精霊。
「…………」
黙っている僕をじっと見ながら、ミワはゆっくりと腕組みして溜め息をついた。
長い長い、溜め息。
「……言えないか」
ミワの、抑揚の無い声が辺りの空気を揺すぶる。
「……すみません」
ミワはこんなにも良くしてくれている。
話もしてくれて。
なのに僕は、何も出来なくて。
寄りかかってばかりだ。
堪らず謝罪の言葉が零れた。
人間じゃ無いだろう。
きっと答えは、YESだ。
だけど、頭の片隅で警鐘が鳴り響く。
精霊王だと簡単に告げてはいけない、と。
僕は、その警鐘に従った。
そんな僕を、ミワは嫌うだろうか。
嫌うだろうな。
瞬間、ミワがゆっくりと右手を伸ばした。
十字を切っていたミワの右手。
叩かれるかな、前世のように。
限界だ、と瞼が無意識に視界に蓋をして、心から沸き上がる不安や自分への絶望を遮断した。
「まあ、嫌ならそれで構わんさ。……それに、あんたはどうも勘違いしているようだが、この世界で人間じゃ無い種族なんざそう珍しくは無い。人間に紛れて暮らす奴もいるんだ」
深く深呼吸をする音の直後に吐き出されたミワの言葉と、頭に感じた優しい感覚。
ぽん、と。
頭に手が鎮座し、左右にゆっくりと動く。
くしゃくしゃと髪が変形して、ミワが幼い子を撫でる母のような表情をしているのに気が付いた。
「え……」
「言ったろう」
会ってから、二日。
たったそれだけの時間しか共有していないのに、ミワはあたかも親友に向けるような笑顔を浮かべている。
「あたしは鬼じゃない。あんたみたいな奴を見ると、慰めたくなるんだ」
優しい優しい、笑顔だった。
「落ち着いたか?」
「……まあまあ」
よしよしと撫でられ、恥辱とはまた違う恥ずかしさを感じて机に突っ伏すという緊急避難をしてから数分後。
苦笑いのミワに声を掛けられ、僕は思わずぶっきらぼうに返してしまう。
……恥ずかしかったんだ、仕方ないだろう。
…………
「おーい、ヤヅキ?」
またどこか彼方へと飛んでいた意識がミワの声に引き戻される。
「あ、はい」
とりあえずは、と返事をすると、ミワはクスクスと笑った。
「はは、本当に変な奴だな……もう一つ、質問だ」
苦笑いから唐突に切り出すミワ。僕は、一時の間狼狽えてしまったが、数回の深呼吸の後、収まった混乱が声に出ないよう注意しながら「何ですか」と聞き返した。
「あんた、この国の事ほとんど知らんだろう。さては異国の者だな?」
……異国っていうより異世界です、と言いたいのを抑え込むのにだいぶ力を消費した。
「えぇ、まあ……」
「ふん、良ければあたしがいろいろ教えてやろうか?」
とことん親切な人だな……
眩しい笑顔でそう告げるミワに、当然僕は頷く。この世界……とまでは行かなくとも、この国の事を知っていて損は無いだろうから。
ミワは、癖なのか腕組みをして語り始める。
「ふむ、まず……この国の名前は解るか?」
当然否定する。今の所、僕はこの世界の名前とこの都市の名前くらいしか知らない。
「この国の名前はリズントビア。商売や貿易に長けた商工国、リズントビアさ」
リズントビア……
「この都市の名前……は解るね。この国には、ここみたいに貿易に特化した『貿易都市』と商工業に特化した『商工都市』がある。名産は国を通じてクォリコ。ランクは他国と同じだ。下から順に、サード、セカンド、ファースト、グランド、ロイヤルだ。ランク無しの奴は、ミズリード……無能者って呼ばれてる」
……ちょっとストップ。
「あの……ランク、って何ですか?」
何処と無く察しはつくが、正確に知っておきたい。
そんな考えから発された僕の疑問に、ミワは目を見開いた。
あ、出目金みたい。
「驚いたな……ランクは全世界共通と聞くが。あんた、よっぽど辺鄙な場所から来たんだな」
「え、えぇ……」
異世界にランクなんか無いんだから当たり前だろう。
そう少し不満を抱きながらミワの言葉を待つ。ミワは、悩み悩みなのか、酷くゆっくりと言葉を発する。
「ランクってのは……まあ、あれだ。強さを表す称号だよ。最初はミズリード、実績を積んで判定所って場所に行けばそれ相応のランクに上がる。ランクが高ければ高いほど、優遇されるんだ」
なるほど……そんな制度があるのか。
……となると、判定所に行っていない僕はミズリードに当たるのだろう。
「さっきも言ったが、ランクの順は下から順に、サード、セカンド、ファースト、グランド、ロイヤルだ」
つまり、ロイヤルの称号を持っていればいろいろと優遇される、という事か……
……ってあれ?
ミワ、自己紹介の時に確か……
「ミワさん……ファーストランク、って言ってましたよね」
「ん、ああ……まあな」
「結構強くないですか?」
若干の怯えを孕んだ僕の言葉に、ミワは苦笑いした。
「いや、ファーストの中にもピンからキリまで居てな……あたしは、ファーストの中でも下の方なんだよ」
「あ、そうなんですか……」
…………
ミワが若干暗い表情をしている。
……聞かなければ良かった、と今さら後悔した。
「で、ランクの話はこのくらいだ……判定所はあちこちにあるからな、気になるなら探してみると良い。次は……そうだな、精霊の事でも話してやろう」
「精霊っ!?」
思わず、ダンッと机を叩いて身を乗り出す。
待ちに待った話だ。あわゆくば魔法の使い方なんかも教われるかもしれない。
胸が高鳴る。
「な、なんだ、やけに食い付きが良いじゃないか……精霊というのは、水や炎、風や大地……夜の闇や朝日の光の中。ありとあらゆる場所に生息する、様々な力の根源だ」
「力の根源……」
「そうだ。魔法の元でもあってな……魔法の事は解るだろう?」
心配そうに尋ねられてしまった。失敬な、異世界人でも魔法くらいは解る。
…発動方法は不明だが。
「少しは……」
曖昧に返事した僕を苦笑いで見つめながらミワは話を続ける。
「あたし達は精霊の力を借りて、それを魔法にして攻撃や防御、サポートをするんだ」
なるほど、いよいよゲーム染みているな。
ふむふむ、とばかりにミワの言った言葉を反芻する。
「続けるぞ」
ミワの声に思考から引っ張り戻されながら、耳を傾ける。
「精霊というのは、この世界では道具のようなモノなんだ……呼び出したら強制的に精霊の力を借りて……いや、奪い取って、人間の好きなように使うんだよ」
「道具……?」
ミワの表情は、苦虫を噛み潰したような苦しげな表情だった。




