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おしどり夫婦と迷い子の王子

今夜は王宮でのパーティーだ。


今は両親との挨拶を終え、ラルフ様と一緒に踊っている。

世間知らずの小娘だった私は、一曲踊り終えたらそそくさとその場を立ち去ったところだけど、今は当然そんなことをするつもりはない。

それは単純に、ラルフ様と打ち解けたということもあるし、あの頃よりは礼儀知らずの夢見がちな小娘ではなくなった、というのもあるけど……私達の目標の為という理由も大きい。



斜め横で踊っているのは、夜会で親しくなったシシー・ラグンジェ夫人だ。私と目が合うと、夫人は上品にその若草色の瞳を細めた。私もにこりと笑い返す。



「ラルフ様…」


「ああ、この曲が終わったら一度休憩しよう。ラグンジェ夫人はあまりお身体が強くないんだろう?」



私が名前を呼ぶだけで察してくださったらしいラルフ様は、相変わらず優しいエスコートを続けてくれる。

私もそれに相応しい行動が出来るよう、ステップを踏みながら笑う。



「ザックス・ラグンジェ伯爵は、騎士団長のご親友なのですよね?」



私の言葉に笑顔のままラルフ様が固まった。その表情が何よりの答えなので、心の中だけでガッツポーズを取る。

シシー・ラグンジェ夫人の夫、ザックス・ラグンジェ伯爵に目を向ける。長身でしっかりとした体つき。顔立ちは美形、というより男前という言葉が当てはまる。

伯爵は、奥方であるシシー様の手を取り、柔らかい笑顔を浮かべて踊っていた。おしどり夫婦、なんて言葉がぴったりだと思うし、社交界でも伯爵の愛妻家っぷりは有名だそうだ。

…そんな彼は、騎士団長と学生時代からの大親友なのだそうだ。学生時代はどこに行くにも、何をするにも一緒。まるでご兄弟のようだと周囲は微笑ましく思っていたらしい。

…ええ、頑張って調べましたとも!お父様やお母様にそれとなくラグンジェ伯爵家の血筋を聞いたけど、攻略キャラの誰にも該当しない。頭を悩ませていたそんな時、タイミング良くシシー様にお茶に誘われた。

純粋に私を可愛がってくださるシシー様に探りを入れるようで罪悪感に苛まれもしたが、それとなーく、ご実家のことや伯爵のことを聞いてみた。



『あの人ったら騎士団長のナイトローン様とお話する時、悪戯好きな男の子みたいな顔をするんですのよ』



結果、この報酬である。

騎士団長と親友の伯爵は、ナイトローン伯爵家によく出入りするらしい。

結婚が遅く、まだ子供がいないラグンジェ伯爵にとっては親友の息子であるアシス・ナイトローン様もご自分の息子同様で、大層可愛がっているそうだ。


…ここまでくれば、ラグンジェ伯爵家が誰に関するキーパーソンなのかは目に見えてくる。



『そういえば、リーリエさんはアシス様と同い年でしたわね。』


『は、はい』


『ふふ、アシス様は恥ずかしがり屋な方で…女性と話すとすぐ顔を赤らめるほど硬派な方なのですよ。けれどとても優しくて紳士的な方ですから、どうか誤解なさらないでくださいね』



…敢えて言う。たしかにアシス・ナイトローン様は硬派だ。ただ、それは好きな相手に奥手というだけで、女性に対して話し掛けられない、という程ではない。むしろ昔からこういった場に顔を出すことが多かった分、女性の扱いはスマートだ。それはこの没設定の世界でもそこは変わりはない。


…加えて、お互い記憶持ちの転生者だと知ったばかりの頃の、ラルフ様のあの言葉。


ラルフ様は、あのお三方の中ではカンダーレ様が一番まともだ、と言っていた。それは暴力を奮わないから、という理由だけではないらしい。



その言葉の本当の意味がわかったのは、つい最近だ。

殿下はアンダーソン嬢を愛していない。なのに、理不尽で妄執と狂気に満ちた理想を押し付けてくる。だから狂気に満ちていてもちゃんとアンダーソン嬢を見ている…というか見過ぎているカンダーレ様の方がまだまし、ということなのだろう。

ではナイトローン様を勧められない理由とは?

……もし。アシス・ナイトローン様も、殿下と同じ理由だったら?


涙が見たい、苦痛や恐怖に歪んだ顔が見たい。


あの欲が、叶わぬ恋を拗らせた結果、だとしたら?



――そこまで考えて、思わず深い息を零した。



「ないわー…ヒロインにDVしといて人妻の尻追っかけてる攻略キャラとかないわー…」


「リーリエ、お口チャック」


「はい」



思わず独り言が漏れて、ラルフ様に注意された。いけないいけない。

いや、まだ確定って訳じゃないんだけど――ひっかかることもあるし。


まず、いくらアホなシナリオライターさんだからって、同じパターンを作るだろうか。

それでは殿下の過去とまんま一緒だ。違いといえば、元婚約者(昔殺し掛けたから婚約破棄された)と、人妻(父親の親友の奥さん)ぐらいだけど…プレイヤーからしたら、「だから何?馬鹿なの?死ぬの?」という反応一択だ。

うん、相手が誰かなんてどうでもいい。実らない恋だからって違う女の面影を押し付けて苦しめるスタンスが問題なんだ。

……まあ、こんな問題を作っちゃうくらいだから、設定が被ってるのくらいありそうっちゃありそうだけど、それでもシナリオライターはプロである。ギャルゲー時代もそれなりにやってきたお方なんだから、ネタ被りなんて容易にするだろうか、と疑問が残る。



……そしてもう一つ気になること。

それは、ラルフ様のあの時の反応だ。


ラルフ様はこの件の詳細について、私に知られたくはないようだ。

公爵令嬢の件についてはあっさりと話してくれたのに…一体この差は何?


彼は、『知らなくてもいいことがある』と言っていた。……でも、王族を家ぐるみで騙して婚約破棄し、公爵令嬢が民として生活していることは結構な大問題だ。それより大きな秘密…ということ?そんなのある?



と、ぐるぐる思考を巡らせているうちに音楽が止まった。

…パートナーの足を踏んづける、なんてことがなくてよかった。



「お、戻ってきた。ずっと試験中みたいな顔してたぞ」


「…実にすみません」



小さく吹き出して笑うラルフ様に何も言えなくなる。婚約者と踊ってる最中、試験中のような顔をするって相当失礼なことをしてしまった。



「じゃ、ラグンジェ伯爵夫妻の元に行こうか」


「はい」



しかしラルフ様は全く気にしてない様子で手を差し出し、エスコートしてくださる。その手を取り、人混みを交い潜ってダンスホールを横断し、壁の隅にいる夫妻に近付いた。


先に気が付いたのは、シシー様だ。私と目が合えば、柔らかい声色で声をかけてくださる。



「ごきげんよう、リーリエさん、それからザラフィーニ様」


「ごきげんよう、シシー様、ラグンジェ伯爵。良い夜ですね」



初対面の伯爵は、軽く目を見開くが笑顔を浮かべて爽やかに、そしてラルフ様も涼やかに挨拶される。



「お会いできて光栄です。ラルフォン・ザラフィーニと申します」


「リーリエ・アラウンと申します、お話しはシシー様よりよくお聞かせ頂きましたわ」


「ザックス・ラグンジェだ。そうか、貴女が妻を助けてくださったあの…妻が世話になったな」


「いいえ、シシー様には沢山目に掛けていただいております」



私の言葉に、伯爵は小さな苦笑を零した。少し強面だけど、笑うと人懐っこい印象を与える人だ。



「妻はそそっかしい割に何かと世話焼きでな…粗相があった場合は遠慮なく叱ってくれ」


「もう…ザックス様」



じろり、と睨むも、耐えきれずくすくすと笑うシシー様は少女のようで何とも可愛らしい。

…本当に仲がいいなあ。こんなやりとりを見たら初恋を拗らせる前に諦めがつきそうなものだけど、どうなんだろう。


その後、和やかな談笑が続いた。お二人の話は未成年の私達にとって勉強になるものだったし、学園のことを話せば、懐かしそうに目を細めながら話題に乗ってくださった。



「そうか、アシスが言っていた凄腕の剣の遣いとは君のことだったか…」


よっし!話の核にきた!


伯爵の言葉に、内心ガッツポーズを入れる私。ラルフ様は笑顔を浮かべて首を左右に振る。



「そのようなことは…、ですが、ナイトローン殿の動きは、大変勉強になります」


「奴も父親に似て良い才能、そしてそれを伸ばす為の努力を惜しまない性格だからな」



そうして嬉しそうに目を細めながら、まるで自分の息子を語るように誇らしげに言う伯爵。



「しかし今のところ勝敗はほぼ半々といったところだと聞いた…」


「はい。ですから、私が最後に出場する次の大会が待ち遠しいです」


そう語るラルフ様の目には、静かな闘志が宿っていて、思わず呼吸が止まった。



「それは、アシスもだろうな」



そう呟くように言う伯爵の目は、ラルフ様に釘付けだ。とても興味深そうに見つめた後、はっきりとこう言った。



「では、その決着をこの目で拝見させていただこうか」



思わず目を見開いた。隣にいるラルフ様は笑顔のまま、「なれば無様な姿を伯爵にお見せしないよう、一層励まなければなりませんね」とすらすらと言葉を述べる。


驚く私に、シシー様がそっと耳打ちしてくださった。



「ザックス様はナイトローン様と学生時代ずっと競い合っていたんですの。ですからきっと、ザラフィーニ様を学生時代のご自分に重ねていらっしゃるんですわ」


「そう、なのですか」



くすくすと笑うシシー様に納得する。

学生時代の親友兼好敵手の息子と、その息子の因縁のライバルのような青年の戦いは、是非直接その目で観たいと思ったのだろう。


そんな中、伯爵夫妻は名を呼ばれ、そちらを振り返ってから頭を下げた。



「ああ、すまないがこれで私達は失礼する。良い夜を」


「またお会いしましょうね」


「はい、本日はありがとうございました」


「またお会い出来る日を楽しみにしております」



二人に倣って私達も貴族の礼をすれば、夫妻は笑顔で去っていく。


…感じの良い方達だなあ。シシー様がお優しくて穏やかな方なのは知っていたけど、夫である伯爵も朗らかで、此方も穏やかな方だった。


しかし、ラルフ様はどこまで計算でやったのだろう。

生憎没シナリオを殆ど知らない私は、今の会話でどのような影響が出たのかさっぱりわからない。


軽く風に当たろうと、テラスに向かいながら考える。

人気の少ないそこは、夜の闇が広がり、大広間と違ってどこか寂しい。



「……リーリエ、ありがとう」


唐突にお礼を言われ、目を見開く。

彼は小さく唇を上げて、こう言った。



「ラグンジェ家とはなかなか縁が無くてな…唐突に脈絡なく話し掛けるのも不自然だし、君が夫人と親交があったのは本当に助かった」


「それは…何よりですわ」



いや、本当に偶然なんだけどね。

体調を崩されたシシー様を介抱したのも、それをきっかけに親交が出来たのも、本当にただの偶然。……まあ、それでいつもお世話になってるラルフ様の手助けになったのならよかったけ、ど!?



「ら、らる…!」



唐突に腰を抱かれて悲鳴を上げそうになる。



「……今から起こることは、心配しなくていい。君はいつも通り話を合わせて」



しかし耳元で囁かれた言葉に顔の熱が引く。

ゆっくり身体を離され、くるりと振り返っては頭を下げた。その先の人物に自分も顔を向け、熱どころか血の気が引いたが、慌てて私も頭を下げた。




「随分とお熱いことだ」


そう言ってからかうように笑うのは…カイル殿下他ならない。

なんで!?なんで殿下がこっち来るの!?



「は、大変失礼致しました」


「は、はしたない真似を」


「いや、良い。此方こそ邪魔をして悪かったな。……聞きたいことがある」



頭を上げるよう言われ、ゆっくりと体勢を戻す。聞きたいこと?なんだ?まさかまたアンダーソン嬢が何か吹き込んだとか……?



「花園祭で、ちょっとした事故に巻き込まれたそうだな。暴走した馬に突撃されかけたと、部下から聞いた。怪我はないか?」


「はい、ご心配いただきありがとうございます」



そうか、ならいいと目を細める殿下。…前から思ったけど、ゲームより人当たりいいんだよね。そんなに俺様じゃないし、学園でもちゃんと生徒一人一人を見てるから、カリスマ性抜群って言われても納得しちゃう。



「……そこで、ローブを着た銀髪の娘を見たそうだな?」



――そんな殿下の目から、一瞬でハイライトが消えました。



恐怖の悲鳴は何とか飲み込んだ。ちらっとラルフ様を見れば、口端を上げる。そのポーカーフェイス、ちょっと分けてください。



「ええ、彼女に助力頂きました」


「その娘について、何か聞かなかったか?」


「私達もお礼を、と考え名前を尋ねたのですが…名乗るほどの者ではない、と告げられ、颯爽と立ち去られました」



殿下の昏い目が、ラルフ様から私へと向く。反射的に背筋が伸びた。




「…アラウン嬢、お前は?」


えーー!ちょっと待って、これどこまで答えていいの!!?


命の恩人みたいな公爵令嬢を突き出すような真似したくないよ!

正直、ラルフ様が核を壊した時点で馬の機能は停止できてた気がするけど、身分を隠すべき立場だろうに、あんな人混みの中目立つ行動をしてまで助けてくれようとした彼女の心に恩を仇で返せる訳がない!

一度深呼吸をし、意を決した。



「わ、私もよくは…あの方はすぐ立ち去られましたから。で、ですが、少ししか見えませんでしたが、お美しい方だったような…」


「目の色は?肌の色はどうだ?髪の長さは?年齢はどれくらいに見えた?どこかで見覚えはあったか?」



ひ、ひいいっ!疑ってる!疑ってらっしゃる!つーか銀髪の女性って情報しかいってないだろうに、なんなのこの察知能力!!ヤンデレのなせる技か!?だとしたら安心しろアンダーソン嬢!今の殿下はまだ序の口だぞ!



「も、申し訳ありません…!ローブでお顔が隠れていたので、そこまで明確なお姿は…!」


「……殿下、彼女が何か?」



何とか答えた私に助け舟を出すラルフ様が、やんわりと問い掛ける。

殿下はしばらく黙した後、首を左右に振った。



「…いや、すまなかったな。気にしないでくれ」



そう言って立ち去る間際、ぼそりと小さく呟かれる。



「…あいつはもういないんだ」



その言葉に、私は何とも言えない気持ちになった。

ふらふらとした足取りでアンダーソン嬢の元へ向かうその様子は、何だか痛々しかった。



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