09・ 深夜の暴挙
ガッシャーン
深夜のブランデュ館に窓ガラスが割れた音が響く。
どうやら、パシュゼが泊まっている部屋からだ、とフレリスはそちらへ慌てて駆け込む。
その部屋の扉は開いていた。
「どうかしましたか?! あ!」
フレリスの目には、寝着姿で寝台に座るパシュゼと近くで尻もちをついたレガーレの姿が映る。
特に驚くべきは、レガーレの手元には鍬があり、足元にはロープや陶磁器の破片などが散乱。そして、寝台には鎌が突き刺さっている事だった。
「レガーレさん。何故ここに?」
呼ばれた男は青ざめた顔で振り向く。
「眠っていた私を襲いに来たみたいだね。殺しに来たのかな?」
動揺しているレガーレの代わりにパシュゼが答える。
「はあ?! レガーレさん、貴方一体何してくれてるの? 襲った? この方を? この方がどなたか知っての所業ですか?!」
フレリスの責める問いにレガーレは手をバタバタと横に振った。
「え? ち、違います! 殺そうとは思ってません! 王女様が、首飾り返して貰えなかったら、試しに脅してみたら? って言っていたから。それにパシュゼ様は、王女様の一学年年下の学友だと聞きました」
「馬鹿です。彼女の言いなりに行動しないで下さい。そして、彼女は説明不足です」
「パシュゼ様はどこかの貴族の方でしたか?」
きょとりん、と首を傾げるレガーレに些か苛立つフレリス。
「どこかも何も。隣の国は知ってますよね? 精霊信仰の本神殿がある歴史長い国。そこの大神官長が、その国の指導者というのも?」
「僕でも知ってますよぉ。この国や他の国でもその神殿があるもの。『隣の神聖な国を穢す者には死を』って、この国の法律があるんですよね。子供の時に習いました」
「なのに貴方は、その神聖な国の主である大神官長を父に持つパシュゼ様を脅そうと? 次期大神官長第二候補の御方に刃物を?」
「?! そんなにすごい人だったんですか?! ごめんなさい! 知らなかったんです!」
「隣国を支持する国々の力を知れば、パシュゼ様は断然、我が国の王族より身分が上だと世間は読むのに。あの王女は、貴方に何をさせているのか。相変わらず、なっていない態度ですね。あと貴方、謝るのは私にではないでしょう?」
そこでフレリスはパシュゼの方に視線を向ける。つられてレガーレも彼の方を向く。
当のパシュゼは寝台に刺さっている刃物を抜いていた。
「パシュゼ様。片付けは私達、いえ、原因の彼に片付けさせましょう」
「僕ですか?! そりゃ、僕に原因があるけど。僕、こんなに散らかしていません。パシュゼ様に近づいたら、突然どこからか暴風がきて。その風に煽られて僕倒れちゃいました」
「……」
フレリスは思い当たり、部屋全体を見渡す。
何かを確認しようとしている様子をまねしているのか、レガーレまでウロウロと目を動かし始めた。
「落ちついたみたい。でも今夜は、ここから離れてくれない?」
パシュゼの一言で、理解するフレリス。
「わかりました。さあ、レガーレさん行きますよ。ちょっと私と話しましょう。片付けは明日です」
フレリスに急かされてようやく立ち上がったレガーレは、パシュゼに深く一礼した。
「本当にすみませんでした!」
私が頷くまで、彼は頭を上げないのかな。
言いたい事はあるけれど今は……。
パシュゼはため息をつく。
「後で、ね」
「……はい」
何か言いたげなレガーレだったが、再度一礼してからフレリスと去って行った。
扉に鍵を掛けたのになぁ。簡単に音なく開けてくれちゃって。
私が気づかなかったから、騒いでくれたのか。
まさか、私の方が襲われるなんてね。
パシュゼは乱れた寝台を整えてから、灯りを消し、再び横になる。
「助けてくれてありがとう。あの男にも怪我なくって良かった。ねぇ、怒りは静まった? 精霊さん」
精霊信仰を司る一家の一人であるパシュゼは、己の周りにいる精霊をなだめようと眠り始めた。