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第一貿易都市-ネグマリック

 



 風が吹き抜け、首筋に浮いた汗が撫で取られていく度に周囲を覆い尽くす背の高い稲穂がザワザワと合唱する。

 つい先ほど平原に突入した僕は、そんな些細な風にすら喜びを覚えていた。


 遠くに見える城壁と点になりそうな街は、少しずつ少しずつ全貌を露にしてきている。それにまた多大な歓喜を感じては噛みしめ、さっき通り過ぎた看板に書かれていた内容を頭の中で反芻した。


 そして、また一歩足を踏み込む。





 およそ数十分前、鬱蒼とした転生先の森から見た大平原。

 僕に多大な希望を与えてくれた大平原は、どうやら『ビーラズア大平原』というらしかった。

 ポツリと見えた街に対するあまりの歓喜に幾度も転けながら大平原へ入った僕は、入り口らしき位置で看板も確認したのだ。


【この先ビーラズア大平原、及び第一貿易都市ネグマリック】


 どんな都市かは何処と無く察しがつく。


 幸い、魔物も居なさそうだ。草の背は高いけれど広いから見晴らしも良い。安堵して足を進めながらに、少し立ち止まって伸びをした。


「んーっ……第一貿易都市、っていうからにはいくつか貿易都市があるかもしれないねぇ……何はともあれ、早く行くとしよう」



 そろそろ、というか既に日が暮れてきている。


 早くネグマリックに入って休もう。







「…………」

「…………」


 恐ろしい程の沈黙と重圧感に、僕はたまらず俯いた。


「……通行証を」


 不意に沈黙が切れ、眼前の男性の口から先ほどと全く同じ言葉が紡がれる。


 この世界に存在するか疑問だが、フクロウか何かの声が再びの沈黙をかき消しながら空を伝った。


 銀色の三日月が空に浮かび、満天の星空が幻想的な風景を織り上げる頃。

 僕は第一貿易都市ネグマリックに辿り着いた……

のだが。



 当然の如く城壁には門が在り、当然の如く衛兵らしき男性が居た。



 で。



 当然の如く通行証を要求された。


 いや当たり前だろう。何が当然の如く、だ。


 第一、衛兵が居るのに「あの、入りたいのですが」と普通に声を掛けるのだ。通行証くらい提示して当たり前だ。


 しかし、当然の如く僕は通行証は持っていなかった。嘘をついても事態がややこしくなるだけなのは目に見えているので、僕は素直に「ありません」と答えたのだ。


 勿論、そうなれば入れて貰えないのは至極当然。

 ただ、ネグマリックは緩い基準なのかその衛兵は一つ頷いてこう言った。


「では、50リーンはお持ちですか? お持ちならお通し出来ますが」


 リーン、というのが恐らくアーヴァローネの金銭なんだろう、というのは理解出来たのだが、生憎僕は一文無しだ。


 首を振った僕は当然、疑惑を持った目線を貰い……。



 今に至る。


 いや、淡々と説明している場合では無い。そろそろ僕の疲労も限界……何か状況打破の案は無いだろうか。


「ええ、と……」



 間を持とうと僕が呟いた意味を持たない言葉に、衛兵は片方の眉を引き上げて「何か?」と威圧的に答えを迫った。



「…………」



 答えが返せる訳も無い。




「通行証もリーンもお持ちで無いなら、早急に……」


「待って!」



 衛兵を遮ったのは僕では無い。



「その子はあたしの連れだ。どうしてもと言うならあたしが50リーン支払おう……入れてやってくれ」



「へ……?」



 軽やかに響く、鳥のさえずりのような声は確かにそう言った。


 それを告げたのは、いつの間にか僕の後ろに立って僕の肩に右手を乗せていた二十代半ばくらいの女性だ。

 焦げ茶色の短い髪をうなじの辺りで縛り、日に焼けた肌に質素で砂漠の色をしたローブを纏っている。


 その左手には、五枚の銅貨らしき硬貨が握られ、赤茶色の目は弓矢のように真っ直ぐに衛兵を射抜いていた。



「……貴女の連れ? それなら構いませんが……どうぞ」



 あれほど威圧的な言葉は承認の言葉に変わり、衛兵の後ろの巨大な扉が外向きに開く。



 え……なんだこの急展開。

 当人が置いてきぼりだぞ。



 全く理解不能な状況を引き起こしたその女性は、「行こう」と僕の手を引いた。



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