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 街に降り立った私達は、とりあえず昼食を摂ることにした。

 職と住む家を早急に探さねばならないが、まずは腹ごしらえが先決である。


 当てもなく歩いていると一軒のパン屋を見つけた。なんて可愛らしいお店だろう。

 ピンクと白を基調としたレンガ造りの外観に目を奪われる。


「ルーチェの好きそうなお店だね。入ってみる?」

 とアズに言われ、ウキウキで扉に近付く。


 実は私、無類の可愛いもの好きである。

 前世ではこういったお店に入りたくても、容姿を気にしてなかなか入れなかった。場違いじゃないかと杞憂していたのだ。

 だが今世では我慢をせずに目一杯可愛いものを愛でようと意気込んでいる。


 扉を開けると、花束を持った女性の周りに人だかりができており、何やら祝福されているようだ。

 お祝いムードに包まれた店内で固まっていると、

「あら、お客さんがいらっしゃったみたい。」

 とその女性が私に近付いてきた。


「騒がしくてごめんなさいね。丁度ここを出るところだから、ゆっくりしていって下さいね。」

 と微笑まれ、綺麗な人だなと見惚れる。


 ふとその女性が振り返って全身見渡されると、何かを閃いたようににっこり笑った後、

「レイさん、良い人材見つけたわよ。」

 と腕を引っ張られた。


 レイさんと呼ばれた人の前まで引きづられるように連れて行かれると、そこにはまたもや美女が立っていた。

 白銀の長髪を片方に纏めているその人に再度見惚れる。


 高い身長に比例して、脚がとてつもなく長い。

 美女が履いているロングスカートに目を遣ると、私のワンピースの丈と同じ長さだった。

 羨ましさと切なさで胸がいっぱいになる。


 菖蒲色の切れ長の目に全身を見渡され、

「いいじゃない。」

 と思っていたよりハスキーな声で呟いた後、

「あなたここで働かない?」

 と突拍子もなく言われ呆然とする。


 するといつの間にか隣に立っていたアズに

「ルーチェ。何やら取り込み中みたいだから別のお店に行こう。」

 と腕を引かれる。


 突然のことにアタフタしていると

「ちょっと待ちなさいよ。私はこの子と話してるのよ。」

 ともう片方の腕を引っ張られ、引き留められる。


 暫し両者の見つめ合い、もとい睨み合いが勃発する。

 間に挟まれた私は相変わらずアタフタするしかない。

 何だこの状況は。誰のせいだ。私のせいなのか。


 まともに人と関わったことのない私にこの状況を脱けだす術は見つからない。

 と、そこへ花束を持った女性が間に入ってくれてほっと一息つく。


 女性の説明によると、このパン屋の従業員だった彼女はこの度めでたく結婚する運びとなったらしい。

 実におめでたい。結婚など私には夢のまた夢の話だ。

 友達一人作れない私には結婚相手を見つけるなど難易度が高すぎる。


 どうやら私は自分が思っている以上に友達ゼロの現状を嘆いているらしい。

 自覚すると尚更哀しくなる。


 彼女が退職するということは、新しい従業員を見つけなければならないのだが、どうやらこの店長であるレイさんは少々採用条件が厳しいらしい。


「応募自体は山のように来たんだけど、全て一蹴りしちゃったのよ。」

 と呆れた顔の彼女はミランダさんというらしい。


 十六歳からこの店で三年間勤め上げたという彼女は、緩いウエーブ掛かった赤銅色の髪にシルバーグレーの瞳をもつ綺麗なお姉さんだ。


 結局退職当日である今日までレイさんのお眼鏡に適う人材は見つからず、常連客と共に見送りをしていたところで私達が現れたというらしい。


 そこで何故私に白羽の矢が立ったのだ。

 そもそも厳しい採用条件とやらはどうした。こんな見ず知らずの小娘を雇おうというその心は。解せぬ。


 ちなみにこれまでの説明中、私は一言も発していない。絶賛人見知り発動中である。

 全てはアズが話を聞き出してくれている。

 本当に頼りになる弟である。もう姉の矜持とかそもそも存在していない気がする。


「それより私はこの子と話がしたいんだけど。さっきから話進めてるけどあんたこの子の何?」

 レイさんの言葉に

「僕はこの子の保護者です。」

 とあっけらかんと言うアズ。


 呆気なく姉という矜持が崩れ去った。

 そもそも未成年に保護される成人ってどうなのよ。


「ねえアズ、私このお店で働いてみたいな。」

 そう声をかけるとアズは苦い顔をした。

 そんな顔したって仕方ないじゃない。このお店に一目惚れしちゃったんだもん。


 実は思わぬスカウトをされ、内心舞い上がっていたのだ。

 元々孤児院を出る時に、仕事は接客業をしようと決めていたので丁度よかった。

 この粗末な社交性を早々に鍛えなければ。


 聞くところによると、賄いも付いているらしい。これはラッキーな特典だ。

 前世の時と同じく食べることが好きな私は、正直こういった餌付けにかなり弱い。

 たくさん食べても今世の身体では身に付きにくい為、好きなだけ食べている。

 体質って有難い。


 これだけ条件が揃った上に、なんとこのお店の隣のアパートはレイさんの持ち家らしい。

 一階にレイさんが住んでいて、二、三階は貸し部屋だという。

 二階の一室にミランダさんが住んでいたのだが、結婚と同時に家を出たらしく、丁度空き部屋になったばかりらしい。

 なんという奇跡。もうここに決めるしかないだろう。


 アズを見つめて懇願するが、相変わらず苦い顔のままだ。

 と、先程の保護者発言が尾を引き、今更ながら哀しみが効いてくる。

 瞳が潤むが負けてなるものか。


 するとアズの顔が更に苦くなり、

「ずるい。」

 と呟くなり目を腕で覆った。

 一息つき、上げた腕を口元まで降ろしたアズは

「何でそんな顔するの。」

 と眉尻を下げて言う。


 そんな顔ってどんな顔だ。

 まさか前世の名残で目付きが鋭くなっていたのだろうか。

 お願いをするつもりが知らぬ間に威圧していたとは。何て事だ。

 アズにまで怯えられてしまったら本当に独りぼっちになってしまう。そんなの嫌だ。


 思わず俯き、

「嫌いになった?」

 と弱々しく訊ねると

「何でだよ。なるわけないだろ。」

 と当然のように言うアズ。


 長年育んできた姉弟の絆はそう簡単には切れないらしい。

 そう、今更目付き云々で壊れてしまうような脆い関係ではないはずだ。

 私とアズは姉弟という強い絆で結ばれているのだ。


 不安になってしまった自分が恥ずかしい。

 そして私の弟はなんて優しいんだ。

 こんな姉を見捨てないでいてくれるなんて。


「私、アズが弟で本当によかった。」

 感謝の気持ちが溢れ出し、思わず声に出して伝える。

 するとアズは先程より更に苦い顔になった。

 あれ。何でそんな嫌そうな顔するの。

 見捨てないでいてくれるんだよね?


 結局はアズが折れてくれて、職と家を同時に手に入れることができた。

 街に着いて未だ間もないというのに順調すぎる駆け出しだ。

 もしかして自分は強運の持ち主なのかもしれない。孤児院から滅多に出なかったせいで気付けなかった。


 おまけに従業員割引で家賃を少し値下げしてくれるらしい。

 いよいよ自分の強運が恐ろしい。


 そう言えば、と

「今更なんですけど、その採用条件って何だったんですか。」

 と徐に訊いてみると

「見た目よ。」

 とレイさんが一言告げた。


 理解できずに呆けていると

「レイさんは無類の可愛いもの好きなのよ。」

 とミランダさんが教えてくれた。


 その瞬間アズが

「やっぱりここは辞めよう。」

 と意見を覆し、再度根気強く説得するのであった。

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