本当に話すべきこと”だけは、

昔から上手く隠してしまう人だったから。


「はい、今日はカレーね。」

「ありがと、いただきます。」

向かい側へ座りながら、私はそっとお兄を見た。

昔に比べて変化の少なくなった表情。

でも中学卒業前に比べて、いくらか戻ったように感じる。

前より会話もスムーズになった。

お兄が元気でいるのは嬉しい。

それだけで安心出来るはずなのに。

「……最近、ちょっとだけ元気になったね。」

お兄の手が止まる。

「え、そう見える?」

「見えるよ。自分で分からない?」

「別に、普段と変わらないんだけどなぁ」

「またそうやって誤魔化す。」

自分でも分かるくらいに、声に棘があった。

少し前までなら、こんなやり取りの後は、

気まずい沈黙が落ちていたのに、

今日は大丈夫だった。

「怒ってる…?」

「……ふふ、怒ってないから。」

「陽依の怒ってないは分からないからなぁ〜」

「ほんとに怒るよ。」


久しぶりに自然と話せたことが嬉しいはずなのに、

胸の奥に残った小さな違和感に私はそっと蓋をした。

もはや閑話では無い長さ( ᷄ω᷅ )

だけれども必要なものだったので悔いは無いです!

それはそれとして中々しっくり来なくて投稿が遅くなり大変申し訳ありません!m(_ _)m

今回も是非ご意見があればよろしくお願いいたします!

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