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妖怪のいない異世界で百鬼夜行をどうすんだ? ――描くたび俺が削れる妖怪ブック  作者: 雪ノ瞬キ


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9話

 あの襲撃から二週間が経過した。


 木魂前。

 俺がここに立つ。

 それだけで森がピリつく。


 俺は土蜘蛛の報告待ち――そのはずだった。


 だが先に影が揺れ、ユイが片膝で現れる。

「南、光が増えています。

祈りの数が増加。西、油の匂い。

北、鉄と石――刺す準備です」


 なるほどそうきたか。

「三面か。……やる気だな」


「はい。今回は“浄化”ではありません。“殲滅”です」


「来たか」


 一拍。


「遅かったな」


 辺境だからか。……いや、別の理由か。

 どっちにせよ、遅い。


 ガサガサ

 土蜘蛛が現れる。

「アルジ、三層。終えた」


 こいつしゃべれるようになったか。

 

「よくやった。下がれ」

「無理はするな。三層掘ったんだろ。休め」


「了解」


 穴倉に消える。

 戦力は欲しいが、あいつは職人だ。

 無理はさせねぇ。


 ……。


 遠くで白い光が点る。

 白い光が森を削り始めた。

 木の黒が、表面から削れていく。

 自然発生の小妖が一体、音もなく消える。

 

 ユイはすぐに報告をよこした。

「自然発生個体、消失。……浄化が届いています」


「何ッ? ……届く距離じゃねぇだろ」

森の鼓動が乱れる。テンポがズレる。


「チッ」

「まずいな。森を削る気か」


「4名分だ。まとめて伝える」

「配置は、前回の作戦と同じだ」


「まずは、玄。南の通路、幅を半分に。

誘導は維持。壁は“閉めるな”。出せ」


「伝令します」


「次に霧。視界を奪うな。距離を奪え。数を奪え」


「伝えます」


「次、泡。外周の水路、南だけ浅く。

逃げ道に見せろ。逃げる奴だけ濡らせ」


「了解」


「焔。先頭は触るな。中央を折れ。殺すな」


「はい」


 近くにいた凛には直接言う。


「凛は動くな。ここだ」


 頼もしくガッツポーズを見せる。


「あたいに任せな」


「……頼む。無茶はするなよ」


「ん? 頭今から心配か? あたい嬉しいよ嫁候補として」


「いや待て。」


「うん、あたいちゃんと待ってる」

「死なないでよ、頭」




 指揮官の男(聖印鎧)が言う。

「霧だ。迷いだ。……だが今回は違う。副官どうだ?」


「はい、聖印が通っています」


「通っているうちに削る。森を“薄く”する。杭部隊に線を通せ」

「死ぬな。目的は中枢。敵の主を確認して終わりだ」




 焦げ臭い。風がないのに熱だけ届く。

 根が焼ける音がする。ぱち、ぱち、と“奥”で鳴る。


 ユイは再び現れ、直ぐに報告。

「西、燃焼。外周の黒が剥がれています」


「……火か。あとは聖と兵か」


 水が動く。火を飲む。

 だが消えきらず、押し返される。

 守りきれねぇ――そんな重さが来る。

 

「カン! カン!」


 金属が地を打つ音。

 次の瞬間。

 揺れていた木々の影が止まる。

 霧の流れが、ぴたりと静止した。


「北。固定杭です。迷いの効果が止められています」


「……通路を通す気か」


 遠くで二本目の杭が打たれる。

 迷路だった森が、一直線に“道”へ変わる。


「面倒なものを持ってきたな」


 ぬりかべの一枚が“抜ける”。

 壁の出現が遅れる。

 鬼の配下が出るタイミングを失う。


 焔から連絡。

「……遅れます」


 霧からもあせりが滲む。

「距離が揺れません。固定が効いています」


 泡は面食らっていた。

「水路が――押されています」


 ユイは度重なる内容から声がわずかに震える。

「主、南が近い。……近すぎます」


 俺は淡々と伝えた。

「……分かった」

「守るな。削らせろ。削られた分だけ――喰う」


 俺は木魂に触れる。


 一拍。


 地面が震える。


 ――第五妖階。


「妖領同調」


 俺は木魂に触れる。

 胸の奥が熱い。息が詰まるくらい空気が重い。

 妖怪たちの気配が一段濃くなる。

 命令しなくても霧が動く。ぬりかべも勝手に出る。


 俺は森へ意思を伝える。

「……来い。森」


 森の鼓動が揃う。


 ユイは目を伏せる。

「……領域が、主に寄っています」


 ……三面同時は、さすがにキツい。


 南を抑えると西が燃える。

 西を抑えると北の杭が深く刺さる。

 北を抑えると南が押し込む。


  ユイは淡々と数字を告げる。

「南、距離五十。西、燃焼拡大。北、杭二本目」


「……全部は無理か」


 ここが“選択”どころだ。

 全部は無理だ。


 分かっている。

 分かっているのに。


 ――南を切れば、西が焼ける。

 ――西を救えば、北が刺さる。


 胸の奥が、ひび割れる音がした。


 息が、浅い。


 視界が、白い。


「……くそ」


 一瞬だけ。


 本当に一瞬だけ。


 “やめる”という言葉が浮かんだ。


 ここで止めれば、

 森は半壊で済む。

 仲間は生きる。

 俺も削れない。


 ……だが。


 その瞬間。


「零さま」


 雪の声が、揺れた。


 初めてだ。


「零さま。負荷が異常です。第六妖階は――」


 止めに入る。


 雪が止める。


 零は無視する。


「連発しねぇ。これで終わらせる」


「南を潰す。局所で終わらせる」

「森に手を出した代償は払ってもらう」


 今は限定解除しかねぇ。

 

 風が止まる。

 音が薄くなる。


 風が、命令みたいに聞こえた。


 ユイが息を呑む。


 俺は南に手をかざす。


 空気が重くなる。木が軋む。


「……第六妖階」


 森の鼓動が一瞬、止まる。


「妖呪王権」


 すべてが止まった。


「南だけだ」


 ユイは、反射で止めかける。

「主、それは――」


「分かってる」


 発動した瞬間、

 森の音が消えた。


 いや違う。


 俺の耳が、森の外へ置き去りにされた。


 鼓動が二つになる。


 俺の鼓動と、

 森の鼓動。


 どっちが本物だ?


 足元が、分からない。


「……主?」


 ユイの声が遠い。


 膝が落ちる。


 立っているのに、

 立っている感覚がない。


 森が俺に寄ってくる。


 いや違う。


 俺が、森に沈んでいく。


◇王国の兵士たちは


「なんだ! 何が起きた」


 聖印の白が黒縁になる。


 さらに、聖印の光が一瞬眩くなる。

 急速に縁が黒く滲んでいく。

 詠唱が“言葉にならない”。


 聖印兵は慄く。

「……声が、出ない」


 王国兵も唖然とする。

「光が……濁る?」


 騎士団長級は即座に判断する。


「聖印を切れ! 重ねるな! 今すぐだ!」


 副官が詠唱を断ち切ろうとする。


 だが――遅い。


 光はすでに“裏返っている”。


 空気が一段冷える。音が遠のく。


 兵が剣を握る。

 剣全体が黒ずみ、指先が――

 さら。

 砂のように崩れる。


 兵はあっけにとられる。

「……は?」


 剣が落ちる。音がしない。


 胸の聖印紋が黒く縁取られ、亀裂が走る。

 割れ目から灰が漏れる。


 聖印兵は叫ぶ。

「浄化が――反転して……」


 胸元から塵になる。風に舞う。


 隊列後方から順に崩れていく。

 前ではなく後ろからだ。

 退路が消える。


 兵は必死にさけぶ。

「下がれ――!」


 振り返る。後列が、いない。

 足元に黒い粉が残るだけ。

 霧の中へ吸われていく。


 塵は地面に落ちない。

 風に溶ける。


 触れた場所から、何も残らない。


「死体」が発生しない。


 最初から“存在してなかった”ことにされる。


 跡がない。


 森の鼓動。


 ドン。ドン。ドン。


 騎士団長級は叫ぶ。

「退け! 一度引け!」


 副官は懸命に伝える。

「退路が――壁です!」


 壁は閉じたのではない。最初から出ていた。

 逃げようとした瞬間だけ、そこにある。


 兵は力なく言う。

「最初から……あったのか……?」


 鬼の配下が身体の“中央だけ”を折る。

 骨の音は控えめ。呻きだけが残る。


 兵はうろたえながらも叫ぶ。

「右から! いや左だ!」

「足音が増える!」

「数が……増えてる!」


 そして塵化は“一斉”ではない。

 一人ずつ落ちる。順番に消えていく。


 さら。さら。さら。



◇零たちは


 ユイは淡々と言う。

「逃がす個体、選定しますか」


 俺は狙いを伝える。

「三人。証言が割れるように。合図をくれ後はすべて塵にする」


 ユイは淡々と返す。

「了解」


 三人だけ崩れない。

 森が見逃したのではない。俺が選んだ。



◇騎士団は


 騎士団長級は歯噛みする。

「……浄化は、通る。だが反転する瞬間がある」


 副官

「では――杭です」


 騎士団長級

「杭と、聖印持ちの濃度を上げる。次は少数で良い。生きて持ち帰れ」


 神殿の鐘が鳴る。

 途中で音が折れる。鐘の縁が塵になる。


 市場の声が、霧に飲まれる。

 旗が崩れる。


 城門にぬりかべが現れる。

 門が門でなくなる。町が“森になる”。


 俺は配下に伝える。

「町を前線にする」


 泡はいつもの口調だ。

「ここ、泳げるようにしておくっす!」


「余計なこと言うな……だが、悪くない」


 森が静かになる。だが鼓動だけは止まらない。

 ドン、ドン、と一定の間隔で鳴る。


 俺は思わず、ほんの少しだけ口角を上げる。


 ユイは伝える。

「観測圧、上昇。世界側の反応が増えています」


「……また“異物扱い”か」


 ユイは淡々と返す。


「慣れてください」


「慣れたくねぇよ」


 ユイは何も言わない。ただ隣に立つ。


 その瞬間。


 遠くで“パキッ”。

 裂ける気配だけ。姿は出ない。


 森の奥で、枝が一斉に鳴った。

 ――拍手じゃない。あれは“カウント”だ。

 

 俺は小さく呟く。

「上等だ」


 森の鼓動が、十まで数えるみたいに一度だけ乱れた。

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