10話
◇王国でのこと
王国が“勢力”と認めたその瞬間だった。
王城では、そのことを知らず議論が続いていた。
帰還兵が隔離されている部屋があった。
胸当ての焼き跡「二十九」。
神殿司祭が浄化する。
聖印は白く光る。
だが痕は消えない。
司祭は大きく息を吸い込み吐いた。
「これは呪いではありません」
「……数えられた痕です」
兵は震える。
「森が……数えたんです」
その数刻後、王城で緊急会議が開かれた。
議題はひとつだった。
王
騎士団長
神殿大司祭
魔導院長
辺境伯
誰も椅子を引く音を立てない。
騎士団長は顔をしかめた。
「精鋭部隊は壊滅。
聖印反転し塵となった。生存者は3名。
固定杭は部分無効化だ」
「あれは魔獣ではない」
魔導院長は黒板に図を描く。
円=森
矢印=侵食
魔導院長は言い切った。
「内部に中枢があります」
「主が存在する」
神殿が反論する。
「まさか」
王が制す。
辺境伯は疑問を呈した。
「ならば、あれは何だ」
魔導院長は淡々と告げる。
「夜域」
「夜に書き換わった領域です」
誰も口を開かない。
王が言う。
「公式記録に残せ」
「国家脅威としてだ」
筆が紙に触れた瞬間――
カン。
最初は誰も気づかない。
二度目。
三度目。
会議室の誰も動いていない。
だが遠くの神殿の鐘が鳴る。
四。
五。
六。
騎士団長が顔を上げる。
七。
八。
九。
王が窓を見る。
十。
止まる。
間。
誰も言葉を発しない。
誰も『違う』とは言えなかった。
「十回鳴った」と。
帝国からも同じ報告が届く。
鐘は、どこでも十回。
誰も叩いていない。
神殿大司祭、蒼白。
「……召喚ではない」
「儀式でもない」
魔導院長、呟く。
「世界鐘……?」
王は言う。
「記録せよ」
だが誰も意味を知らない。
◇一方、零たちは。
夜。
俺は木魂前。
ユイが現れる。
「主。北部封鎖」
「夜域と呼称されました」
俺はこの展開は想像していた。
「囲うか」
その瞬間。
胸がわずかに軋む。
表示。
《第十妖階 到達》
胸の奥がズンと落ちた。
重い、ではない。
固定された。
息を吸う。
吸った空気が、戻らない。
俺は、俺の中にいる。
なのに――
どこかに刻まれている。
どこかの石に、
どこかの板に、
どこかの空に。
俺の名が。
呼んでいない。
名乗っていない。
なのに、呼ばれている。
「……やめろ」
誰に言ったのか分からない。
「……チッ」
「登録、か」
「なら次は、俺が基準だ。」
表示は消えた。
だが、消えたのは“表示”だけだ。
「今の見えたか?」
ユイは首をかしげる。
「いえ、主。異常はありません」
「いや。あっただろ絶対」
足元の霜が一瞬だけ濃くなる。
ぬりかべが遠くでビクッと震える。
水面が揺れる。
命令してねぇ。
それでも勝手に動きやがる。
「……勝手に上げやがったな」
胸の奥が少しだけ熱い。
痛みじゃない。
圧だ。
森の音が前より近い。
呼吸をするだけで、全部が分かる気がする。
「気持ち悪ぃ」
強くなった実感はない。
でも、何かに“固定”された感じだけが残る。
「俺の許可は?」
誰に言っているのか分からない。
返事はない。
代わりに、森が一拍だけ強く脈打った。
一瞬で消える。
零は目を細める。
「……今、何か」
ユイは疑問も無く告げる。
「風です」
ユイは気づいていない。
これは世界主導。
俺の意思ではない。
「持ち場に戻れ」
ユイはいつもどおりだ。
「はい」
影へ溶ける。
霜が広がる。
雪が背後に立つ。
「……鐘が鳴りました」
「聞こえたか」
「はい」
一歩近づく。
「零さまが、重くなりました」
「悪い意味か?」
「いいえ」
「前より重いです」
袖を掴む。
冷たい指。
「零さまは、お一人ではありません」
「国相手だ」
「なら、私は国以上になります」
雪が手を重ねる。
「零さまが削れるなら、私も削れます」
「半分、ください」
俺は、わずかに笑う。
「馬鹿言うな」
だが手は離さない。
「傍にいろ」
「はい」
静かな密着。
ただ手を重ね触れるだけ。
体温を近くに感じる。
森。
雪が零の手を離す。
零は空を見上げる。
月がわずかに歪む。
影の奥。
ユイは動かない。
主の指が、他の女の手を握っている。
だが影がわずかに波打つ。
「……主」
影が、わずかに揺れた。
私は影だ。
それでも――
主の重みを知っているのは、私だけ。
ユイはその場を動かなかった。
――誰も知らない。
◇その時世界は。
王都だけではない。
世界の各地で、同じ報告が上がった。
誰もが空を見上げた。
鐘は、どの国でも、同じ回数。
十。
偶然ではない。
神殿は緊急書簡を飛ばす。
魔導院は観測記録を封印指定にする。
各国は密かに使節を走らせる。
「何が生まれた」
「何が昇った」
名はまだ知らない。
十回。全域で同数。
“誰かが昇格した”と判断された。
◇ある場所でのこと。
どこかの暗闇。
ひび割れた石板。
石板の上部には既に刻印がある。
《第一妖階》
《第二妖階》
《第三妖階》
……
《第九妖階》
しかし、その名は削れて読めない。
そして今、
光の線が走る。
刻まれる。
《第十妖階 夜刀神零》
誰も触れていない。
だが刻まれていく。
――世界が、名を呼んだ。
◇俺
なあ。
俺に“力”なんてない。
妖怪でもない。
英雄でもない。
剣も振れねぇ。
今できるのは、
妖怪ブックに線を引くだけだ。
仲間を立たせることはできる。
だが――
俺自身は、前に出られない。
正直に言えば。
怖い。
守る側に立ちながら、
守られているのが。
……情けねぇだろ。
だからよ。
下衆でもいい。
俺も、戦える力が欲しい。
削れるだけじゃなくて。
立って、殴れる力が。
なあ。
神ってやつがいるなら――
一つくらい、
くれてもいいだろ。
……
ブックのページが、わずかにめくれた。
俺は目を細める。
さて。
次は、どれを描くか。




